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18歳、今日からダンジョン探索者になります  作者: lala


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ダンジョンの空



 通路の向こうから吹いてくる風に、草の匂いが混じっていた。


 大河は顔を上げ、前を歩く藤堂の肩越しに奥を見た。岩肌の続く道が、先の方だけ白く明るい。照明を向けた時とは違う光が、足元まで届いている。


「……もう、出口ですか?」


「下層へのな。少し眩しいから、足元を見て出てくれ」


 藤堂の声を聞きながら、大河は剣を握り直した。


 出発して三日目だった。上層を抜け、中層の安全エリアで二度、夜を越した。六人で動く位置にも慣れ、隣に悠真がいることを確かめるために、何度も振り向く必要はなくなっている。


 それでも、明るい場所へ近づくにつれて、足が速くなりそうだった。


「大河、前に詰めすぎ」


「……分かってる。今、ちょっと見たくなっただけ」


「俺も見たいけどな」


 悠真も通路の奥を見ていた。光の中へ先に出た藤堂が周囲を確かめ、こちらへ手を上げる。


 大河は最後の数歩を進んだ。


 頭の上から、岩がなくなった。


 青い空があった。


 白い雲が、ゆっくり流れている。目の前には草原が広がり、風に撫でられた草が、遠くまで色を変えながら揺れていた。低い丘の向こうには森があり、そのさらに奥には、青く霞んだ山が見える。


 大河は口を開いたまま、しばらく動けなかった。


 頬へ風が当たる。日の光が眩しくて目を細めると、足元には、自分の影が伸びていた。


「……本当に、空がある」


 隣から、悠真の小さな声が聞こえた。


 大河は頷いた。知っていたはずなのに、頷く以外の返事がすぐには出なかった。ついさっきまで歩いていた岩の道を振り返り、それからもう一度、空を見上げる。


 洞窟の外へ出ただけにしか思えない。


 しかし、ここはダンジョンの中だった。


【着いた!】

【下層へようこそ】

【二人とも同じ顔してる】

【これは初めて来たらなるよな】

【カメラ上げてくれ、空見たい】


 少し遅れてコメントに気づき、大河はドローンを自分たちより高い位置へ移した。画面の中でも、草原の向こうまで景色が開ける。


「……これ、ずっと配信で見てたんですよ。自分で来ると、こんなに広いんですね。あそこの森まで、普通に歩いていくんだ」


【そうだぞ】

【画面だと距離分かりにくいからな】

【ついに見る側から来る側になった】

【嬉しそうで何より】


「嬉しいです。ちょっと、今はうまく喋れないですけど。……すごいな、本当に」


 大河は笑い、また草原へ目を向けた。


 強い魔物と戦いたかった。新しいスキルも欲しかった。探索を続けてきた理由はいくつもある。


 その中に、こういう場所へ来たいと思っていた自分も、確かにいた。


「しばらく立って見ててもいいぞ。俺も初めて来た時は、似たようなもんだったから」


 藤堂に言われ、大河は顔を向けた。


「藤堂さんもですか?」


「おう。空ばっかり見てて、先輩に足元も見ろって言われた」


「亮介、それ、さっき自分で言ってたじゃん」


 後ろから声をかけたのは、土の魔法を使う篠原沙耶だった。肩までの髪を後ろでまとめた女性で、杖を持っていない方の手を、眩しそうに額へかざしている。


「言われた方は覚えてるからな。役に立つ忠告だったよ」


 藤堂が答えると、篠原は笑った。


            *


 洞窟を出た場所は、草原を見下ろす岩場になっていた。


 周囲を確かめてから、大河たちはいったん足を止めた。装備を直す者も、水を飲む者もいる。大河は腰のベルトを締め直しながら、これから歩く道を目で追った。


 藤堂の班には、以前見せてもらった映像と同じ三人がいた。


 盾を使う石橋剛。弓を使う小野寺航。そして、魔法担当の篠原沙耶。三人ともCランクで、出発前に紹介された時には、大河と悠真の方が揃って頭を下げた。


 二日間、一緒に歩いてみると、話しづらい相手ではなかった。


 石橋は休憩のたびに肩を大きく回し、小野寺は食事にかける調味料を何種類も持ってきていた。篠原には、初日の夕食で、二人とも食べるのが速いと言われた。


 戦闘になると、その三人の声が短く、よく通った。


 誰かが攻撃する前に、必要な場所が空く。後ろから声がかかれば、前にいる藤堂は振り返らずに動く。映像で見た時より、その意味が少しずつ分かるようになっていた。


「ここからは、俺が先に見る。二人はさっき決めた位置で頼むよ」


 小野寺が岩場の端へ移り、草原を見渡した。大河もそちらへ近づきかけたが、邪魔にならない位置で止まる。


「もう、何か見えてますか?」


「今のところ、進む方にはいないな。右の丘の向こうは見えないから、そっちは近づいてから。遠くを見てる間、近いところを頼む」


「はい。分かりました」


 大河は自分たちのいる岩場と、そこへ続く草の間を見た。空があるだけで、地上を散歩しているような気持ちになりかけていた。剣を持っている理由まで変わったわけではない。


 悠真が横へ並んだ。


「風、結構あるな。さっきから、草の音がずっとしてる」


「ああ。向こうで何か動いても、足音だけじゃ分からないかも」


 中層では、通路の奥から響いてくる足音が手がかりになった。ここでは、風が吹くたびに広い範囲が鳴っている。大河は草の揺れ方へ目を向けたが、すぐに全部を見分けられそうにはなかった。


「慣れるまでは、紛らわしいよ。だから、一人で全部見ようとしないでね」


 篠原が二人へ声をかけた。


「はい。俺、思ったより遠くばっかり見ちゃってました」


「見たくなる景色だもんね。私も、天気がいい日は気持ちいいと思うし」


 篠原はそう言ってから、杖の先を草原へ向けた。


「ただ、向こうもこっちを見つけやすいから。寄ってきたら、ちゃんと仕事しよう」


 出発の声がかかり、六人は岩場を下りた。


 踏んだ草が、ブーツの下で折れる。


 大河はその感触を確かめるように一歩進み、前を行く藤堂との間隔を戻した。


            *


 最初に気づいたのは、小野寺だった。


「右の丘。三頭いる。こっちを見てるな」


 六人の足が止まった。


 大河が顔を向けると、草の上へ角が突き出していた。続いて、鹿に似た頭が見える。地上で見たことのある鹿より身体が大きく、頭から伸びる二本の角は、前へ長く尖っていた。


 先頭の一頭へ《鑑定》を使う。


【ランスディア】

【レベル:117】


 表示を閉じたところで、相手が首を下げた。


「……来ます!」


「見えてる。石橋、正面を頼む。天草君と瀬戸君は左。一頭回ったら、二人で受けてくれ」


「はい!」


 鹿が走り始めた。


 丘を下り、草を割りながら迫ってくる。大河は剣へ魔力を送り、悠真と一緒に左へ出た。離れていた時には余裕があると思った距離が、見る間に縮まっていく。


 速い。


 角の先が上下せず、こちらを向いたまま近づいてきた。


【速くね?】

【正面から受けるの怖すぎる】

【三頭とも来てるぞ】


 先頭へ、小野寺の矢が飛んだ。


 肩へ刺さっても、鹿は止まらなかった。石橋が盾を斜めに構え、身体を沈める。大河が思わずそちらを見たところで、右から藤堂の声が飛んだ。


「自分の方を見ろ!」


 二頭目が、先頭の横から抜けてきていた。


「悠真、こっちだ!」


「合わせる!」


 大河は全身へ雷を循環させた。淡いオーラの中でスパークが弾け、踏み込んでくる脚がはっきり見える。正面を外すように左へ動くと、鹿も首を振って角を向け直してきた。


 大河はその肩へ剣を振った。


 魔力刃が毛皮を裂く。手応えはあったが、深く入る前に、鹿の身体がこちらへ曲がってきた。角の一本が、大河の胸元を追う。


「っ、まだ来るか!」


 背筋に警告が走る。迫る角を見ながら、大河は左手を前へ出した。


 半透明の障壁へ、角がぶつかった。


 鋭い音が響き、壁に亀裂が広がる。大河は押し返そうとせず、空いた横へ足を動かした。砕けた障壁の向こうを、角と頭が突き抜けていく。


 その脚へ、悠真の槍が入った。


「大河、脚入った!」


「分かった、離れて!」


 鹿の前脚が沈む。それでも頭は動き、大河を追って角が振られた。跳び退いた足元を先端が通り、草と土がまとめて跳ね上がる。


 肩を斬っただけでは、動きがほとんど落ちなかった。


 大河は剣を構え直した。顔には、思わず笑みが浮かんでいた。


「そうだよな。初めて来たんだし、全部うまくはいかないか!」


 鹿が、再び角を向ける。


 大河はすぐには走らなかった。悠真が槍を戻すのを見て、相手の傷ついた脚へ目を落とす。こちらへ向き直るために、前脚をつき直した。


 角が、大河のいた場所を向く。


 《縮地》。


 踏み込んだ足から、一気に身体が前へ出た。大河は角の外側へ抜け、鹿の横へ入る。目の前に肩が迫ったところで足を止め、身を捻った。


「今度は、こっちだっ!」


 厚い魔力刃が、首の横へ深く入った。


 鹿の身体が跳ねた。大河は剣を引き抜きながら離れ、蹴り上がる後ろ脚から距離を取る。悠真も穂先を向けたまま下がり、二人で相手を挟む位置へ戻った。


 数歩進もうとした鹿の脚が折れた。


 草の上へ身体が倒れ、長い角が地面を抉る。大河はその頭が持ち上がらないことを確かめてから、残りの二頭へ顔を向けた。


 石橋の盾が、ちょうど一頭の角を外へ流していた。


 正面で止める動きではなかった。角が滑る方向へ盾を傾け、自分も足を動かしている。その横から藤堂が入り、首へ剣を振り抜いた。


 身体を包む魔力が、日の光の下でも見えた。


 一撃だった。


 斬られた鹿が横へ崩れる間に、藤堂はもう残る一頭を見ていた。


「沙耶、そっち行く!」


「止めるよ!」


 最後の一頭が走ろうとした先で、地面が盛り上がった。


 蹄が土へ引っかかり、巨体が前へつんのめる。首を上げたところへ矢が入り、鹿が激しく頭を振った。石橋が盾を構えて前へ出ると、藤堂はその横を通り抜けた。


 大河が駆け寄るより先に、剣が喉元へ入っていた。


 藤堂はすぐに刃を抜き、相手から離れる。三頭目が草の上へ倒れ、しばらく脚を動かしてから止まった。


「周り、来てない。今ので全部だ」


 小野寺の声が聞こえた。


 大河は剣を下げきらず、草原を見渡した。丘の上にも、近くの草の間にも、動く魔物は見えない。藤堂から大丈夫だと声がかかり、そこでようやく雷を解いた。


【倒した!】

【縮地からの剣、速すぎた】

【障壁割られた時びびったわ】

【藤堂さんの方も一瞬だったぞ】

【あの盾、角を止めてないんだな】


「……すごいな」


 声に出してから、大河は息を吐いた。


 自分の相手も強かった。初めの一撃で倒しきれず、角を向けられた時には、胸の前まで届くかと思った。それでも悠真が脚を止めてくれて、次の剣は入れられた。


 その間に、藤堂たちは二頭を倒している。


「天草君、怪我は?」


「ないです。障壁は割られましたけど、身体には当たってません。悠真は?」


「俺も大丈夫。槍、ちゃんと抜けたし」


 二人の返事を聞き、藤堂は頷いた。


「ならよかった。最初、こっちを見てたな」


「……はい。角が盾へ来るところ、気になって見ちゃいました」


「石橋が受けるって分かってる時は、任せてくれ。見るなら、自分の相手がいない時にな」


「分かりました。次は、そっちに一頭任せたって思うようにします」


 藤堂はもう一度頷き、それから大河の倒した鹿へ目を向けた。


「二回目の入り方はよかったよ。角が動いてるところへ、無理に飛び込まなかった」


「ありがとうございます。……最初から、あそこまで入れたらよかったんですけど」


「それは、次に会った時だな」


 大河は倒れたランスディアを見た。


 長い角には、障壁へぶつかった跡が残っている。しゃがんで近くから見ると、思っていたよりさらに太かった。あれを向けたまま走ってくる身体を、悠真は横から槍で止めてくれたのだ。


「脚、助かった。あのまま追われてたら、もう少し走らされてたと思う」


「こっちも、ちゃんと離れてくれたから抜けたよ。お前が首へ行く前に、槍を持っていかれずに済んだ」


 二人で言葉を交わしていると、石橋が近づいてきた。


「角、持って帰るぞ。根元を傷めないように取ってくれ」


「あ、はい。……石橋さん、さっきの受け方、あとで聞いてもいいですか? 正面から来てたのに、あんなに横へ流れると思わなかったんで」


「いいよ。ただ、あれを剣で同じようにやろうとは思うなよ。引っかかったら持っていかれるから」


「はい。それは、さっきの角を見たら分かります」


 石橋が笑った。


 回収する場所を分け、大河も剣を持ち直す。悠真と一頭分の作業を進める間、小野寺は周囲を見ていた。篠原が時々そちらへ顔を向け、短く言葉を交わしている。


 風が吹き、近くの草が大きく揺れた。


 大河は一度だけ手を止め、顔を上げた。雲の影が、草原の遠くをゆっくり動いている。


「……いいな、ここ」


 隣の悠真がこちらを見た。


「もう気に入ったのかよ。角、結構近かっただろ」


「それは怖かったけど。景色もすごいし、戦ったことない相手もいるし……さっきから、聞きたいことも増えてる」


「昼飯の時までに、少しはまとめとけよ。全員に順番に聞いてたら、食う時間なくなるぞ」


「食べながら聞く。そこは大丈夫」


【いつものTAIGAだ】

【下層でも飯は食う】

【聞きたいことだらけなの楽しそうだな】

【一年経ってもそこは変わらん】


 大河はコメントを見て笑った。


 回収した角を収納し、立ち上がる。青空の下には、まだ歩いていない草原が続いていた。今までなら画面越しに眺めていた場所で、藤堂が次に進む方を指している。


「行けるか、二人とも」


「はい。準備できてます!」


 大河は答え、悠真と一緒に歩き出した。


 ブーツについた草の切れ端を、もう気にすることはなかった。



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