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18歳、今日からダンジョン探索者になります  作者: lala


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森の中の射線



 琥珀色の塊を光へかざすと、内側に細い筋が浮かび上がった。


 大河はそれを指先で回し、反対側からも眺めた。木の幹から剥がしたばかりの樹脂は、石に似た硬さがある。表面には樹皮が少し残っていたが、中の色は澄んでいた。


「これ、思ったより綺麗ですね。何も聞かずに見せられたら、飾る物かと思いますよ」


「磨いて売ってる物もあるね。ただ、今回集める分は加工用。中に土や木屑が入りすぎてない物を選んで」


 篠原に言われ、大河はもう一度、光へ透かした。


 魔晶樹脂という素材だった。森に点在する特定の木から取れ、魔力を扱う道具の材料になるという。渡された見本と比べてから、回収用の容器へ入れる。


 昼食を終えて、最初の採取地点へ着いたところだった。


 草原の道中にも魔物はいたが、近づかずに通り過ぎられた群れもある。いちいち戦っていたら日が暮れるぞと藤堂に言われ、大河は遠くに見える姿を少し惜しみながら歩いた。


 森へ入ると、空の見える範囲が一気に狭くなった。


 頭上で枝が重なり、その隙間から日の光が落ちている。草原ほど風は強くない。代わりに、葉を擦る音と、どこかで水の流れる音が聞こえていた。


【宝石みたいだな】

【それも売れるのか】

【今日は採取のお仕事】

【さっきからずっと上向いてるな】


「幹の上の方にもついてるんですよ。取れそうなのを探してます。……あ、でも、勝手に登ったりはしないんで」


「登るなら、下にいる人へ言ってからにしてくれよ」


 近くで槍を構えていた悠真が言った。


「分かってる。前に枝を落としかけたの、まだ覚えてるから」


「落としかけたんじゃなくて、落としただろ。俺が避けただけで」


【前科あって草】

【ちゃんと覚えてて偉い】

【槍を持った監督がいる】


 大河は苦笑し、容器の蓋を閉じた。


 今は自分と篠原が採取し、ほかの四人が周囲を見ている。持ち場を変える時には声をかけ、木の裏へ回る時にも、誰かの目が届く範囲から出ないようにしていた。


「これ、一回しまっておきますね」


「お願い。まだ数が足りないから、次の木も見よう」


 大河は容器を収納し、剣を抜いてから移動した。採取に使う道具だけを持って歩いていた頃なら、後ろで誰かが立ち止まっても、気づくのが遅れたかもしれない。


 今は、小野寺が弓を持ち直したのが見えた。


「どうかしました?」


「右の木。枝の出方が変だな」


 低い声だった。


 大河は足を止め、小野寺の見ている方へ顔を向ける。太い幹から、大きな葉をつけた枝が斜めに伸びていた。周囲の木と色は似ているが、その枝だけ、途中から不自然に折れ曲がっている。


 風が吹いても、先端が揺れなかった。


 大河は《鑑定》を使った。


【リーフマンティス】

【レベル:123】


「魔物です。あそこに、カマキリみたいなのがいます」


 言い終えるより早く、枝だと思っていた物が開いた。


 葉に紛れていた身体が、幹から離れる。


 大河の背丈ほどもあるカマキリだった。薄い緑の翅が広がり、その下から、刃のような前脚が二本現れる。木から落ちる勢いのまま、こちらへ跳んできた。


「下がって!」


 大河は篠原の前へ出ながら、剣を持ち上げた。


 振り下ろされた鎌を、斜めに当てて外へ流す。金属に似た音が響き、前脚の先端が地面へ刺さった。大河は踏み込みかけたが、もう一本の鎌が横から来るのを見て、すぐに足を引いた。


 目の前で、細い枝が切り落とされる。


「うわ、切れるな、それ!」


「天草君、そのまま左へ! 石橋、もう一匹いる!」


 藤堂の声に、大河は横へ動いた。


 視界の端で、別の緑色が木から離れる。そちらへ石橋が盾を向け、藤堂が剣を構えた。二匹を同じ場所へ集めないように、大河は自分の相手を見ながら、木の間の開けた場所へ下がった。


 リーフマンティスが追ってくる。


 長い脚が、落ち葉の上を滑るように進んだ。


            *


「大河、右、狭いぞ!」


「見えてる! こっちへ出す!」


 悠真の声を聞き、大河は太い幹の手前で止まった。


 雷を全身へ循環させ、剣へも魔力を送る。追いついてきたカマキリが鎌を上げると、その先が思っていたより高い位置まで伸びた。大河は刃の動きを見て横へ避け、伸び切った前脚へ剣を返す。


 魔力刃が、緑色の外殻を削った。


 深く入らない。


 大河が剣を引くのに合わせ、もう一本の鎌が下から跳ね上がってきた。身体を引いた胸元を先端が通り、続けて、傷ついた方の鎌まで戻ってくる。


「っ、二本あると忙しいな!」


 大河は剣で受け続けず、いったん距離を取った。


 腕の長さが違う。人と剣を合わせる時より遠い場所から、刃が届いた。一本を避けて入ろうとすれば、もう一本が胸の前へ戻っている。


 カマキリの頭が、大河を追ってゆっくり傾いた。


【でかすぎる】

【あれが木についてたの怖いわ】

【二刀流みたいになってる】

【後ろにも一匹いたぞ】


「向こうは任せます。……こっちも、ちゃんと見てるんで」


 大河は小さく息を吐いた。


 藤堂の剣を見たい気持ちはあった。石橋があの鎌をどう受けるのかも気になる。それでも、今そちらへ顔を向ければ、自分の前にいる相手を見失う。


 鎌の動きを外さず、近くの足場を確かめる。


 左には木の根。右には細い幹。その間なら、悠真の槍が入る場所もあった。


「悠真、右から脚いける?」


「もう少し、こっち向けてくれ!」


「分かった!」


 大河は半歩だけ右へ寄った。


 カマキリが向きを変え、鎌を広げる。その脚へ悠真が槍を突いたが、相手は身体を浮かせるように跳んだ。穂先が一本の脚をかすめ、鎌の片方が悠真へ向く。


 大河は剣を振り抜いた。


「こっちだっ!」


 《飛斬》が、カマキリの胴へぶつかった。


 緑色の欠片が散り、身体が傾く。悠真へ伸びかけていた鎌が地面へ落ちた。大河はそこへ踏み込んだが、もう一本が胸の前を塞ぐように戻ってくる。


 剣を無理に押し込まず、刃を合わせて外へ離れた。


 胴には傷がついている。


 それでも、二本の鎌は動いていた。


「天草君、左腕を上げさせられるか?」


 後ろから、小野寺の声がした。


 大河は相手を見たまま答える。


「できます! 上げたところ、撃てますか?」


「狙う。こっちの前へは入らないでくれ」


「はい!」


 小野寺の立つ位置を、短く確かめた。


 大河の斜め後ろだった。自分がそのまま相手へ近づけば、矢の通り道を塞ぐ。大河は左へ動き、カマキリの顔をこちらへ向けさせた。


 鎌が一度、低く閉じられる。


 そこから大河へ、長い前脚が伸びた。


 大河は横へ避けながら、外側へ流れた鎌の付け根を斬る構えを見せた。カマキリがそちらの腕を引き上げ、反対の鎌を突き出してくる。


 大河は剣を引いた。


 弓の弦が鳴った。


 上がった前脚の付け根へ、矢が刺さる。


 カマキリが大きく身体を捻り、鎌が下がった。大河は踏み込もうとしたが、相手の翅が広がるのを見て止まった。傷を負った身体が跳ね、狙いを変えて、小野寺の方へ向かっていく。


「小野寺さん、来ます!」


「見てる!」


 小野寺はすでに横へ動いていた。


 ただ、その先には木がある。大きく逃れるには、もう一歩必要だった。大河は全身の循環を保ったまま地面を蹴り、小野寺へ迫るカマキリの横を追った。


 《縮地》で距離を詰める。


 落ち葉の下に見えていた根を越え、着地した足で踏ん張った。鎌が振り上がる前に、左手を前へ出す。


 半透明の障壁へ、緑の刃がぶつかった。


 亀裂が走ったが、今度はすぐには割れなかった。鎌の先が止まり、その間に小野寺が木の外へ抜ける。


「助かった!」


「もう一回、狙えますか!」


「いける! 右へ出すぞ!」


 大河は障壁を解き、横へ離れた。


 押さえられていた鎌が、勢いよく下がる。カマキリが大河へ頭を向ける前に、次の矢が胴へ入った。傷をつけていた場所のすぐ近くで、外殻が割れる。


 悠真の槍が、後ろ脚を地面へ縫い留めた。


「大河、今!」


「おおっ!」


 大河は剣へ送る魔力を増やした。


 厚みを増した刃の周囲で、雷が弾ける。上がってくる鎌の外側へ入り、裂けた胴へ横から剣を叩き込んだ。


「これなら、どうだっ!」


 硬い殻を割る手応えが返った。


 大河は腕だけで振り切らず、踏み込んだ身体ごと刃を走らせた。カマキリの胴が大きく裂け、持ち上がっていた鎌が落ちる。


 剣を抜いて離れると、悠真も槍を引いて下がった。


 長い脚が何度か動き、それから、落ち葉の上へ身体が沈んだ。大河は鎌の先まで動かなくなったことを確かめ、短く息を吐いた。


 少し離れたところでは、藤堂がもう一匹から剣を抜いていた。


「二匹とも終わり。周りを見てくれ」


 藤堂の声に、大河は剣を構えたまま近くの木を見上げた。揺れる葉の中へ、さっきまで枝だと思っていた形を探す。


 小野寺も、次の矢を持ったまま周囲を見ていた。


 しばらく確かめてから、六人はようやく武器を下げた。


【倒した!】

【弓と合わせたのよかった】

【今度は後ろ守ったな】

【あの鎌が頭の上にいるの嫌すぎる】

【森が急に怖くなった】


「……俺も、上を見る理由が増えました。樹脂ばっかり探してる場合じゃなかったですね」


 大河は雷を解き、切り落とされた枝へ目を向けた。緑の葉がついたまま、地面へ落ちている。あれに混じっていたら、確かに見つけづらかった。


 近づいてきた小野寺が、大河の肩を軽く叩いた。


「さっき、ありがとな。あの一回で、次の矢を用意できた」


「間に合ってよかったです。俺、最初の矢が入った時、そのまま斬りに行こうとしてました」


「来なくてよかった。あそこで一緒に前へ出てたら、俺の目の前へ二人とも来るところだった」


「……それは、撃てないですね」


「そう。最後はちゃんと空けてくれたから、狙えた」


 大河は自分が立っていた場所と、小野寺が移動した木の間を見た。


 矢が飛んでくる場所へ入らない。それは何度も教わっていた。ただ、その場所は戦いの間、ずっと同じではない。弓を持つ相手も動き、魔物も向きを変える。


 最後の一撃は、小野寺がこちらへ声をかけてくれたから分かった。


「次も、分からなかったら聞きます。俺から見て空いてても、小野寺さんからだと違うこともありますよね」


「あるね。俺も言うから、聞こえたら返してくれ」


「はい。お願いします」


 大河が頷くと、小野寺は笑って矢の回収へ向かった。


            *


 採取は、予定していた分まで集められた。


 場所を確かめながら歩き、いくつかの木から樹脂を取る。途中で見つけた古い殻には大河も足を止めたが、篠原に、欲しいなら入れて帰ればと言われて、少しだけ収納した。


「そんなの持って帰って、どうするんだ?」


 悠真に聞かれ、大河は殻の欠片を見せた。


「さっき、剣が浅かっただろ。あとで、どれくらい硬いのか見たいんだよ。訓練場なら、置いて確かめられるし」


「帰ってからもカマキリと戦うのか」


「動かないやつなら、もう少し落ち着いて見られるだろ」


【宿題持って帰るタイプ】

【学生より勉強してる】

【机の上に置いとくと怖そう】


「机には置かないです。飯食べるところで、あれと目が合うの嫌なんで」


 コメントへ答えると、篠原に笑われた。


 森を抜ける頃には、日の光が斜めから差すようになっていた。


 木々の向こうに川が見える。水面へ夕日が反射し、流れに合わせて細かく光っていた。次の採取地点は川を渡った先だが、藤堂はその手前で今日の移動を終えると決めた。


 川岸から少し離れた安全エリアには、先に休んでいる探索者たちがいた。


 挨拶を交わして空いている場所へ入り、大河たちも野営の支度を始める。地面を確かめて寝具を広げ、食事に使う物を出した。いつもの椅子へ腰を下ろした時には、思っていたより脚が疲れていた。


「……歩きやすいところばっかりじゃないんですね。草原って聞いた時、もっと平らなのを想像してました」


「下、見えなかっただろ。草で隠れてるだけで、結構でこぼこしてるからな」


 石橋がブーツについた土を落としながら答えた。


「はい。森の中も根が多かったですし。明日、脚に来そうだな」


「寝る前に少し動かしとけよ。そのまま固まると、起きた時に嫌になるから」


「やっておきます。……あと、昼に言ってた盾の話、食べながら聞いてもいいですか?」


「本当に聞くのか。飯、冷ますなよ」


 大河は頷き、食事を受け取った。


 石橋の説明には、小野寺も横から口を挟んだ。盾の外へ魔物が流れてきたら、弓からはどこが見えるのか。藤堂はどちらから入るつもりだったのか。聞き始めると、昼に見た一瞬の中に、思っていたより多くのことがあった。


 悠真も途中から質問し、大河の食事が止まると、篠原がその器を指した。


「ほら。二人とも、話しながらでも食べられるんじゃなかった?」


「あ、はい。食べます」


【言われてて草】

【昼にあんなこと言うから】

【今日は先生が多いな】


 大河は笑い、少し冷めた食事を口へ運んだ。


 食べ終わる頃には、空の色が変わっていた。


 川向こうの森が暗くなり、その上に、まだ薄い青が残っている。大河は器を片づけてから、椅子の背へ身体を預けた。


 やがて、星が見え始めた。


 一つ見つけると、その近くにも、さらに遠くにも光があった。頭を傾けるほど数が増え、大河はしばらく、スマートフォンを見るのも忘れていた。


「……夜も、ちゃんと空なんですね」


 声に出すと、隣の悠真も上を向いた。


「ああ。これ見て寝るの、変な感じするな。さっきまでダンジョンにいるって普通に思ってたのに」


「今もいるんだけどな。明日も魔物、出るし」


「分かってるって。今くらい、星だけ見せてくれよ」


 大河は笑った。


 ドローンのカメラを上へ向けると、画面には肉眼で見えるほど多くの星は映らなかった。それでもコメント欄には、見える星を数える言葉が流れた。


【いいなあ】

【今日は空から始まって星で終わるのか】

【現地で見たい】

【ちゃんと寝ろよ、二人とも】


「寝ますよ。明日も歩くんで。……でも、その前に、もう少しだけ見てていいですか。こんなに見えると思ってなかったんです」


 返事を読む間にも、川の流れる音がしていた。


 大河は出したままだった資料を閉じた。そこに載っていた昼の写真と、今、頭の上にある景色は違う。こればかりは、帰ってから見返すだけでは足りない気がした。


 配信を終える前に、もう一度ドローンへ顔を向ける。


「今日もありがとうございました。初めての下層、来てよかったです。明日は川の向こうへ行くので、また付き合ってください」


 手を振って配信を切った。


 明日使う物を確かめ、仲間たちと寝る準備を進める。身体をほぐし終えてから、大河は寝具へ入った。横になって見上げると、枝の隙間からも星が見えた。


「悠真、起きてる?」


「まだ起きてる。何?」


「帰ったら、あのカマキリのところ、映像見直そうぜ。矢が入る前、俺、どれくらい前を空けられてたのか見たい」


「分かった。……明日じゃ駄目な理由だけ、あとで教えてくれ」


 少し離れたところで、誰かが笑った。


 大河も小さく笑い、今度は目を閉じた。



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