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脱走奴隷は恋をする  作者: よろず


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8/10

頑張るよ、だから

 がやがやと人が行き交う町の大通り。その一角で、ゾーイはユニスと手を繋いで立っていた。視線の先にはネスとアユーン。二人は視線を交わして曲を奏で始める。

 高く響くネスの笛の音。

 それに華を添えるアユーンのリュート。

 明るく元気になれそうな音楽を奏でながら、アユーンがゆったりとした声で、歌うように口上を述べる。これは一座の公演の宣伝だ。


「ユニスもね、おかあさんみたいな踊り子になるの。教えてもらってるんだ。」


 父親と叔父の姿を眺めながら、ユニスが楽しそうに笑う。それに微笑んで、ゾーイはユニスの白銀の髪を撫でる。そして考える。一座の雑務は大分手伝えるようになって来た。ネス以外とも、女の人ならネスがいなくても話せる。男の人はまだ、ネスが側にいないと怖いけれど、人混みにだってこうして出掛けられるようになった。


「私も、楽器とか教えてもらおうかな。」

「舞いは?ゾーイかぁいいから、きっと人気!」

「ミアに、頼んでみようかな?」

「じゃあ一緒!ユニスと一緒ね?」

「そうだね。」


 嬉しそうにユニスが顔を輝かせて、ゾーイは自然と笑顔になる。そんな二人に、三人の男が近寄って来た。


「お嬢さん達は何するの?」


 恐らく、口上を聞いて一座の公演に興味を持ってくれた客だ。足が竦んで怖いけれど、ちゃんと答えなくてはと、ゾーイは思った。だけどやっぱり、喉がひり付いて体が震えてしまう。それに気付いたユニスが繋いでいた手をきゅっと握ってくれて、元気良く男達に答える。


「ママは舞うよ!あたしはおべんきょちゅう!」

「へぇ、あんた踊り子さんかい?別嬪だもんなぁ。」

「あんたみたいな別嬪が舞うなら、観に行こうかな!」


 男達はどうやら、ゾーイの事をユニスの母親だと勘違いしたようだ。違うと良いたいのに、男の人は怖くて、言葉が出ない…だけど頑張らなくてはと、カラカラになった喉を唾を飲み込んで潤した。


「わた、しは…舞わない。でも、この子のママは、すごく、綺麗…だから、観に、来て下さい。」

「母娘じゃないのかい?」

「確かに似てないか。お嬢さんまだまだ若いしねぇ?」


 観に行くよと告げて、男達は去って行った。その背を見送って、ゾーイの体からは力が抜け落ちる。


「頑張ったな。お疲れさん。」


 崩れ落ち掛けたゾーイを抱きとめたのは、太陽みたいに笑うネス。

 ほっとして、ゾーイはへにゃりと笑う。


「話せたよ…」

「見てた。偉いな。」


 伸びて来た手はゾーイの頭をぐりぐり、子供にするみたいに撫でるだろう。そう思ったゾーイは、そっと抱き寄せられて驚いた。ネスの腕の中、髪を優しく梳かれている。それはなんだか、泣きたくなるような幸福で、ゾーイは涙が滲んだ目をぎゅっと閉じた。


「ネス、大好き。」

「………俺も、お前が好きだ。…家族、だからな。」


 ズキンと、胸が痛む。

 家族は嬉しい。だけどそれは、ゾーイが欲しいものとは少し違う。


「ネス、頑張ったご褒美。笛教えて?」

「いいよ。帰ろうか。」

「うん。」


 ユニスはアユーンの腕の中。

 ゾーイの手は、ネスが繋いで歩いてくれる。

 ネスの横顔を見上げるとゾーイの胸は幸福で満たされて、だけどとても、苦しい。



 公演の片付けも終えた夜の静かな時間。焚き火を囲んで、皆それぞれの時間を過ごす。

 ミアとアユーンは、子供を寝かし付けた後の夫婦の時間。それ以外にも、夫婦や恋人、友人同士で皆語らっている。そしてゾーイにとっては、ネスを独り占め出来る、大切な時間。


「笛、ネスが作ったの?」


 ネスの笛は、いくつかあった。大きさで音の高さが変わるのだという。


「昔さ、笛作るのが得意な爺さんがいたんだよ。その人に教わった。」


 旅の合間に良さそうな木を見つけて作った物らしい。その内の一つを、ネスはゾーイにくれると言う。小振りのそれは、ゾーイの手でも穴に全部の指が届く物だった。


「こう、口当てて…優しく…」


 ネスがお手本で笛を吹く。

 夜の闇に同化するような、柔らかな音。だけれどゾーイが真似して吹いてみてもそうはならなかった。ゾーイの笛の音は、夜の静寂を引き裂いてしまう。


「練習だよ。」

「頑張る。」


 この時間に練習しては他の皆の邪魔になるからと、ゾーイは昼間に練習する事にした。ミアにも、舞を教えてもらえるように頼んだ。


「頑張る。だから…信じて?」


 ネスに擦り寄って、ゾーイは囁いた。ネスへと向けるゾーイの気持ちは、家族とはまた違うと気が付いたから、だから…真剣に考えて欲しい。

 ネスは何も言わないで、ゾーイの肩を抱いて、優しく髪を梳いてくれる。


「ネスが、好きだよ…」


 言葉に出すと泣けて来て、ゾーイの目からは涙が一雫、零れ落ちた。ネスに気付かれないように下を向き、そっと指で拭う。それでも気付かれたのか、ネスはゾーイの頭を掌でそっと掴んで、肩へと寄せてくれた。


「……俺は、ゾーイが大切だよ。」


 零された呟きは、ゾーイの胸を温かく満たす。

 魅力的な女になれるように頑張る。だから…貴方も、私に恋をして下さい。

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