100.お相手?
今、私は何を? いや、確かにラルフとキスをしようとしていた。それはどうして?
彼に何かを言わなくちゃいけない、でも言えない。
そう思いながらラルフを見ていると、彼はまだ何かを話しかけてくるライの腕を引き一緒に出て行こうとする。
「今はダメです」とか「休ませなさい」とか。
そして、いきなり行動を止めてドア付近のパネルを操作すると呼び出し音の後、向こうからブルーノの声が聞こえてきた。
「ブルーノ、サリヤの警護を頼む」
『ライが漏らしたんで話は聞いてる。確かにサリヤを狙ってる男は多いもんね。でもいいの? 私、男も女もどっちもいけるクチなんだけど』
「……」
黙って額を抑えるラルフに、ブルーノの声は続く。
『まあいいや。どのくらい効果があるのか試してみたいし――』
「ブルーノ。いい、君は非番だった。今日は休め」
「スゴイよね。まだ効果のある媚薬ってできてないじゃん。どのぐらい効果があるか確かめて――」
手を後ろに結んで、身体を左右にふりふり楽しそうにしているライに、ラルフは振り返る。
「ライ。ラボに戻りなさい」
「ねーねー。ここに監視カメラをつけていい? やっぱり興味が尽きないよ!」
(やめて!!)
「ライ!! いい加減にしろ」
サリヤが叫ぶ前に、ラルフが声を荒げてライを叱る。
皆が引き上げようと騒がしくドアが閉まる直前、スヴェンを見た。彼は陽気に手を振るでもなく声をかけるでもなく、ただ両方の口端をあげてサリヤをまっすぐに見ているだけだった。
『一夜の夢』
息を吐けば、その時のことを思い出す。十六歳になり女としての役割を与えられたときに、イースクに教えられた。
夢を導くサリヤは、相手がどんなことを望むかがわかる。それが愛を含む交わりなのか、それとも自分をいたぶるゆがんだ行為なのか。通常と呼ばれる行為、吐き気を催すものも、ただ相手の願望をそっくりそのまま極上の快楽を与えて陥らせてきた。
けれど、第一師団に行ってからはもう長い間、夢をのぞき込むことはしていない。
――今回のは違う。
サリヤはベッドに潜り込み、体を丸める。“そういう”思考になるのを抑える。
ラルフはサリヤと行為をすることを望んでいなかったし、恋愛感情もない。
(――男女は勢いで、することもあるけど)
サリヤも彼も望んでいない。巻き込んだ、迷惑をかけた、その思いでいっぱいだ。
――問題児。まさに自分がそれだ。けれど、最初からそうだった。
(体が熱い)
これは、欲望だ。
他人の性欲を煽ることを生業として来たのに、それを抑える術を知らない。その気になったら男性は止められない。じゃあ自分は?
「ううう……」
(駄目だ! ベッドにいるからおかしくなる)
部屋にあるモニターからブルーノを呼び出す。確かトレーニングルームがあったはず。部屋に一人でいるからおかしくなる、勿論二人きりでもおかしくなる。
むしろ衆目がある場所できついトレーニングがいいかもしれない。
『トレーニング? じゃあ付き合うわ』
短いストレッチパンツとシャツに身を包んだブルーノが更衣室で髪を束ねている。
胸とお尻はキュッと持ち上がり、筋肉もしっかりついているのに自信にあふれた体型。横にいると気後れするが、サリヤはブルーノから借りたトレーニング一式に身を包んで同じように着替える。
「そういえば、今、欲求不満状態でしょ?」
サリヤは一瞬だまり、彼女を見る。嫌みではなく、ホントの雑談。ロッカーのドアをパタンと閉じ、ブルーノはタオルと水筒を手にする。サリヤも彼女から拝借した同じものを手にして、彼女を追いかける。
「トレーニングで発散もいいけど、しちゃえば?」
不意をつかれてサリヤが黙れば、彼女は続ける。
「make love」
指を振り、彼女は唇を尖らす。
――それが嫌だから、解消する方法をさがしているのに。
彼女が振り返り、そうだ、と告げる。
「いい加減、敬語だかなんだかよしてよね。こっちが気を遣う」
わかりました、そう言いかけてやめる。物事をはっきり言う彼女には、対等に話したほうがいい。
「性格なので、なかなか。でも――わかった」
サリヤも頷いた。
ランニングマシーンには、アンジェがいた。タオルを横にかけてひたすら走っている。他にクルーはいない。
「別に男だけが性欲を持つわけじゃないし、艦内でも本人の責任としてやってるわよ?」
ブルーノは、自分が艦内で付き合う気はないと言ったのに。
「ブルーノ。サリヤは今困っているの。変に煽らないで」
「煽ってない、困ってるなら本能に従っちゃえばってこと」
三人で並んでランニングマシーンで走る。単調な動きだと、誤魔化そうとしていた感覚が煽られる。サリヤはモードをハードに設定する。限界になってきたら、走るだけで精いっぱいになるはず。
「っていうか、経験なし? もしかして処女?」
サリヤは足をやや滑らせそうになりながら、持ちこたえてそのまま走り続ける。
「あのイケメン団長、何やってんの!?」
「ブルーノ!」
「こういうコイバナは、訊く相手がいたほうがいいの! サリヤ?」
走りながら、サリヤは迷う。確かに、会話をしていたほうが変な感覚を誤魔化してくれる。
「団長とは何も!」
傾斜モードの負荷に負けず答える。
団長のことを考えていたほうがいい、流されたくなる背徳感を持たなくてすむ。でも今朝の夢を思い出して、恥ずかしくなる。夢に団長が出てきたから欲求したわけで。
「じゃあ、他の男性とも!?」
「マジ、処女?」
ああもう、煩いっ。 全然、発散できない。なんでそれを連想させる言葉ばかりなの!?
「――処女で悪かったわね!」
そしてカシャッというドアが開く音と人の気配。部屋の入口には、トレーニングウェアに身を包んだ、スヴェンと知らない男性達がいた。
空気が固まった、そう思ったのはサリヤだけなのか。マシーンの音とステップ音が響く中、入ってきた男性たちがそのままシューズを履いたり、マシーンに各々向かう。
「ブルーノ! 相手が欲しいなら今晩どうだ?」
「私より強い奴じゃなきゃ認めないし、私が今欲しいのは格闘戦の相手」
そっけなくかわされて、相手が苦笑と舌打ちで離れていく。男性のプライドを傷つけないように、うまい言葉で返さないとダメ。その気を見せない、そして舐められないように。
「よう、サリヤちゃん! 初めては俺がどう?」
下卑た笑いも混じるからかう声。スヴェンが眉を吊り上げるのが見えたが、ここで彼に入らせたらいけない。男性同士の連帯感というのも彼には大事で、白けさせてしまう。
そして、サリヤだって男所帯の魔法師団にいたのだ。
かわすことは慣れている。こういう時、笑みは見せない。つけいる隙を与えない。
ただしここのサリヤの立ち位置は、仲間ではないということ。跳ね除けると、敵意を持たれてしまう。
「結構です。大事な人のために取っておきます」
軽く余裕の笑みを見せて、またトレーニングにもどる。けして、欲情しているなんて見せない。あれはデマだと思わせる。けれど、ほうっとも、おおっとも声が聞こえてきた。
(――失敗かも)
前を見てランニングしながら、顔がこわばる。立ち入る隙をみせてしまった。イケる、と思わせてしまったかもしれない。
背後に気配を感じたと同時に、首に手が回されて締められる。
動いていく地面、サリヤは左右のバーにつかまり懸垂の要領で足を持ち上げ、首をキメてくる相手ごとバク転をして、振り落とす。
サリヤはそのまま地面に落としたブルーノの身体を打つべき体重をかけて腕を振り下ろしたが、すでに彼女は転がり、その位置にはいなかった。
けれど倒れたサリヤの腕を掴み、ねじる。
「ブルーノ?」
「ああん、もう。奇襲失敗」
サリヤは顔をひきつらせた。ランニングマシーンから突然引き倒されて危うく大けがをするところだった。
「ブルーノ、なんてことを! サリヤ、怪我はない?」
アンジェがマシンから降りて、こちらにのぞき込んでくる。サリヤは差し出された手を掴み起き上がり、ブルーノは自分で起き上がる。
驚いてこちらを見ている男性陣にブルーノは目を向ける。
「忘れてるかもしれないけど、サリヤは護衛すべき『お姫様』よ。ただし、見ての通りこの腕だけどね」
立ち上がったブルーノは、引き締まった腰に両手を当てて男性陣を睥睨する。
「もし何か企んだ場合は、護衛の私かそこのスヴェンが相手をするから」
仲間らしき男性達が、背後の床でストレッチを終えてウェイトを手にしたスヴェンを振りかえる。
スヴェンの赤みを帯びた瞳が、ちらりと彼らを見上げる。その目には牽制の厳しい眼差し。仲間ではなく、手出しをするなという脅しがあった。友人なのにそれでいいのだろうか。
「忘れないでよね」




