風を呼ぶ者の巻
◇◇◇◇◇◇
一方、クレアはナップと共に姉川を離れ、一面に広がる田んぼの畦道を歩いていた。
「クレア、何処まで歩くんだ? オイラ疲れちまったよ」
「だらしないわね。いいわ。あたしの胸の中に入れてあげる」
「い、いいのか?」
ナップは躊躇しながらも、クレアの谷間へとすっぽり収まった。
谷間と言っても、今のクレアの姿は本来の貧乳の姿。
谷間など微々たるものである。
しかし、体の小さいナップに取っては、心地の良い場所だった。
やがて、日も暮れ始め、宿探しをしようとしたその時、目の前に忽然と時空の歪みが現れた。
それは禍々しく、全てを飲み込むブラックホールのような佇まいを見せた。
「何だろう……これ」
好奇心旺盛なクレアは、思わずそこに手を伸ばした。
「クレア! それに触れちゃ駄目だ!」
「えっ? 何?」
ナップが忠告した時には既に遅く、クレアとナップは引き摺りこまれるように、その歪みに体を奪われた。
◇◇◇◇◇◇
「うぐっ……お、重い」
うつ伏せに倒れたクレアに潰されかけながら、ナップは必死に声を上げた。
「誰が重いって?」
クレアはナップの耳を引っ張り上げ、宙吊りにした。
いや、ネズミの姿だけにチュウ吊りと言ったところか。
冗談はさておき、クレアが立ち上がると、何やら祈りを捧げている人の姿が視界に入った。
すると次の瞬間、槍を持った男がクレアに近付き槍先を向けた。
「何奴!」
「ちょっと、いきなり何なの? あたしをベスタニャの王女クレアと知っての愚行?」
クレアが怯まずそう返すと、祈りを捧げている人の横にいた男も近付いてくる。
立派な髭を蓄え、高貴な雰囲気の紳士だ。
「趙雲、槍を収めなさい」
「しかし、劉備殿……わ、わかりました」
「失礼致した。私の名は劉備。そなた、ベスタニャの王女と申したな? ここは赤壁の地。そのような場所は、この辺にはない」
「劉備さん、それは本当なの?」
クレアが劉備にそう質問すると、祈祷を捧げていた男も近付いて来る。
羽扇を携え、気品がある感じだ。
そしてその男が、
「クレアさんと言いましたね? 私は、孔明と申します。以後お見知りおきを。ところでクレアさん?」
と、話す丁寧な口調は好感が持て、クレアは何故か親近感を覚えたのであった。
「何でしょう、孔明さん……」
「我々は今、戦を決行すべくこの地にやって来ました。敵は曹操軍です」
「え~、また戦なの? 男は、戦うことしか能がないんだから」
クレアが孔明にそう返すと、詳しく話が聞きたいと志願してきた。
やむを得ずクレアは、これまでの経緯を話した。
「何とも、信じがたい。孔明、そなたはどう思う?」
劉備がそう言うと、孔明は羽扇を揺らしながら、
「クレアさんから、不思議な力を感じます。恐らく真実でしょう」
と、語った。
孔明の言葉に納得した劉備は、クレアと間を取り、
「クレアさん、孔明に力を貸してはもらえんでしょうか?」
と、言うと先程クレアに槍を向けた趙雲が駆け寄る。
「お待ちください、劉備殿! 何処の馬の骨ともわからぬ小娘に、助太刀を要請するのは、如何なものかと……」
「趙雲、言葉を慎みなさい。……ご無礼申した、クレアさん。お許し下さい」
劉備は趙雲の非を認め、頭を下げた。
「別に怒ってないんだからねっ! 劉備さん、もういいから頭を上げて」
クレアにそう言われ、劉備はようやく頭を上げた。
「いいわ、これも何かの縁だし、あたしも手伝うわ」
――いいのかよ、クレア。黒き魔女を探すのが先だろ――
「しっ! ナップ、アンタは黙ってて」
「クレアさん、如何なされた?」
孔明が、クレアを凝視しながら言う。
「何でもないわ。こっちのこと。さぁ、孔明さん、とっとと風を呼び起こすわよ」
「あぁ……では、こちらに」
孔明は祈りを捧げていた祭壇に、クレアを招き入れた。




