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18歳、今日からダンジョン探索者になります  作者: lala


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あの人の戦う場所



 画面いっぱいに、黒い爪が迫った。


 盾を構えた探索者が、その一撃を斜めに受ける。重い音とともに地面が砕け、映像まで大きく揺れた。大河は膝の上に置いていた手を握り、画面の端へ目を走らせる。


 藤堂がいた。


 巨大な熊の横へ入り、剣を振り上げている。その身体を包む魔力は、大河が訓練場で見た時よりも、はるかにはっきりしていた。


「亮介、右!」


 映像から声が響く。


 藤堂が駆け出した。熊が盾持ちへ向けていた頭を捻り、横から迫る相手へ牙を剥く。大きく開いた口が閉じる前に、藤堂の姿は顎の下を抜けていた。


 剣が走ったところで、黒い破片が散る。


「……ちょっと待ってください。今の、どうやったんですか?」


 大河が声を上げると、隣に座っていた藤堂が映像を止めた。


 ギルドの事務所にある、大きめのモニターだった。すぐ前の椅子には大河と悠真が並び、少し後ろでは、探索から戻ったばかりの面々が飲み物を手にしている。


 青脈草の採取から、四日後。


 報告に来ていた大河は、藤堂たちの攻略班と顔を合わせた。話の流れで、今回撮ってきた戦闘の記録を見せてもらっている。


 今日は、大河も悠真も配信をしていなかった。


「どこから分からなかった?」


「噛みつくところに入って、斬って、そのまま向こうへ出たところです。……すみません、ほとんど全部でした」


 後ろで誰かが笑った。大河は構わず、止まった画面へ顔を近づける。


 アーマードベア。


 黒い装甲に覆われた巨体は、そばにいる探索者が小さく見えるほどだった。前脚も、爪も、胴も大きい。画面で見ているだけでも、あの下へ自分から入るところを想像すると、脚へ力が入った。


「もう一回、見てもいいですか。今度は、藤堂さんの足を見たいんで」


「いいよ。少し戻すな」


 映像が動き出す。


 熊が盾持ちを殴った。藤堂が横へ入る。大河が剣を見るより早く、黒い装甲の下から血が飛んだ。


 気づくと、また終わっていた。


「……速いなあ」


 隣で悠真が呟いた。大河も頷いたが、画面からは目を離さなかった。見えたつもりになっていたところが、もう一度見ると違っていた。


 熊の口へ飛び込んだわけではない。


 牙が来る場所の、すぐ脇を通っている。


「俺、今の真似したら、たぶん噛まれます」


「今はやめてくれ。大きさも速さも、いつも相手にしている魔物とは違うからな」


 藤堂はそう言い、映像をゆっくり再生した。


 大河はようやく、剣が通ったところを追えた。顎の下から首へ、装甲の端を巻き込むように刃が入っている。隙間を浅く斬っただけではない。硬い部分まで、一緒に割っていた。


「これ、装甲ごと斬ってますよね?」


「うん。そこは押し切れた」


「押し切れたって……」


 大河は止まった画面と、隣にいる藤堂を見比べた。


 いつも訓練用の剣を持って、軽く足を開いて立つ人だ。大河が斬りかかれば外し、追えば切っ先を向けてくる。強いことは、嫌というほど知っていた。


 それでも、自分を相手にしている時の姿だけでは、この戦いは思い浮かばなかった。


 藤堂が操作から手を離し、続きが流れる。


 傷を負った熊が吠え、前脚を振り回した。藤堂が下がった先へ爪が迫るが、その腕へ矢が突き立つ。熊の肩が動き、大河がそちらを見たところで、今度は地面からせり上がった岩が後脚へぶつかった。


 巨体が傾いた。


「入る!」


 映像の藤堂が叫ぶ。


 盾持ちが前へ出た。熊のもう片方の爪を押し上げ、その下へ藤堂が走り込む。身体から立ち上る魔力が揺れ、振り抜かれた剣が、傷ついた首へ深く入った。


 熊が崩れかけても、藤堂は止まらない。踏み直した足で身体を回し、返した刃をもう一度、同じところへ叩き込んだ。


 大きな身体が地面へ倒れた。


 その向こうへ抜けた藤堂が、剣を構え直す。ほかの三人も武器を向けたまま、動かなくなるまで待っていた。


 倒れる音が収まった部屋で、大河は息を吐いた。


「……格好いいな、これ」


 思ったことが、そのまま口から出た。


 藤堂がこちらを見た。大河は照れるより先に、もう一度、画面へ顔を向ける。


「最後、ちゃんと見えました。あの大きさのやつが倒れるの、すごいですね。俺、高尾のボスでも、倒れた時にはもう座りたかったんですけど」


「俺だって、終わったあとは座りたいよ」


「お前、実際あのあと座ってたろ」


 後ろから、盾を使っていた男性が声をかけた。藤堂が振り返ると、相手は自分の肩を回している。


「角の回収、あとでやるって言って、先に水飲んでたじゃないか」


「先に休むのは大事だろ。あそこまで歩いて、戦ってるんだから」


「正しい。だから、俺の水まで飲むな」


「それは本当に悪かった」


 悠真が吹き出し、大河も笑った。


 画面の中では、あれだけ強い。今は、飲んだ水のことで仲間に文句を言われている。その両方が同じ人なのだと思うと、大河はまた映像を見たくなった。


            *


 藤堂たちが潜っていたのは、Bランクのダンジョンだった。


 大河にとっては、まだ攻略の予定を立てることもない場所だ。今回見せてもらった戦闘も、階層を進んだ先で遭遇した一体で、最終ボスではなかった。


「……あれで、最後じゃないんですか」


「うん。今回は、最後までは行けなかった。途中で引き返してきたよ」


 大河は顔を上げた。


 藤堂は空になった容器を机へ置き、背もたれへ身体を預けている。悔しそうではあったが、何かを隠すような話し方ではなかった。


「あの熊より、強いやつがいたんですか?」


「先へ進む道に、魔法を使う魔物がまとまっていた。こっちも倒せると思ったけど、そのあとが続かない。あそこへ着いた時には、使える魔力が減っていたからな」


「次の安全エリアまでも、遠かったんですね」


「そう。そこまで含めて、今日は無理だって決めた」


 大河は、先ほどの戦闘を思い返した。盾で爪を受けた人も、矢を当てた人も、魔法を合わせた人もいた。四人であれだけのことができても、その先へは進まない日があるらしい。


 机の上には、探索の記録が開かれていた。戦った場所のほかに、通らなかった道や、戻った分岐も残っている。


「次は、また同じところへ行くんですか?」


「行く。そのつもりで、今、記録をまとめてる」


 藤堂が頷いた。大河が資料へ目を向けていると、後ろで弓の手入れをしていた探索者が口を挟む。


「亮介、帰ってくる途中から、次はあそこの手前で休もうって言ってたからな」


「考えるだろ。道も分かったんだし、次はもう少し余裕を作って着きたい」


「俺、熊の爪で盾を削られた話してたんだけど」


「聞いてたよ。だから、修理が終わってからって言っただろ」


 藤堂が返すと、相手は笑って肩をすくめた。


 大河も笑った。誰かの配信を見る時は、倒したところや、奥へ進んだところを楽しみにしていた。今日は、その続きを考えている人たちが目の前にいる。


 戻ってきて、装備を直し、また行く。


 自分が八王子へもう一度潜った時と、そこは同じだった。


「藤堂さんでも、帰ってから次のこと考えるんですね」


「でも、って何だよ。俺も、行けなかったところは気になる」


「いや、何でもできるとは思ってないですけど。さっきの戦い見たあとだと、ちょっと、そういう気分になるんで」


「俺より上なんて、いくらでもいるよ。そっちの映像も見てみるといい。今度は俺が、同じような顔で見てると思う」


 藤堂は笑って、大河を見た。


「今日の、どこが一番気になった?」


「最後の二回斬ったところです。……あと、最初に首へ入ったところ。すみません、やっぱりどっちも、もう一回見たいです」


「なら、その二か所を見ようか」


 大河は椅子を寄せた。悠真も反対側から覗き込み、藤堂が映像を戻す。


 剣が入る直前、熊の前脚を持ち上げている盾が見えた。さっきは藤堂ばかり追っていたが、今度はその動きも目に入る。自分だけで作った隙へ、斬り込んでいるわけではなかった。


「これ、横で一緒に戦ってたら、もっとすごいんでしょうね」


「音は、映像よりうるさいな。あと、あいつの近くは結構臭い」


「今、格好いい話してたのに」


 悠真が言い、大河は腹を抱えて笑った。


 藤堂まで笑い始め、映像はいったん止まった。


            *


 その夜、大河は部屋でダンジョンの資料を開いていた。


 夕食の皿は、もう洗った。明日の準備もほとんど終わっている。それでも寝るには少し早く、机の端には、今日書き込んだメモを置いていた。


 自分より強い探索者の配信なら、これまでも見てきた。


 ただ、今日の藤堂は、いつも剣を合わせている相手だった。あの人の攻撃を一度でも外せたと喜んでいた自分が、少し可笑しい。


 同時に、あの人から一本取れたら、どれだけ嬉しいだろうとも思った。


「……まだまだだな、俺」


 声に出してから、笑った。


 今すぐあの熊と戦いたいわけではない。自分が近づけば、最初の爪から逃げるだけで精いっぱいだろう。それでも、いつかあの場所に立ってみたい。


 隣で一緒に剣を振る、自分の姿を見てみたかった。


 大河は画面を切り替え、以前から候補へ入れていたEランクのダンジョンを開いた。


 奥多摩ダンジョン。全二十四階層。


 十六階層からは中層へ入り、迷路の中を水路が通っている。浅い流れを渡る場所も、足場を選んで進む場所もあるという。主に出るのは、武器を持ったリザードマンだった。


 写真には、濡れた石の上で槍を構える魔物が写っている。


 大河はその脚へ目を向けた。


 速く動けても、踏んだところで滑れば、いつもと同じようには戦えない。飛斬で先に傷をつけるとしても、水路の曲がりや岩の陰へ逃げられる場所はありそうだった。


 高尾で通った道とは、また違う。


 資料を読みながら、気になるところへ印をつけていく。


 最終ボスの欄で一度手が止まったが、先に、そこまでの道と安全エリアについて調べた。何日分の物資を持つか。今回はどこまで一人で進むつもりか。明日の探索とは別に、準備する日も必要だった。


 スマートフォンへ悠真からメッセージが届いた。


『今日の最後のやつ、槍でやるの想像したら、まず長さが足りなかった』


 大河は画面を見て笑い、返事を打った。


『俺は、あそこまで近づくところで噛まれる』


『そこからかよ』


『そこからだよ』


 送ってから、開いていた資料の名前も伝えた。


『次、奥多摩に行ってみようと思ってる。何日か潜るつもりで、今調べてるところ』


 返信は、少し間が空いた。


『あそこ、水路ある方だろ。行った人、ギルドにいるんじゃない?』


『明日聞いてみる。高尾と違うところ、先に知っておきたいし』


『帰ってきたら話して。俺も気になってた』


『分かった。迷った話ばっかりにならないようにする』


 悠真から、笑っているスタンプが返ってきた。


 大河はスマートフォンを机へ置き、資料へ目を戻した。二十四階層あるからといって、高尾より楽だとは思っていない。知らない魔物も、歩いたことのない地形もある。


 それが、今は楽しみだった。


 今日見た藤堂の剣を思い出し、自分の右手を握る。あの速さも、硬い装甲を斬り裂く力も、まだ持っていない。


 大河は握った手を開き、メモへ予定を書き加えた。


 まずは、奥多摩へ。


 出発までに確かめたいことは、もういくつも浮かんでいた。



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