可愛くなりたい
ゾーイは初めて、町での公演に連れて来てもらった。大きな天幕を張って、そこではミアは他の踊り子と同じ煌びやかな衣装を着て舞う。アユーンは、その後ろでリュートを奏でている。
踊り子の舞の後は色んな物をお手玉にする人やナイフ投げ。言葉を発さない道化などと、様々な出し物があり、それを見る人々は皆笑顔だった。
「ミア、綺麗。」
公演の片付けを手伝いながら、ゾーイは顔を輝かせる。ネスは今、他の場所で別の仕事をしていて側にはいない。
「ゾーイも、最近可愛くなって来たよ?恋をしてるからかな?」
食事を三食取るようになったゾーイの体には肉が付き、体付きも大分女らしくなっていた。恐怖によるストレスと栄養不足で遅れていた初潮が来て、一気に成長期が訪れたようだ。
「ネスも、可愛いって思うかな?」
「本人に聞いてみたら?そうだ!片付け終わったら、ネスに会う前に着替えない?」
「着替え?どうして?」
「ネスが喜ぶかも?」
「なら、する。」
「じゃあ、片付けちゃおうか。」
「うん!」
ネスが喜ぶ事とはなんだろうかと、うきうきしながら片付けを終えたゾーイは、ミア以外の女の人に囲まれて驚いた。だけれど全員顔見知りで、ゾーイの反応を見ながら少しずつ距離を縮めてくれたお陰で恐怖は感じずに済んだ。
「お化粧もしようか?」
そう言ったのはミアの踊り子仲間の一人でリタ。金の髪に緑の瞳の彼女も、奴隷だったらしい。だけれど国が奴隷を解放するように御触れを出したお陰で解放され、今は一座に旦那がいると教えてくれた。
「体も心も傷は消えないけどね、側に包み込んでくれる人がいたら大丈夫。ゾーイには、それがネスなのかな?」
「うん。ネスはあったかい。すごく、好き。」
リタは優しく笑って、ゾーイの頭を撫でてくれる。そうして踊り子達に化粧を施してもらって、髪を結われた。服はネスが買ってくれた赤い生地に緑の刺繍のスカート。髪飾りも、ネスが買ってくれた物を付けた。
「可愛い!なんだか一気に女になったわね?」
「本当!これは他の男が放っておかなくなって、ネスも焦るんじゃないかな?」
口々に可愛いと褒めてもらえて、ゾーイはそわそわする。嬉しくてはにかむと、踊り子達は更に大騒ぎをした。
ネスの反応が見たいと言って、彼女達は遠くで見守るようだ。踊り子の衣装から着替えたミアに連れられて、ゾーイはネスを探して歩く。ネスはすぐに見つかり、アユーンや歳の近い男達と話している所だった。
「ネス、見て見て!」
ミアが声を掛けて振り返ったネスは、ミアの隣にいるゾーイを見て目を丸くする。
ゾーイが男を怖がると知っている為に、話していた彼らはネスを押し出してにやにやしながら距離を取った。押し出されたネスは、言葉を探しているのか口を開け閉めしている。
「ゾーイ?」
「うん。お化粧してもらった。…変?」
不安になって目だけで見上げて尋ねると、ネスの顔が赤く染まった。片手で口元を隠して、ネスはゾーイから目を逸らしてしまう。
「すげぇ、可愛い。」
呟かれた言葉が嬉しくて、満面の笑みになってゾーイはネスに抱き付いた。受け止めてくれたネスは、赤い顔で困っている。
「やばいって…手放したくなくなる。」
「どういう意味?」
「……可愛い過ぎるって事だよ。」
おでこに、ネスがキスをくれた。
「口が良い。」
「駄目」
「どうして?」
ゾーイの抗議に困った顔をして、ネスはゾーイの耳へ唇を寄せ、囁く。
「止まらなくなるからだよ。」
また質問を口にしようとしたら、抱き上げられた所為でゾーイは言葉を飲み込んだ。
「可愛いけど、他の奴らに見せんの嫌だな。」
「独占欲?」
ミアを腕に抱き微笑んでいるアユーンの言葉に、ネスは笑った。
「かもな。」
ネスの腕の中は安心して、ドキドキする。相反するこの気持ちが恋なんだと、ゾーイはもう、知っていた。
柔らかな夜の闇の中、ネスは隣に眠るゾーイの髪を撫でる。
頬杖を付いて見下ろして、彼女の額から鼻筋を通って柔らかな唇までを指先で辿ってみる。小さな唇を親指の腹で数回行き来して、溜息を吐き出した。
初めは、ただ助けたいと望んだ。
涙を浮かべながらも必死に走り、生きようとした少女を、助けなければと思って動いた。そうして連れ帰った少女に縋られて、悪い気はしなかった。だけどそれは女としてではなく、姪のユニスや甥のレヴィへと向けるのと同じような庇護欲。ゾーイが大人になって、自分の足で立てるようになって、彼女を守ってくれる唯一を見つけるまでの、仮初めの庇護者のつもりだったのだ。
「なぁ、お前の好きは、男の俺?それとも、父親の俺?」
ゾーイはどんどん自らで輝き始めている。"女"になっていく。
アユーンの言った通り姉のミアは美人の踊り子。そして、今は側にいないもう一人の姉も絶世の美女などと謳われ、他国でも有名になって来ている。そんな姉達に囲まれていたネスは、女に胸を掻き乱されるという経験がない。むしろうるさく煩わしいものに感じていて、剣を振って、家族を守っている方が好きだ。子供だって、自分の子が欲しいという欲はない。護衛の仕事も、最悪新しく雇うか、レヴィに剣を仕込めば良いと考えていた。だけれど…
「手放してやれなくなったら、どうすんだよ。」
ゾーイの柔らかくなってきた体を、ネスは抱き込んで目を閉じる。
もしこれから、ゾーイがネス以外の存在を見つけたなら、手放してやらなくてはならない。それまでの仮初めの存在なのだ、自分は。
欲しいなんて望んで、彼女を、縛り付けてしまいたくはない。




