104.星を導くもの
スヴェンの手当てをして、一時間後。アーサーが起きてきたのを機に、温室でアーサーとラルフ、スヴェン、アンジェリカ、そしてサリヤと皆で円卓を囲んでいた。
珀蘭は薬で眠らせ、サリヤは冷水を飲みながら重い口を開く。
「サリヤ、その、大丈夫? 無理に話さなくてもいいのよ」
「すみません。今回のことも、すべて私が巻き込んだことです」
そして、とサリヤは口を開く。
「先ほど、話したアーシャですが。私は地球のアーシャという半地下に暮らす民の出です」
ぽつり、ぽつり、と口をひらく。彼らは黙って聞いている。時々深呼吸をして、彼らの方を見ないようにする。逞しい身体、たぶん惹かれているのはフェロモンか何か。なんでこんなにイケメンなのか。いや、もう……イケメンじゃなくてもいい。
だれでもいい、と心の中で叫びそうになる。
「アーシャは夢を見守り時に身をゆだねる。私が皆さんに夢で導いたのはその力です。その巫女は予言の力があり周辺諸国では嫁にと請われています」
ここからは言いたくない。
「そして……アーシャの民は、部外者を嫌いますが、女性に対しては別です。あまりにも閉鎖的なので、血が濃くなるのを恐れて、――嫁にするために他国から連れてくるのです」
これまで黙っていたスヴェンが、硬い顔で口を開く。
「それは、強制的に? それってちょっと」
彼らのような文明が進んでいる世界ではそうだろう。そしてサリヤの世界でもあまりにも遅れている考え方だ。
「――愛、だそうです。連れてきた女性を徹底的に愛します」
「それは――」
そしてアーサーは苦いものを含んだように口を閉ざす。彼でさえもうまい言葉が出てこないようだ。だってDVに近い。
「私の祖母は巫女の力があると先々代の巫女に予言され連れてこられた。けれどその見返りとして、産まれた娘を嫁がせると大国と約定をかわしていたそうです」
ずっと黙って皆が聞いている。
「ですが――母は」
そこで、一度口を閉ざした。
「母は、嫁入りの前に他の男性を愛し密かに子を産みました。それが私です」
彼らは口を閉ざし聞き入っている。スヴェンが微かに動いた椅子が軋みをあげた。
「母は男性と駆け落ちしましたが、連れ戻されました。そして処女性を失っていることにその国は激怒し、約定のまま生まれた子は神の生贄にされました」
「それって、まさか……」
アンジェリカが小さく悲鳴をあげた。他の三人は何も反応しない。さすがだと思う。
「生贄としての巣に落とされ私はその時死ぬはずでした。けれどその神獣と契約を交わした。そして託されたのが珀蘭です」
幻獣に見いだされ契約を交わしたものは、自分の魔力を与え育てる代わりに、魔法が使えるようになる。
サリヤの場合は、幻獣よりも上位の神獣だっただけ。より使命が重くなっただけで、アーシャの民としての使命にはかわりない。
「わかった」
そうアーサーは言った。
「君の大事な秘密を明かしてくれてありがとう」と。
けれど、なぜ彼らを今回の騒ぎに巻き込んだかは伝えていない。
「ここから、伝えること。それは皆さんには迷惑になります。だから私を見捨てるのが一番だと思いますし、構わないでください。たぶん、軽蔑すると思います」
皆が目を交わし合い、そしてアンジェがサリヤの肩を叩く。
「サリヤ」
「試練をこえ戻ったので私はそれが流れとして認められ、巫女となりひとつの使命を帯びました。それは――星を導くこと」
「星?」
目の前のアーサーに頷く。彼は身を乗り出していたが、困惑を浮かべている。ここでなぜ星がでてきたのかという顔。
「星を背負うものを導く、私が先代の巫女に命じられたことです」
なんて回りくどいことを言ってるのだろう。
「星を探し出すこと、導くこと、それが私の使命。その星というのは比喩で、私は前の世界の団長達の誰かだと思っていました」
彼らは頷かない。じっと見ている、そしてサリヤも目を外さない。
「でも。ここに来て」
サリヤは言葉をきる。彼らは気がついたようだった。アンジェリカでさえも目を見開いて男たちに順に目をむける。
「俺たちも、星を背負うもの、と」
「……はい」
スヴェンは、星の唯一の生き残り。
ラルフは、星から出された唯一の生贄。
アーサーは、星を背負う皇子。
「今回のことは、私の背負う運命が引き起こしたことかもしれません。でもアーシャの民でのことです。皆さんに関係ない、だから構わず私を……見捨ててください、手遅れになるまえに」
サリヤは爪を手のひらに食い込ませる。痛みでこのおかしな感覚がなくなればいいのに。話していてもおかしな感覚はなくならない。
「待ちなさい、サリヤ。君はどうしてそこまで切羽詰まっているのか」
ラルフがサリヤの両肩を押さえる。サリヤは首を振る。こんなこと一生誰かに告げるつもりはなかった。身体の疼きがサリヤを急かす。
男性を好きになることはない。だってそれは自分の運命ではないから。
アーシャの使命として、サリヤが産むのはその星の相手。
「私は、その“星”の――相手の男性の子を産むように定められています」
その時、彼らの表情が変わる、と予想していたのに。きっと引きつるか能面になると思ったのに。
なぜか彼らはこれまでと同じ真剣な顔をしていた。伝わってくる感情も同じだった。
「あの……」
「それは、君の望むことか?」
アーサーが静かに尋ねる。サリヤは混乱したまま首を振る。
「私の意思は、関係ありません。――流れに任せよ、がアーシャの定めです」
彼らがようやく息を吐く。そしてアンジェリカが手を重ね優しくたたく。なぜこんな軽蔑させるようなこと言って、まだ引かれていないのだろう。
「軽蔑しないんですか。頭がおかしいとか」
魔法師団内では、このことは口にはしていない。
「前も伝えたが」
そう言って、アーサーが切り出す。
「宇宙にでると種族によってさまざまな信仰がある。それを我々は否定しない。君のアーシャではそれが当然なんだろう。ただ、我々がそれに関係があると言われると戸惑いがあるが、ね」
アーサーの言葉にサリヤは肩を落とす。ホッとした。微かにアーサーが笑みを見せる。
「それらに選ばれたのは光栄だが、君にすれば大きな問題だろう。そして、今回の事象は――そのために起こったと考えているのか」
サリヤは頷いた。アーシャの導きで、星と出会う。そして……彼らの子を産むために自分に発情期が来たのであれば、辻褄が合うのだ。
サリヤは意気込んで口を開く。
「ごめんなさい。絶対に皆さんに手は出しません。この現象が終わるまで、私は個室にこもります。絶対に襲いませんから」
サリヤは罪人のように両手を差し出す。それを彼らは唖然と見ている。だってさっきはスヴェンを襲ってしまったから。
「襲いませんからって、あのさ」
スヴェンが足の長い丸椅子から立ち上がり、サリヤの頭を撫でる。
「君のほうからの誘いであっても、傷を負うのは大抵は女の子の方なんだから。だからそんな風に言わなくて……いいよ」
それは穏やかな優しさを含んだ瞳で、あんなことをしたのに甘えてしまいそうになる。
そしてアンジェリカが首を傾げて考え込む。
「正直、あなた達もサリヤに引き付けられてそれなりに影響されてしまうでしょうし。私は平気だけど。かといってサリヤもこのままじゃ辛いでしょ?」
サリヤは微かに頷く。恥ずかしいけれど、本当にそう。
「ブルーノに頼む?」
「……それは」
「やめといたほうがいい。変な癖がついたら困る」
速攻で答えたラルフにアンジェが眉を顰める。
「誰に?」とスヴェンが呟いて、ラルフに睨まれる。
「でも生理現象としてはしてもおかしくないのよ。とはいえ、サリヤには不本意だし。――内服の睡眠剤では弱いから、医務室で睡眠剤の点滴管理をして眠る?」
「はい。――お願いします」
話が決まったところで、皆が立ち上がる。それに慌ててサリヤは付け加えた。
「その間、珀蘭が出てきてしまうかもしれません。珀蘭にも睡眠剤をお願いします」
不可解と言う顔を見渡して、説明が足りなかったことを思い出す。
「珀蘭からの影響を私は受けますが、逆はないのです。珀蘭はいわば私の子。親は子を守りますが、子から守られることがないので。珀蘭の傷は私が負いましたが、私の傷はあの子には負わせません」
「ああ、そうなの、か」
頷くスヴェンだが複雑そうだ。珀蘭との同期は一方通行だ。
「珀蘭との契約もアーシャの流れで、発情期もアーシャの必然と考えているの?」
「どちらが先、かはわかりませんが。アーシャ流の考えとしては、その運命だった、と思うだけです。変ですよね」
「そうねえ」
アンジェは首を傾げるけど、反発はしていない。
「星を往くものとしては、物事を運命だ、と考える者が多いから気にしなくていいさ」
アーサーに言われると、伝えることにためらいがあったことが楽になる。スヴェンやラルフの複雑そうな顔には、色々な感情が込められていそうだけれど。
「さて、俺は当直に戻らなくちゃね」
スヴェンは当直に遅れた、ということだけが処罰の対象になった。何かお詫びをと言っても彼は笑って手を振るだけ。その内容は誰も言わない。
そして、サリヤの状態が落ち着くまでは接触禁止になった。
それも申し訳ないので、部屋から絶対に出ないようにしようと思う。
ところで、とラルフが思い出したようにサリヤに振り返り高い背から見下ろし尋ねる。
「さきほどあちらの世界で、星は“団長達”、と言いましたが。一人はあのグレン・バルザックですか?」
サリヤは頷く。そう、あの人達が星だと思っていた。
「ではもう一人がいるのですね。それは誰ですか?」
「ラルフ、それは控えるべきだろう」
アーサーが嗜めるが、ラルフは質問を撤回しなかった。サリヤは迷い、口を開く。
「私が第一師団のグレン・バルザック団長の前に仕えていた、第五師団の団長です」
物憂げになってしまう。あの人の名前は、声、姿、全て焼き付いている。見込まれたこと、任務を命じられたこと、そして果たしたときの褒められ方、交わした会話、すべて。
そして捨てられたときの会話。何が悪かったのか、何をしたのか。何度も反芻する。
それは、グレンに拾われたあとも、何度も何度もサリヤの頭をよぎり、未だに忘れられない。
「もう一つ、言ってなかったことがあります」
サリヤの言葉に彼らが立ち止まり、振り返る。
「ラキュス・フェリスタティ、その都市が月にあるとお聞きしました」
「……ああ」
三人が思わせぶりに目を交わし合う。それが何かはわからない。サリヤはそれよりも自分が伝える方が精いっぱいだった。
「その都市が私の世界にもあると言いましたが。そこは、私の母が嫁いだ、大国の名です」




