火の海を越えての巻
敵陣に乗り込むジェイムの目には、真っ赤に燃え盛る大船団の姿が映った。
「まさか、火計?」
遠目に見える自軍は、まるで地獄絵図だ。
やがて、ジェイムの足はゆっくりになり、そして止まった。
「孟徳、この戦況を打破出来るよう祈る」
ジェイムはそう呟くと、再び孫権のもとへと駆け抜けた。
◇◇◇◇◇◇
一方、こちらは祈祷所。
「いよいよですね」
真っ赤に燃え盛る大船団を見届けると、諸葛亮は集めた風をそちらへ向けた。
うねりを上げた風は、曹操のいる大船団へ流れ、火は瞬く間に広がっていった。
しかし、それも一瞬のことで、直ぐに風は止んでしまった。
「これはどうしたことでしょうか……」
諸葛亮は、自らの力不足に肩を落とした。
「待って、あたしがやってみる」
クレアは風を呼ぶことはおろか、風の魔法さえ一度も唱えたことなどなかった。
だが、諸葛亮の祈祷を見て、本能的に何かを掴んだのだ。
「ふぅ……風よ吹き荒れろ――っ!」
水や聖なる魔法の要領で、手際よく詠唱する。
無詠唱とはいかないが、クレアの周りに柔らかな風が集まり始めた。
クレア両手を全面に押し出すと、火は更に燃え盛り火柱が上がる程に拡大した。
「何と、見事な」
劉備と諸葛亮は、クレア成し遂げた偉業に称賛した。
クレアは自らを誉めながら、ふと自軍である孫権軍の大船団に目をやった。
遠目にわかりづらいが、クレアのよく知る人物……いや、猫……ジェイムだった。
「ジェイム――っ!」
「クレアさん、どうされました?」
劉備がそう言うと、
「あの船に仲間がいるんです」
と、答えた。
劉備は別に船を出すと言ったが、クレアはそれを断り水の魔法でウェーブを作り出した。
「それじゃ、あたし行くね」
クレアはそう言うと、ウェーブに飛び乗りジェイムのいる船へと辿り着いた。
船上は、敵味方関係なしに亡骸が転がり、避けることさえ困難な状況だ。
不本意だが、機動力を考慮しハムスターの姿になった。
「いた、やっぱりジェイムだ」
クレアが駆け出すと、ジェイムもそれに気付いた。
「ク、クレア。久しぶりだな」
「ジェイムこそ。ここで何してるの?」
クレアがそう質問すると、ジェイムは顔を濁らせた。
あの一件があり、溝が出来たのは間違いないが、あまりに他人行儀な態度。
「クレア、済まない。俺にはやるべきことがあるんだ」
「あたしに言えないことなの?」
「済まない……行かせてくれ」
「嫌よ。アンタと離れてわかったわ。あたしにはアンタが必要……アンタが間違った道に行くなら、それを正すのみ」
「イヤだと言ったら?」
「モフモフして、肉球プニプニするのみ」
クレアとジェイムは、視線を反らさず暫し見つめあった。
「負けたよ……俺は今、曹操軍にいる。孫権を偵察に、ここまで来たって訳だ」
「曹操軍? あたしは一応呉軍。あ、でも勘違いしないで。正式には、呉に力を貸してる劉備軍だから……何か、皮肉よね。せっかくまた会えたのに……」
「あぁ……それより、魏軍の大船団の辺りが真っ赤に燃え盛ってるようだが、何かわかるか?」
「魏軍に対する火計よ……恐らく沢山の人が……」
クレアは、自らの行為に嘆いた。
ジェイムに対しても、口では都合のいいことを言っていたが、結局は同じこと……いや、それ以上のことをしていたのだ。
「クレア! 魏軍の大船団に行こう!」
「行ってどうするのよ! あたしは何の罪もない人を……」
「まだ間に合う。水の魔法で火を消すんだ。話は後だ。背中に乗ってくれ」
「わ、わかったわ」
クレアはジェイムの背中に乗り、敵陣である魏軍の大船団へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
一方、曹操は不意に喰らった火計に、怒りを露にしていた。
幾つかの船は焼け落ち、転覆を始める。
そんな光景を目の当たりにしていると、夏候惇が曹操の前に立った。
「どうした夏候惇。お前も呉軍の大船団に赴き、暴れてくるがよい……」
曹操がそう言うも、夏候惇は微動だにしない。
「孟徳よ、まだわからんのか?」
夏候惇は自らの皮膚を抉り取ると、別人に姿を変えた。
黒きローブを纏い、禍々しい瞳。
「き、貴様! ジェイムが言っていた黒き魔女」
「ほう、察しがいい……」
夏候惇に扮していた黒き魔女がそう言うと、斧を持った巨漢が襲い掛かって来る。
「うぉりゃゃ」
黄蓋だった。




