奥多摩ダンジョン
剣をかわしたリザードマンの尾が、低く地面を薙いだ。
大河は追いかけようとした足を引き、尾が通り過ぎるのを待った。踏み直して剣を返すと、魔力刃が横腹へ入る。相手が槍を引き戻す前にもう一度斬り、倒れる身体から離れた。
「……その尾、結構嫌ですね。腕と脚だけ見てると、下から来るんで」
【初戦から足払い】
【人間より一本多いからな】
【奥多摩来た!】
【今日から泊まり?】
「はい。何日か潜るつもりで来てます。食料も水も持ってきたんで、あとは俺がちゃんと道を見つけられるかですね」
大河は笑い、奥へ続く通路を見た。
奥多摩ダンジョンの一階層だった。入口から続く道は岩に囲まれ、壁際には水の染みた跡がある。ただ、今いる場所の地面は乾いていて、足を取られるようなところもなかった。
倒れたリザードマンへ目を戻す。
鱗に覆われた身体に、細長い口。二本の脚で立ち、槍まで使う。蜥蜴を相手にしているようにも、人を相手にしているようにも感じられた。
見た目が違えば、動きも違う。
魔石を回収する間も、大河は先ほどの尾の動きを思い返していた。
藤堂たちの戦闘記録を見てから、六日が経っている。
予定していた探索を終え、ギルドでは奥多摩へ潜ったことのある探索者にも話を聞いた。物資を補充し、装備を点検してから、今日の出発を迎えていた。
身体も十分に休めてきた。最近の探索でレベルは六十六まで上がり、以前より楽に動ける場面も増えている。
それでも、初めての相手へ近づく時には、剣を構える手に自然と力が入った。
「上層のうちに、こいつらの動きを覚えておきたいですね。中層へ入ってから、尾を忘れてましたって転ぶのは嫌なんで」
【今のちゃんと止まったな】
【槍の間合いは悠真くんで練習済み?】
【水あるところからが本番だぞ】
「槍は見てますけど、悠真は尾で足を払ってこないんですよ。あれまで使われたら、訓練でも文句言います」
コメントが流れ、大河は笑いながら立ち上がった。回収した魔石を収納し、剣を握り直す。
まずは、先へ進んでみよう。
下りる道を探しながら、大河は次の曲がり角へ向かった。
*
上層では、槍持ちだけでなく、幅広の剣を使うリザードマンも出てきた。
尾を振る動きは、武器が違っても変わらない。槍をかわして近づけば、柄で押し返してくることもある。大河は飛斬で先に傷をつけたり、相手の武器を弾いてから踏み込んだりして、一体ずつ倒していった。
五階層と十階層のフロアボスを越え、途中で食事と休憩を挟む。
十五階層で待っていたリザードマンリーダーは、大ぶりな鉈を持っていた。通常の個体より太い尾を使い、斬りかかる大河の足元を何度も狙ってくる。大河は無理に追わず、鉈を空振りさせたところへ飛斬を重ね、最後は懐へ入って倒した。
宝箱の品を回収し、十分に休んでから下りた先で、水の音が大きくなった。
「……おお。こっちは、ちゃんと川みたいになってますね」
十六階層。
階段の先には、幅のある水路が通っていた。水は澄んでいるが、底が見えるところと、暗く沈んで見えないところがある。両側に道は続いているものの、岩に遮られ、ずっと先まで見渡すことはできなかった。
少し進むと、水路が二つへ分かれた。
一方の道は流れに沿い、もう一方は岩壁の奥へ曲がっている。大河は地図へ分岐を書き込み、まず階段から戻る方の景色を確かめた。
【中層だ】
【水きれいだな】
【底見えないとこ深そう】
【飛び込むなよ】
「飛び込みませんよ。見てるだけなら、ちょっと気持ちよさそうですけど。装備つけたまま泳ぐのは、遠慮したいです」
大河は水際から離れ、壁に近い方を歩いた。足元の石はところどころ濡れている。靴を置くと、乾いた場所よりわずかに滑った。
強く踏み込む前に気づけたことに、ほっとする。
ギルドで聞いた話でも、水路そのものより、水際の足場に注意するよう言われていた。転んだ先が水なら、そのまま落ちることもある。
「なるほどな。速く走れるかより、止まれるかを先に見ないと駄目か」
歩幅を小さくして進むと、前方の岩陰から、槍を持った影が現れた。
リザードマンだった。
上層で見たものより鱗の色が濃い。水際へ片脚を置き、こちらへ槍を向けている。大河は《鑑定》を使い、表示を確かめた。
【リザードマン】
【レベル:68】
ほかに魔物の姿はない。
大河は後ろに広さがあることを見てから、剣へ魔力を流した。半透明の刃が、黒い刀身を包む。
「一体ですね。……その場所で待つの、やめてほしいんだけどな」
リザードマンが低く喉を鳴らした。
大河が近づくと、槍が伸びた。横へ外し、柄へ剣を当てる。金属が鳴り、大河は空いた胴へ踏み込もうとした。
尾が動く。
「それは、見た!」
足を止めずに外へ抜け、肩口へ魔力刃を走らせた。鱗が裂け、血が飛ぶ。もう一撃を入れようと向き直った大河の前で、相手が水路へ身を投げた。
大きな水音が響く。
槍も尾も、水の中へ消えた。
「……え、そっち行くのか?」
大河は水際へ出かけた足を止めた。水面には波紋が残っているが、その下の身体までは見えない。剣を構え直し、相手が沈んだあたりから距離を取った。
【泳ぐぞ、そいつ】
【上層とは違うな】
【水際に立つなよ】
【潜ったまま動けるからな】
「聞いてはきたんですけど、あんなに迷わず行くとは思わなくて。……今、どこだ?」
水面を追っていると、背筋へ警告が走った。
大河は顔を上げ、近くの岩と水際へ目を走らせた。沈んだ場所よりも手前で、水が盛り上がっている。
そこから槍が飛び出した。
「っ、近い!」
剣を当て、身体ごと横へ逃れる。穂先が防具の脇をかすめ、大河は踏み出した靴が滑るのを感じた。膝を曲げて立て直す間に、鱗に覆われた顔が水面から現れる。
槍が、もう一度伸びた。
大河は大きく下がり、今度は乾いた石の上まで離れた。リザードマンは追って上がってこない。細長い口を開き、こちらを見たまま、また水へ沈んでいった。
「……そりゃ、そっちの方が得意だよな」
心臓が速く打っていた。
見失った相手が、思っていたより近くにいた。槍を外せても、足が滑れば次を避けられない。上層と同じつもりで追っていたら、あのまま水へ落ちていたかもしれなかった。
大河は靴の裏を地面へ擦り、剣を握り直す。
「でも、俺がそこで付き合う必要は、ないよな」
*
水面を見つめて待つのをやめ、大河は来た方へ戻り始めた。
壁際に寄り、水路から離れられるところを選ぶ。少し先には、歩いた時に足が滑らなかった、幅のある場所があった。
リザードマンが追ってこないなら、それでもいい。
ここで倒すためだけに、相手のいる水へ近づくつもりはなかった。
歩いている横で、小さな水音が続く。
「……ついてきてるな」
大河は歩調を変えず、横目で流れを見た。岩の向こうで、水が揺れている。相手の姿は見えないが、先ほど槍が出てきた場所を思うと、十分に追いつける距離なのだろう。
少しずつ水路が細くなった。
大河は乾いた場所で足を止めた。水際との間には、低い岩が横たわっている。相手が槍を届かせようとするなら、その脇から身体を出す必要があった。
剣を構え、待つ。
水が鳴った。
岩の端からリザードマンの肩が現れ、槍の穂先がこちらへ向いた。大河はすぐには踏み込まず、相手が腕を伸ばすのを見た。
「そこからなら、見える!」
槍を弾き、傷ついた肩へ飛斬を放つ。
半透明の刃が入り、リザードマンが悲鳴を上げた。水へ戻ろうとする身体へ、大河はもう一度剣を振る。二発目が水際の脚を斬り、相手は岩へ手をついた。
大河は走った。
水へ飛び込むのではなく、岩のこちら側を回る。届いてきた槍を外へ弾き、伸びた腕へ魔力刃を振り下ろした。
槍が落ちる。
相手の尾が石を叩いたが、大河はその内側まで近づいていた。傷ついた肩へ左手を当て、水路から離す方へ押す。
「悪いけど、今度はこっちで戦ってくれ!」
リザードマンの身体が岩の上へ崩れた。
大河は手を離し、剣を突き込んだ。暴れた尾が脚の防具へぶつかったが、今度は靴が滑らない。柄を握り、さらに刃を押し込むと、相手の身体から力が抜けた。
大河は剣を引き抜いて離れ、動かなくなるのを確かめた。
水の音が、またはっきり聞こえ始める。
「……よし。今の場所なら、踏ん張れましたね」
【倒した!】
【水の中追わなくてよかった】
【先に飛斬で止めたな】
【地面って大事なんだな】
「大事でした。さっき、避けたあとに足が滑ったんで。俺は間に合うつもりでも、地面がそのつもりじゃなかったです」
言ってから、大河は苦笑した。
肩を斬ったところまでは、上層と同じように戦えていた。そのあと、水へ入っただけで、急に手が届かなくなった。
相手が特別に速くなったわけではない。
自分が知らない道を、あちらは使っていたのだ。
「……面白いな。水があるだけで、こんなに変わるのか」
【そういう感想になるんだな】
【今ちょっと危なかっただろ】
【こっちは槍出てきたところで声出たぞ】
「俺も声出ましたよ。でも、次は水へ入るところから見ます。今日は、まだ一体目なんで」
大河は剣を構えたまま、水路の奥を見た。
ほかにも、同じように潜っている魔物がいるかもしれない。今、見えている岸だけを見て、誰もいないとは決められなかった。
回収は、もう少し周りを確かめてからだ。
ドローンを少し後ろへ移し、大河は水面と、戻ってきた道へ交互に目を向けた。
*
十六階層の安全エリアへ辿り着いた時には、夕食を取る頃合いになっていた。
水路に沿って進んだ先は行き止まりで、一度戻り、別の分岐を調べ直している。高い岩棚へ上がる道を見つけ、その奥でようやく、ほかの探索者が休んでいる場所へ出た。
水の音は聞こえる。それでも、流れからは離れた、乾いた区画だった。
挨拶をして壁際へ場所を取り、大河は椅子を出した。腰を下ろしてから、靴と脚の防具を確かめる。尾が当たったところには跡があったが、外して脚を動かしても、痛みはなかった。
「今日は、ここまでにします。十六階層へ入ってから、進んだ距離のわりに、結構時間使いましたね」
【初日お疲れ】
【上層は早かったな】
【ここから水路と迷路か】
【寝床見つかってよかった】
「はい。乾いてるところで寝られるの、ありがたいです。今日は新しいマットも使えるんで、そこはちょっと楽しみにしてました」
食事を用意しながら、今日の地図を開く。
道だけでなく、水路の分かれる場所と、深そうだった場所にも印をつけていた。魔物が沈んだあたりと、槍を出してきたところも残してある。
見返すと、思っていたより近かった。
「これ、明日も気をつけよう。水の音で足音も分かりにくいし、近くに来られてから探すんじゃ、遅いんですよね」
大河は書き足してから地図を閉じ、食事へ手を伸ばした。
明日は、十七階層へ下りる道を探す。まだ歩いていない分岐があり、水路の向こうへ渡れる場所も確かめたい。
今日のように、追いかける前に止まらなければならない相手もいるだろう。
「次に潜られても、今度はもうちょっとうまくやります。あいつらの方が泳げるのは分かったんで、俺は俺のやれる方で」
【ちゃんと覚えていくな】
【その前に飯食え】
【今日は何食べてるんだ】
「あ、はい。今日はこれです。見た目は地味なんですけど、温かいと結構うまいんですよ」
器を少し持ち上げると、戦闘から見ていた視聴者とは別のコメントも増えてきた。昼には見られなかったという人へ今日の話を返しながら、大河は食べ進める。
奥多摩で最初の夜だった。
食後には、使った剣を拭き、寝具を広げよう。大河は椅子へ背中を預け、器に残った温かい汁を飲んだ。
【天草 大河】
【レベル:66】
【体力:112】
【筋力:113(+10)】
【耐久:111(+10)】
【敏捷:114(+5)】
【魔力:110(+5)】
【精神:115】
【常在スキル:《レベルアップ補正》《危機感知》】
【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》《魔力操作》《魔力属性変化・雷》《飛斬》】
【装備:《マジックソード》《ミノタウロスの指輪》《疾風のブーツ》《魔力の腕輪》《鋼拳の手甲》】
【探索者ランク:E】




