初配信
その日の夜。
自宅へ戻った大河は、ベッドの上に腰を下ろし、スマートフォンの画面を眺めていた。昼間は勢いで「配信でもやってみるか」と決めたものの、いざ始めるとなると何から手をつければいいのか分からない。
「配信って言っても……何からやればいいんだ?」
見る側としてなら、子供の頃から数えきれないほど探索配信を見てきた。しかし、自分が画面の向こう側へ回ったことは当然一度もない。
大河は検索画面を開き、『探索者 配信 始め方』と入力した。すぐに大量の記事や動画が表示される。いくつか目を通してみると、探索配信では自動追尾型の小型ドローンを使うのが一般的で、戦闘中でも探索者を一定の距離から追いながら自動で撮影してくれるらしい。
「なるほど。これなら戦いながらでもいけるのか」
問題は、その配信用ドローンを持っていないことだった。
探索者向けの通販サイトを開くと、初心者向けの安価なものから、画質や耐久性に優れた高性能機まで様々なドローンが並んでいる。価格も性能に比例して上がっていき、上位機種ともなれば昨日受け取った魔石の代金がかなり飛んでいきそうだった。
「……結構するな」
配信を始めるだけで高級機を買う必要もない。
しばらく性能と値段を見比べた末、大河は初心者向けとして評価の高かった配信用ドローンを一台注文した。配送予定を見る限り、明日の朝には届くらしい。
「これで明日からできるな」
続いて、国内最大手の探索者向け配信サービスを開く。必要事項を入力し、探索者ライセンスとの連携を済ませていく。
登録そのものは思っていたより簡単で、数分もすれば最後の項目までたどり着いた。
【配信者名を入力してください】
「……名前か」
そこで初めて、大河の指が止まった。
有名な探索者の中には、本名をそのまま使う者もいれば、配信専用の名前で活動している者もいる。何かそれらしい名前を考えてみたものの、急に思いつくはずもなかった。
「変に考えても仕方ないか」
結局、そのまま自分の名前を使うことにする。
【TAIGA】
登録を確定すると、真新しい配信ページが表示された。配信履歴はなく、フォロワーも当然ゼロ。普段見ている人気探索者たちのページとは比べるまでもないほど何もない画面だったが、大河は特に気にした様子もなくスマートフォンを眺めた。
「まあ、最初はこんなもんか」
何万人、何十万人と視聴者を集める探索者たちも、最初からそこにいたわけではない。
そもそも大河自身、配信だけで有名になりたいわけでもなかった。探索するついでに、自分がどこまで強くなっていくのかを残してみる。それくらいの気持ちで始める方が自分には合っている。
「明日、やってみるか」
大河はスマートフォンを置くと、今度は翌日の探索先を探し始めた。
*
翌朝。
予定通り、注文していた配信用ドローンが届いた。
箱を開けて取り出してみると、黒い機体は手のひらより一回り大きい程度しかない。配信で何度も見てきたとはいえ、実際に手に取ると想像していたよりかなり小さかった。
「思ってたより小さいな」
簡単な初期設定を済ませて起動すると、小さな駆動音とともに機体がゆっくりと宙へ浮かび上がった。
大河が部屋の中を歩けば一定の距離を保ちながらついてきて、方向を変えれば滑らかに位置を調整する。わざと何度か素早く動いてみても見失う様子はなく、自動追尾の性能は思っていた以上にしっかりしていた。
「これなら本当に任せっぱなしでいいんだな」
狭い部屋でこれ以上試しても仕方がない。
大河はドローンを一度停止させると、Fランク探索者が入場できるダンジョンを確認した。昨日までは選択肢に入らなかった場所がいくつも表示される中、最終的に一つの名前で指を止める。
【池袋ダンジョン】
【推奨探索者ランク:F】
「ここにするか」
Gランクだった昨日までとは違い、今日からは一つ上のダンジョンへ入れる。
初めてのFランクダンジョン。そして、初めての配信。
必要な装備を整え、《マジックソード》やポーションを確認すると、大河は配信用ドローンを持って部屋を出た。
*
一時間ほどして、大河は池袋ダンジョンの入口へ到着していた。
渋谷ダンジョンとは、入口に立った瞬間から雰囲気が違う。ゲートそのものの大きさに大差はないものの、その周囲を行き交う探索者の数は明らかに多かった。
軽装で歩く者もいれば、全身を頑丈そうな防具で固めた者もいる。剣や槍を背負った探索者たちが仲間同士で今日の予定を確認し、その脇では帰還したばかりらしい一団が職員へ魔石を預けていた。
その中には、宙に小型の撮影用ドローンを浮かせている探索者もちらほら見える。
「やっぱり配信してる人、結構いるんだな」
これまでも画面越しには何度も見てきた光景だった。しかし、自分も今日からその中の一人になると思うと、少しだけ見え方が変わる。
大河は手に持っていた黒いドローンを起動した。小さな駆動音とともに機体が浮かび上がり、大河の周囲を一度回ってから斜め前の位置で静止する。
自宅で試した時と同じ動き。それだけなのに、ダンジョンを目の前にして実際に浮かせると、ようやく「これから配信する」という実感が湧いてきた。
「……よし」
スマートフォンを取り出し、昨夜作った自分の配信ページを開く。
【TAIGA】
当然ながら、まだ配信履歴は一つもなく、フォロワーもゼロのままだ。
画面に表示された入力欄へ視線を移す。
【配信タイトルを入力してください】
「タイトルか……」
少しだけ考えたが、初配信で凝ったものをつける必要もない。今日やることを、そのまま書けばいいだろう。
【Fランクダンジョン初探索】
「これでいいか」
入力を終え、配信開始のボタンへ指を置く。
その瞬間だけ、大河の手が僅かに止まった。
子供の頃から、数えきれないほど見てきた探索配信。画面の向こうで魔物と戦う探索者たちを見て、自分もいつかあの場所に立ちたいと思っていた。
その自分が今は探索者になり、ダンジョンの入口に立ち、今度は画面の向こうへ映る側になろうとしている。
「……なんか変な感じだな」
少し笑って、そのまま指を下ろした。
【配信を開始しました】
表示が切り替わり、ドローンのカメラが大河を捉える。
「……始まったか」
実際にどこかへ映像が流れていると思うと、急に何を話せばいいのか分からなくなった。配信者たちが自然にやっていたことも、自分でやるとなると思った以上に難しい。
大河は少し迷った末、ドローンのカメラへ口を開く。
「えー……聞こえてますか?」
当然、返事はない。
画面を確認する。
【視聴者数:0】
「まあ、そうだよな」
思わず苦笑した。
フォロワーはゼロで、事前に告知もしていない。誰にも存在を知られていない配信に、開始した瞬間から人が集まるはずもなかった。
それでも落胆はしない。
「そのうち誰か来るだろ」
スマートフォンをしまい、目の前にある《ゲート》を見上げる。
昨日まで潜っていた渋谷ダンジョンより一つ上のランク。
初めてのFランクダンジョン。
大河はいつものように少し口元を緩めると、そのまま池袋ダンジョンへ足を踏み入れた。
*
《ゲート》を抜けた瞬間、視界が一度だけ白く染まった。
次に目を開けた時には、周囲の景色はすっかり変わっている。池袋ダンジョンの内部は渋谷ダンジョンよりも通路が広く、天井も高い。岩肌には淡い青白い光を放つ鉱石が点々と埋まっており、その光だけで奥まで見渡せる程度には明るかった。
「へえ……結構違うな」
大河は周囲を観察しながら、ゆっくりと奥へ進んでいく。
初めてダンジョンへ入った時は、何もかもが新鮮だった。しかし今は、自分がどれだけ強くなったのか、Fランクの魔物が昨日までの相手とどれほど違うのか、自然とそういったことを考えるようになっている。
少し後ろでは、配信用ドローンが一定の距離を保ちながら静かについてくる。動きがあまりにも自然で、意識しなければ配信中であることさえ忘れてしまいそうだった。
「ちゃんとついてきてるな」
何となくスマートフォンを確認する。
【視聴者数:1】
「……お」
さっきまでゼロだった数字が、一つ増えている。
その直後、最初のコメントが表示された。
【初見です】
一瞬だけ、どう返せばいいのか迷う。
「えーっと……初見さん、ありがとうございます」
口にしてから、自分でも少し照れくさくなった。普段見ている配信では当たり前のやり取りなのに、自分が言う側になると妙にむず痒い。
【今日が初配信?】
「そうです。今日が初配信ですね」
【探索者ランクは?】
「昨日Fランクに上がりました」
そこでコメントが一度止まった。
大河も特に気にすることなくスマートフォンをしまい、再び奥へ歩き始める。
今はまだ一人。それでも、ついさっきまでは誰もいなかった。たった一人でも、自分の探索を見ている人間がいるというのは、思っていたより不思議で少しだけ面白かった。
そして数分後。
通路の奥から、低い唸り声が聞こえてきた。
「……来たな」
大河の表情が変わる。
初配信での、最初の戦闘が始まろうとしていた。
低い唸り声は、洞窟の壁に反響しながら少しずつ近づいてきた。大河は歩みを止め、腰に下げている《マジックソード》の柄へ右手を添える。
昨日まで使っていた初心者用の短剣とは、重さも長さも違う。昨日、部屋の中では魔力を通すところまでしか試せなかったため、この剣を実戦で振るうのはこれが初めてになる。
「何が出るかな」
声に緊張はなく、むしろまだ見たことのない魔物が現れることへの期待の方が大きかった。
青白い鉱石の光が届ききらない通路の奥から、重い足音とともに大きな影が姿を現す。分厚い胸板に灰色がかった皮膚、成人男性より一回りは大きな体格と太い腕。その右手には刃こそ欠けているものの、一撃でもまともに受ければただでは済まなそうな大型の鉈が握られていた。
豚に似た顔が大河を捉え、大きな鼻から荒い息が漏れる。
「……オークか」
名前だけなら知っている。探索配信でも何度か見たことがある魔物で、渋谷ダンジョンには出現しなかったため実際に対峙するのは初めてだった。
やはり画面越しで見るのとは違う。真正面に立つ巨体から感じる威圧感は、ゴブリンとは比べものにならなかった。
大河はオークから目を離さないまま、《鑑定》を発動する。
【オーク】
【レベル:21】
【体力:34】
【筋力:36】
【耐久:33】
【敏捷:18】
【魔力:10】
【精神:14】
「レベル21……」
大河は現在レベル22。数字だけなら一つ下だが、単純にレベルだけを見て格下と判断できる相手ではないことも、表示された数値を見ればすぐに分かった。
筋力36、耐久33と、その二つは大河自身を明確に上回っている。一方で敏捷は18しかなく、動きの速さならこちらが大きく上回っていた。
大河はオークの太い腕と巨大な鉈を観察しながら、頭の中で戦い方を組み立てる。正面から力をぶつける必要はない。攻撃を避け、速さで回ればいい。
昨日のホブゴブリン戦では、相手の攻撃をまともに何度も受けた。あれと同じ戦い方を繰り返すつもりはなかった。
「……そういえば」
そこまで考えたところで、大河は少し後方に浮かんでいるドローンへ視線を向ける。
今、この戦いは配信されている。
戦闘のことを考え始めてから、すっかり忘れていた。
スマートフォンを確認すると、先ほど入ってきた一人の視聴者はまだ残っている。
【オークじゃん】
【一人で大丈夫?】
「まあ、たぶん大丈夫です」
【たぶんって】
「まだ戦ったことないんで」
【初見でソロなの?】
「そうなりますね」
答えながら、大河は小さく笑った。魔物を目の前にして誰かと話しているという、今までならあり得なかった状況だが、不思議と邪魔には感じない。
「ブオオオッ!」
オークの咆哮が響いた瞬間、大河の意識からコメントの存在が消えた。巨体が前へ傾き、そのまま地面を強く蹴る。
「来た」
身体の大きさから想像していたよりも速い。数歩で距離を詰めたオークが大型の鉈を頭上へ振り上げるのを見て、大河はぎりぎりまでその場から動かなかった。
振り下ろされる直前、半歩だけ身体を横へずらす。
ブンッ――と重い風切り音が耳元を通り抜け、鉈が岩の地面へ叩きつけられた。鈍い音とともに細かな石片が飛び散る。
「……これ、受けたらまずいな」
あの一撃を腕や剣で正面から受け止めれば、相応のダメージは避けられない。
だからこそ、大河にとって相性は悪くない。
受ける必要がないのなら、避ければいい。
オークが鉈を持ち上げるより先に横へ回り込みかけた大河だったが、その途中で足を止める。
脳裏に浮かんだのは、昨日試したばかりの《身体強化》だった。部屋の中で軽く跳んだだけでも、普段とは明らかに違う力が出た。なら、実戦で使えばどうなるのか。
「せっかくだし、試すか」
胸の奥にある魔力を意識し、それを右脚へ流していく。昨日より感覚ははっきりしており、太腿から膝、ふくらはぎを通って足先まで魔力が巡るにつれて、脚の内側がじわりと熱を持ち始めた。
「ブオッ!」
オークが再び大河へ向き直る。
「――行くか」
地面を蹴った瞬間、想像以上の加速に一瞬だけ身体が置いていかれそうになった。景色が一気に横へ流れ、普通に踏み込んだつもりだったにもかかわらず、気づけばオークのすぐ側面まで回り込んでいる。
「やっぱり速いな、これ」
まだ完全には制御しきれていない。それでも、実戦で使えないほどではない。
オークが身体を向けるより早く《マジックソード》を抜き、その勢いのまま胴体へ振り抜く。
「ブオオッ!」
刃が灰色の皮膚を切り裂いた。
しかし、手に返ってきた感触は想像していたものとは違う。
「硬っ……」
傷は入っているが浅い。分厚い皮膚と、その下にある筋肉に刃を止められていた。
怒ったオークが太い腕を振り回すのを見て、大河はすぐに後方へ跳んで間合いを離す。脇腹には一本の傷が残っているものの、あれでは致命傷には程遠い。
「普通に斬るだけじゃ足りないか」
大河は手にした黒い剣へ視線を落とした。
昨日、部屋の中で一度だけ形成することのできた魔力の刃。あれならば、オークの厚い皮膚も突破できるかもしれない。
問題は、実戦の最中に形成し、そのまま維持できるかどうかだった。
身体強化に流していた魔力を少し弱め、今度は右腕から手のひらへ、さらにその先にある剣へと意識を繋いでいく。
「……繋がれ」
柄を通して何かが吸い出されるような感覚とともに、黒い刀身へ淡い光が滲み始める。その光は徐々に輪郭を持ち、やがて実物の刀身を包み込むような半透明の刃へと変わっていった。
「よし」
昨日よりも形成は速い。多少揺らいではいるものの、形も崩れていない。
その頃、ドローンの向こう側では別の変化が起きていた。
【え?】
【今の何?】
【剣光った?】
コメントが増え、視聴者数もいつの間にか一人ではなくなっている。しかし、大河はまだその変化に気づいていなかった。
「ブオオオオッ!」
怒りに満ちた咆哮を上げ、オークが再び駆け出してくる。
大河は魔力の刃をまとった《マジックソード》を構えながら、右脚にも必要な分だけ魔力を流した。武器と身体、その二つへ同時に魔力を送り続けるのは想像以上に集中力を使うが、少なくとも維持できないわけではない。
「できないわけじゃない」
昨日覚えたばかりの技術を、初めて実戦で使っている。その状況そのものが、大河にはたまらなく面白かった。
迫ってくるオークを正面から見据え、大河も地面を蹴る。二つの影が一気に距離を縮めた。
オークが右腕を大きく振り上げる。狙いは分かりやすい。先ほどと同じ、力任せの振り下ろし。
ただし、今度は大河も同じように避けるつもりはなかった。
右脚へ流している魔力をわずかに強め、鉈が振り下ろされる瞬間に踏み込む方向を変える。刃が肩のすぐ横を通り抜けると同時に、大河はオークの懐へ潜り込んだ。
「そこだ」
振り抜いた《マジックソード》が、先ほど傷をつけた脇腹へ重なる。
今度は手応えが違った。
魔力によって形成された半透明の刃が、オークの分厚い皮膚をほとんど抵抗なく切り裂く。
「ブオオオオオッ!」
絶叫が洞窟内に響き渡った。
深く切り裂かれた脇腹から血が噴き出し、オークの巨体が大きく揺れる。
「すご……」
大河自身も、一瞬だけ剣へ視線を落とした。
普通に斬った時とは、まるで違う。硬かったはずの皮膚を、ほとんど感じさせないほど簡単に突破した。
だが、驚いている暇はない。
傷を負ったオークが怒りに任せ、大河へ向かって左腕を振り回す。
「っと」
身体強化を使った脚で後方へ下がり、その一撃をかわす。
昨日までなら、そのまま距離を取り直して相手の様子を見ていたかもしれない。しかし今は違った。
オークの動きが明らかに鈍っている。深い傷を負ったことで重心が崩れ、先ほどまでの勢いもなくなっていた。
「もう一回」
大河は再び地面を蹴る。
右脚の身体強化。そして、刀身を覆う魔力の刃。
二つを同時に維持する感覚はまだ不安定だったが、最初よりも僅かに余裕が生まれている。
オークが必死に鉈を横薙ぎに振るった。大河はそれを低く屈んでかわし、その勢いのまま足元へ潜り込む。
「これで――」
立ち上がる力を利用しながら、《マジックソード》を斜め下から振り上げた。半透明の刃がオークの胸元を深く切り裂く。
「ブ……オ……」
巨体が一歩、二歩と後ろへ下がった。手から鉈が落ちる。
そして、そのまま前のめりに地面へ倒れ込んだ。
重い衝撃音が、通路に響く。
「……倒した」
大河はしばらく剣を構えたまま、倒れたオークを見つめていた。
動かない。
戦闘が完全に終わったと判断したところで、ようやく肩から力を抜く。同時に、身体の奥へ僅かな熱が流れ込んできた。
経験値が反映された感覚だ。
ただ、一体倒しただけではレベルアップには届かなかったらしい。
「さすがに毎回上がるわけじゃないか」
《マジックソード》へ流していた魔力を止めると、半透明の刃がゆっくりと消えていく。
大河は残った黒い刀身を眺めた。普通に斬った時は浅い傷しか与えられなかった相手を、魔力の刃を使えばあれほど簡単に切り裂けた。
「これ、ちゃんと使えるようになったらかなり強いな」
身体強化も同じだ。まだ全身へ魔力を巡らせることはできず、今は一か所へ集中させるだけ。それでも、昨日までとは明らかに違う戦い方ができている。
大河は倒れたオークから魔石を回収すると、そのまま《アイテムボックス》へ収納した。
そこでようやく、配信中だったことを思い出す。
「あ」
少し後方には、最初から最後まで大河を追っていた配信用ドローンが変わらず浮かんでいる。
「完全に忘れてた」
スマートフォンを取り出し、配信画面を確認する。
そして、大河の目が止まった。
【視聴者数:87】
「……は?」
配信を始めた直後はゼロ。ダンジョンへ入って一人。
それが、オーク一体と戦っている間に87人まで増えている。
画面には、今までとは比べものにならない速度でコメントが流れていた。
【初見なんだけどこの人誰?】
【Fランクって書いてあるけどマジ?】
【さっきの加速何?】
【魔力で身体強化してる?】
【てかその剣なんだよ】
【オーク瞬殺じゃん】
【昨日Fになったって言ってなかった?】
【探索歴どれくらい?】
【初配信でこれ?】
「ちょ、ちょっと待って」
大河が画面を追っている間にも、新しいコメントが次々と流れていく。一人ずつ返そうにも、もう先ほどのようにはいかない。
「増えすぎじゃない?」
思わず口から漏れた。
【本人が一番困惑してて草】
【かわいい反応すんな】
【87人で増えすぎ扱いなの草】
【初配信ならそりゃそうなる】
「いや、さっきまで一人だったんだから増えすぎだろ」
【それはそう】
【普通は増えないんだよなあ】
【戦い方が普通じゃないからな】
「普通じゃない?」
大河が首を傾げる。
自分としては、昨日覚えた技術を試しながらオークを倒しただけだった。だが、画面の向こうにいる人間たちからすれば、どうやらそう見えてはいないらしい。
視聴者数を見る。
【視聴者数:88】
「……また増えた」
さらに数秒後。
【視聴者数:89】
大河はしばらく数字を眺めたあと、思わず笑った。
初めてのダンジョン。初めての配信。そして、初めて自分の戦いを見ている人たち。
思っていた以上に、これは面白いかもしれない。
「じゃあ、このままもう少し奥まで行ってみるか」
そう言ってスマートフォンをしまう。
その言葉に反応するように、コメントが再び流れ始めた。
【行こう】
【続けてくれ】
【次の戦闘も見たい】
【初見だけどフォローした】
大河はそれを見ることなく、池袋ダンジョンの奥へ向かって歩き出した。
その背後を、小さな配信用ドローンが静かに追いかけていった。




