↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18歳、今日からダンジョン探索者になります  作者: lala


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/58

踏み込む先



 浅い水の向こうで、大剣の切っ先が持ち上がった。


 大河は足を止め、相手の背後まで目を走らせた。岩壁から流れ落ちた水が、平らな石の上を薄く覆っている。中央は足首ほどの深さで、左右の岩際には、水面から出た足場が点々と続いていた。


 その中央に、青黒い鱗のリザードマンが立っていた。胸と肩を金属鎧で覆い、両手で大剣を握っている。太い尾がゆっくり動くたび、水面に波が広がった。


「いました。リザードマンジェネラル。……ここを越えたら、奥多摩も攻略ですね」


【ついに最奥】

【今日は剣か】

【足元ずっと水あるな】

【五日目で着いた!】


 奥多摩ダンジョン、二十四階層。


 二十階層のボスを倒した日は、二十一階層で寝床を見つけて探索を切り上げた。翌日は二十二階層の分岐で引き返し、水路に挟まれた魔物の集団を迂回して、二十三階層まで進んでいる。


 そこから先も、道は簡単には見つからなかった。今日も一度、下りてきた階段へ戻ってしまったが、昼食を取った安全エリアから調べ直し、ようやくこの場所へ辿り着いた。


 大河は《鑑定》を使った。


【リザードマンジェネラル】

【レベル:84】

【体力:169】

【筋力:163】

【耐久:151】

【敏捷:126】

【魔力:89】

【精神:94】


 表示を閉じ、大剣へ目を戻す。高尾の最後に戦ったオークを思い出す大きさだった。ただ、こちらは尾があり、足元も石畳ではない。


 大河は靴を一度、水へ入れた。底には平らな石がある。ゆっくり重さをかけても滑らなかったが、走りながら同じように止まれるとは限らなかった。


「休んできたんで、魔力も身体も大丈夫です。戻る道も見えてます。……あとは、あいつの剣をちゃんと見ますね」


【尾も忘れるなよ】

【水の下に段差あるかもしれんぞ】

【無理だったら戻っていいからな】


「はい。ここで転んだら、かなり嫌なことになりそうなんで。なるべく、立って終わらせたいです」


 大河が剣を構えると、リザードマンの喉から低い音が漏れた。大剣を斜めに下げ、こちらへ一歩進んでくる。


 大河も水へ踏み出した。


            *


 踏み込んできた相手の速さに、大河は息を呑んだ。


 大剣が、水面のすぐ上から斜めに跳ね上がる。全身へ雷を巡らせて横へ動くと、刃が巻き上げた水が顔へかかった。目を細める間に、リザードマンはもう剣を返していた。


「っ、見えにくい!」


 頭の横を通る刃へ剣を合わせ、外へ流す。腕に重い衝撃が返り、大河は下がろうとした。踵が水の抵抗を受け、思っていたより脚が遅れる。


 大剣の切っ先が、胸の防具を削った。


 大河は剣を押し当てながら身体を捻り、岩際へ跳んだ。水面から出た石へ着地し、さらに隣の広い足場まで離れる。


 胸元には斜めの傷がついていた。手を当てても血はない。それでも、もう少し深く入っていたらと思うと、息が浅くなった。


【胸当たった】

【防具で止まったか?】

【水しぶきで剣見えなかった】

【上がれてよかった】


「防具だけです。……今の、脚を引けるつもりだったんですけどね。あいつは、普通に踏み込んでくるのかよ」


 リザードマンは浅瀬を歩いてきた。足を置く場所にも、剣を構える動きにも迷いがない。こちらが岩の上にいると見ると、長い大剣を突き出してきた。


 大河は横へ動いたが、足場の端が近かった。


 剣で穂先を外しながら跳び、隣の石へ移る。追ってきた横薙ぎを低くかわすと、背後の岩が削れた。欠片を浴び、大河はさらに入口側へ戻った。


「そこからも届くのか。……広いところ、使わせてくれよ!」


 《飛斬》を放つ。


 胸を狙った刃に、相手は大剣を合わせた。魔力が散る向こうで足が止まる。その間に大河は、入口近くの幅のある岸へ戻った。


 リザードマンも近づいてきたが、水からは上がらなかった。


 大河は剣を構えたまま、呼吸を整えた。足場へ逃げ込んでも、あの剣なら届く。水の中では、こちらが離れたい時に脚を取られる。


 相手の剣と、その下の水面へ目を向ける。


「……速いのは、俺の方だと思うんだけどな」


 全力で走れる場所なら、もっと動ける。そう思っても、その場所が相手の足元へ広がってくれるわけではなかった。


 大河は一度、唇を舐めた。


 大剣が水面の近くへ下がる。最初の一撃と同じ構えだった。今度は刃先だけでなく、柄を握る腕と肩を見る。


 リザードマンの身体が沈んだ。


 大河は前へ出かけた足を止め、剣を振った。


「こっちから、先にっ!」


 踏み込もうとした胸へ、《飛斬》がぶつかった。


 鎧が裂け、リザードマンが短く吠える。振り上げかけていた大剣も外へ逸れ、跳ねた水が大河の靴へかかった。


 大河は追いかけず、剣を構え直した。


 相手の肩から血が流れている。


「……入った。今のなら、間に合うか」


【踏み込むところに当てた!】

【突っ込まなかったな】

【まだ剣持ってるぞ】


「はい。まだ、普通に振ってきますね。斬れたからって喜んで近づくと、また怒られるんで」


 藤堂の顔が浮かび、大河は少し笑った。


 リザードマンは、もう笑っていられる距離まで近づいていた。


            *


 大剣が、頭上から落ちてくる。


 大河は岸に沿って走り、石へぶつかる一撃を外した。相手が剣を引き戻す間に、肩の傷へ斬りかかる。魔力刃が入ったが、深く押し込むより先に、太い尾が横から迫った。


 大河は攻撃をやめ、剣を引いた。


 尾をかわして離れた先へ、大剣が追ってくる。両手で柄を握り、刃を斜めに当てると、衝撃で肘が曲がった。


「重っ……!」


 押し切られる前に身体を外した。大剣が地面を擦り、砂利と水が飛ぶ。大河は飛び散る水の向こうで、相手の肩が動くのを見た。


 切っ先が上がる。


 大河は剣の届くところから抜け、胸へ向けて《飛斬》を放った。今度は大剣の腹で受けられたが、相手もすぐには追ってこない。


 腕がじんじんと痛んだ。大河は柄を握り直し、短く息を吐いた。


「……いい加減、一回くらい止まってくれよ」


 傷をつけた肩は下がっている。それでも、こちらが斬れば尾が来て、離れれば剣が来た。一撃ごとに仕切り直していては、先に魔力を使い切ってしまう。


 大河は相手の足元を見た。


 リザードマンの片脚は水の中、もう片方は岸の縁にある。大剣を振るたび、そちらの脚へ体重が乗っていた。


 岸に沿って動く。相手も向きを変え、大剣を構え直す。


 大河はさらに数歩、横へ移った。


 リザードマンが追い、その脚が岸へ上がった。


「……よし。そこなら、俺も走れる」


 刀身の周りで、雷が弾けた。


 大河は剣を振りかぶり、相手へ向き直った。ジェネラルも大剣を下げ、踏み込みに備える。


 どちらも、相手を見ていた。


 大河が先に動いた。


「もう一回、受けてみろっ!」


 飛ばした斬撃は、肩ではなく、大剣を握る手元へ向かった。リザードマンが刃を引き上げる。魔力の刃がぶつかり、重い剣が身体の前へ戻った。


 大河は、その間に走っていた。


 水のない岸を蹴り、相手の横へ入る。振り向こうとした身体へ、厚い魔力刃を叩き込んだ。


 肩の鎧が割れた。


 刃が食い込む手応えに、大河の指へ力が入る。押し切りたかった。もう少し深く入れば、腕を使えなくできる。


 相手の尾が、足元で動いた。


「……まだ、来るよな!」


 大河は剣を引き抜き、足を持ち上げた。太い尾が靴の下を通る。その勢いで身体を回したリザードマンが、大剣を横へ振ってきた。


 大河は跳ばなかった。


 膝を曲げ、身を低くする。頭上を風が抜け、防具の肩へ水滴が落ちた。大剣を振り終えた相手が、こちらへ膝を出す。


 大河はその外へ抜けた。


 高尾で腹を蹴られた時のように、剣だけを見て下がらなかった。脚からも、伸びかけた腕からも離れたところで、もう一度踏み込む。


「今度は、こっちの番だっ!」


 魔力刃が、相手の脇腹を裂いた。


 ジェネラルが吠える。大河は止まらずに通り抜け、背中へ回った。尾が戻ってくるより先に、傷ついた肩へもう一撃を入れる。


 雷が弾け、左手が大剣の柄から離れた。


【腕止まった!】

【入ったぞ!】

【まだ右で持ってる!】


 大河は見ていた。


 リザードマンが右手だけで大剣を引き、こちらへ向ける。追撃を欲張っていたら、その刃の前へ身体を置いていた。


 大河は踏み込む向きを変えた。


 切っ先の外側へ抜け、剣を振ろうとする腕へ、下から魔力刃を打ち上げる。重い手応えを両脚で支え、歯を食いしばった。


「そっちには――振らせないっ!」


 大剣が外へ流れた。


 大河は左手を柄へ添え、自分の剣を引いた。目の前には、割れた肩の鎧と、露出した首がある。


 全身を巡る雷を保ったまま、刃へ魔力を送り込む。


「うおおおっ!」


 踏み込みと一緒に、剣を振り抜いた。


 厚い魔力刃が首元へ入り、青黒い鱗を裂く。リザードマンの身体が傾いたが、大河はその場に残らなかった。刃を抜き、振り向きながら数歩離れる。


 大剣を持った右腕が、少しだけ上がった。


 大河は剣を構えた。


 相手の手から柄が滑り、重い音が響く。ジェネラルは膝をつき、尾で地面を叩いてから、横倒しになった。


 水際へ伸びた脚が止まる。


 大河はそれを見届け、ようやく息を吐いた。


「……よしっ!」


 声にした途端、笑みがこぼれた。腕は痛いし、肩で息をしている。それでも、両脚で立っていた。


【倒したあああ!】

【奥多摩攻略!】

【最後まで反撃見てたな】

【立って終わったぞ!】


「はい。……言ったとおりに、できましたね。最後、まだ剣上げようとしてたんで、ちょっと怖かったですけど」


 雷を解くと、腕の重さがはっきりした。大河は剣を下げ、動かなくなった相手を見る。


 途中で、攻撃が通ったことに夢中になりかけた。


 それでも、尾が動くのを見て止まれた。そのあとの膝も、大剣も、見落とさなかった。


「強かったです。けど……高尾の時より、ちゃんと戦えた気がします。最後まで、あいつが何してるか見られたんで」


【見てる方もそう思った】

【斬ったあと止まらなくなったな】

【帰ったら藤堂さんに見てもらおうぜ】


「見てもらいたいですね。たぶん、まだいろいろ言われますけど。今日の最後くらいは、ちょっと褒めてほしいです」


 大河は笑い、入口側の岸へ戻った。まずは座って、水を飲もう。回収へ行くのは、息が落ち着いてからだった。


            *


 身体を休めている間に、宝箱と帰還ゲートが現れた。


 大河は魔石を回収し、鎧の破片や持ち帰れる素材を収納した。大剣の横を通る時には、一度足を止める。刃には傷が残り、握る部分にも、自分の剣を当てた跡があった。


 宝箱にはポーションと素材が収められていた。鑑定を終え、持ち物を一つずつしまってから、自分の表示を開く。


 探索の途中で上がっていたレベルが、さらに一つ増えていた。


【天草 大河】

【レベル:69】

【体力:118】

【筋力:119(+10)】

【耐久:117(+10)】

【敏捷:120(+5)】

【魔力:116(+5)】

【精神:121】

【常在スキル:《レベルアップ補正》《危機感知》】

【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》《魔力操作》《魔力属性変化・雷》《飛斬》】

【装備:《マジックソード》《ミノタウロスの指輪》《疾風のブーツ》《魔力の腕輪》《鋼拳の手甲》】

【探索者ランク:E】


 大河は表示を閉じ、剣を見下ろした。刃についた汚れを拭き、胸の防具も確かめる。最初の一撃が残した傷は、浅いとは言い切れなかった。


「これ、帰ったら見てもらいます。買っておいてよかったな、本当に」


【防具の仕事したな】

【ちゃんと修理しろよ】

【帰るまで脱ぐなよ】


「脱ぎませんよ。もう入口まで戻れますけど、ここではまだ着ておきます。濡れた靴は、今すぐ替えたいですけどね」


 椅子も、水の容器も収納した。ドローンが後ろにいることを確かめ、ゲートの前へ立つ。


 振り返ると、戦っていた浅瀬が見えた。


 昨日までと同じように水は流れているのに、もう剣を構えて待つ相手はいなかった。


「奥多摩ダンジョン、攻略です。五日間、お付き合いありがとうございました。……じゃあ、帰りましょう!」


 光をくぐり、見覚えのある入口側の道へ出る。大河は足元を確かめ、ドローンと一緒に出口へ歩いた。


 外には、湿った草の匂いがあった。


 管理所の前を探索者たちが行き交い、誰かが自販機の前で話している。大河はその横を通り、空を見上げた。


「……外、明るいな」


【おかえり!】

【五日間お疲れ】

【攻略おめでとう!】

【まず報告してこい】


「はい。報告して、それから帰ります。今日は、ちゃんとした店で飯食べたいですね。途中から、ずっと焼肉のこと考えてたんで」


【いつからだよ】

【昨日の夕飯でも肉欲しいって言ってたな】

【昼休みに見た時も飯の話だったぞ】


「戦ってる時は考えてませんよ。道を間違えて戻ってる時とかです。何か楽しみがないと、同じ分岐、三回も見たくないんで」


 笑いながら答え、最後にドローンへ手を振った。


 配信を終えて収納すると、スマートフォンへ届いていた通知を開く。悠真から、短いメッセージが来ていた。


『見た。尾も水泳もなしで、帰ったら一本な』


 大河は声を出して笑った。訓練場の乾いた床が、今は少し恋しい。


『今日は焼肉。一本は休んでから』


 返すと、すぐに画面が光った。


『肉の方なら参加する』


 大河は管理所へ歩きながら、空いている方の手で返事を打った。


 帰ったら話したいことが、五日分ある。水から飛び出してきた盾のことも、迷って戻った道のことも、最後の大剣のことも。


 今日はそれを、誰かと食べながら話せる。


『じゃあ、報告終わったら連絡する』


 送信してスマートフォンをしまい、大河は受付へ向かった。歩くたびに靴の中が少し鳴る。それも、帰って話せることの一つになりそうだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。