4話:着いていきたい
王は興奮冷めやらぬ様子で、ナーバスに声を掛けた。
「ナーバスや! 積もる話もあるだろうが、ワシらも話したいことだらけじゃ!
食事でもしながら話をしよう、サンドロス!」
サンドロスは静かに頷いた。
「喜んで……」
一行は王宮の広い食堂へ移動した。
長いテーブルに、豪華な燭台が並び、暖かな灯りが部屋を照らす。
サンドロスを中央に、リサルとリーシャが両側に挟む形で座った。
正面にはナーバス、王、王妃が並び、使用人たちが静かに料理を運んでくる。
ロースト肉、香草のスープ、新鮮なパンとワインが並ぶ。
王はグラスを手に取り、感慨深げにサンドロスを見た。
「まったく久しいなぁ! 何年ぶりじゃ?」
サンドロスはワインを一口飲み、静かに答えた。
「リーシャが7歳の時なんで……12年前ですね」
王は目を細め、懐かしげに息を吐いた。
「もうそんな経つのか……」
リーシャはフォークを手に取りながら、首を傾げた。
青い髪を耳にかけて、穏やかだが疑問のこもった声で尋ねる。
「話がつかめないんですけど……サンドロスさんは昔、私と会ったことがあるんですか?」
王妃は優しく微笑む。
「会ったことも何も……あなたの教育係だったのよ?」
リーシャは目を丸くした。
「え……?」
王はグラスを回しながら、楽しげに笑った。
「ほれリーシャ……ずっと言っておったではないか。
あの時の人を連れてきて欲しいと」
サンドロスはワインを飲む手を止め、わずかに眉を上げた。
「ん? それはどういう……」
王は大げさに肩をすくめ、声を弾ませた。
「リーシャはサンドロスに惚れてたんじゃよ教育係のな」
サンドロスは静かにグラスを置いた。
「リーシャが昔、俺と結婚するって言ってたの……」
王は頷き、目を細めて笑った。
「大マジじゃろうな」
リーシャの頰が一瞬で真っ赤になり、フォークを落としそうになった。
少女は慌てて口を押さえ、閉じかけていた視線をサンドロスに向けた。
「……そんな、気づかなかった...だってあの時と見た目も全然...」
サンドロスは静かに微笑んだ。
王は感慨深げに息を吐いた。
「確かに……ワシらも一瞬分からなかったぞ……
落ち着いたのう……サンドロス」
サンドロスはフォークを置いて、静かに肩をすくめた。
「まぁ、色々あったんでな」
王妃は優しく微笑む。
「前の熱血サンドロスも良かったけど、こっちのサンドロスもいいわね。
ね? リーシャ」
リーシャはフォークを握ったまま、顔を赤くして視線を落とした。
青い髪が頰にかかり、耳まで真っ赤になっている。
「は、はい……」
少女はサンドロスの顔を直視できない。
視線を皿に落とし、指先でフォークをいじりながら、声が小さくなる。
時折、ちらりとサンドロスの横顔を盗み見しては、すぐに目を逸らす。
その仕草は、まるで12年前の小さな少女の頃のままだ。
王はくすくすと笑い、グラスを掲げた。
「ほれほれ、リーシャ。
恥ずかしがっておる場合ではないぞ。
サンドロスが帰ってきたんじゃから、もっと話せ!」
リーシャはますます顔を赤くし、テーブルに視線を固定したまま呟いた。
「……お、お久しぶりです……サンドロスさん……」
サンドロスはワインを一口飲み、静かに微笑んだ。
「あぁ……久しぶりだな、リーシャ」
王は懐かしさと少しの後悔を込めて息を吐いた。
「サンドロスが去ったあとリーシャがあの使用人連れ戻して!って駄々こねるから、サンドロスのことを探してたんだが……サンドロスがここに通う前から作ってた村すら見つけられなかったんだ」
サンドロスはグラスを軽く傾け、静かに答えた。
「森の奥ですからね」
王は肩をすくめ、テーブルに肘をついて続けた。
「それでサンドロスのことを諦めさせるため、色々な人紹介したんだが……あの人に似てないやら、あの人より優しくないやらで、彼氏すら作ろうとせんかった……」
リーシャはフォークを握った手が震え、顔を真っ赤にして俯いた。
「も、もうやめて……」
王はくすくすと笑い、言葉を続けた。
「それで最近、サンドロス似の人がいるとテンション上がってて……」
リサルが静かに頷いた。
「確かに、ミール少しだけサンドロスに似てたもんね」
王はグラスを置き、勢いよく身を乗り出した。
声が興奮で少し上ずる。
「それで……ワシらは、なんの吟味もせず送り出し、こんな目に……だが、サンドロスが帰ってきリーシャを救った……!
これはもう結婚するしかないであろう! サンドロス! 娘を貰ってくれ!」
食堂に一瞬の静寂が落ちた。
王妃はくすりと笑いを堪え、リーシャは顔を両手で覆って耳まで真っ赤になった。
ナーバスは拳を握りしめ、興奮で肩を震わせている。
『そなたは神を信じる?』
サンドロスはワインを一口飲んでから、静かにグラスを置いた。
黒髪の下から、穏やかだがきっぱりとした視線を王に向ける。
「断わる」
王は目を丸くし、王妃はくすくすと笑いを漏らした。
リーシャは顔を覆ったまま、指の隙間からサンドロスをちらりと覗いた。
サンドロスは静かに言葉を続けた。
「リーシャはまだ若い。
俺は500年生きてる男だ。生きてれば俺よりいい男に出会える...まだリーシャは早いんだよ」
王は肩を落としつつも、諦めきれない様子で言った。
「だが……リーシャは……」
リーシャは顔を覆った手をゆっくり下ろし、赤い頰のまま小さな声で呟いた。
「……サンドロスさん……ありがとうございます」
食堂に温かな沈黙が広がった。
使用人たちが静かに料理を運び、騎士団員が壁際に控える。
王はため息をつき、グラスを掲げた。
「まぁ……仕方ないのう。それはおいおい...ってことじゃな...」
サンドロスは軽く頷き、リサルは隣で静かに微笑んだ。
リーシャはサンドロスの横顔を、そっと見つめていた。
王はワイングラスを置いて、ゆっくりとリサルの方に視線を移した。
髭をたくわえた顔に、好奇心とわずかな警戒が混じり、声が低く響く。
「しかし、ずっと気になっておったのじゃが……その子は誰じゃ?」
王の視線はリサルに固定された。
銀髪、赤い瞳、穏やかだがどこか異質な気配。
食堂の空気が一瞬で張りつめた。
サンドロスはフォークを置き、静かに答えた。
「リサル・ドローリウス……」
その名前が出た瞬間、王の顔から血の気が引いた。
王妃が息を飲み、リーシャは小さく体を震わせた。
次の瞬間、王が席を立ち、騎士団員たちが一斉に剣や槍を構えた。
金属の擦れる音が食堂に響き、使用人たちが後ずさる。
サンドロスは即座に立ち上がり、声を張った。
「何してんだッ! 食事の場で武器を出すな!」
声は低く抑えていたが、部屋全体に響く重みがあった。
青白い光が瞳で一瞬強く閃き、殺気ではないが圧倒的な存在感が騎士団員たちを押し止めた。
ナーバスが素早く動いた。
騎士団長として鍛えられた声で、即座に命令を飛ばす。
「全員、武器をしまえ!
サンドロス様がいる前で剣を抜くな!」
騎士団員たちは慌てて剣を鞘に戻し、槍を立て直した。
食堂に再び静けさが戻る。
王はまだ立ち上がったまま、サンドロスとリサルを見据えていた。
声は震えながらも、威厳を保とうとしている。
「……リサル・ドローリウス……魔王……じゃと?」
サンドロスはゆっくりと王に視線を戻し、静かに頷いた。
サンドロスは王の視線を受け止め、静かに口を開いた。
「元だ……今は違う……人に危害は加えない……俺の命をかけて保証する」
その言葉が食堂に落ちた瞬間、部屋全体が凍りついた。
王の顔から血の気が引き、王妃の手が口元を覆う。
リーシャの肩が震え、ナーバスは拳を握りしめて息を飲んだ。
使用人たちが後ずさり、騎士団員たちの手が無意識に剣の柄に伸びる。
全員が戦慄し、息を止めた。
魔王リサル・ドローリウス――世界を恐怖に陥れた存在の名が、今ここにいる少女に重なる。
サンドロスはゆっくりと続けた。
声は低く、しかし揺るぎない。
「リサルはあの時のようなリサルじゃない」
リサルはサンドロスの横で、静かに彼の袖を握った。
赤い瞳がわずかに揺れ、小さく呟く。
「サンドロス……」
王はゆっくりと息を吐き、額に手を当てて目を閉じた。
数秒の沈黙の後、王はゆっくりと目を開き、サンドロスをまっすぐ見た。
「……分かった……サンドロスを信じよう……
事情はよく知らんが……悪ではないのだろ?」
サンドロスは静かに頷いた。
黒髪が軽く揺れ、瞳に確かな決意が宿る。
「あぁ、絶対に」
王は大きく息を吐いて手を振った。
「こんな話はしまいじゃ!!もう十分じゃ!」
王妃は優しく微笑みながら、リーシャの横に静かに移動した。
王妃は娘の耳元に顔を寄せ、小さな声で耳打ちする。
声は甘く、しかし確かな力強さを帯びていた。
「リーシャ……絶対に……絶対にサンドロスを手中に収めなさい……もう逃しちゃダメよ」
リーシャはびっくりして顔を上げ、頰を赤く染めて小声で抗議した。
「お母様!?」
王妃はくすりと笑い、リーシャの肩を軽く叩いて席に戻った。
リーシャは顔を覆うように俯き、耳まで真っ赤になったまま動けなくなった。
一方、サンドロスはリサルが肉を頰張っているのを横目で見ながら、王とナーバスと話に花を咲かせていた。
昔の騎士団の話、500年前の戦いの思い出、村の近況。
王はグラスを傾けながら笑い、ナーバスは拳を握って興奮気味に語る。
リサルは黙々と食べ続け、時折サンドロスの横顔をちらりと見ていた。
1時間が経っただろうか……
リーシャの目が徐々に重くなり、うとうとし始めた。
青い髪が肩に落ち、頰がテーブルに近づく。
王妃が気づき、優しくリーシャの背中を撫でた。
「リーシャ……眠くなったのね」
王はニヤニヤと笑みを浮かべ、サンドロスに視線を向けた。
声は少し酔いが回ったように弾んでいる。
「サンドロス……リーシャを寝室に連れて行ってくれんか?
お前なら、安心じゃ」
サンドロスはワインを一口飲み、静かにグラスを置いた。
「……しょうがないな」
彼は立ち上がり、リーシャの肩にそっと手を置いた。
リーシャはうとうとしながらも、サンドロスの手に気づき、顔を赤くして小さく頷いた。
「……ありがとう……サンドロスさん……」
サンドロスはリーシャを支え、ゆっくりと立ち上がらせた。
リサルは席から立ち、静かに二人を見送った。
王はニヤニヤを止められず、王妃はくすくすと笑っている。
サンドロスはリーシャを支え、食堂を後にした。
廊下の灯りが、二人の影を長く伸ばす。
リサルはテーブルに残り、静かにワインを一口飲んだ。
胸の奥で、穏やかな温かさが広がっていた。
リーシャの寝室に着いた。
サンドロスはドアを静かに開け、部屋の中へ入った。
青い髪の少女を腕に抱えたまま、懐かしい匂いが鼻をくすぐる。
木の床、淡いカーテン、窓辺に置かれた小さな花瓶……
すべてが、12年前と変わっていない。
サンドロスは小さく息を吐き、呟いた。
「意外とまだ覚えてるもんだな」
屋敷の構造は変わっていない……
廊下の曲がり角、階段の位置、部屋の配置。
すべてが、記憶のままだった。
向かう途中でリーシャが意識を失いかけたため、サンドロスはお姫様抱っこに切り替えていた。
少女の体は軽く、青い髪が腕に掛かり、穏やかな寝息が聞こえる。
サンドロスはベッドに近づき、優しくリーシャを寝かせた。
布団をかけ、青い髪をそっと整える。
サンドロスはベッドの端に腰を下ろし、静かに呟いた。
「懐かしいな、この光景も」
リーシャはうっすらと目を開け、眠たげな声で呟いた。
「サンドロスさんに会えてよかった……もう二度と会えないと思ってた……私……今……人生で1番幸せな時間過ごしてると思います……よ……」
言葉の最後が途切れ、リーシャは再び深い眠りに落ちた。
穏やかな寝息が部屋に響く。
サンドロスは少女の寝顔をしばらく見つめ、静かに立ち上がった。
部屋の扉を閉め、廊下へ出る。
食堂に戻ると、王はテーブルに突っ伏し、ナーバスが叱っている最中だった。
ナーバスは王の肩を軽く揺すり、声を張り上げていた。
「王! 呑みすぎです! 明日も早いんですよ? サンドロス様が帰るんですから、見送るんでしょ?」
王は顔を上げ、酔った目でぼんやりとナーバスを見た。
「みおくるのじゃぁ!」
王妃はもういない。
部屋に戻ったのだろう。
食堂の灯りが揺れ、残されたワインのグラスが静かに光っていた。
サンドロスはドアの影からその光景を眺め、静かに息を吐いた。
サンドロスは食堂の長いテーブルを回り込み、リサルの横に静かに腰を下ろした。
リサルは穏やかな声で迎えた。
「おかえり」
サンドロスは軽く頷き、彼女の顔を覗き込むように見た。
「あぁ……リサルは大丈夫か? 酔ってないな?」
リサルは髪を指でいじりながら、赤い瞳を細めて微笑んだ。
「私を誰だと思ってる?」
サンドロスは小さく息を吐き、肩をすくめて苦笑した。
「これは失敬……」
その時、王がテーブルを叩いて大声で叫んだ。
興奮と酒の勢いが混じり、声が食堂全体に響く。
「ワシの娘の旦那が帰ってきた! サンドロス!!」
ナーバスは慌てて王の肩を押さえ、苦笑しながら訂正した。
「まだ違いますよ」
サンドロスは静かに呟いた。
「まだって……」
ナーバスはサンドロスに向き直り、騎士らしい真剣な表情で言った。
「サンドロス様……突然なんですが、明日朝イチ、少しお手合わせを願いたくて」
サンドロスはワインを一口飲んで、軽く目を細めた。
「急だな……まぁいいが」
ナーバスは拳を握り、目を輝かせた。
「元とは言えど騎士団長……なまってないかどうか、見せてもらいたくて」
サンドロスが挑発的な目で言った
「随分と言うようになったじゃないか」
ナーバスは胸を張り、力強く宣言した。
「負けませんよ!」
サンドロスは静かに微笑む。
「それでこそナーバスだ」
食堂に温かな笑い声が広がった。
王はグラスを掲げて大笑いする
リサルはワインを一口飲み、静かにサンドロスの肩に寄りかかった。
早朝……王宮の裏門を出ると、練習場に騎士団員とナーバスが整列して立っていた。
朝霧が薄く残る中、銀の鎧が朝陽に輝き、数十人の騎士が一糸乱れぬ隊列を組んでいる。
ナーバスが先頭に立ち、声を張り上げた。
「全員敬礼!」
騎士団員たちが一斉に右手を胸に当て、膝を軽く曲げて頭を下げる。
金属の擦れる音と、足音が揃う音が朝の静けさを切り裂く。
サンドロスは門のところで足を止め、目を丸くした。
「な、なんだこれ」
ナーバスは敬礼を解かず、胸を張って答えた。
「元と言えど俺にとっては尊敬する騎士団長……こいつらにとっては伝説の勇者……
戦い方を学んでもらいたくて呼んだんです」
騎士団員たちは頭を下げたまま、息を潜めてサンドロスを見つめている。
若い騎士の目には興奮と尊敬が混じり、古株の者たちは懐かしさと畏敬を浮かべていた。
朝陽が練習場の砂地を金色に染め、霧がゆっくりと晴れていく。
サンドロスは練習場の中央に素手のままゆっくり歩いてきた。
ローブは脱ぎ、シンプルなシャツ姿で、袖をまくり上げた腕に筋肉が浮き出ている。
武器を持たず、ただ両手を軽く下げて立っているだけだった。
ナーバスは木刀を手に取り、クルクルと回しながら笑った。
騎士団員たちが息を潜めて見守る。
「いいんですか? こちらは遠慮なんかしませんよ?」
ナーバスは木刀を構え、軽くステップを踏んで距離を取った。
「お前ら、見て盗めよ?」
サンドロスとナーバスが、ぴたりと口を揃えて言った。
「瞬きするなよ」
ナーバスは一瞬目を丸くし、すぐに吹き出した。
木刀を軽く下げて、懐かしげに笑う。
「ははっ! 覚えてるんですね!」
サンドロスは肩を軽くすくめる。
「俺の口癖だったからな……」
ナーバスは木刀を再び構え、目を細めて笑った。
「今は俺が使わせてもらってます」
サンドロスは静かに微笑み、軽く首を振った。
「随分と偉くなったな……!」
ナーバスは笑みを収め、木刀を正眼に構えた。
声が低く、しかし力強く響く。
「話はここまで……行きますよ」
ナーバスが構えを固め、足を踏み込んだ。
しかし、サンドロスは構えず、ただ静かに立っている。
両手を下げ、膝を軽く曲げただけの自然体。 青白い瞳がナーバスを捉える。
ナーバスが木刀を横薙ぎに振るい、一撃を放つ。
サンドロスは素手でそれを迎え撃ち、木刀の側面を掌で受け流すように捻った。
木刀の刃が空を切り、風圧がサンドロスの黒髪をわずかに揺らす。
サンドロスは本物の剣だと仮定して動いており、受け流しの角度も、反撃の間合いも、すべて実戦を意識したものだった。
ナーバスは木刀を引いて、息を整えながら言った。
「側面を打ち木刀を流す……本物だと仮定してますね」
サンドロスは構えを崩さず、静かに答えた。
「後ろに見せるんだろ? 仮定して動かなくてどうする」
ナーバスは少し顔を赤らめ、頭を下げた。
「すみません!」
その隙を逃さず、ナーバスは低く身を沈めてサンドロスの足を払った。
サンドロスの体勢が一瞬崩れ、地面に膝をつきかける。
ナーバスは即座に木刀を振り上げ、サンドロスの顔面へ叩きつけるように振り下ろした。
サンドロスは地面に手をつき、手首を軸に体を回転させた。
体が横にひねられ、木刀の刃が髪の先をわずかに擦る。
サンドロスの黒髪が数本、宙に舞う。
間一髪で避けたサンドロスは、宙に浮いたまま体を捻り、ナーバスの隙へ蹴りを放った。
その瞬間、ナーバスは素早く炎魔法を放つ。
赤い火球がサンドロスの目の前まで迫るが、サンドロスはナーバスの肩を蹴り、後方へ跳び避けた。
火球は空を切り、練習場の砂地に小さな焦げ跡を残す。
軽く着地し、構えを直した。
息を軽く吐き、驚きと感心が入り混じった声で言った。
「おまっ……魔法使えたのかよ」
ナーバスは木刀を構え直し、息を弾ませながら笑った。
「最近使えるようになったんですよ。
苦労して覚えた魔法を避けられたの、普通に落ち込みますよ!!」
サンドロスは軽く肩を回し、静かに頷いた。
「頑張ってんだな」
ナーバスは木刀を軽く振り、自信たっぷりに言った。
「サンドロス様の分もやらないといけないんで……
サンドロス様も魔法は使えなかったですよね?
その面では俺の方が有利……この勝負、もらいましたよ」
サンドロスは静かに笑った。
「まぁ、そうかもな」
ナーバスが地面を強く蹴り、一気に距離を詰めた。
木刀を振り上げながら、左手から炎の渦を放つ。
炎がサンドロスの足元を狙い、風魔法で軌道を曲げ、水の鞭が横から襲う。
近距離で三属性の魔法を織り交ぜた連続攻撃。
騎士団員たちは息を飲み、砂埃が舞う中、二人の動きを必死に追う。
サンドロスは体を低く沈め全て避ける。
一瞬の隙にバク転を決め、地面を蹴って後方へ跳んだ。
着地と同時に、両手を前にかざし、青白い電気が指先でバチバチと弾ける。
雷魔法の構えを取った瞬間、ナーバスの顔が引き攣った。
「まさか……!」
サンドロスの口元に、ニヤリと薄い笑みが浮かぶ。
練習場の空気が震え、砂地に小さな雷の火花が散った。
「いつの間に魔法使えるようになったんですか!?」
サンドロスは淡々と答えた。
「何年会ってなかったと思ってんだ」
ナーバスは苦笑し、頭を掻いた。
「あっ、俺馬鹿でした...」
サンドロスは軽く笑い、手を振り下ろした。
雷が一閃し、ナーバスの手から木刀が弾け飛んだ。
ナーバスは顔を上げ、慌てて体を起こすが、すでにサンドロスが目の前に立っている。
木刀の先が首元にピタリと突きつけられ、冷たい感触が肌に触れる。
ナーバスはゆっくりと手を上げ、降参のポーズを取った。
「ま、負けました……」
サンドロスは木刀を下げ、静かに言った。
「成長はしてたよ」
ナーバスは地面に座り込んだまま、頭を下げた。
「ありがとうございます……」
その時、屋敷の方向から拍手が聞こえてきた。
王がニヤニヤしながら歩いてくる。
二日酔いの顔を隠しきれず、少しフラフラしながらも、声は弾んでいる。
「また一段と強くなってるな、サンドロス!」
ナーバスは慌てて立ち上がり、王に駆け寄った。
「王! 大丈夫なのですか?」
王は手を振って笑った。
「すまんな、ナーバス、二日酔いじゃ」
ナーバスはため息をつき、肩を落とした。
「無理は体にこたえますよ!」
王はサンドロスに近づき、肩を叩いた。
「そろそろサンドロスが出発するから起きてきたんじゃ。
そしたら騒がしい音が聞こえて来てみれば……」
王は練習場を見渡し、騎士団員たちの興奮した顔を見てくすくす笑った。
「見事な手合わせじゃったな」
サンドロスは王の顔を見て言う。
「もうこんな時間か。
リサル起こしてこないとな」
王は神妙な面持ちでサンドロスに聞いた
「昨日寝ながら考えてたんじゃが……お主ら……付き合っておるのか?」
サンドロスは振り返り、軽く眉を上げた。
「リサルと俺か?」
王は探るようにに頷く。
「そうじゃ。
聞いてた感じひとつ屋根の下で共同生活……男女で……だぞ?」
サンドロスはため息をつき、肩をすくめた。
「そうですけど、俺とリサルはそんな関係じゃない。
俺が養ってんだ」
王は目を輝かせ、身を乗り出した。
「なるほど、じゃあリーシャはまだチャンスあるんじゃな?」
サンドロスは即答した。
声は静かだが、きっぱりとした拒絶。
「ありません」
そう言いながら、サンドロスはその場を後にした。
客室に戻ると、リサルはまだベッドの中で眠っていた。
銀髪が枕に広がり、穏やかな寝息を立てている。
サンドロスはベッドの端に腰を下ろし、軽く肩を揺すった。
「リサル、起きろ!帰るぞ」
リサルは目を擦りながらゆっくり起き上がり、寝ぼけ眼でサンドロスを見た。
「……ん……もう朝?」
サンドロスは立ち上がり、洗面台の方へリサルを連れていく。
「そうだ。
顔洗って、着替えろ。
村に帰るぞ」
リサルは洗面台の前に立ち、水を手にすくって顔を洗い始めた。
冷たい水で目を覚まし、銀髪を軽く梳く。
その時、廊下から足音が近づいてきた。
ドアが少し開き、リーシャが顔を覗かせた。
青い髪を朝の陽光に輝かせ、頰を少し赤らめて立っている。
「おはよう……サンドロスさん……リサルさん……」
サンドロスは洗面台の横で手を拭きながら、軽く頷いた。
「おはよう、リーシャ」
リサルは髪を梳く手を止め、リーシャに微笑んだ。
「おはよう……」
リーシャはドアの枠に寄りかかり、照れくさそうに言った。
「お別れですね……」
「あぁ、でもまた会えるさ。
定期的に寄ってやるから」
リーシャは万遍の笑みを浮かべた。
頰に喜びの赤みが差す。
リサルとサンドロスは荷物をまとめ、屋敷を出た。
外へ出ると、街の門近くに馬車が用意されていた。
立派な木製の馬車で、1頭の馬が静かに待機している。
王が手を挙げ、笑顔で近づいてきた。
「サンドロスや、馬車を用意した。
これで帰るといい、馬はお主にやる!」
サンドロスは馬車を見て、軽く目を細めた。
「気前いいな。 ありがたい」
リサルは馬車に近づき、荷物を荷台に置いて言った。
「これで道中だいぶ楽になるね」
サンドロスは馬の首を軽く撫でながら、静かに答えた。
「魔獣馬じゃないのが悔やまれるが、贅沢はいわん。
さて、帰るか」
リサルは荷台の腰掛けに座り、サンドロスは御者台に上がった。
馬をなでると、初めて会ったのにもう既に懐いてるようだった。
馬はサンドロスの手に鼻を寄せ、静かに息を吐く。
王妃が微笑みながら言った。
「サンドロスの優しさが分かるのね」
王は手を大きく振って叫んだ。
「気をつけて帰るんじゃぞ、サンドロス!」
サンドロスは馬の手綱を握り、軽く頷いた。
「はいはい……リーシャは?」
王は少し肩を落とし、苦笑した。
「朝お主と会ってから、リーシャが部屋から出てこないのじゃ。
別れるとこ見たらついて行きたくなる……って言ってな」
サンドロスが微笑み、王に伝言を残す。
「そうか……リーシャに伝えくれ。
近々ちゃんと会いに来るからって」
王はニヤニヤしながら、髭を撫でて頷いた。
声にからかうような響きを込めて。
「伝えておくぞ。
リーシャ、喜ぶじゃろうな〜」
サンドロスは軽くお辞儀をし、手綱を引いて馬を走らせた。
馬車がゆっくりと動き出し、石畳の道を王宮の門から離れていく。
王は手を大きく振って見送り、王妃は優しく微笑みながらリーシャの部屋の方を見やった。
馬車は街の門をくぐり、道中は穏やかな揺れに包まれた。
リサルは荷台の腰掛けに座り、心地よい揺れに身を任せてうとうとし始めた。
銀髪が肩に落ち、赤い瞳が半分閉じ、穏やかな寝息が漏れる。
荷台から時折ガタガタと音がするが、サンドロスは御者台で前を向いたまま気にとめない。
馬の蹄の音と車輪の軋みが、静かな道を満たす。
村に着いた頃には、陽が中天に昇っていた。
門のすぐ近くで、村長が杖を突きながらサンドロスに気づいた。
片目の傷跡が朝陽にくっきりと浮かび、声が弾む。
「なんじゃ! その馬車は!」
サンドロスは手綱を引き、馬車を止めて軽く笑った。
「譲り受けたんだ……これから移動が楽になるな」
村長は目を丸くし、杖を地面に叩いて近づいてきた。
「王宮からの贈り物か?
サンドロス、お前また何かやったな……」
リサルは荷台で目を擦りながら起き上がり、眠たげに周りを見回した。
村の門、馴染みの木々、住民たちの声。
少女は荷台から降り、静かに微笑んだ。
「ただいま……」
村長は杖を突きながら、馬車を眺めて笑った。
リサルが馬車の荷台から顔を出し、サンドロスの背中に向かって小さく言った。
「リーシャ……下ろしてあげて……」
サンドロスは軽く頷いた。
『そなたは神を信じる?』
「あぁ……」
二人はとっくに気づいていた。
荷台の隅、布で隠された隙間に、青い髪の少女が小さく丸まって隠れていた。
サンドロスが馬車を止め、荷台に手を伸ばして布をめくると、
スヤスヤと眠っているリーシャが姿を現した。
青い髪が乱れ、頰を赤らめて穏やかな寝息を立てている。
少女はこっそり忍び込んでいたのだ。
サンドロスは静かにリーシャをお姫様抱っこで持ち上げ、村の道を歩き始めた。
リサルは荷台から荷物を下ろし、後を追う。
サンドロスは小屋の扉を開け、リーシャを中へ運んだ。
部屋は狭く、ベッドは一つだけ。
元はサンドロスのベッドだったが、今はリサルが使っている。
サンドロスはベッドにリーシャを優しく寝かせ、布団をかけた。
少女は眠ったまま小さく身じろぎし、穏やかな寝顔を見せる。
サンドロスはベッドの横に立ち、リサルに視線を向けた。
「すまんな、リサル……ベッド狭くなるが、いいか?」
リサルは荷物を床に置き、静かに頷いた。
「私は大丈夫……」
サンドロスは暖炉に薪をくべ、晩御飯の準備にかかった。
鍋に野菜と肉を入れ、火を調整する。
部屋に温かな匂いが広がり、リーシャの寝息が静かに響く。
リサルはベッドの端に座り、リーシャの寝顔をじっと見つめていた。
サンドロスが鍋をかき混ぜていると、料理の匂いが小屋の中にゆっくりと広がり始めた。
煮込んだ野菜と肉の香ばしい香り、軽く効かせたハーブの風味。
その匂いに誘われるように、ベッドの上でリーシャのまぶたがゆっくりと開いた。
リーシャは体を起こし、青い髪を軽く手で払いながら、ぼんやりと部屋を見回した。
リーシャの瞳が、暖炉の火とサンドロスの背中を捉える。
少女は少し驚いた顔で、ぽつりと呟いた。
「……ここは……?」
サンドロスは鍋から顔を上げ、静かに答えた。
「起きたか、ここは俺の家だ」
彼は3人分の食器に料理をよそい、テーブルに並べ始めた。
蒸気が立ち上るシチューと、パン、簡単なサラダ。
シンプルだが、温かみのある食事だった。
リサルはベッドに腰をおろし、膝の上に古い本を開いていた。
銀髪を耳にかけて、静かにページをめくっている。
リサルは赤い瞳を優しく細めた。
「おはよう、リーシャ」
リーシャはベッドの端に座ったまま、頰を少し赤らめて周りを見回した。
部屋の狭さ、暖炉の火、テーブルの上の3人分の食器。
すべてが現実だと実感し、少女は小さく息を飲んだ。
「……私」
サンドロスは食器を並べ終え、静かに言った。
「王宮から勝手に付いてきたんだろ?リーシャが起きてからあの馬鹿な王に色々問いただそうとしていたんだよ」
リーシャはベッドから降り、テーブルに近づいた。
サンドロスとまだ一緒にいれるという現実が頭の中で走り回り、瞳が少し潤む。
少女は椅子に座り、小さな声で言った。
「……ありがとうございます……」
サンドロスは自分の席に座り、静かにフォークを取った。
リサルは本を閉じ、テーブルに移動しながら、リーシャに優しく微笑んだ。
「温かいうちに食べましょう」
3人は静かに食事を始めた。
小屋の中に、シチューの湯気と、穏やかなスプーンの音だけが響く。
リーシャは時折、サンドロスの顔をそっと盗み見ながら、ゆっくりとスプーンを動かしていた。
食べ終わった後、小屋の中は静かだった。
暖炉の火がパチパチと音を立て、残り火が部屋を柔らかく照らしている。
リサルとリーシャはベッドに並んで座り、リーシャはまだ少し緊張した様子で膝の上に手を置いていた。
リサルは静かにリーシャの肩に寄り添うように座っている。
サンドロスは食器を片付け終えると、部屋の隅から古い木の椅子を引きずってきて、二人の前に置いた。
椅子に腰を下ろして通信魔法具を取り出した。
彼は短く息を吐き、魔法具に魔力を流して王宮に繋いだ。
サンドロスは低く、落ち着いた声で言った。
「王……リーシャが着いてきてるんだが、」
通信具の向こうから、王の声がすぐに返ってきた。
少し酒の残りが残っているような、からかうような響きが混じっている。
「あぁ、知っとるぞ。っというか、ワシらが仕向けたのじゃよ」
サンドロスは一瞬、言葉を詰まらせ、椅子に深く背を預けた。
「……仕向けた?」
王はくすくすと笑いながら続けた。
「リーシャがどうしてもって言うからな。
お前が帰るって聞いた瞬間、部屋から出てこんようになったんじゃ。
ワシらも、娘があそこまで本気なら……少し背中を押してやるしかないじゃろ?」
リーシャはベッドの上で顔を真っ赤にし、膝の上で手をぎゅっと握った。
リサルはそんなリーシャの肩を優しく撫でながら、静かに微笑んでいる。
サンドロスは通信具を握ったまま、ため息をついた。
「……勝手なことを」
王は楽しげに声を弾ませた。
「まぁ、細かいことはいいじゃろ。
リーシャは無事か?
お前がちゃんと面倒見てやってくれよ、サンドロス」
『そなたは神を信じる?』
サンドロスはリーシャの方をちらりと見て、静かに答えた。
「あぁ……大丈夫だ」
王は通信具の向こうで、少し得意げな声で言った。
「考えてみろサンドロス……国にリーシャを置いておくより、サンドロスの傍の方が安心じゃ。
リーシャの目の件もあったじゃろ?
だから任せるのじゃ……サンドロスじゃなかったら、こんな潔く送り出さないわい」
サンドロスは椅子に腰を低く沈ませ、溜息を着いた。
「はぁ……分かったよ……
リーシャは預かっておく……リーシャが満足するまでだがな」
王は満足げに笑い、声を弾ませた。
「任せたぞ!」
通信がプツリと切れた。
魔法具の光が消え、小屋の中に再び暖炉の火の音だけが残る。
サンドロスは通信具をテーブルに置き、ゆっくりとリーシャの方を向いた。
「……リーシャ……」
リーシャはベッドの端に座ったまま、緊張で体を固くして答えた。
「は、はい……」
サンドロスは少し間を置いて、静かに聞いた。
「畑仕事はしたことあるか?」
リサルは優しく微笑んだ。
「覚えれば簡単よ?」
リーシャは膝の上で手をぎゅっと握り、恥ずかしそうに首を横に振った。
「やったことは無いです……」
サンドロスは軽く頷き、立ち上がって暖炉の火を調整した。
「なら、明日から少しずつ教えてやる。
村の仕事はみんなでやるもんだ」
リーシャは小さく頷き、赤い頰のままサンドロスの背中を見つめた。
リサルはそんなリーシャの肩を優しく撫で、静かに言った。
「大丈夫。
私も一緒にやるから」
小屋の中に、暖かい火の音と三人の静かな息遣いが混じり合う。
リーシャはベッドの上で少し体を縮めながらも、瞳に小さな期待の光を浮かべていた。




