103.一緒の眠り
スヴェンの言葉が浸透する。ただ温かいだけのもの。欲情も、答えも求めていないように感じた。
「とりあえず、今晩はゆっくりお休み」
サリヤはベッドに横にさせられる。珀蘭が懐剣に戻り、それがサリヤの枕元に置かれる。
「どうして――」
好きになられた理由を聞かれるのを嫌う人は多い。
好きは好き、それだけだと。サリヤが理由を聞きたかったのは、その言葉の真偽を確かめたかったのと、その裏にあるものを知りたかったから。
「君が、居場所がわからない迷子のような目をしていたから」
そう、なのかもしれない。いつも居場所はない、着地点を探している。
「俺もそうかな、だから――」
口が動かなくなって眠りに落ちかける。
「今日は何もしないから――これくらいは、許して」
そして彼はサリヤを背中から抱きしめて横たわる。
「君が眠るまで。安全な、番犬としてね」
***
スヴェンの匂いがする。彼と歩くとき、闘った時、衣装を借りた時。シャンプーか、制汗剤か、それとも彼の元々の匂いか、淡いプチグレンの香り。それが強く薫る。
――お前は、アーシャの巫女。
(わかってる)
祖母からいつもその教えを受けてきた、けして逃げてはいけないと。
――アーシャの巫女は、“星”を導くもの。
定めに逆らわない。流れに身をゆだねる。けして、自分の意志をもたない。アーシャは夢を見守り時にゆだね、ただ過ごす。アーシャの巫女は、星を背負うものを導く。
――アーシャの巫女たるお前は、星を探し、身をゆだねよ。それがアーシャの巫女になったお前の定め。
(わかっています。おばあ様)
わずかな眠りだった。
眠れば欲求はなくなるかと思ったけれど、ますます強くなっている。背中にスヴェンの逞しい胸が背中にあたって、サリヤは胸を弾ませた。
彼から離れようと身体を縮こませて胸を押さえる。動悸がする。彼の寝息が頭上で聴こえる。
彼も眠ってしまったみたいだ。身体を擦り付けたい、足と足を重ねたい、胸に顔をうずめたい、それは珀蘭の欲求のはずなのに。
サリヤは背後を振り返り、スヴェンの健やかな寝息に顔をあげた。そして手を顔にそえる。微かに生えた髭が手のひらに感触を残す。
「サリヤ……ちゃん?」
自分から唇を重ねた瞬間、夢を思い出す。
(――彼は、星だ)
「……っ」
ぎょっとしたスヴェンがそれでもサリヤを抱きしめ返す、反対にサリヤは彼の胸を両手で押し返していた。
「えっ……あ、ごめっ」
彼が頭上で叫んでいる。暗い部屋で彼が慌てて指を鳴らすと、明かりが煌々とついた。サリヤからキスをしたのに、抱きしめ返したらサリヤが拒絶した。
それを両方ともわかっているのに、彼の方が謝っている。
そしてサリヤも起き上がり、口元を両手で覆った。
明るすぎるサリヤの部屋で、スヴェンがもう一度指を鳴らすと少し照明が落ちる。
「ごめん、寝てた」
「いいえ……」
全然、抑制が効かない。いまこうしていても、また同じことをしてしまいそう。ジャケットを脱いで逞しい彼の身体に抱き着いてしまいそうだ。
向こうに移る姿見では、途方にくれた目でスヴェンを見ている自分。それに罪悪感を覚えない男性はいない。
「……俺、出ていく……ごめん!」
スヴェンが一緒にいないほうがいいと申し出てくれている。けれど、鏡に映る自分は何度も胸を上気させていて、明らかに発情している。
モノ欲しそうな目に自分でもわけがわからない。出ていくスヴェンも、すぐには出て行かない。彼も動けなくなっている。
サリヤは首を振る、でもそうじゃない。
「違うんです……でも、違わない」
変な言葉遣い。スヴェンが立ち上がり、部屋付きの水道から水を汲んでコップに入ったそれをサリヤに渡す。それを受け取らずに、ベッドに両手をついたままサリヤはずっと首を振った。
その時、規則正しいノックの音が響いた。
『スヴェン、そこにいるのか』
それはラルフの声だった。
サリヤとスヴェンが返事をするには、一瞬の間があった。それに畳みかけるようにラルフの声が響く。
『スヴェン・アルバ、職務放棄、及び一般婦女暴行罪で――』
「ちょっと待ってください!」
声を出したのはサリヤの方が先だった。慌てて立ち上がろうとするサリヤを制して素早く足をおろしたのは、身体能力の高いスヴェンだった。
「言い訳はしないよ。でも君の名誉のために出ないほうがいい」
「違うんです」
「それに当直時間を過ぎちゃったのは、俺の怠慢だから」
「スヴェンさん、だから!」
そして彼はサリヤの引き留めも待たずに、ドアをあける。ベッドの上にいて手を伸ばす自分と、上着を脱いでアンダーシャツだけのスヴェン。その状況をラルフがどう見たか、当事者でもわかってしまう。
ラルフが手を振り上げ、スヴェンの顔を拳で殴りつけた。
スヴェンは、わざとよけなかったのだろう。彼ほどの体重があり身体能力の高い人が、床にたたきつけられる。
サリヤはベッドから足を下ろして、慌ててスヴェンの元へと歩み寄る。
「スヴェンさん、すみません!! ラルフ、違うんです」
「――あなたは黙ってなさい、サリヤ。スヴェン、同意の上でも彼女が正常な判断能力を失っているとは知っていたはず。その上で部屋に押しかけた。反論はあるか」
「……」
前半はサリヤに、後半はスヴェンに。ラルフはサリヤに目を向けず、そして冷ややかにスヴェンに告げる。悪夢だ。こんな情けない修羅場を作る女なんて情けない。
スヴェンが切れた口端の血を拭いながら黙って起き上がる。
「……ないよ。けど、彼女の貞節は侵してない。――俺の言い訳ではなく」
「今はキャプテンが非番だ。その話はあとで聞く」
話がどんどん進んで行く。いつもそうだ。自分が話さないばかりに。
「サリヤちゃん、ごめん」
スヴェンがサリヤを見ないまま、立ち上がりラルフと共に出ていこうとしたところで、サリヤは声を張り上げた。
「違うんです!! 聞いてください、私の、アーシャの血のせいなんです!」




