新人探索者
池袋ダンジョンの奥へ向かって歩きながら、大河は時折スマートフォンを取り出して配信画面を確認していた。
最初のオークを倒した直後からコメントの流れる速度は明らかに変わっている。視聴者数も九十人前後を行き来しており、つい数十分前まで誰一人いなかった配信とは思えなかった。
【さっきの身体強化もう一回見たい】
【あの剣どこで手に入れたの?】
【Fランクにしては強くない?】
【ていうか探索歴どれくらいなんだ】
「探索歴?」
流れてきたコメントを見て、大河は少し考える。探索者登録をしたのが四日前。初めて渋谷ダンジョンへ潜ったのがその翌日だから、探索そのものを始めてから数えても大して変わらない。
「今日で五日目ですね」
何気なく答え、そのままスマートフォンをしまおうとする。だが、画面に流れ始めたコメントを見て手が止まった。
【は?】
【え?】
【五日??】
【聞き間違い?】
【五年じゃなくて?】
「五日ですけど」
【いやいやいや】
【待て待て】
【五日でFランク?】
【嘘だろ】
【新人ってレベルじゃねえぞ】
突然増えた反応に、大河は眉を寄せた。
「そんな変ですか?」
【変だよ】
【普通はまだGランク潜ってる時期】
【五日目でオーク単独討伐してるやつ初めて見た】
【しかも余裕ありそうなの何】
昨日、探索者協会で同じような反応をされたことを思い出す。登録から三日で渋谷ダンジョンを単独攻略したこと自体がかなり珍しいらしいとは聞いていた。それでも大河自身には、進めるところまで進んだ結果そうなったという感覚しかない。
「まあ、昨日Fランクになったばっかりなんで」
【昨日!?】
【情報が追加されるたびおかしくなる】
【じゃあ昨日までGランクだったの?】
「そうですよ」
【なんでそんな普通に言えるんだよ】
コメント欄の勢いがさらに増していく。大河はしばらく画面を眺めていたが、全員へ返事をするのは早々に諦めた。
「コメント全部読むの無理ですね、これ」
【九十人で諦めるな】
【今のうちに慣れとけ】
【増える前提で草】
「いや、さっきまで一人だったんですよ?」
そう返しながら、大河自身も少し笑っていた。
配信を始める前は、戦いながら誰かと話すことに違和感があるのではないかと思っていた。だが実際にやってみると、一人で黙々と進む探索とはまた違った面白さがある。
その時、前方の通路から二つの足音が聞こえてきた。大河の表情が自然と引き締まる。
「また来たな」
スマートフォンをしまい、《マジックソード》の柄へ手を添える。
青白い光の向こうから姿を現したのは、先ほどと同じオークだった。ただし今度は一体ではなく、二体が並んでこちらへ向かってくる。
大河はすぐに《鑑定》を使った。
【オーク】
【レベル:22】
【オーク】
【レベル:23】
「今度は二体か」
【逃げないの?】
【一体ならともかく二体はきついぞ】
コメントを確認するまでもなく、二体を同時に相手にする危険性は理解している。昨日までなら、相手の動きを見ながら一体ずつ引き離す方法を考えていたかもしれない。
しかし今は、《身体強化》と《マジックソード》がある。
「ちょうどいいか」
【何が?】
【嫌な予感する】
「二体相手でも使えるか試してみます」
【検証感覚で戦うな】
【五日目の発想じゃない】
大河はコメントを見て笑ったあと、意識を身体へ戻した。
胸の奥にある魔力を掴み、まずは両脚へ流していく。昨日は右脚だけでも制御が乱れたが、何度も繰り返したことで少しずつ感覚は掴めてきていた。
左右へ同じ量を流そうとすると、やはり片方が薄くなる。それでも昨日ほど大きく崩れることはない。
「……これくらいならいける」
続いて右腕から《マジックソード》へ魔力を流す。黒い刀身を淡い光が包み、その外側へ半透明の刃が形成されていく。
【また出た】
【魔力刃か?】
【それ普通にレア武器じゃね】
大河が構えを取ったのとほぼ同時に、二体のオークが駆け出した。
先頭にいたレベル23の個体が大きな鉈を振り上げ、その少し後ろからもう一体が回り込もうとする。
「ちゃんと挟みに来るのか」
一体ずつ突っ込んできたゴブリンとは違う。魔物も階層やランクが上がれば、戦い方そのものが変わってくるらしい。
だからこそ面白い。
大河は正面から迫るオークの攻撃を引きつけ、鉈が振り下ろされる寸前に左へ踏み込んだ。両脚へ流した魔力が一気に力へ変わり、身体が横へ滑るように加速する。
「ブオッ!?」
空振りしたオークの横を抜け、そのまま後ろへ回り込もうとしていた二体目との距離を一気に詰める。
相手も慌てて鉈を振るったが、動きは大河の方が速かった。
「遅い」
身体を沈めて刃をかわし、《マジックソード》を下から斜めに振り上げる。魔力の刃がオークの腹部を深く切り裂いた。
「ブオオオッ!」
悲鳴を上げながら後退するオーク。だが、一撃で倒れるほど浅い相手ではない。
背後から重い足音が迫る。
大河は振り返ることなく前へ踏み込み、そのまま身体を反転させた。直後、さっきまでいた場所へ巨大な鉈が振り下ろされる。
「危な」
【いや避け方おかしい】
【後ろ見えてた?】
【こいつマジで五日目か?】
ドローン越しに見ている視聴者たちが騒いでいることなど、大河はもう意識していなかった。
二体。片方は負傷。もう片方は無傷。速度はこちらが上。
頭の中で状況を整理しながら、自然と次の動きを選んでいく。
先に負傷している方を落とす。
大河は地面を蹴った。
レベル22のオークが大河を迎え撃とうと鉈を横薙ぎに振るうが、その動きを見た時にはすでに懐へ入っていた。
「これで一体」
魔力の刃が胸元を深く切り裂く。
「ブ……オ……」
巨体から力が抜け、そのまま地面へ倒れ込んだ。
戦闘はまだ終わっていない。経験値が反映される感覚もない。
大河は倒れたオークを見ることなく、残った一体へ身体を向ける。
「ブオオオオッ!」
仲間を倒されたオークが咆哮を上げ、大河へ突進してくる。
力任せの一撃。
速度も軌道も、すでに一体目で見ている。
大河は正面から向かってくる鉈を紙一重でかわし、そのまま相手の脇をすり抜けた。
すれ違いざまに一閃。
半透明の刃がオークの脇腹を切り裂く。
オークが振り向く。しかし、その時には大河はもう次の位置へ動いていた。
「身体強化、かなり使えるな」
昨日は魔力を流すだけでも精一杯だった。今では戦いながら両脚へ流し続け、そのうえで剣にも魔力を送れている。
もちろん完璧ではない。少し気を抜けば左右の魔力量がずれ、《マジックソード》の刃も揺らぐ。
それでも昨日できなかったことが、今日はできている。
それだけで、大河には十分だった。
「ブオッ!」
最後の一撃が迫る。
大河は鉈を横へかわし、空いた胸元へ《マジックソード》を振り抜いた。魔力の刃が深く食い込み、オークの巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
数秒待っても、二体とも動かない。
「……終わり」
その瞬間、身体の奥へ熱が流れ込んできた。二体分の経験値がまとめて反映される。
大河は《鑑定》を使い、自分のステータスを確認した。
【天草 大河】
【レベル:23】
「一個上がったな」
レベル22から23。五日目にして、また一段強くなった。
大河は二体のオークから魔石を回収して《アイテムボックス》へ収納すると、そこで初めて配信のことを思い出した。
「そういえばコメント……」
スマートフォンを取り出す。
【視聴者数:214】
「……また増えてる」
【そりゃ増える】
【二体相手にほぼノーダメ】
【五日目でこれはおかしい】
【誰か切り抜いて】
【もう切り抜いた】
「切り抜き?」
【配信の一部だけ動画にするやつ】
「それくらいは知ってますよ」
【草】
【なんか天然っぽいな】
コメントを眺めているうちにも、視聴者数は少しずつ増えていく。
【視聴者数:221】
【視聴者数:229】
「増えるの早くない?」
【さっきの戦闘貼られてる】
【切り抜きから来た】
【俺も】
【新人探索者がオーク二体瞬殺ってタイトル見て来た】
「瞬殺はしてないだろ」
【十分速い】
【というか本当に探索五日目?】
「本当ですよ」
その返答に、また大量のコメントが流れ始める。
大河は苦笑しながらスマートフォンをしまった。
配信を始めた時には、誰か一人でも見てくれればそれでいいと思っていた。それが今では、二百人以上が自分の探索を見ている。
なぜ増えているのかは、まだ大河自身にもよく分かっていない。ただ、一つだけ分かることがある。
「配信、結構面白いな」
一人で潜っている時とは違う。戦いを見て、驚き、好き勝手にコメントを送ってくる人間たちがいる。
それを鬱陶しいとは思わなかった。むしろ、自分が強くなっていくところを誰かが見ているという感覚は、思っていたより悪くない。
「じゃあ、もう少し進みます」
【いけいけ】
【次も期待】
【無茶だけはすんなよ】
【五日目に言っても遅そう】
「無茶はしませんよ」
【さっき二体に突っ込んだやつが言うな】
「勝てると思ったから行っただけです」
【それを無茶って言うんだよ】
コメント欄を見て、大河は笑った。
そして再び、池袋ダンジョンの奥へ向かって歩き始める。その背後を配信用ドローンが追いかけ、画面の向こうでは今も視聴者の数が少しずつ増え続けていた。
数分後。
【視聴者数:287】
【切り抜きから来ました】
大河は、そのコメントにまだ気づいていなかった。




