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3話:ルミエルの姫

リサルが酒屋の前で足を止めた。

店先の木製の看板に、葡萄の絵が描かれ、ほのかに発酵した甘い香りが漂ってくる。

少女の赤い瞳が、看板をじっと見つめている。


サンドロスはリサルの横に立ち、黒髪を軽く払って言った。


「帰りに酒でも飲むか?

今日は遅いし、宿に泊まる予定だから飲んでもいいぞ」


リサルは少し目を輝かせ、すぐに頷いた。


「飲みたい」


サンドロスは小さく笑い、袋を肩にかけ直した。


「分かった……じゃあ急ごう」


リサルは魔王時代から美食家だった。

食べ物には目がなく、酒もまた、最高級のものを味わっていた。

今は少女の姿で、力は落ちているが、舌の記憶は変わらない。

二人は建材の買い出しを終え、空が暗くなり始めた頃、酒場へ向かった。


酒場の扉を開けると、木の温もりと酒の香りが迎えた。

店内は賑やかで、冒険者や商人、旅人たちがテーブルを囲んでいる。

店主がカウンターから顔を出し、声を張った。


「いらっしゃい! 何にしますか?」


サンドロスはカウンターに近づき、短く注文した。


「赤ワインを二杯。

あと、軽いつまみも」


店主は頷き、すぐにグラスを準備した。

二人は奥のテーブルに座り、ワインのグラスを傾ける。

リサルは一口飲んで、目を細めた。

渋みと果実の甘みが舌に広がり、懐かしい味。


「……美味しい……」


サンドロスはグラスを回しながら、静かに頷いた。


「ああ。この街のワインは、昔から変わらない」


その時、隣のテーブルから冒険者パーティの声が聞こえてきた。

鎧を脱いだ戦士と、魔法使いの女性、盗賊風の男がテーブルを囲んでいる。


「ルミエルの姫さん、目が見えなくなったんだってよ」


その瞬間、サンドロスがグラスをテーブルに置く音が響いた。

ガチン、と硬い音。

彼は音を立てて立ち上がる。


リサルは驚いて顔を上げた。


「サ、サンドロス……?」


サンドロスはリサルに視線を向け、静かに言った。


「ごめん、なんでもない。

用事ができた。

先に出る……宿に戻っといてくれ」


サンドロスは袋を肩にかけ、急ぎ足で酒場の扉をくぐった。

背中がすぐに人ごみに消える。

リサルはグラスを握ったまま、呆然とその背中を見送った。


店内の喧騒は変わらず続く。

リサルはワインを一口飲み、胸のざわつきを抑えた。

ルミエルの姫……

サンドロスが急に立ち上がった理由は、まだわからない。

だが、胸に、静かな不安が広がり始めていた。


外では、夜の街灯が点り始めていた。

リサルはグラスをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。


宿で寝てると夜遅くにサンドロスが帰ってきた。


リサルはベッドの中で浅い眠りについていたが、ドアの開く小さな音で目が覚めた。

薄暗い部屋に、月明かりが窓から差し込んでいる。

サンドロスは静かにドアを閉め、黒髪を乱れたままソファーに体を投げ出した。

服に土と汗の匂いが混じり、息は少し荒い。

彼は何も言わず、ただ背を向けて横になった。

リサルはベッドから体を起こしかけたが、

サンドロスの肩がわずかに震えているのを見て、言葉を飲み込んだ。


「……おかえり」


小さな声で呟いたが、サンドロスは返事をせず、すぐに寝息を立て始めた。

リサルは毛布を引き寄せ、深追いせず目を閉じた。

胸の奥に小さなざわつきが残ったが、疲れが体を重くし、すぐに眠りに落ちた。


翌朝、二人は軽く街を散策した。


朝のルミエル王国は、昨夜の喧騒が嘘のように静かだった。

露店が開き始め、朝食の匂いが通りを満たす。

リサルは昨日買ったキャラメルをポケットに入れたまま、サンドロスの隣を歩いた。

サンドロスは黒髪を後ろで軽く束ね、いつも通り落ち着いた足取り。

昨夜の疲れは見えず、瞳は穏やかだ。


二人は市場を抜け、街の中央広場へ。

広場では噴水が水を噴き上げ、子供たちが走り回っている。

リサルは噴水の水音を聞きながら、ふとサンドロスの横顔を見上げた。


「……昨夜、遅かったね」


サンドロスは噴水の水面を見つめ、静かに答えた。


「ああ。

用事が少し長引いた」


リサルはそれ以上聞かず、ただ頷いた。

サンドロスは広場の端にある大きな建物――ギルドの看板が見える方向へ歩き出した。


「ギルドに向かう。」


リサルはポケットのキャラメルを一つ取り出し、口に放り込んだ。

甘さが広がり、静かに街を歩き始めた。


『某は神を信じるか?』


ギルドの重い扉を開けると、内部は木の温もりとインクの匂いが混じった空気に満ちていた。

カウンターの向こうで、受付の女性――サードが書類を整理していたが、サンドロスを見るやいなや目を輝かせた。


「サンドロスさん! お久しぶりですね! そちらの方は?」


サンドロスはカウンターに近づき、静かに答えた。


「久しぶり……サード……こいつはリ……えっと、」


彼はサードの耳元に顔を寄せ、小声で耳打ちした。


「こいつは魔王リサルだ」


サードは一瞬目を丸くしたが、すぐにくすりと笑った。


「またあなたはとんでもないことしてますね、もう驚きませんよ」


リサルはカウンターの向こうの女性をじっと見つめ、赤い瞳を細めた。


「サンドロス……この女の人、誰?」


サンドロスはカウンターに肘を付き、低い声で答えた。


「他の人には内緒だが、サードも魔人だ。

元俺の勇者パーティーの僧侶だったんだ」


サードは書類を片付けながら、懐かしげに微笑んだ。


「そうよ、リサルさん。

500年前、あの時代にサンドロスと一緒に戦ってました。

今はギルドの受付をしながら、この街でひっそり暮らしてるの。

魔人だってバレないように、髪を染めて、瞳の色も魔法で変えてるけどね」


リサルはカウンター越しにサードをまじまじと見た。

女性の髪は明るい茶色に染められ、瞳は人間らしい深い緑。

だが、魔人の気配は確かに感じられる。

穏やかな笑顔の裏に、500年前の戦いを生き抜いた強さが隠れている。


「……そうだったの……」


サードはリサルに優しく微笑み、声を潜めた。


「魔王リサル……復活したって噂は聞いてましたよ。

サンドロスさんが連れてくるのには、びっくりしましたけど……

今は、ただの少女みたいね。

街では気をつけてくださいね。ここはまだ、人間中心の街ですから」


サンドロスはカウンターに寄りかかり、静かに言った。


「用があるのは、ルミエルの件だ。

詳しい話、聞かせてくれ」


サードは表情を少し引き締め、書類の山を軽く叩いた。


「わかりました。

奥の部屋で話しましょう。

リサルさんも、一緒に来てください」


リサルは頷き、サンドロスの後について奥の部屋へ向かった。

ギルドの喧騒が遠ざかり、静かな廊下を歩く。

少女の胸に、昨夜のざわつきが再び蘇る。

ルミエルの姫……

サンドロスが急に立ち上がった理由が、少しずつ繋がり始めていた。


奥の部屋の扉が閉まると、サードは鍵をかける


部屋は狭く、書類の山と地図が壁を埋め尽くしている。

彼女は椅子を引き、座ってから静かに話し始めた。


「サンドロスさんに監視依頼受けてからずっと、ルミエル姫を極秘で監視してましたが……前月からとあるパーティーと密会してるみたいで、先日監視員が目を離した隙にルミエル姫の目が見えなくなっていると……報告が私の元に入り、調査した結果、ルミエル一族に伝わるとある魔法が関与してることが分かったんです」


サンドロスは壁に寄りかかり、腕を組んだ。

瞳の青白い光がわずかに強くなる。


「等価交換魔法だな?」


サードは小さく頷き、指を一本立てた。


「いかにも!」


リサルは二人の会話を聞きながら、赤い瞳を交互に動かした。

少女の声は小さく、戸惑いが混じる。


「なにそれ?」


サンドロスはリサルの方を向き、静かに説明した。


「ルミエル一族は代々、等価交換魔法ってのが使えて……ルミエルの血を引く者が最も欲するものの価値と、交換相手の欲するものの価値が同等になった時に、交換されるという魔法だ」


リサルは眉を寄せ、首を傾げた。


「……むずかしい……」


サンドロスは軽く息を吐き、例を挙げてわかりやすくした。


「例えば俺がルミエルの血を引いてると仮定して...チョコが欲しい、リサルがキャラメル欲しいとなれば……俺のキャラメルと、リサルのチョコが無条件で交換され俺の元にチョコ、リサルの元にキャラメルが出てくる

価値が同等なら、魔法が発動して交換される。

価値が同等かの判定はどうやってるか分からんがな」


サードは書類の山から一枚の古い羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。


「大昔、ルミエル一族の始祖が富と力を交換し、富を得たが戦闘ができなくなったという話が語り継がれてるんですよ。

それ以来、一族は魔法を極秘にし、代々血を薄めながら継承してきた……

今回、姫が目が見えなくなったのは、恐らくこの魔法の代償です。

姫が何かを強く欲し、相手と価値が同等になった瞬間、交換が成立した」


サンドロスは羊皮紙を覗き込み、静かに言った。


「相手は……とあるパーティーの誰かか」


サードは頷き、声を潜めた。


「そうです。

監視員の報告では、姫が最近接触していたのは、冒険者パーティーのリーダー格の男。

彼の欲求が……姫の『視力』と交換された可能性が高い」


リサルはテーブルに寄りかかり、羊皮紙を見つめた。

古い文字と図形が描かれた紙に、少女の赤い瞳が映る。


「……姫は、何を欲しかったの?」


サンドロスは静かに息を吐き、部屋の窓から外の街を見た。


「それは……まだわからない。」


サードは書類をまとめ、鍵を開けた。


「サンドロスさん……どうしますか?

私の方で監視を続けますが、直接動くなら……」


サンドロスは黒髪を軽くかき上げ、決意を込めて言った。


「俺が調べる。」


ルミエルの姫……

サンドロスが急に動いた理由が、少しずつ繋がり始めていた。


ギルドの待合室に戻ると、三人は隅のテーブルに座った。

サードは書類を広げ、低い声で続きを説明しようとしたが、

リサルはまだ等価交換魔法の話が頭に残り、ぼんやりと周りを見回していた。

サンドロスは壁に寄りかかり、腕を組んで静かに待っている。


その時、待合室の奥から小さな声が聞こえてきた。

リサルとサードは気づかないが、サンドロスの耳にははっきり届いた。


「ボス! 目が見えるようになったんですか?」


「あぁ! 馬鹿な女を騙して視力をゲットしたんだ! 世界がこんな美しいとは!!」


「しかしボス……ルミエル姫に手を出して大丈夫なんですか?」


「あぁ大丈夫だ、勘繰られる前にずらかる!」


声の主は、二人の男だった。

一人は革鎧を着た大柄な戦士、もう一人はフードを被った細身の男。

二人はギルドの扉をくぐり、笑いながら入ってきた。


その瞬間――


サンドロスが立ち上がった。

黒髪の下から、殺気が放たれる。

部屋の空気が一瞬で重くなり、温度が下がったように感じた。

サードはカウンターの陰で息を飲み、リサルはサンドロスの背中を見て体を硬くした。

上級冒険者たち――カウンター近くのベテラン剣士や魔法使いたち――も一斉に視線を向け、息を潜めた。

だが、二人の男は気づかない。

まだ笑い声を上げながら、カウンターへ向かっている。


サンドロスの瞳が青白く輝き、手がゆっくりと握りしめられた。

殺気が鋭い。

周囲の空気が震え、近くのキャンドルの炎がわずかに揺れる。


リサルはサンドロスの袖を軽く掴んだ。


「……サンドロス……?」


サンドロスは低く、静かに答えた。


「……あいつらだ」


サードは陰から小声で言った。


「サンドロスさん……ここで動くと街に騒ぎが広がります。

監視員に連絡しますか?」


殺気が、再び部屋を満たす。

上級冒険者たちが立ち上がり、剣に手をかける者もいた。

リサルは立ち上がり、サンドロスの背中を見つめた。


男たちがカウンターの方からこちらへ近づいてきた。

革鎧の戦士が先頭で、フードの男が後ろからニヤニヤしながらついてくる。

二人はサンドロスとリサル、サードのテーブルに気づき、声を上げた。


「サードさ〜ん! いないと思ったら、そんな小汚い奴らと話してたんすか?

そんなのより俺らとお茶しましょうや〜!」


サードはため息をつき、答えた。


「いつも断ってますよね。

そろそろしつこいですよ」


男たちは笑い声を上げ、テーブルに近づいてくる。

戦士がリサルを見て、舌なめずりするような視線を投げた。


サンドロスは殺気を押し殺すように、深く息を吸った。

肩がわずかに上がり、黒髪の下から青白い光が一瞬強く閃いたが、すぐに抑え込まれる。

深呼吸をもう一度し、ゆっくりと息を吐いた。


リサルはサンドロスの袖を軽く掴み、小さく言った。


「大丈夫? サンドロス……」


サンドロスはリサルに視線を落とし、静かに頷いた。


「あぁ、すまない。

大丈夫だ」


男たちはテーブルに寄りかかり、大声で笑った。


「何話してんだ?まぁ、女は上玉だな……

2対2で行くか!」


二人は大笑いした。

戦士がリサルの肩に手を伸ばそうとした瞬間


サンドロスの目が青く光った。

部屋の空気が一瞬で冷え、近くの上級冒険者たちが息を飲む。

サードはカウンターの陰で手を握りしめ、リサルはサンドロスの袖を強く掴んだ。


戦士は手を止めて、サンドロスの瞳を見て顔を歪めた。


「お前……魔人か?」


フードの男が慌てて後ずさり、笑いが凍りつく。


「まじすか!? あぁ〜怖い怖い!」


二人はまだ気づいていない。

サンドロスの殺気が、部屋全体を包んでいることに。


男たちがサンドロスを指さし、声を上げた。


「魔人がギルドに居るってどういうことだよ〜! サードさ〜ん! これは問題じゃないっすか?w」


戦士の男が大げさに笑い、フードの男が肩を叩いて同調する。

周囲の上級冒険者たちは息を潜め、剣の柄に手をかけたまま動かない。

サードは眉を寄せ、リサルはサンドロスの袖を強く握った。


その時――

サンドロスがゆっくりとテーブルに肘を乗せ、黒髪の下から顔を上げた。

表情は呆れたように見えて、口元に嘲笑が混じっている。

声は低く、しかし部屋全体に冷たく響いた。


「〝魔人〟がどうした? 怖いか?〝凡人〟」


一瞬、待合室が凍りついた。

男たちの笑いが止まり、戦士の顔から血の気が引く。

フードの男が後ずさり、喉が鳴る音が聞こえた。


サンドロスの瞳が青白く輝き、殺気が再び部屋を満たす。

今度は抑えきれない怒りが混じっていた。

男に煽られ、つい爆発してしまったのだろう。


リサルは声にならない悲鳴を上げ、胸を押さえた。

――リサルはサンドロスに会った日の一言を思い出した。


「俺はどうも煽り耐性低くてな」


サンドロスは煽られ...感情のストッパーが崩壊したのだろう


リサルはサンドロスの背中を見つめ、震える声で呟いた。


「……サンドロス……」


サンドロスはリサルに気づき、殺気をわずかに抑えた。

だが、男たちに向けた視線はまだ冷たい。


男たちはようやく気づいた。

戦士が剣を抜きかけ、フードの男が後ろへ下がる。


「お、お前……やる気かよ……!」


サンドロスは立ち上がり、ゆっくりと一歩踏み出した。


「そうだ。

だから……どうした?」


部屋の空気がさらに重くなる。

上級冒険者たちが剣を抜き、仲裁に入ろうとするが、サードが手を挙げて制した。


「待って……!」


リサルが行った


「サンドロス……街では騒ぎ起こすなって……言ったのに……」


サンドロスはリサルに視線を落とし、静かに息を吐いた。

瞳の青白い光が、少しだけ弱まる。


「……すまん。

俺は……煽り耐性、低いんだ」


騒ぎを起こすなと言った張本人がいま、騒ぎの中心に自ら足を踏み入れている。


男たちは後ずさり、戦士が剣を構えながら叫んだ。


「サード! こいつらをどうにかしろ! 魔人が街にいるなんて……!」


サードは静かに言った。


「落ち着いて。

サンドロスさんは……この街の味方よ。

あなたたちがルミエル姫に何をしたか、全部知ってるわ」


男たちの顔から血の気が引いた。


「……何を……」


サンドロスはゆっくりと歩み寄り、二人の前に立った。

殺気は抑えられているが、存在感だけで男たちは動けない。


部屋の空気が、静かに緊張する。

男たちは逃げ場を失い、上級冒険者たちがゆっくりと囲む。

ギルドの待合室は、今、静かな嵐の中心になっていた。


上級冒険者の一人――鎧を着た大柄な剣士が、ゆっくりと立ち上がった。

彼はテーブルに手をつき、男たちを睨みつけた。

声は低く、しかしギルド全体に響く。


「今の話、本当か?

俺たちの姫ちゃんをあんな目に合わせたのは、お前たちなのか?」


待合室の空気がさらに重くなった。

他の冒険者たちも息を潜め、剣や杖に手をかける。

ルミエルの姫――リーシャ・ルミエル。

街の人々からの信頼は厚く、王族の立場を感じさせない穏やかで優しい振る舞いが、老若男女問わず人気だった。

彼女の笑顔は街の象徴のようなもので、誰もが「姫ちゃん」と親しみを込めて呼んでいた。


剣士はサンドロスに視線を移し、静かに言った。


「あんた、とんでもなく強いな。

戦わんでもわかる。立ち姿や発する気で分かるんや……

俺らはあんなにちょっかいかける気はない……が、ちょいとこのガキを調教したくてな。

ここは譲って貰えんか?」


剣士の目は、戦士とフードの男に向けられていた。

他の上級冒険者たちも頷き、ゆっくりと男たちを囲むように位置を取る。

サードが出てきて、静かに言った。


「ギルド内での喧嘩は禁止ですが……この場合、例外として認めるわ。

サンドロスさん、好きにどうぞ」


サンドロスはゆっくりと息を吐き、黒髪を軽く払った。

青白い光が瞳で静かに揺れている。


「……調教、か」


サンドロスは一歩踏み出し、二人の男の前に立った。

殺気は抑えられているが、存在感だけで男たちは動けない。

戦士は剣を抜きかけ、フードの男は後ずさる。


「お前たち……リーシャの視力を奪った理由を、聞かせてもらおうか」


男たちは顔を見合わせ、戦士が強がって笑った。


サンドロスは静かに手を上げた。

青白い電気が指先でバチバチと弾け、部屋の空気が震える。


リサルはサンドロスの背中をじっと見つめ、胸のざわつきを抑えた。


上級冒険者たちが男たちを囲み、剣士が声を上げた。


「ガキども……街の姫ちゃんに手を出した罪は、重いぞ」


男たちは逃げ場を失い、戦士が剣を構えた。


サンドロスはゆっくりと息を吐き、上級冒険者たちに視線を移した。

黒髪の下から、青白い光が静かに消えていく。


「好きにしろ」


短く言い残し、彼はテーブルから離れた。

背を向け、ギルドの出口へ歩き出す。

殺気は完全に収まり、足取りはいつも通り落ち着いている。


リサルは慌てて立ち上がり、サンドロスの背中を追いかけた。

サードも後を追う。


ギルドの外へ出ると、夕陽が完全に沈み、街灯が点り始めていた。

サンドロスは門の近くで足を止め、深く息を吸った。


リサルが息を切らして追いつき、サンドロスの袖を軽く掴んだ。


「サンドロス……?」


サンドロスはリサルに視線を落とし、静かに言った。


「サード……ギルド長に連絡してくれ。

ルミエル家に繋げて欲しいと」


サードは頷き、すぐにギルドの通信魔法具を取り出した。


「分かりました」


数分後、サードの表情が少し変わった。

通信具を耳に当て、短く応答した後、二人に伝える。


「ギルド長から連絡です。

別所にあるギルド総括本部に来て欲しいと……今すぐです」


サンドロスは軽く頷き、歩き出した。


「行こう」


三人は街の中心から少し離れた、ギルド総括本部の建物へ向かった。

重厚な石造りの建物は、夜の闇に溶け込みながらも、窓から漏れる灯りが厳かな雰囲気を醸し出している。

入り口の衛兵がサンドロスを見ると、すぐに道を開けた。


ギルド長室へ通されると、部屋の中央に座ったガタイのいい男が葉巻をくゆらせていた。

髭をたくわえ、肩幅の広い体に革のコートを羽織った男は、万遍の笑みを浮かべてサンドロスを迎えた。


「久しいの! サンドロス!

またお得意のお人好しやってんのか〜?」


サンドロスは部屋の中央に立ち、静かに答えた。


「そんなとこだ。

で? 繋がったか?」


ギルド長はゆっくりと立ち上がった。

笑みが消え、目が真剣になる。


「ああ、繋がったよ、んで?何がしたい」


ギルド長室の空気が、少し重くなった。


サンドロスは机の前に立ち、ギルド長――サルバンを見据えた。

声は静かだが、確かな決意が込められている。


「ギルド長……いや、サルバン……

ルミエルの姫……リーシャに会わせてほしい」


リサルはサンドロスの横で小さく首を傾げた。


「サルバン?」


サードがリサルの耳元でそっと説明した。


「ギルド長の名前だよ。

サンドロスさんはギルド長の、まぁ……恩人みたいな人だね」


サルバンは葉巻を灰皿に押しつけ、ゆっくりと息を吐いた。

万遍の笑みが少し消え、目が真剣になる。


「リーシャ姫にか?」


サンドロスは頷き、言葉を続けた。


「あぁ。

リーシャには何も話さず会わせてほしいんだ」


サルバンは再び座り、机に肘をつき、指を組んでサンドロスをじっと見た。


「……あんたがそう言うってことは、何かあるんだろうな……

分かった。やってみる」


サルバンは通信魔法具を操作し、ルミエル王家直通の回線に繋いだ。

短いやり取りの後、数分で返事が来た。


サルバンは通信を切り、ゆっくり立ち上がった。


「今日の1時間後……会えるそうだ。

王宮の裏庭、プライベートな場所でな」


サンドロスは軽く頷き、黒髪の下から静かな視線を上げた。


「ありがとう、サルバン」


サルバンは肩をすくめ、いつもの笑みを戻した。


「礼はいいさ。

お前が動くってことは、街のためになるんだろ?

それに……リーシャ姫のためにもな」


サードは二人を見送った。


「気をつけてね。

リーシャ姫は……優しい子だけど、最近は心が弱ってるみたいだから」


1時間後、王宮の裏庭に着いた。


夜の庭は静かで、月明かりが芝生を銀色に染めていた。

中央のベンチに、すでに一人の少女が座っていた。

青い髪が風に揺れ、見えなくなった目はつぶられており、穏やかな顔で風を感じているようだった。

その姿は誰が見ても絵になると口を揃えて言うだろう……美しい、儚い、しかしどこか強い光を宿した少女。


リサルはサンドロスの隣で立ち止まり、小さく呟いた。


「あの子が……?」


サンドロスは静かに頷き、低い声で言った。


「そうだ。

リサル、着いてきてもいいが……音も立てるなよ?」


リサルは頷き、息を潜めた。


「分かったわ」


二人はゆっくりとベンチへ近づいた。

足音を殺し、芝生を踏む音さえ最小限に抑える。

リーシャ姫は風に髪をなびかせ、静かに座ったままだった。


サンドロスがベンチの前に立ち、軽く咳払いをした。

喉を鳴らす小さな音が、夜の静けさに響く。


サンドロスが声を出すとリサルの目が見開かれる...サンドロスの声ではなく先程の冒険者...ミールの声そっくりだったのだ


彼女の表情がぱっと明るくなった。


「あら! 来てくださったのね! ミールさん!」


サンドロスは静かに微笑み、声を低く抑えて答えた。


「あぁ……目は大丈夫か?」


リーシャは穏やかな笑みを浮かべた。

声は優しく、しかしどこか切なげだった。


「目なんか、ミールさんと居られるなら……」


リサルはサンドロスの背中から、少女の姿をじっと見つめた。

青い髪、閉じた目、穏やかな笑顔。

しかし、その言葉の奥に、深い悲しみと諦めが混じっているのが感じられた。


サンドロスはベンチの横に立ち、リーシャの隣にゆっくりと座った。

リサルは少し離れたところで立ち、息を潜めて見守る。


ベンチの端に腰を下ろし、リーシャの隣に座ったまま、静かに息を吐いた。

月明かりが青い髪を照らし、閉じた目が穏やかに見える。


サンドロスはゆっくりと口を開いた。

声は低く、抑揚を抑えて。


「……すまない、少し忘れっぽくてな。

リーシャの視力と、俺の何を交換したんだっけ?」


リーシャは閉じた目で微笑み、風に髪をなびかせながら答えた。

声は優しく、しかしどこか切ない響きを帯びていた。


「ミールさんは忘れん坊ですね……

愛ですよ?

私は人に愛されたくて、尊敬とかじゃなく、異性として……それを願った。

だから付き合ってくれたんでしょ?

それなら視力でも、なんでも、……」


その言葉が終わらないうちに、サンドロスの歯がぎりりと鳴った。

黒髪の下から、青白い光が一瞬強く閃き、拳が膝の上で固く握られる。

殺気ではない。

もっと深い、抑えきれない怒りと、後悔のようなものが、静かに体から溢れ出していた。


リーシャはサンドロスの気配を感じたのか、閉じた目をわずかに動かし、首を傾げた。


「……ミールさん?」


サンドロスは歯を食いしばったまま、声を絞り出すように言った。


「……愛、か」


リーシャは穏やかに頷き、手を伸ばしてサンドロスの袖に触れた。


「はい……ミールさんがいてくれるだけで、私は幸せです。

目が見えなくても……あなたの声が聞こえるだけで……」


サンドロスの拳が、さらに強く握られた。

指の関節が白くなる。

彼は目を閉じ、深く息を吸ってから、ゆっくりと言った。


「……リーシャ。

お前が欲した『愛』は、本物じゃなかった」


リーシャの指が、わずかに震えた。


「……え?」


サンドロスはベンチの端に座ったまま、リーシャの肩に置いた手をゆっくりと離した。

月明かりの下で、瞳の青白い光が静かに消えていく。

声は低く、しかしはっきりとした言葉が、リーシャの耳に届いた。


「リーシャが視力を渡したミールはお前に愛なんて1ミリもないんだよ」


リーシャの閉じた目が、わずかに震えた。

穏やかだった表情が、ゆっくりと崩れていく。

少女の指がベンチの端を強く握り、声が掠れる。


「……そんな……ミールさんは……」


その時、裏庭の小道から足音が近づいてきた。

リサルが息を切らして走ってくる。

銀髪が夜風に乱れ、赤い瞳がサンドロスとリーシャを交互に見つめた。

少女はサンドロスの袖を掴み、慌てた声で言った。


「いいの? 話しても……」


リーシャは突然の声に体を硬くし、閉じた目で周囲を探るように首を動かした。

声は震え、混乱が混じっている。


「だ、だれ? あなた達は誰なの?」


サンドロスはリサルに視線を落とし、静かに頷いた。


「あぁ……いい。

もう、隠す必要はない」


彼は立ち上がり、リーシャの前に膝をついて目線を合わせた。

穏やかな声でゆっくりと言った。


「お前の最愛のミールは、騙してたんだよ。

リーシャが欲した『愛』と、奴が欲した『視力』……

奴はそれを、ただ利用しただけだ、偽りの愛で欲しいものだけ奪っていったんだよ」


リーシャの肩が震え、声が詰まる。


「……嘘……ミールさんは……私のこと、愛してくれて……」


リサルはサンドロスの横に立ち、リーシャの震える肩を見つめた。


「……リーシャさん……」


リーシャは閉じた目から涙を溢れさせる。


サンドロスはリーシャの肩を抱き、静かに言った。


「お前は、ただ純粋に……愛を求めただけだ。

それを利用した奴が、悪い」


リーシャはサンドロスの胸に顔を埋め、小さく泣き始めた。

月明かりの下で、少女の青い髪が震える。

サンドロスはリーシャの背中を優しく撫で、静かに呟いた。


「リーシャ……今しんどいのは分かる……

分かるが、ここまでの経緯を話してほしい」


リーシャは震える息を整え、ゆっくりと頷いた。

閉じた目から涙が止まらず、声は掠れながらも、言葉を紡ぎ出す。


「は、はい……私……体が不自由な人が住む施設によく行くんです。

できることないか探すために……そこでミールさんと出会って……

目が見えないと言ったあの人の傍でお手伝いをしていて、

惚れっぽい性格の私……ミールさんが好きになってしまって」


サンドロスは無言で聞いていた。

拳は膝の上で固く握られ、関節が白くなる。


「……」


リーシャは涙を拭うように顔を上げ、言葉を続けた。


「そんな日が続いたある日、ミールさんが私の持つ術を使って目を治して欲しいと言ってきて……

私は、ミールさんからの愛がもらえるならと、承諾して……」


声が途切れ、肩が震える。

閉じた目から涙が止まらず、ベンチの端を強く握る。

サンドロスはリーシャの肩を抱き、静かに背中を撫でた。

声は低く、しかし確かだった。


リーシャは閉じた目をゆっくりと伏せ、風に青い髪をなびかせながら、ぽつりと呟いた。


「私のことを、ちゃんと見てくれる人はもういないのかな……」


サンドロスは隣で静かに答えた。


「そんなことない。

人生は長いんだ。何が起きてもおかしくない」


彼はゆっくり立ち上がり、月明かりの下でリーシャを見下ろした。

声は穏やかだが、決意が込められている。


「リサル……リーシャを見ててくれ。

ミールを連れてくる」


リサルが頷いた。


「……わかった」


サンドロスは裏庭を後にし、夜の闇に消えた。


数十分後、足音が再び近づいてきた。

サンドロスが一人を引っ張るように連れて戻ってきた。

ミールはボロボロだった。

服は破れ、顔は腫れ上がり、唇から血が滴っている。

冒険者たちにリンチされた跡が、月明かりにくっきりと浮かぶ。


ミールはサンドロスの腕を振り払おうと暴れたが、力が入らない。


「くそっ! 話せ! なんて力してんだよこいつ!」


リーシャはベンチから体を起こし、閉じた目で声の方向を探った。

声が震える。


「み、ミールさん……」


ミールはリーシャの声に気づき、慌てて叫んだ。


「おい! リーシャ! こいつら止めろ! 止めろって!」


リーシャはゆっくり立ち上がり、静かに言った。


「ミールさんに1つお聞きしたいことが……」


ミールは必死に声を張った。


「なんだ!? なんでも言ってみろ!」


リーシャは閉じた目で、穏やかに、しかし確かな声で尋ねた。


「ほんとに私の事……好きなのですか?」


ミールは即座に答えた。

声は必死で、しかし滑らかだった。


「好きさ! 世界でいちば……」


言葉が紡がれることはなかった。


ミールの体に、青白い電撃が走った。

バチバチと音を立て、男の体が痙攣する。


「あがががが!!」


リサルはベンチの横に立ち、指先から小さな雷を放っていた。

少女の赤い瞳が冷たく光り、口元に薄い笑みが浮かぶ。


「救いようのないクズね……」


サンドロスはミールを見下ろし、静かに言った。


「リサル……なんだこれ」


リサルは指を軽く振って電撃を止め、淡々と答えた。


「嘘ついたら電撃が走る魔法よ。

私が拷問する時に使ってた魔法だよ」


サンドロスは一瞬目を細め、すぐに頷いた。


「……後で教えてくれ」


リサルは小さく笑い、頷いた。


「もちろん」


二人は顔を見合わせ、ケッケッケと悪い顔で笑い合った。

月明かりの下で、二人の影が長く伸びる。

リーシャは震える手でベンチを握り、静かに泣いていた。

裏庭の風が、三人と一人の男を優しく、しかし冷たく包んだ。


リーシャは地面で体を折り曲げ、膝を抱えてうずくまった。

閉じた目から涙が止まらず、肩が激しく震え、嗚咽が漏れる。

青い髪が乱れ、地面に落ちた涙が小さな染みを作る。

少女は声にならない泣きじゃくりを続けていた。


リサルの銀髪が月明かりに揺れ、赤い瞳が優しく少女を見つめる。

リサルは静かにリーシャの腕を掴み、そっと立ち上がらせた。


「……立って」


リーシャは抵抗する力もなく、リサルに導かれるまま立ち上がった。

リサルはベンチに座り直し、太ももを軽く叩いてリーシャを招いた。

リーシャは震える体を預けるように、リサルの太ももに頭を乗せた。

リサルは穏やかに、ゆっくりとリーシャの青い髪を撫で始めた。

指先が髪を梳き、優しく頭を撫で続ける。

リーシャの嗚咽が、少しずつ小さくなっていく。


「……大丈夫よ。

もう、泣かなくていい」


リサルはリーシャの頭を撫でながら、静かに囁いた。

少女の震えが、徐々に収まっていく。

月明かりの下で、二人の影が重なり合う。


一方、サンドロスはミールの髪を強く掴み、ゼロ距離まで顔を近づけた。

黒髪が落ち、青白い瞳が男の目を射抜く。

声は低く、抑揚を抑えた冷たい響き。


「今からてめぇの視力をリーシャに戻す。

いいな?」


ミールは髪を掴まれた痛みと恐怖で顔を歪め、必死に抵抗した。


「嫌だ! やっと手に入れたこの……!」


サンドロスはミールの髪をさらに強く引き、瞳を細めた。


「リサル……やっていいみたいだ」


ミールは目を大きく見開き、慌てて叫んだ。


「え? 言ってな……!」


リサルはリーシャの頭を撫で続けながら、静かに顔を上げた。

赤い瞳が冷たく光り、口元に薄い笑みが浮かぶ。


「物分りがよくて助かる」


指先から小さな青白い電気がバチッと弾け、ミールの体に再び走った。

男の体が痙攣し、喉から苦しげな声が漏れる。

リサルはリーシャの髪を優しく撫で続けながら、淡々と呟いた。


「……嘘つきには、お仕置きが必要よね」


サンドロスはミールの髪を掴んだまま、静かに頷いた。


「あぁ……始めようか」


裏庭の月明かりが、四人を冷たく照らしていた。


サンドロスの拷問は数時間に渡った……

交換した物を戻すには、双方の同意が必要だからだ。

ミールは変な根性を見せて断り続け、歯を食いしばり、唸り声を上げながら耐えていた。

だが、最終的には折れた。

体を震わせ、涙と汗にまみれながら、震える声で承諾した。


リーシャは震える手で膝を握りしめていた。

閉じた目から涙が止まらず、青い髪が乱れ、風に揺れている。

少女は小さな声で、しかし確かな決意を込めて言った。


「そ、それじゃ……お願いします……」


リサルはゆっくりと立ち上がり、リーシャとミールの間に立った。

銀髪が夜風になびき、赤い瞳を静かに瞑る。

次の瞬間、足元から青白い光が湧き上がり、リサルを優しく包み込んだ。

光はゆっくりと広がり、風が大きくなる。

木の葉がざわめき、裏庭全体の空気が震え始めた。

リサルの体が、ふわりと宙に浮き上がる。

少女の髪が重力に逆らって舞い、青白い光が彼女の周りを渦のように回転する。


サンドロスは少し離れたところで腕を組み、黒髪を風に揺らしながら静かに呟いた。


「やっぱ魔法はリサルに頼むべきだな」


リサルは数多くの魔法を開発してきた第一人者だ。

魔王時代に生み出した禁忌の術式、魂の結びつきを操るもの……

光が頂点に達し、風が一瞬強く吹き荒れた。

リサルはゆっくりと目を瞑ったまま、両手を広げた。

青白い光がリーシャとミールの体に伸び、二人を繋ぐ糸のように絡みつく。

光が脈打ち、交換の流れが逆転する。


「……はぁ……終わったわ」


リサルはゆっくりと地面に降り立ち、息を吐いた。

体から光が消え、髪が静かに落ちる。

リサルは疲れたように目を細め、リーシャの方を見た。


リーシャはゆっくりと目を開けた。

青い瞳が月明かりを映し、涙で濡れている。

少女は自分の手を見つめ、ゆっくりと周囲を見回した。


「……見える……」


視界が戻った。

庭の芝生、月明かり、木々の影、そしてサンドロスとリサルの姿。

リーシャの唇が震え、涙が新たに溢れる。

今度は喜びの涙だった。


一方、ミールは目を開けた瞬間、顔を歪めた。

世界が暗闇に包まれ、視界が完全に失われている。


「くそっ!! 見えねぇぇ!」


男は地面に膝をつき、両手で目を覆って叫んだ。

視力が完全に奪われ、闇の中で体を震わせる。


『某は神を信じるか?』


サンドロスはミールの襟を掴み、ゆっくりと引き起こした。


「……お前は、これから一生、暗闇の中で生きろ」


リーシャは立ち上がり、視界が戻った喜びに震えながら、サンドロスに近づいた。

少女はサンドロスとリサルの袖を握り、涙声で言った。


「……ありがとう……サンドロスさん……リサルさん……」


リサルはリーシャの頭を優しく撫で、静かに微笑んだ。


「……もう、大丈夫よ」


リーシャは涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。

視力が戻った瞳がサンドロスとリサルを捉える。

少女の声は震えながらも、感謝の色が濃く染まっていた。


「なんとお礼を言ったらいいか……」


サンドロスは短く答えた。


「そんなものいらねぇよ」


リサルはリーシャの隣に立ち、優しく言った。


「そうよ? 大丈夫だから」


リーシャは両手を膝の上で組み、頰を赤らめて少し照れくさそうに続けた。


「ご料理とか、ご馳走できたらと思いまして……」


リサルはサンドロスの袖を軽く引いて、微笑んだ。


「サンドロス……絶対に行きましょう」


サンドロスはため息をつき、肩をすくめた。


「はぁ……しょうがないな……」


リーシャは通信魔法具を取りだし使用人に伝えた


「大事な恩人をもてなすから料理と部屋を用意してちょうだい、後...お父様もお母様も呼んで」


サンドロスもポケットから小型の通信魔法具を取り出し、サードに連絡を入れた。

短く、しかし確かな声で。


「サード……ミールを牢に入れとけ」


通信が切れると、リーシャは二人に手を差し出した。


「ささ! 屋敷へどうぞ!」


三人は王宮の裏庭から、静かな通路を通ってリーシャの私邸へ向かった。

とんでもなく広い屋敷だった。

石造りの壁に蔦が絡まり、庭園には噴水と花壇が広がり、使用人たちが灯りを点け始めている。

騎士団員が門で敬礼し、リーシャが「恩人です」と軽く説明すると、すぐに道を開けた。


屋敷の玄関ホールに入ると、使用人たちが一斉に頭を下げ、騎士団員が壁際に並ぶ。

奥からリーシャの両親――ルミエル王と王妃――が出てきた。

王は威厳ある髭をたくわえ、王妃は優しい笑みを浮かべている。

二人はサンドロスとリサルを見て、深々と頭を下げた。


「本当に……ありがとうございます。

リーシャの視力を取り戻してくださって……」


王が顔を上げた瞬間、表情が凍りついた。

王妃も同じく、サンドロスの顔をまじまじと見つめる。

王の声が震えた。


「あ、え? お主、お名前は……」


サンドロスは静かに答えた。


「さ、サンドロス・ギバン……」


王と王妃の目が見開かれた。

王はゆっくりと息を飲み、王妃は手を口に当てた。

ホールに静寂が広がる。

使用人たちが息を潜め、騎士団員がわずかに身を固くする。


王はゆっくりと一歩踏み出した。

王妃は涙を浮かべ、震える声で言った。


「本当に……?」


リーシャは両親の反応を見て、驚いたように目を瞬かせた。


「お父様……お母様……?」


王はホールに響く声で、興奮を抑えきれずに叫んだ。


「ナーバス!! 来いッ!!」


声が石壁に反響し、使用人たちが一瞬体を硬くした。

数秒後、重い足音が廊下から近づき、鎧の擦れる音と共に、騎士団長ナーバスが走って駆けつけた。

ガタイのいい体に重厚な銀の鎧を纏い、肩当てにルミエル王家の紋章が輝いている。

ナーバスは王の前に片膝をつき、ヘルメットを脱いで頭を下げた。


「どうされましたか! 王!」


王は興奮冷めやらぬ声で、指をサンドロスに向けた。


「サンドロスじゃ! サンドロスが帰ってきたぞ!」


ナーバスはゆっくりと顔を上げ、サンドロスの顔をまじまじと見た。

一瞬、目を見開き、ヘルメットを落としそうになった。


「サンドロス様じゃないですか!!」


声がホールに響き、使用人たちがざわつく。

ナーバスは立ち上がり、興奮で肩を震わせながらサンドロスに近づいた。


サンドロスは黒呆れたように肩をすくめた。


「大袈裟だ」


リサルはサンドロスの横で、状況が飲み込めず赤い瞳を瞬かせた。


「……どういうこと?」


サンドロスはリサルに視線を落とし、静かに説明した。


「俺は元々ここの騎士団長をやってたんだよ。

ナーバスはその時の副騎士団長だった奴だ」


ナーバスは目を潤ませ、拳を胸に当てて深く頭を下げた。

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