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18.呪いが容認される世界には行きたくないです

 そしてユーリが精霊との宿主と寄生体として契約を済ませてから半刻が過ぎたまま、ニルスは棒立ちになっていた。


「……あれから全然来ないけど、これでいいのか?」


「うん。あれはユーリがおかしいだけだから」


 言い方に毒気があるのは気にせずとして、ユーリは森へと入って間もなく精霊に囲まれたことから、一般における平均時間の半刻を極度に上回ったことになる。

 これにはアシュレイも驚きを隠せない。


「僕、酷い言われようなんだけど」


「これでも驚いてる」


 苦笑を浮かべるユーリに、アシュレイはあまり表情を変えずに顔を向ける。


「怒ってるわけじゃないよね?」


「……怒ろうか?」


 怒っているか? などと聞かれれば機嫌を損ねるのも当然と言えた。そんなユーリに実際に怒りを露わにしてみせようかとも考えるアシュレイ。

 とはいえ、それでも表情の変化はあまり見られないのが残念である。



 そのようにして更に一刻。未だにニルスのもとに精霊は訪れない。


「兄さんまだ?」


「俺も待ってるんだけどな」


「ん、確かに遅くはあるけど個人差がある……はず」


 半刻というのは平均であって、それよりも精霊を呼びつける時間が遅いものもいた。


「アピールが足りないかも」


 言ったのは適当だ。自己主張をして精霊を呼び込んだという実例は聞いたことがない。だがそれにユーリは乗るのだった。


「ああ、兄さんの良いところを言ってけばいいんだね」


「うん。例えば、呪いで感覚ないのに魔物を察知しちゃう所とか」


「呪いで回復できないはずなのに睡眠で異常な治癒力を見せる所とか?」


「呪いで攻撃できないはずなのに関係ない所も」


 森に響くようにわざとらしくニルスの特徴と呼べるそれらを並べ立てていく。


「やけに呪いの部分が強調されてる気がするな……」


「気のせい」


「普通は呪いを克服するなんて誰も考えないと思うんだよね」


「むしろ呪いが長所なまである」



 そうして好き放題言われてまたしても一刻が過ぎる。


「来ないな……」


「呪いを大々的にアピールしたから寄ってこないのかも」


 精霊に意思があるのであれば呪いと聞いてわざわざ近寄ってくる者もいないだろう。そもそも意思があるから、アピールをしようと考えたのだが。


「仕方ないよ、日を改めよう」


「……そうだな」


「ん、待って」


 立ち去ろうとするニルスはアシュレイに促されて前を見る。すると紫の光が一つ、彼を観察するようにその場を漂っていた。

 その光、冥界のような妖しく暗い光だが、見ていると吸い込まれそうな印象を持った。

 ニルスはそこへ手を伸ばして――


「ちょっと! まだ触ったらだめよ!」


「え?」


「喋った……?」


「当然よ! 私は精霊の中でも高位だから」


 その光は姿が見えるわけではないというのに、胸を張っているかのような印象を受けた。そして彼女はニルスに近づき、その周りを一周した。


「物凄い禍々しさね。これじゃ誰も近寄って来ないわよ」


 精霊の言葉にユーリは特に関心を寄せていないようだったが、アシュレイは申し訳無さに俯く。


「よくもまあ、こんなに……でも、その力に飲まれていない所は評価すべき所かしら」


「ええと、感謝を述べるべき……なのか?」


 褒められているのかは怪しいところだが、呪いに飲まれることがあるかもしれない事実に戦慄が走る。


「じゃあ、はい。手を出して」


「あ、ああ……」


 戸惑いながらも手を前へ突き出す。そして精霊がニルスの手に触れた瞬間、眩い光が襲った。


「契約完了ね。どう? 何か変わった?」


 いつの間に入り込んでいたのか、精霊がニルスの頭から出てきて尋ねてくる。しかしながらニルス自身に変化は見受けられない。力が漲るような感覚も皆無だった。


「いや、特には……」


「まあ、そりゃそうね。まだ私が上げたものは空っぽだから」


「訊いておいてそれはない」


 アシュレイは不機嫌そうに精霊を睨む。しかしそれを精霊もニルスも気にせず会話を続ける。


「空って……どういうことだ?」


 ニルスが聞くと精霊は息を吸い込んで間を開ける。


「……あなたに呪いの枠を追加したのよ!」


「え?」


 呪詛展覧会、ここにて開催。



――――――――



「……つまり、呪うにも限りがあって、それの上限を一つ増やしたと……」


「そうよ。私がわざわざ増やさなくても、空きはいっぱいあったけどね。……一体どういう体してるのよ」


 普通は呪いを受け付けるにも身体的な理由からも限界があるものだが、ニルスははっきり言って異常だった。

 その許容量とは後天的にも増えていくものと彼女は話していることから、呪いを克服する過程でおかしくなってしまったのかもしれない。


「俺の意思ではないんだけどな」


「そりゃ自分の体の構造は選べないものね。まあとにかく、ニルスはさらに呪いを追加できるようになったのよ」


 これ以上呪ってどうするつもりだと訴えたくなる中、精霊が続ける。


「呪いと言っても悪い事ばかりじゃないのよ。身体的に向上する効果とかも、もれなく付いてきたりするわ」


「それならニルス、呪われるべき」


 発言が物騒だが、彼女の単純な好奇心だった。

 そしてユーリまでその話に加わるのだった。


「でも、方法は?」


 その精霊――ヴィオレッタは答える。


「光と闇を混ぜ合わせて、それから精神力と生命力で結びつける。つまりは光と闇それぞれの魔力を体に流し込めばいいわけね。それから効率的に精神力を循環させるためにも媒体があった方が身体的な負担が少なくて済むわ。ニルスの場合、その剣になるけど」


「複雑なのは理解した」


「あら、やってることは単純よ。変化的、静止的な影響を強い力で押さえ込んでるだけ」


 ヴィオレッタはアシュレイの言葉に対して簡潔な概要を告げる。それを他の面々とは違いユーリは理解したようだった。


「へえ、光が変化的、闇が静止的な影響を及ぼすってことかな?」


「え、ええ。そうね、これは人間にはあまり知れ渡ってないことだったわね」


 彼女にとっては常識でも、広く知れ渡っていない知識を全面に出すべきではなかった。

 そのヴィオレッタの声色には反省の念が窺える。


「つまり、呪いっていうのは光や闇の魔法でその身体能力を止めたり変えることで、それを精神力と生命力っていうので固定してる、と」


「本当は魔法である必要はないんだけどね。間接的に光や闇を生成するのは難しいから」


 話に置いてけぼりのニルスとアシュレイ。しかしいよいよ痺れを切らした彼らは本題へと進ませる。


「それより早く呪いを」


「あ、いや、別にそんな進んで呪うこともないと思うけどな」


 言われて、ニルスは自身が被害者となることを思い出した。それとなく拒んでみるものの、それは彼らの勢いを止めるまでに至らないのだった。


「ああ、確かに実践した方が早いわね。そうね……生命力はニルス、精神力はユーリちゃんか、アシュレイでも十分足りるかしらね」


「その生命力とかって言葉通りの意味じゃないんだよね。まあ、詳しくは呪い終わってから聞くとして……僕はどうすればいいの?」


 ユーリは実に興味深そうにしていたが、一先ずはニルスの呪いに注目するようだ。


「私が全部引き出すから、何かが出る感覚に抗わないでもらえればそれで大丈夫よ」


「へえ……便利だね」


「後は……うーん、ニルスは魔力が全くと言っていいほどないみたいね」


 辛辣な言葉も気兼ねなく言ってしまうことから彼女は着飾らない性格らしかった。ニルスも今更魔力に関して気にしてもいないので問題はなかった。


「分かるんだな」


「私達精霊には見えるのよ。それで……魔力はユーリちゃんとアシュレイから引き出せば足りそうね」


「あれ、必要なのって光と闇なんだよね? 僕と姉さんだと当てはまらない気がするけど……」


 ユーリは風、アシュレイは水の魔法を扱うことが出来たが、他の属性では魔力を放出できない。彼らは、それが当然のことであると認識していた。

 各個人に属性が存在し、それに準じた魔法のみを扱えると。しかしヴィオレッタの反応を見るに、どうやら何かが違うようだ。


「それってどういう意味かしら?」


「いや、僕の風と姉さんの水じゃどうやってもできないだろうし」


「……おかしいわね。魔法という現象は魔力を用いて自然現象を超常的に引き出すだけで、属性に引きずられて限定的にはなったりしないはずだけど……」


「でも現に私は水の魔法しか出せない」


 ヴィオレッタは疑問に思った。明らかに自分の持っている知識と違う現象が起きている。考えられることとしては、


「世界が変わった……?」


「……そんな馬鹿な話……って一蹴できそうにない雰囲気だね」


「いえ、言いすぎかもしれないわ。ただ、1年前から世界全体を通してマナが濃くなったと感じたのは気のせいじゃなかったようね」


「マナ?」


「聞き覚えがある、気がする」


 そう、確かにアシュレイとニルスには微かに聞いた気がしていた。あまり関心を寄せていなかったためにいつ、どこで聞いたものかもはや思い出せずにいたが。


「大気中の魔素のことね。体内では魔力って呼ばれるけど」


 魔素という言葉にははっきりと覚えがあった。ニルス達の村では、いや人間達は研究が進んでおらず、大気中を漂う正体不明の物質と説明されていた。


「まあ、いいわ。とても重要なことだけど今は呪いを付与するんでしょ。ちゃちゃっと終わらせましょう?」


 ヴィオレッタは二人の手をニルスの背に当てるように促すと力を込めるように縮まる。とはいえ、彼女の姿はニルス達にとっては紫色の光としてしか捉えられないため、何を行っているかなど不明だった。


 これが上手いこと成功すれば、新たな呪いが彼に付与されるのだろうか。彼らは期待し、あるいは祈った。


 ところが、しばらくの間そうしても、何も起こらない。


「……本当だわ。純粋な魔力として引き出すことができなくて、闇の魔力がそのまま……これはつまり……やっぱり」


 ぶつぶつとヴィオレッタは一人つぶやき始める。


「あの……?」


「失敗?」


「ええ。ま、考えるのは後にして……誰か光の属性を持ってる子はいないかしら?」


 そう訊いてくる彼女に、ニルス達は一人心当たりがあった。その人物の元へと、早速彼らは向かうのだった。

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