101.クルー達
たっぷり運動をして、シャワーを浴びて疲れれば、それで性欲がなくなるわけではない。むしろアドレナリンが出まくりになり、余計な興奮状態になる。
珀蘭が興奮状態だ。サリヤも負けそう。
アンジェの医務室を訪ねれば、彼女は仕事を片付けている最中だった。
「珀蘭に、睡眠剤を打ってくれない?」
「動物に打ったことはないけど、サリヤは辛そうね」
ぼうっとアンジェを見ていると、彼女の柔らかそうな唇にでさえもキスをしてしまいそう。
「別に私の国では、女性同士でも親愛でキスをするからいいわよ」
「なぜか止められなくなりそう……」
「女性同士でも偏見はないわ。でもこういう状況だと冷静に判断できないしね」
サリヤに注射器のようなものを渡してくるが、針はない。
「当てるだけで薬液が出てくるの。首元を押さえて肌を露出させて、打ってね。鎮静効果もあるから効くとは思う」
ただ、とアンジェは念押しをする。
「ちゃんと部屋の鍵をかけて眠ってね。あなたにも睡眠効果が効いちゃうのでしょう? 明日の朝には薬効が切れるから、そのあとはどうするか決めましょう」
――だいたい、動物の発情期っていつ終わるのだろう。珀蘭は強制的に眠らせた。
自分に関しては、うつらうつらと眠っているのにその中でも感覚が消えない。
珀蘭という獣との同期のせいだろう、触れ合いたい方が強い。身体をすり寄せたい、甘えたい。
その相手は男性に望んでしまうのがやっかいなところ。もちろん、女性相手でもやっぱり問題だけど。枕を抱きしめて耐える。
(もう、誰でもよくなってきた)
いや、よくない。でも逞しい体に包まれたい。抱き着きたいし、背中から包まれたい。珀蘭が気に入った相手にするように、頬を擦りよせたい。団長の姿が浮かんでサリヤは唸った。
彼と行為は勿論したことはない。望むことさえ恐れ多い。でも優しい目で見られたり、からかわれたり、髪の毛をくしゃくしゃにされたりするだけで固まり、彼は苦笑してそこで終わらせてしまう。
(懐かしくて、悲しくなる)
素直になれたらよかったけど、きっと目の前にしたらまた素直になれない。立ち尽くすだけ、そしていつ呆れられないかをどこか恐れている。
それでも夢で望むぐらいはいいだろう。
自分の夢は操れないけど、きっと今日ぐらいは――
不意に暗闇で目が覚める。それは本能だった。ベッド脇においた懐剣を掴み乗りかかろうとした相手の喉元に逆手で柄を突き上げる。
『うわっ』
男の焦った声、気配は三人。
「誰かが釣れるかと思えば、ただの雑魚で残念です」
サリヤは呟いて、暗闇の中、まず銃を持つ男の手首をねじり上げた。同時に、自分の上にまたがった男の秘所を蹴り上げる。
二人が転がり落ちる音を聞きながら、サリヤは奪った銃を左手に持ち男の額に照準を合わせた。
暗闇でも、その感触はわかるのだろう。男が息をのんだ。
打つ必要はなかった、いつの間に部屋に入ったのか、すでにスヴェンが最後の一人を気絶させ、直後にはサリヤが相手にしていた男性の背後から首を締めあげていた。
「連邦艦隊、第百二十条――一般市民に対するあらゆる暴力、侮辱の禁止。しかも保護女性に対する強姦未遂罪」
「スヴェン、そんな」
「ちょっとしたお遊びだろ!」
スヴェンは、それらの言葉にいっそう不快気に怒気を強める。見えなくてもわかる。仲間に向ける目には軽蔑を隠さなかった。
「報告書にいくらでも言い訳を書くんだな。俺は見逃さないけど」
ドアの向こうには、スヴェンの部下らしき人達が銃を構えて立っていた。
「俺とブルーノは警告した。二回目はないとね」
彼らが入ってきて、男性達を拘束する。
「夜分なので、今日は留置所。処分はキャプテン次第だから」
最初は震えていた彼らは、開き直ったようにスヴェンとサリヤを憎々し気に見つめて、去っていく。
「――明かりを」
スヴェンが言うと、部屋に明かりがつく。立ち尽くしていると、スヴェンはサリヤから銃をそっと取り上げる。サリヤは逆らわずそれを預けた。
「左で撃てるんだね」
そっと呟く彼に、サリヤは頷く。隠すほどのことじゃない。
「私は、両利きですから」
スヴェンは小さく息をつく。これも小さな隠し事になるのだろうか。
「十分強みだよ。戦闘ではね。こんなところで披露はもったいないくらいに」
そしてスヴェンは椅子に掛けてあったオウダクスのジャケットを、サリヤの上にかける。
それから、ベッドに座らせたサリヤに向かい合うように、椅子を引いて距離をあけて座った。
「さてと。自分を餌にしたこと、俺が怒っているのがわかる?」
スヴェンが来るかもしれない、多分きてくれると昼間の視線でわかっていた。
「わざわざアンジェの部屋に取りに行った睡眠薬。アンジェからも連絡が来ていたから護衛はするつもりだったけど、どうしてそうしたの? 君は正常じゃないし、まるで襲ってくれとばかりに見せつけた」
「侵入者があれば意識にふれるようにしてありました。彼らの視線はずっと感じていたので、そろそろだと思ったのです」
通りすがりに感じる視線。そして狙っていれば、その機を逃さず来るような気がした。
「――で、こんなことを?」
スヴェンの目が見逃さないようにベッドを指さす。
「自分を狙う相手、もちろん通常では命ですが――それには罠をはって先制攻撃、その癖が出てしまいました」
サリヤが生真面目に頷くと、スヴェンは大きく息をつく、サリヤにもわかりやすく。
ちょっとやり過ぎたと反省もする。
「アイツらとは気が合わないし、サイテーだけどね。男を甘く見過ぎ」
通常の判断ではなかった。よその船だし、大人しくすると決めていたのに。頭を下げると、何とも言えないため息が返ってくる。
「その発情期のせいかな。かなり俺でも危ういよ。君を抱きしめたいし――触れたい」
(怒られていたのじゃなかったの?)
疑問は一瞬。
彼と話していて、言葉が耳から通り過ぎる。気が抜けたのか、それとも睡眠不足のせいか。
スヴェンは魅力的だ。先ほどの三人とは段違いで、一緒にいると、だんだんおかしくなってくる。
彼の立派な体躯。そしてわずかに漂うサンダルウッドとプチグレン、シャンプーの香りだろうか。
黒髪を両手で挟んでくしゃくしゃにしたい。
「サリヤちゃん? ――その目でみられるとね」
(くしゃくしゃに、したい?)
サリヤは今の想像に、顔をあからめた。その顔にスヴェンは苦笑を浮かべる。見透かされたのならば、自分は最低だ。
彼は困った目でサリヤをみて、それから息をつく。悩ましいため息だった。
「率直に聞くよ、どうすればいい?」




