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16.今夜は眠れないな!?

――聴こえる、心に響く声が。


「ねえ、一緒に行こうよ」


「嫌だね」


「何で?」


「……」


「私にも、分かるよ――」


 柔和な笑みに、思わず魅入ってしまって――


「――はっ!」


 慌てて飛び起きる。見たのは、自身がリナという少女の手に引かれて歩みを進める、そんな姿。

 エミールは寝覚めの頭を振り、居間へ赴くとアシュレイとニルスがいた。遅くまで寝ていたことをとやかく言われる、彼はその鬱陶しさに目を細めた。

 そして何を思ったのか、そのまま彼は外へ出ていってしまった。




「エミール、どうしたんだろうな」


「さあ? いつものことだと思うよ」


 ユーリは淡白に告げる。彼の言う通り、エミールは度々何も言わずに家を出ることがあるが、思い立ったように去っていったのが妙に気になる。


「じゃあ、私も出かけるね!」


「どこに行くんだ?」


「ちょっと調べたいことがあって、図書館まで」


「それじゃあ僕も一緒に行くよ。丁度用があるしね」


 そう言って二人は出掛けてしまった。妹を連れ立つユーリの姿を眺めるニルスの隣には、アシュレイだけが残った。


「みんなバラバラなんだね」


「ん? まあ、それぞれやることがあるからな」


「そうじゃなくて、心が」


 確かに目的は違うのかもしれない。しかし彼らは故郷を失ったことを心では割り切れないまま、それを感づかれまいと本来の自分を隠して互いに接しているのだ。

 その僅かな違和感にアシュレイは感づいたのだった。


「そうか?」


 ニルスも薄々とは気づいていた。だがそれを解決する術が見つからない。あるとすれば、両親を呼び戻すことだろう。

 しかしその実現は不可能に近い、いや、不可能であることも理解していた。それでも未だにそれ以上の解決策が思い浮かぶことはなく、頭を抱えるばかりだった。


「……私に、寝床を貸してほしい」


 アシュレイはそんな彼らを繋ぎ合わせるべきなのは自分なのではないかと考える。伴侶として居住を共にすることは些か不思議なことではないが、それをわざわざ願い出るあたり、彼女の律儀さが現れている。


「それはもちろん」


「それで、明日からの依頼に備える」


「依頼?」


 ニルスは疑問符を浮かべる。依頼とは、冒険者が報酬を得る代わりに請け負うというものだったか。彼は自身の攻撃の殺傷力の低さから、依頼を受けることは後回しにしてきたのだ。


 ただ、彼が一つ勘違いをしているのは依頼とは何も魔物の討伐に限らないことだ。もう少し依頼について詳しく知ろうとすればいいものを、薬草などの採取もせずに最低等級を維持するとは賢くない話である。


「そういえばアシュレイはどこかのパーティーに所属してないのか? 俺と組んでも大丈夫か心配だけど」


「そのことは心配ない」


 もちろんアシュレイは別のパーティーの一員として行動していた。橙等級へ上がるためには集団でなければ難しい点があるためだ。


 彼女はパーティー脱退の話をつけるのに問題はないと考えていた。彼らが、アシュレイが抜けても存続していけるかと聞かれれば、多少戦力に減少は見られるものの、あのパーティーは特殊だから大丈夫だろうと踏んでいた。


「それより心配なのはニルスの戦い方」


「え?」


「今の攻撃の仕方だと依頼をまともに達成できない」


「そうはいってもな……」


 ニルスはこれ以上の成長を望むならばもう少し鍛錬が必要だろうと思った。腕が振るえるようになったのはつい最近のことなのだ。具体的には二ヶ月の間ひたすら筋力を高め、せめて腕一本分ほど動かせるようにならなければ。


「私は、その呪いを解くためにもここにいる」


「呪いを、解く……?」


「そう。そんな大層なものじゃないけど、大切なこと。言葉」


 そして一息。


「ニルスは、どんな戦い方をしてもいいんだよ」


「……?」


「私の言葉が、ニルスの戦い方を縛っているというなら、それを言葉で解かせてほしい」


 それを聞いたニルスはふっと息を吐き、笑う。彼女が何を言おうとしているのかは分かった。きっと気を使ってくれているのだろう、と。


「いいんだ。俺の戦い方がアシュレイの望まないことだって分かってたからこうしてるだけで、俺は今もそれで満足しているんだ」


 しかしアシュレイの本心を理解しきれないあたり、彼女との互いを思う差というものは中々に大きいようだ。


「違う。私は、ニルスに縛られてほしくない。望むことはそれだけなのに」


 否定するニルスにアシュレイは涙ぐんだ。一度こびり付いた呪縛がそう簡単に解き放たれるわけがなかったのだ。それを理解した途端、自分はとんでもないことをしてしまったと後悔した。

 そんな自責の念に駆られながらも彼女は続ける。


「それに、ニルスがどんな行動をしたって私は構わない。ニルスが前に私に言ってくれたことを、私だって思ってる」


 もう彼女は、前を見ることができなかった。ただ、申し訳なくて、自分が許せなくて、そんなことを言った自分を呪いたくて。

 そんな彼女をニルスが優しく抱きとめる。


「分かった。ごめん、そこまで言わせてしまって。俺もアシュレイのために努力してみるよ」


 彼自身もその思いに気づけなかった後悔に歯を食いしばりながら。

 一方、アシュレイは腕を回して抱き返し、僅かに頬を紅潮させている。


「ニルスの匂い……」


「嗅ぐな」


「あっ……」


 ニルスが突き放すと彼女は名残惜しそうに短く声を上げた。



――――――――




「換金はいつでも心が踊る」


 現在彼らは先程入手した魔石を生活資金へと変えるべく冒険者ギルドへ足を運んでいた。

 魔石を見ると手に収まった黄色の結晶は中々に重量がある。とはいえ、橙等級ともなるとその程度はアシュレイにとって大したものではなかったが、それでも自身の成果が目に見えて分かるのは今でも嬉しいものだった。


 魔石を換金するのはその有用性からどこでも可能だが、ニルスは冒険者なので冒険者ギルドに行くのが筋というものだろう。さらには組合員には幾らか上乗せされて支払われる。

 そうでなければ冒険者のメリットというものがない。言ってしまえば冒険者に対して優遇措置を取ることでさらなる冒険者の獲得、魔石の回収を狙える利点がギルド側にあるのだが。 


「こんにちは。魔石を換金なさいますか?」


「はい。これを頼みます」


「承知致しました。では冒険者バッジをご提示下さい」


 受付の女性が促し、ニルスがバッジを渡すと途端にその職員は訝しげな顔になるのだった。


「紫等級……この魔石はニルス様が本当に取ったものですか?」


「はい」


 本来なら功績により、昇級で間違いないと思っていたが職員の女性は訝しげだった。


 魔石の量によってその冒険者の級が決まってくる制度をニルスはどうかと思っていた。このせいで魔石の譲渡などで等級を急上昇させようとしたりする者もいる。

 悪質な冒険者が増える種だと考えるのだが、実際にも冒険者ギルドは放任主義も良いところで、どうも橙等級以下は蔑ろにする傾向がある。

 今回のように明らかに怪しげでなければ、調査が入ることは多くない。


「それはニルスが取ってきたもの。信用のある証言」


「ですが……紫等級ですので」


 いかに橙等級の証言といえど、話を聞いてくれそうにはない。何しろ紫等級とは戦いのできない者が押される烙印のようなもので、農民や商人に転向する紫等級の冒険者も少なくない。

 ギルドがニルスを拒むのには、不釣り合いな昇級による無駄な闘争を避けたいといった保守的な理由もあった。


「分かりました。取り敢えず換金だけお願いできますか?」


「……承知致しました」


 ニルスは職員の女性との会話に辟易し、換金だけ要求した。それを受けた彼女は、これを断るわけにいかない。魔石を金に換えるだけならばどこでもできるのだ。

 ここで拒めば、魔石を他の業界に持ち出されてしまう。敢えて顧客を減らすことなど一介の受付嬢にはできなかった。



 そしてニルスは銀貨17枚ほどの硬貨を受け取った。それはニルス達4人ならば3日は賄えるだろう金額だった。たった1匹の討伐でこれだけ手に入れられるとは、冒険者とは命を懸けるだけがある仕事だとニルスは思う。


 ニルスはその後必要な食材を買い、兄弟の日用品も買っておいたのだが、興奮のあまり銀貨5枚も使ってしまった。

 しかし貯蓄も十分にあり、魔石もこれほど手に入れやすいなら多少多く減らしても構わないだろうとニルスは思った。


「たまにはいいけど、少しは節約しないと。ニルスは手持ちの金を躊躇なく使う癖があるみたい」


「……気をつけよう」


 アシュレイには見抜かれていた。彼女自身、そんな彼を見て妻として家計を担わなくてはと奮起しているのであったが。

 実際のところ金銭管理はユーリに任せきりであった。これは当然の配役とも言え、奔放なニルスや粗野なリナでは務まらず、エミールはそもそも関わり合いを持とうとしなかった。

 そうしてユーリに白羽の矢が立つ、までもなくごく自然的にユーリによって倹約が進められた。


「やっぱり大丈夫。ニルスが遊んで暮らせるほど、私も頑張って貯金するから」


 そう拳を固めるアシュレイの決意は揺るぎない。

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