17.精霊ってただ綺麗なだけの虫じゃないのか
「で、依頼の準備のために金が必要と」
「ん、違う。換金は新婚生活の資金に必要だと思っただけ」
ニルスの問いにアシュレイは首を横に振った。思い返してみれば、彼女自身も日用品の中で必要そうなものを選んでは購入の許可を得ようとしていた。本当に、準備の早いことだ。
しかしギルドに寄った際に、本懐である翌日の依頼の確認は済ませている。『害虫、駆除依頼!』と小さめの文字で書かれた依頼一覧書の一頁にそれはあった。
もっと依頼の一つ一つを丁寧に扱わないものだろうかと、ニルスは思う。無造作に並べられた文字の羅列は、放任的なギルドの職務と、依頼の優先度の低さを主張していた。
「え、なんで寝床を用意してるんですか?」
ユーリ達よりも一足早く家に着き、アシュレイがリナの部屋で簡易的なベッドと称した布の束を敷いていると、それを目撃したユーリが困惑気味に尋ねた。
「あの……私をここに住まわせてください」
「えっと、一応家長は兄さんなんだけど……」
ユーリに向き直り、頭を下げるアシュレイに彼は苦笑しながらニルスを見る。
「あ……そっか。なら、大丈夫」
彼の了承なら既に得ている。
しかし年長のニルスよりも、どちらかとえばこの家を支えているのはユーリだ。「一応」と発言したあたり、彼にもその自覚は多少なりともあるのだろう。
それを感じ取ったアシュレイは思わずユーリに頭を下げてしまったのだ。
「いや、そうじゃなくて、僕はてっきり兄さんと同じベッドで寝ると思ってたんですが」
「それは……ニルスが恥ずかしいって言うから」
嘘も甚だしい。
自身の事を棚に上げ、ましてや他人をだしに使うとは見下げた根性だが、それにしても今までの大胆に迫る彼女らしくもない。
「確かに、兄さんなら言い兼ねませんね」
「いや、言わないから」
そもそもその件には口出しをしていないはずだが、ひょっとして何も言わなかったのが不味かっただろうか。
ニルスは自身の行いを反省し、懸命に女心というものと向き合おうとするが、実際のところアシュレイは勢いに任せればこそ、大きく行動を起こせるが、日常的にニルスと寝具を共有するとなると心も落ち着けなかった。
「それはそうと、今日の報酬だ」
「へえ、いつもより多めなんだね」
銀貨十数枚と、褐色に輝く銅貨幾枚かの入った袋を覗きながらユーリは感嘆する。
「ちょっとした大物がいたからな」
「それ……自慢で言ってる? 善戦すらできてなかったけど、魔物目線で」
あれだけ精強とされる魔物を一撃で下してしまうことに、もはや驚きはしなかったがアシュレイにとって彼の異常性は見ていて面白かった。
そのことを自慢に思うようなニルスではないが、アシュレイもそれを理解しており、ほんの少しからかってみただけであった。
「なんか、色々と申し訳ない気持ちになるな」
ほんの少し、魔物に対して同情を寄せるニルスを見てアシュレイは呟く。
「……ニルスを茶化してみても面白くない。やっぱり主導権はニルスが握っておいたほうがいい」
「主導権って……」
もし状況と判断が違えば無理矢理にでも主導権とやらを握るつもりだったのだろうか。それはそれでどのような彼女なのか気になると思いを馳せつつ、ニルスは本題へと話を移す。
「それで、ユーリが帰ってきたけどどうするんだ?」
「これ」
アシュレイが視線を上げると、それに従ってニルス達は顔を彼女の頭上に向ける。すると、頭から水色の小さな光が透過して出てくる。
「それは?」
「精霊。見たことなかった?」
驚きはするが予想外ではない。長年冒険者をしている者でも精霊をその目で見たことのない、いや、存在すら知らなかった者もいる程だ。
しかしニルス達の場合は、あれほど腕の立つリゼットが教えていてもおかしくはないと思っていたのに。
「精霊って、伝承に出てくるあれか?」
「うん。これから精霊を宿しにいく。詳しい話は場所を変えてから」
ユーリを見ても反応は似たようなもので、精霊を宿していないことをアシュレイは悟る。
だが元々ユーリが精霊について知らないことを想定していて彼の帰りを待っていたのだ、反応を事細かに窺うのは当然、悟ると言うには些か大袈裟だ。
「あっ、出掛ける? うーん、私も精霊っていうのに興味あるけど、夕食の準備もあるし……じゃあ留守番しとくね!」
「ああ、よろしく」
リナが一瞬、迷いを見せるものの家に残ることを決断する。その様子に、アシュレイはしまったと後悔する。
この数年で鍛えた料理の腕を、折角ニルスに見せるチャンスがあったというのにみすみす逃してしまった。しかしその彼を連れ立って目的地へ赴かなければならないので仕方ないことも確かだ。
「明日は私が……」
その呟きはニルスにも届き、内容をなんとなくだが理解したニルスは微笑ましく思う。自身が意図しない内に口角が上がっていたかもしれない。
彼は期待を胸に、彼女の後ろを歩いていく。
――――――――
「へえ……ここが精霊の森。案外普通なんだね」
ユーリの感嘆とともに、彼らは精霊が多く住んでいるという森に足を踏み入れる。見た目は彼の言葉に違わずなんの変哲もない森という印象だった。
ただ、不思議な雰囲気を放つ、体の奥がざわつくような感覚だけは常に感じていた。
「外見が普通じゃなかったらもっと知れ渡ってる」
「それもそうだね」
移動の間にユーリとも打ち解けたようで、アシュレイは軽く返答する。
共にリゼットを師事したという経験もどこかで繋がりを持っているのだろうか。
そして話は精霊へと移り、今回の目的を確認していく。
「精霊はその宿主の力を補助したり、成長を手助けしたりしてくれる。私のは集中を高めてくれてる」
今更成長や補助がニルスに必要だとは思わないが、アシュレイの考えでは違うらしい。
「ニルスに必要なのは呪いを自制する力」
「そんな力が得られるのか」
「知らない」
しかしながら実のところそれを得ることは本意ではない。
「そもそもこれは、私達がどうこうするんじゃなくて精霊に選んでもらうことしかできない。その人の性質に合わせて精霊が集まるから、私はニルスにどんなのが寄り付くのか楽しみにしてる」
言い方に妙な癖はあるが、アシュレイは単純に彼がどのような性質なのか知りたいだけなのだった。
「で、これからどうすれば?」
「ひたすら待つ。精霊は自分が気に入った人間にしか力を貸さないから」
気に入った人間に根付く故に、精霊からその者の為人というものが分かりやすい。かつてこのように精霊を利用しようとした者はいないが、まことに有用性のあるものだった。
「なるほど、待つだけでいいなら楽だな」
「何か食べ物とか持ってくれば良かったね」
呑気にもユーリは精霊の森で寛ぐつもりらしい。その頭には精霊への冒涜などという言葉はない。ただ待機時間が長くなるだろうと、そう思っていたのだが。
「うわっ……なに⁉ 姉さん、これどうしたら……」
待つべくして間もなく、ユーリが色彩豊かな光に包まれていたのだった。
彼は数十匹もの精霊に囲まれて戸惑いの声をあげていた。あまりに突然な出来事に、目の辺りで腕を構えてアシュレイに助けを求めている。
「綺麗……」
そしてアシュレイの方はといえばその彩り豊かで幻想的な光に魅了されていた。その美麗さは色彩に拘らないニルスでさえ綺麗だとは感じるほどだ。
「アシュレイ姉さん!」
「……あ。うん、好きに選べばいい」
ユーリの必死の叫びにアシュレイは意識を取り戻し、選択を彼に委ねた。
「えぇ? うーん……そう言われても、自由に選べる時って大抵良いのないよね。…………ん?」
アシュレイに放任に近い形で返答されて、悩んでいた彼は何かを見つけた。そして手を伸ばす。
そこにあったのは眩く、何もかも照らし出してしまいそうな白だった。
「……これな気がする」
触れた瞬間に白い光はユーリの体の中へと溶けていき、同時に彼の周りを飛び回っていた他の精霊が散っていった。
隣から「あ……」と残念そうな声が聞こえてくるのをニルスは聞き逃さなかった。
「なんか変わったか?」
「うん。力がみなぎってくるような感じかな。多分この精霊の力で僕の持つ力を底上げしてくれてるみたいなんだ」
「へえ、分かるんだな」
「教えてくれたからね」
ユーリは自身の変化を感じてか、手のひらを閉じたり開いたりを繰り返している。
「教えて……?」
「契約した精霊とは思念で対話ができるようになる」
「なるほどなあ……」
アシュレイの解説に納得して、今度は自分だとニルスが精霊を受け入れる姿勢に入った。




