火計を遂行せよの巻
孔明は瞼を閉じ、再び祈祷を続ける。
近寄り難い程の集中力だ。
すると、クレアの耳元を風が吹き抜ける。
「何これ、魔法?」
クレアがそう言う頃には、風は渦を巻き祈祷所全体を覆いつくすほど巨大なものになっていった。
「ふぅ……劉備殿。準備は整いつつあります」
「うむ、よくやった。あとは周瑜の火計が成功すれば良いのだが……」
クレア達は、対岸に向かう周瑜達の大船団を祈祷所から見守った。
◇◇◇◇◇◇
ここは孫権率いる呉軍の大船団。
対岸に向かう途中、孫権の見守る中、周瑜は、黄蓋に罰を与えていた。
「この裏切り者め! 貴様のような奴は生かしておけん……」
「ぐはっ……」
家臣達は、何が起きているのかわからなかった。
孫権に最も忠実で、強靭な肉体を持つ黄蓋が、木刀でめった打ちにされているのだ。
家臣達は、鬼のような周瑜に恐怖を感じた。
「よいか、お前達。裏切り者は重罪だ。黄蓋のようになりたくなかったら、呉に絶対的な忠誠を誓うんだな。フハハハッ」
「周瑜、その辺にしておけ。戻るぞ」
「はっ。孫権様」
傷だらけになった黄蓋をその場に放置し、孫権と周瑜はその場から離れた。
「黄蓋様、大丈夫でございますか?」
家臣の一人が黄蓋に近寄る。
すると黄蓋は、その家臣を振り払い言った。
「おのれ、周瑜……ワシを馬鹿にしおって。許さんぞ」
黄蓋は小さな小舟を池に出し、対岸に一人で向かった。
これこそが、周瑜と黄蓋の本来の狙い。
曹操軍に対する偽りの投降である。
敵を欺く為には、まず味方からと言わんばかりに、周瑜は手加減なく黄蓋を痛め付けたのだ。
周瑜は物陰から、黄蓋が対岸に向かったのを確認すると、火計の準備に取り掛かった。
「あとは、黄蓋が曹操軍に混乱をもたらし、諸葛亮殿の風を待つだけだ……」
◇◇◇◇◇◇
一方、曹操軍も対岸に向け大船団を走らせていた。
「ジェイムよ、此度の戦、どちらに軍配があると思う?」
「孟徳よ、愚問だな。我々に非があるか?」
「面白い……頼りにしてるぞ」
曹操とジェイムがそんなやり取りをしていると、慌ただしく家臣が曹操の前にひれ伏す。
「曹操様!」
「何だ、騒々しい」
「はっ……すみませぬ。実は呉軍より、黄蓋という男が投降して参りました」
「何だと? 連れて参れ!」
「ははっ!」
暫くすると、全身傷だらけの黄蓋が姿を現した。
「お前が黄蓋か?」
「うむ。曹操殿、ワシは魏に降りたい。受け入れてはもらえぬか?」
黄蓋は、魏に降りたいと申し出た。
にわかに信じがたい話だが、曹操はやむなくそれを受け入れた。
恐らく曹操にも考えがあってのことであろう。
そうこうしている間に、呉の大船団と鉢合わせになった。
いよいよ、戦の幕開けである。
数で勝る曹操率いる魏軍か、戦略で勝る孫権率いる呉軍か。
それは神のみぞ知る。
「掛かれ――っ!」
曹操指揮のもと、魏の猛者達は呉軍の大船団に乗り込んでいった。
我先にと、果敢に雪崩れ込む。
「ジェイムよ、そなたはこれに便乗し、呉の総大将である孫権の偵察を願いたい」
「承知!」
ジェイムは責務を果たすべく、呉軍の大船団に乗り込んだ。
「匂うな……奴は必ずいる」
ジェイムは犇めく戦場を駆け抜けながら、黒き魔女の気配を感じ取っていた。
◇◇◇◇◇◇
一方、呉軍の大船団上では周瑜が指揮を取りつつも、自ら剣を手にし迫り来る魏軍を相手に善戦していた。
「ぐはぁ……」
――ドサッ――
切れ味の良い片手剣を器用に使いこなし、周瑜はまた一人冥土へと送った。
「火計の準備はまだなのか? これ以上、諸葛亮殿を待たせる訳にはいかぬぞ!」
「申し上げます。火計の準備が整ってございます」
「ようやく来たか……。この時をどんなに待ち焦がれたことか……」
周瑜は戦場を駆け抜け、火計を企てる弓兵部隊のもとに赴いた。
周瑜の策略した火計とは、矢先に油を塗り火を着けた矢を敵陣に一斉射撃をするというものだ。
呉軍の勝利は、この火計に掛かっていると言っても過言ではない。
つまり、失敗は許されぬということだ。
辺りは日没を迎え、期は熟した。
周瑜は、右手を高々と挙げ叫んだ。
「弓兵隊、打て――っ!」
――シュパ、シュパ――
薄暗い玄武池に、真っ赤に燃え盛る弓が、一つまた一つと魏軍の大船団に撃ち込まれていく。
弓兵隊は、休むことなく黒い空へと更に撃ち込んでいった。




