四人分の地図
「直りましたよ。ただ、次も同じところで受けていいわけじゃありませんからね」
店員が差し出した胸当てを、大河は両手で受け取った。斜めに削られた箇所は補修され、傷んでいた留め具も交換されている。表面を指でなぞってから身体へ当てると、重さも収まりも、使い慣れたままだった。
「はい。次は、当たる前に避けたいです。これがなかったら、今ごろ修理代だけじゃ済んでなかったと思うんで」
「そうしてください。腕と肩の方も点検してあります。着けて、動かしてみてもらえますか」
奥多摩から帰って四日が経っていた。
帰還の翌日は、約束どおり探索を休んだ。防具を預け、洗濯をし、残った食料を片づける。脚の重さが抜けてからギルドへ顔を出し、藤堂には最後の戦闘を見てもらっている。
褒めてもらえた箇所も、あった。
ただ、水の中で脚を引こうとした最初の動きについては、しっかり話すことになった。大河自身が聞きたかったところでもあり、映像を止めてもらいながら、足場を選ぶ時の考え方を教わっていた。
大河は防具を着け、腕を上げた。身体を捻り、膝を曲げても、引っかかるところはない。
「大丈夫です。ありがとうございます。次も、これで行ってきます」
代金を払い、店を出る。スマートフォンには、悠真から連絡が届いていた。
『今、真壁さんたちといる。戻ったら事務所の方に来て』
焼肉を食べながら話した、泊まりの探索についてだろう。
大河は歩きながら返事を打ちかけ、いったん道の端へ寄った。
『修理終わった。これから行く』
送信してから歩き出す。防具の具合を確かめるために、今日は訓練場へ寄るつもりだった。相談がまとまるなら、そのあとの予定も決まるかもしれない。
*
「四人で、飯能へ行こうと思ってる」
真壁の言葉に、大河は机へ広げられた資料を見た。
飯能ダンジョン。Eランク、全二十五階層。上層は洞窟が中心で、中層では高低差のある道と、入り組んだ岩場が続くという。
真壁と三枝、その向かいに悠真が座っていた。大河も隣へ腰を下ろすと、悠真が資料を少し寄せてくれた。
「四日くらいを考えてる。途中で進み具合を見て、必要なら日程を変えるつもりだけど、二人の予定はどうかな」
「俺は空いてます。行きたいです。最奥まで、四人で目指すんですよね?」
「うん。ただ、欲しい素材が出る場所も寄っていく。階段を見つけたら、そのまま全部下りるという進み方にはならないと思う」
三枝が別の紙を置いた。
魔物素材の買取依頼が、いくつか並んでいた。討伐した数より、持ち帰る部分の状態が重要になる物もある。大河は読み進め、硬い外皮を使う素材のところで指を止めた。
「これ、胴を深く斬ると、売れる分が減るんですか?」
「そう。だから、取れそうなら頭や脚を狙う。難しかったら、無理に残さなくていいよ。素材を守って怪我したら、その方が高くつくから」
「分かりました。倒してから、しまったってならないように、先に見ておきます」
大河が答える横で、悠真も資料へ目を落としていた。
自分で潜る時にも、素材は回収している。ただ、今回は誰がどこを斬るかまで、同じ相手を見ながら考えることになるらしかった。
真壁が地図を指した。
「上層は、僕が前を歩く。天草君が続いて、三枝さん、瀬戸君の順。広いところなら二人ずつになれるけど、狭い道では、後ろの二人が戦える場所も残してほしい」
「俺が前へ出すぎると、分かれちゃいますね」
「そう。先に倒せる相手なら、それで助かることもある。ただ、角を越えたら何がいるか、後ろからは分からない。追う時には声をかけて」
「はい。見えなくなる前に呼びます」
悠真が横から、大河を見る。
「走ってからじゃなくてな」
「分かってるって。お前が後ろにいる時に、一人でいなくならないよ」
「俺が前へ出る時も言うから」
真壁が二人を見て笑い、地図へ指を戻した。
休む場所は、現地で見つけて決める。すでに把握されている安全エリアの位置も確認したが、そこへ着く時刻まで、紙の上で決めることはできなかった。
大河は四日分の道を目で辿った。
一人なら、疲れたところで止まれる。今度は、自分がまだ動けるかだけを考えていても、進むかどうかは決まらない。
「俺、歩く速さは先頭に合わせます。気になる分岐があっても、勝手に入らないんで。……ただ、見に行きたい時は言ってもいいですか?」
「もちろん。相談してくれればいい。僕らが気づいていないことを、天草君が見つけるかもしれないしね」
「だったら、よかったです」
大河は少し肩の力を抜いた。
真壁の指示を聞いて、ただついていくだけになるわけではない。自分で見て、考えて、誰かへ伝える。その上で、四人で行き先を決めるのだ。
「配信も、四人とも大丈夫なんですよね?」
「私は大丈夫。着替えと寝る時は、ちゃんと止めてね」
「はい。そこは、もちろんです」
「俺もいいよ。ただ、俺が転んだところだけ、何回も流すのはやめろよ」
悠真に言われ、大河は笑った。
「そんな編集しないだろ。お前こそ、俺が道を間違えたところばっかり覚えてるじゃないか」
「結構あったからな」
「今回、地図見るの手伝えよ」
悠真が頷いた。
机に広がっているのは、まだ歩いていない道だった。大河はスマートフォンへ予定を入れ、出発の日を確かめた。
*
飯能の六階層で、真壁が手を上げた。
大河は足を止め、前方を見た。岩の張り出した道の先で、灰色の影が動いている。低い唸り声が重なり、狼の姿をした魔物が、次々と岩陰から出てきた。
四体だった。
牙が長く、前脚には太い筋肉がついている。大河が《鑑定》を使うと、《ファングウルフ》の名前と、六十台前半のレベルが表示された。
「前、四体。後ろは?」
「今のところ、いません」
悠真が答えた。
大河は剣へ魔力を流し、真壁の横へ出る。道幅はあるが、岩の陰までは見えなかった。狼たちは二体ずつ左右へ分かれ、低く身を沈めている。
【今日は四人!】
【槍二本あるの頼もしいな】
【横へ広がってるぞ】
【三枝さん後ろ見てる】
「俺、右を見ます。真壁さん、そっちはお願いしていいですか」
「任せて。追いすぎないようにね」
答えを聞き終える前に、右の一体が跳んだ。
大河は半歩外へ動き、開いた口の横へ剣を振った。魔力刃が首筋へ入り、身体が傾く。すぐ後ろから二体目が走ってきたが、大河は倒れる狼を越えて追わなかった。
剣を引き、牙をかわして横腹を斬る。
手応えはあった。それでも狼は脚を止めず、大河の脇を抜けようとした。
「そっち、抜ける!」
「見てる!」
悠真の槍が伸びた。
前へ出すぎずに待っていた穂先が、狼の胸を捉える。身体が止まったところへ、大河も踏み込み、首元へ刃を入れた。
二体目が崩れた。
大河が左へ目を向けると、真壁の槍が一体を近づけずにいた。もう一体は岩の上へ回り込み、後方へ跳ぼうとしている。
「上、そいつは私がやる!」
三枝の声に、大河は動きかけた足を止めた。
火の弾が、岩へ前脚をかけた狼へぶつかった。悲鳴が上がり、足場から落ちる。悠真が槍を構えたままそちらを見ていたが、狼は地面へ倒れたまま起き上がらなかった。
真壁も残る一体を仕留め、槍を引いた。
四体とも、動いていない。
「周りを見てから回収しよう。瀬戸君、後ろをお願い」
「はい」
大河は剣を下げかけ、岩陰へ目を向けた。ほかに待っている魔物がいないか。そこまで確かめてから、ようやく息を吐く。
【早かったな】
【抜けたやつ悠真くん止めた】
【声かけたらすぐ槍出たぞ】
【四人いると違うわ】
「はい。今、俺が追わなくても、悠真がいましたね。……助かった。あいつ、斬られても奥へ行こうとしたから」
「傷ついてる分、止めやすかったよ。声も聞こえたし」
悠真は後方を見ながら答えた。
大河は狼を見下ろした。一人なら、抜けられないように自分で追い、周囲を見直してから回収していた。今は悠真が道を見ていて、三枝は岩の上も確かめている。
真壁が近づいてきた。
「今の二体目、最初から一撃で倒しきろうとすれば、もっと深く踏み込めた?」
「はい。雷も使えば、間に合ったと思います。でも、後ろが見えなくなりそうだったんで」
「うん。次に同じ形になったら、瀬戸君と挟むつもりで動いてもいい。全部、自分で止めようとしなくても大丈夫だから」
大河は悠真を見た。
槍の届く長さは、訓練場でも、一緒に潜った時にも知っている。その穂先が来るところを空けておけば、自分の剣だけで追い回さずに済む。
「じゃあ、次はそっちへ向かせる。止められそうなら、頼んでいい?」
「いいよ。変な方向から飛ばすなよ」
「投げる話はしてないだろ」
悠真が笑い、大河も笑った。
狼の魔石を回収し、素材の状態を確かめる。作業を終えると、真壁が地図を開いた。先の分岐では、右の道が少し低くなっているらしい。
大河はそちらへ目を向けてから、悠真が戻ってくるのを待った。
*
十六階層の安全エリアに着いた時、大河は壁際へ荷物を出した。
初日の探索は、ここまでだった。
上層のボスを越えてから道が入り組み、下りてすぐには休める場所が見つからなかった。二度ほど分岐を戻り、真壁と大河が地図を見比べている間にも、三枝と悠真が周囲を見ていた。
ようやく腰を下ろせる場所が見つかると、四人とも、まず水へ手を伸ばした。
「……よかった。今日は、ここで寝られますね」
「天草君、食料のケース出してもらえる?」
「はい。こっちが今日の分です」
大河が出したケースを、三枝が受け取った。悠真は自分の荷物から調理道具を出し、真壁は広げた地図へ今日の道を書き足している。
大河は椅子へ座りかけ、手を止めた。
いつもなら、このあとは自分で全部取り出す。食事の準備をして、地図を見て、装備も確かめる。その前に、一息つきたくなることもあった。
今日は、すでに湯を沸かす準備が進んでいた。
「俺、何やればいいですか?」
「じゃあ、これを四つに分けて。悠真君が食べすぎないように」
「まだ食べてないですよ」
悠真が返すと、三枝が笑った。
大河は受け取った食料を分け、器を並べた。四つ置くと、自分一人の時よりずっと場所を使う。少し間を詰めると、隣から悠真の手が伸び、端の器を支えてくれた。
【今日は飯も四人分】
【いつもの椅子が食卓になった】
【共同生活始まったな】
【TAIGAの分、足りる?】
「足りますよ。俺の分もちゃんとあります。……四人いると、準備が早いですね。座ろうとしたら、もう半分くらい終わってました」
「そのまま座ってたら、飯抜きだったぞ」
悠真が言い、大河は顔を上げた。
「ケース出したの、俺だろ」
「じゃあ、一口はある」
「荷物運んだ報酬、少なすぎないか?」
三枝まで笑い、地図を見ていた真壁も顔を上げた。
食事を取ったあと、明日進む道を相談した。真壁が示した分岐へ、大河も気になっていた場所を指す。道中で見た岩の割れ方が、別の道と似ていたことを話すと、三枝が手元の記録を確かめてくれた。
全員で決め、地図へ印をつける。
大河はスマートフォンの画面を閉じ、隣で槍を拭く悠真を見た。
「明日も、後ろ頼む」
「前ばっかり見て、俺ら置いていくなよ」
「分かってる。今日は、ちゃんと待っただろ」
「うん。だから、明日もな」
大河は頷き、剣の手入れを始めた。
一人で進む時とは、待つ理由も、声をかける回数も違う。それでも今日、自分が斬った狼を悠真の槍が止めた時には、もう一度同じように合わせてみたくなった。
明日は、もっと早く声をかけられるだろう。
大河は刃についた汚れを拭い、四人で囲んだ明日の地図を、もう一度頭に思い浮かべた。




