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イケメンだらけの宇宙艦へ転移しました~天の海の魔法少女~  作者: 高瀬さくら
1章.スペースシップへようこそ

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99.キス寸前

 啼く獣は、発情期だろうとわかったところで、サリヤが同期していると言ったことを思い出した。それで部屋に帰したと理解したのは彼女がドアを出た一秒後。


 でも追いかけて何かを言うこともできない。言いに行ったら変態だ。


 まず自分の席のパネルを起動させ、出勤に変えようとしたところ、キャプテンの声が上からかかる。


「――行ってくればいい」


 ひとまず大人しくなった珀蘭を撫でながらアーサーが言う。


「さすがに、今私が行くのは問題でしょう」

「心配でたまらない、という顔をしてるが」

「いいえ、――」


「解決してきてくれた方が、俺はすっきりするよ」

 

 ここ最近の自分の様子にキャプテンが気付かないわけがない。


「ですが」

「まあ、なるようになれ、だな」


 そんな無責任なことを言うから、思わず睨みつけると苦笑が返ってくる。


「そして、コーヒーでも二人分持ってきてくれ」

「では、目覚めのハーブティーを入れてきます」


 ラルフは嫌みと共にそう言って、ブリッジを退席した。


(なるように、なってしまったらどうするというんだ、あの人は)


 手をだしてはまずいだろう、彼女が傷つくし、互いに気まずい。今後の任務に支障が出る。


 ……自分が手を出さなければいい話だ。


 そう思うのに危うい。つきうごかされる衝動ではない、気がついたらそうしていた、そうなりたくなっていた、という感覚だ、そうしてもいい、と思わされている。


 サリヤは正直かなりつかめない女性だった。二十一歳であれば、まだあの童顔もうなずける。


 遠慮深さに遠い距離感、未だにスヴェンにさえも敬語を使っているのは、こちらに警戒を解いていないのではなく、甘えられない性格だろう。


 そして、男性に慣れていないのが丸わかりだった。実際、押せばイケる(落とせ)んじゃないか、という不快な雑談を男性クルー達がしていて、自分やスヴェンが黙らせていたこともある。


 けれどときどき妙な色気を見せる。所作の丁寧さや上品さと違い、隙が多い。ときどき眼差しや手の仕草に色気がある。


 サリヤの部屋に向かいながら、ラルフは考え、不意に足をUターンさせる。自分の温室に足を向けながら、眼鏡のサイドフレームを押し外界から入る光度を一段階下げる。


 宇宙艦は、地上の建造物よりも内部を明るくしてある。地球の日照が移り変わるように段々と照明を落としていき二十四時間設定で夜に当たる部分は暗くする。


 人類のサーカディアンリズムに合うように生活スタイルが築き上げられているが、昼間の設定が明るすぎるのは、崩れやすい体内時計を保つためだ。

 

 ラルフには日中に設定されている天井からの光が眩しすぎて、目が辛い。だが動くには問題のない照度だ。


 様々な星の種族の生命体がこの艦にはいるが、照度に最も過敏なのは自分だ。


 あの時、サリヤに頼んで照明を暗くしてもらったことを思い出す。男女が密室で、暗闇にいれば、よくない結果になるとわかっていたが、そのほうがよかったのは、目のせいではない。

 まだ消えない動揺を隠すためだ。


『――一緒に入りましょう』


 あの囁き声が未だに耳の奥で響く。女性の誘いは珍しくはない。いつもは何も感じず、誤解をされないようにすぐに離れるだけ。

 なのにあの時は、“彼女がそれを言った”ということに怒りを覚えた。


 彼女はそのたぐいの人間じゃないと勝手に判断していた自分への怒りだ。だが振り向いてサリヤを見た時に驚いたのは、自分(本人)のした行動の恐怖だった。


 震えて「自分はなにをしたのか」という顔をしていた。


 目が見開かれ、愕然としていた。震える手に、動かない口。思ったのは、操られたのか、それとも薬でも飲まされたのかということ。


 でも、それは彼女が発した言葉なのだ。事情はわからなかった、動揺したからだ。


 ――あの時、もう少しうまく言葉をかければよかった。見えないのだと誤魔化し、彼女の理由を深く訊かなかった。


 その後の自分の言動よりも、傷つけたことによほど堪えている。一緒に茶を飲んでほしいと言ったこと、縋り付いたこと、それよりもあのシャワー室での顔が忘れられない、傷つけた、という思いは時間がたつほど強くなる。


 人は様々な会話を交わしても、その中の一つを不意に思い出し後悔することはよくある。今がそれなのだろう。


 温室で、乾燥させたカモミールとラベンダーの茶葉を選ぶ。


「サリヤ」


 ドアを叩くと、すぐに反応があり彼女が慌てた様子で出てくる。部屋着のようなワンピース姿に、急いで羽織ったカーディガン。それをもち上げようとする手と、垣間見えた鎖骨から目を逸らす。華奢だ、あんなに闘い傷ついているのに驚くほど背も手も小さい。


 艦内にも女性の戦闘員はいるが、彼女達よりもか弱くみえる。それなのに、闘わせて自分は何をしているのか?


「ラルフ?」


 問いかけられて意識を戻す。それから敬称なく名を呼ばれていることに、口端に笑みを浮かべる、自然に浮かんだものだった。


 ビニールに包まれている上着を渡す。


「これを。新しいのです」


 それはオウダクスのジャケットだった。戦闘で使い物にならなくなったので新品をもってきたが、艦内フリーなので自分で取りにいかせればいいこと。


 でも、彼女は今そのような状態ではない、と頭の隅で考え、それもが口実だとわかり苦く思う。


「またもらってしまって、いいのですか?」

「故意に破損したのではないので。必要であれば、またいつでも。でもその機会がないことを願ってますよ」

「――わかりません、けど私も願ってます」


 冗談めかして言えば、彼女の顔に笑みが浮かぶ。


(ああ、この顔が見たかったのだ)


 仲間ではない、信用しないと言い続ければ怖がられるのも当然。それでも――仲良く談笑する他の仲間たちがうらやましくなかったわけじゃない。


 それに気が付いて、今度は苦く思う。

 それでも、こんなふうに笑い合えるのであれば。


「茶葉を持ってきました。リラックスできるものです、よければ飲んでください」


 その時、部屋の中に白い塊が入り込んでくる。


「珀蘭!!」


 サリヤが叫んで、部屋の奥へと捉まえるべく入り込む。つられて足を部屋に踏み入れれば、ドアが閉じる音がして、ラルフはしまった、と思った。


 女性と密室になるべきではない、というのは鉄則だ。けれどもう遅い。


(いや、そもそもホテル……風呂まで入っておいて、自分は何の言い訳をしてる)


 ちがう、今の彼女は具合が悪くて、中に入るつもりはなかったのに。


「珀蘭、戻りなさい」


 サリヤが言えば、珀蘭が彼女の柄に入る。それをサリヤは枕元に置いた。いつもそこに置いて眠るのか、と思いながら自分もベッドのサイドテーブルに銃を置いてあることを思い出す。


 軍人として常に銃を携帯するのは当たり前。彼女も自分の身を守るすべを常に携帯しているのだ。そこが守られるべきただの女性ではないことを思い出させる。


 けれど、その攻撃が自分に向けられたことはない。

 ならば、自分も彼女の警戒を解くべきではないか。


「体調が――悪いようなので、手短にすませます」


 体調が悪い、というよりも発情期の獣と同期していてその状態にあると聞いている。彼女はいつものように凛とした眼差しではなく、少し伏せ気味で陰った桃色の瞳で話を聞いている。それが体調のせいなのか、自分のせいなのかわからなかった。


「先日、あなたの行動に対して失礼な態度をとったことを謝罪します」

「え?」


 サリヤの目が丸くなり、その顔は陰りがなく本当に驚いているようだった。


「――ですから、浴室でのことです。もし、今回のあなたの使い魔の状態で起こしたことならば、サリヤ、あなたには不可抗力でしょう」


 あの時の自分は、確かに彼女への冷たい軽蔑に似たまなざしを浮かべていたかもしれない。普段の自分は誘いに対して断っても気にしない。けれど、今こうして謝っているのが不思議だった。


 立ち上がり、沸かしたポットから前回と同じようにお茶を入れる。ただし今回はホテルに備え付けの安い茶葉ではなく自分が育てた薬草から取った茶花だ。味は自信をもっている。


 ソーサーごとハーブティーを渡し、謝罪する。


「あなたに恥をかかせました。すみません」


 目を合わせれば、サリヤも強制的に謝罪を受け入れなければいけなくなる。それがわかり、わざと行動をしながら謝罪をした。


「いいえ。確かに私がその行動をしたのは事実です。そして女の私からであっても、ハラスメントなのは代わりありません。だから謝るのは私です、すみません」


 きっぱりとした口調に驚く。謝られたことはない、そう言えばこういう男女のことは互いに、うやむやにするのが大人の関係だ。


 ふと抱きしめて、そんなに壁を作らないでほしい、と言いたくなる。


 サクラ色の瞳は、じっと見ていたくなる。頼りなさそうなのに、敵を目にすると臨戦態勢になり止められない。でもその体を抱きしめるときっと柔らかいのだろう。


 実際、濡れた襦袢ごしにみた肌は柔らかそうで、華奢だが滑らかな女性の稜線を描いていて、なぞればきっと手に心地いい。どうしようもなく、抱きたくなる。


 ラルフは眼鏡を外して、サリヤの手からカップを受け取る。


「……あの、触手は」


 サリヤが何かを話そうとする気配を察したが、座ったままの彼女の椅子の背に両手をおく。その体を閉じ込めるように覆いかぶさる。


 ――その時に、ドアが開いてライが姿を現した。


「――ねえ。あの触手の粘液に動物が反応しちゃうんだよね。求愛行動を始めちゃう」


 見つめ合うサリヤとラルフの微妙な空気に気が付く様子もない。


「だからあの犬が発情期になったんじゃないの?」


 犬とはサリヤの使い魔のことだとすぐに分かった。サリヤが顔をひきつらせたのは、何かに気づいてか。


「サリヤも発情したのは、あの粘液のせいだよ。ラルフは平気?」


 ライは首を傾げる。


「あれ、キスの直前?」


 サリヤは喉の奥で叫んで、ラルフも慌てて離れる。


「失礼。私は――謝罪に、いや届けものをしただけ。サリヤ、失礼」


 何をしに来たのか理由が不明瞭なまま、ラルフはサリヤに背を向ける。そして開けたドア、ライの背の向こうにはスヴェンが佇んでいた。


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