傷をつけない倒し方
「そこ、斬ったら安くなるんだよな……」
岩陰から出てきた魔物を見て、大河は剣を握り直した。太い胴を覆うのは、鎧のように重なった硬い外皮。低く構えた頭の両側から、曲がった牙が突き出している。
《アーマーボア》。以前、悠真と二人で倒した相手だった。ただ、今度の二体はどちらも大きく、《鑑定》に表示されたレベルも七十二と七十三になっていた。
飯能へ入って二日目の昼前。十八階層で、買取依頼にあった魔物をようやく見つけたところだった。
「背中と脇腹は、できれば残したいね。難しければ、倒す方を優先して」
真壁はそう言いながら、右の一体へ槍を向けた。三枝がその後ろへ移る。大河も左の一体を見据え、隣へ来た悠真へ声をかけた。
「胴を斬ったら素材が傷むな。悠真、脚を止められる? 俺が首の方へ回るから」
「やってみる。ただ、正面から突っ込んできたら止めきれないぞ」
「分かった。最初は俺に向かせる」
大河が前へ出ると、左のアーマーボアが鼻を鳴らした。前脚が地面を掻き、細かな石が後ろへ飛ぶ。二人で相手をした時にも、あの突進を避けてから斬っていた。
今日は、その刃を入れる場所を変える。
【素材狙いか】
【胴を残すの結構面倒なんだよな】
【前にも二人で倒してたやつ】
【今回の方がでかくない?】
大河は左へ動き、悠真との間を空けた。魔物の顔がこちらを追う。肩を低くした姿を見て、全身へ魔力を循環させた。
「こっちだ。来い!」
巨体が走り出した。
大河は牙を横へかわし、すれ違う首へ剣を振った。ところが、アーマーボアも頭を振る。突き上がった牙が刀身へぶつかり、刃が外へ逸れた。
「っ、そこも動くか!」
続けて肩が迫り、大河は踏みとどまらずに離れた。牙だけを避けても、幅のある身体が通ってくる。足元で石が跳ね、魔物は少し先で向きを変えた。
無傷の胴が、またこちらを向く。
「大河、もう少しこっちへ寄せて。曲がってくるところを狙う!」
「分かった。次、そっちへ回す!」
悠真の立つ位置を確かめ、大河は斜め後ろへ下がった。再び走り出した巨体を引きつけ、今度は早めに横へ抜ける。追おうとした魔物が前脚を踏ん張るところへ、槍が伸びた。
穂先が、外皮の切れた脚の内側へ入る。
「今だ!」
アーマーボアが吠え、前脚を折った。大河はその横へ踏み込み、首を狙う。傷ついた脚で暴れながら、相手はまだ牙を振り上げてきた。
剣を届かせるには、もう一歩近い。
大河の身体から、雷が弾けた。
「それなら、こっちからだっ!」
頭が向いた方とは反対側へ駆け抜ける。首の横にある外皮の隙間へ、厚い魔力刃を叩き込んだ。抵抗に両手で柄を握り込み、そのまま振り抜く。
魔物が大きく揺れた。
大河が離れると、アーマーボアは前脚を滑らせ、横倒しになった。後ろ脚が地面を蹴ったが、立ち上がることはない。悠真も槍を構えたまま待ち、動きが止まってから、ようやく穂先を下げた。
「……よし。胴、斬ってないよな?」
「斬ってない。最後、そっちへ回ったから、俺も槍を引けた」
大河は雷を解き、隣の戦いへ目を向けた。
真壁の槍が、魔物の顔のすぐ前を横切った。噛みつこうとした頭が持ち上がり、顎の下へ穂先が入る。すでに脚にも傷を負っていたらしく、追って踏み出した巨体は、そのまま崩れた。
少し後ろでは、三枝が魔物から目を離さずにいる。大河たちの方も見える位置だった。
「二体とも終わったね。周りを確認してから、状態を見よう」
「はい。……真壁さん、首、あんなに上を向かせられるんですね」
「ずっと下を向いている相手を、下から刺そうとすると大変だからね」
真壁は槍を引き、こちらを見た。
「二人も、うまく合わせられた。最初に首を狙った時より、脚を止めてからの方が入りやすかったでしょう」
「はい。最初の一回で、首も好きには斬らせてくれないって分かりました」
【胴きれいに残ったな】
【倒す場所まで考えて戦ってる】
【真壁さんの方も早かった】
【これは査定が楽しみ】
悠真と見張りを交代し、大河は倒れた魔物の横へしゃがんだ。硬い外皮の上を指でなぞる。首から流れた血はついているが、欲しかった部分には大きな切り傷もない。
以前なら、この脇腹へ剣を入れていた。
「前に倒した時、俺たち、ここ斬ったよな」
「うん。あの時は、それで倒せたからな」
「次から、売るところも先に見とこう。せっかく持って帰るなら、高い方がいいし」
「自分で穴開けてから、安いって言うなよ」
「まだ言ってないだろ」
笑いながら立ち上がろうとして、大河は動きを止めた。
身体の奥に、熱が広がっている。戦って上がった呼吸とは違う、覚えのある変化だった。大河は立ち上がってから、自分へ《鑑定》を使った。
【レベル:70】
レベルの欄を見て、口元が緩む。続けてスキルへ目を移すと、常在スキルの最後に、見慣れない名前が加わっていた。
【常在スキル:《レベルアップ補正》《危機感知》《魔力回復促進》】
「……お」
閉じかけた表示を、もう一度見た。
「新しいスキル、来ました。《魔力回復促進》っていうのなんですけど」
【おめでとう!】
【いいの取ったな】
【今の戦いで上がった?】
【雷使うなら助かるやつ】
名前からして、魔力が回復しやすくなるのだろう。ただ、取っただけで、どのくらい違うかまで分かるわけではなかった。
大河が顔を上げると、近くへ来ていた三枝が頷いた。
「それ、助かるよ。魔力の自然回復が早くなるから。休んでいる間にも差が出るし、戦っている間も回復はする」
「今までより魔力の回復が早いってことですよね? ……これ、かなり嬉しいんですけど」
「天草君、剣にも身体にも使うもんね。ただ、使う方が多ければ減るのは同じだよ」
「はい。雷を使いっぱなしにできるとは思ってないです。でも、休んで戻るのが早くなるなら、かなり助かります」
【相性いいな】
【飛斬も魔力使うしな】
【使い続けていいって意味じゃないぞ】
【めちゃくちゃ嬉しそう】
「嬉しいですよ。休んでも、まだちょっと戻ってないなって時、あったんで」
思い浮かぶのは、一人で潜っていた時のことだった。身体は動くようになっても、魔力が心もとなければ、もう少し待つ。高尾でも奥多摩でも、そんな時間があった。
雷や《飛斬》を使えるようになった時とは違う。それでも、自分の戦い方を知っている今なら、このスキルのありがたさはよく分かった。
「天草君、回収が終わったら少し休もう。使い心地を確かめるのは、そのあとでもできるから」
「はい。……まずは、こいつですね。いい状態で倒せたんで、持って帰る方も失敗したくないです」
真壁へ答え、大河は回収用の道具を取り出した。
外皮を傷めないように、切れ目を入れる場所を教わる。倒す時に気をつけた分を、ここで台無しにするわけにはいかなかった。大河は三枝の手元と見比べながら、いつもより慎重に刃を動かした。
*
十九階層へ下りる道は、見えているのに近づけなかった。
岩の裂け目の向こうに、下へ続く段差がある。ところが、そこへ渡るつもりで入った道は、途中から反対側へ曲がっていた。四人は来た道を戻り、もう一度分岐の前へ立った。
「さっきの場所、向こうから見えてただけなのか」
大河が言うと、悠真も地図へ顔を寄せた。
「近いと思ったんだけどな。上から回れない?」
「上は、途中で狭くなってた。俺たちだけ抜けても、荷物を持って通るのはきつそう」
「じゃあ、こっちを見てみよう。少し遠回りだけど、道は続いている」
真壁が示した方へ進み、ようやく階段へ辿り着いた頃には、一時間近く経っていた。
二日目は、二十階層の安全エリアで終えた。途中の戦闘では、雷も《飛斬》も使ったが、新しいスキルを取ったからと、余分に撃って試すことはしなかった。休憩のたびに魔力の戻り具合を確かめ、これまでの感覚と比べていく。
夕方、座って水を飲んでいる時には、違いを感じた。
「……さっきより、戻ってるな」
「もう分かる?」
隣で靴の具合を確かめていた悠真が、顔を上げた。
「うん。いつもなら、もうちょっと休みたいくらい使ったつもりだったんだけど。これ、何日か使ったら、もっと分かりそう」
「よかったじゃん。俺はまだ、脚の方を休ませたいけど」
「俺も。魔力が戻っても、歩いた分は残ってる」
大河は脚を伸ばし、笑いながら椅子へ背中を預けた。今日は坂道を上り下りした回数も多い。新しいスキルが働いていても、靴を脱いだ時の気持ちよさは変わらなかった。
*
三日目の午後には、回収した素材の包みが、出発前に考えていたより増えていた。
二十一階層では、買取依頼にあった魔物を見つけ、少し時間を使って数を揃えた。二十二階層では、岩場の奥に群れを見つけて別の道を選んだため、階段を探し直すことになった。
進む速さは、上層にいた時より落ちている。
それでも四人で歩いていると、大河一人では見落としていた道を、誰かが見つけることがあった。逆に、自分が覚えていた岩の形を伝え、同じ分岐へ戻ってきたと気づいたこともある。
「こっち、さっき俺たちが下りてきたところへ繋がってませんか。あの白い岩、上から見た気がします」
大河の声で真壁が止まり、三枝も記録を確かめた。悠真が少し横へ動き、岩の向こうを覗く。
「あ、ほんとだ。俺が水飲んだところだ」
「覚えてる理由、そっちかよ」
「お前だって、飯食った場所は覚えてるだろ」
「……それは、覚えてるけど」
笑い声が響いたあと、四人は分岐へ戻った。調べた道を地図へ書き足す作業も、今は誰か一人だけがやることではなくなっていた。
二十四階層へ入る頃には、大河も、悠真の槍が伸びる場所を見て動ける場面が増えていた。
広い場所では横へ回り、狭ければ前を譲る。真壁が相手を引きつけている間に、大河と悠真で別の一体を倒すこともあった。三枝から声が飛べば、魔法が通る場所を空ける。
一度、悠真へ任せた相手を追いかけそうになり、真壁に名前を呼ばれた。
「俺が見てるから、そっち頼む!」
悠真にも言われ、大河は向きを戻した。自分へ迫っていたもう一体の剣を弾き、目の前の戦いへ集中する。終わってから悠真を見れば、向こうもすでに槍を引いていた。
毎回、うまくいくわけではない。それでも、声を聞いてから迷う時間は、少しずつ短くなっていた。
*
「必要な分は、揃ったね」
二十四階層の安全エリアで、三枝が確認を終えた。
大河は広げていた素材の包みを、一つずつ収納していった。アーマーボアの外皮もある。回収の際につけた小さな傷はあったものの、買取条件を満たすだけの状態と量は残せていた。
「よかったです。最初の二体だけじゃ、足りなかったですもんね」
「傷んだところを除くからね。少し余分にあるくらいで、ちょうどいいよ」
「帰って見せるの、楽しみですね。ちゃんと残した分、高く買ってもらえるといいんですけど」
【査定まで楽しみになってる】
【今回は四人で稼いだ金だな】
【あの外皮きれいだったし期待】
【明日はボスか】
大河は最後の包みをしまい、地図へ目を落とした。二十五階層への階段は、すでに見つけている。今いる場所から、そこまでの道も確かめてあった。
真壁が三人の顔を見た。
「予定どおり、明日下りよう。今日はここで休んで、装備も見直しておきたい。どこか気になるところはある?」
「俺は、今のところ大丈夫です。留め具だけ、あとで締め直します」
大河が答えると、悠真も槍を少し持ち上げた。
「俺も怪我はないです。ただ、今日は結構突いたんで、腕を休ませたいです」
「私も魔力を戻しておきたい。今から下りて、急いで寝床を探すより、ここで休む方がいいと思う」
進むかどうかを、自分の元気だけで決める日ではなかった。大河も頷き、手甲を外す。明日なら、四人とも今よりいい状態で向かえる。
配信を終えたあと、装備を並べて点検した。胸当ての留め具を締め、手甲の内側についた砂を払う。修理したばかりの箇所にも傷は増えていたが、緩みや割れはなかった。
隣では悠真が槍を確かめている。
「明日、最初から二人で前へ出るのかな」
「相手を見てからじゃないか? 真壁さんもいるし。俺、横へ回るなら早めに言うよ」
「頼む。お前が走ったあとに槍を出すと、間に合わない時あるから」
「分かった。……俺も、お前が突くところ、もうちょっと見ておく」
悠真は頷き、手元へ目を戻した。
大河も剣を拭きながら、明日のことを考えた。一人なら、強い相手を見つけた時から、どう近づき、どう倒すかを組み立てていた。今はそこに、誰が前に立つか、誰の攻撃に合わせるかが加わっている。
真壁の槍が相手を止めたところへ、自分が走り込んだらどうなるだろう。
大河が顔を上げると、少し離れた場所で、真壁も槍の手入れをしていた。
「真壁さん。明日の戦い方なんですけど、少し聞いてもいいですか?」
「うん。何か、試したいことがある?」
「はい。俺が回り込む時に、どっちを空けておいた方がいいか、先に聞きたくて」
真壁が手を止め、そばの場所を空けてくれた。悠真も槍を置き、立ち上がる。三枝まで地図を持ってきたところで、大河は四人の真ん中へ腰を下ろした。
明日は、飯能の最奥へ向かう。
大河は指で自分の立つ位置を示し、隣へ来た悠真と顔を見合わせた。




