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18歳、今日からダンジョン探索者になります  作者: lala


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通り過ぎていたもの



「天草君。その足、もう少し右に置いて」


 大河は踏み出しかけた足を止めた。


 靴の先に、小さな草が生えている。岩の隙間から細い葉を伸ばし、その中央に青白い筋が通っていた。隣にも似たような草はあるが、そちらは葉全体が濃い緑色をしている。


「……これですか?」


「そう。それが今日、採りに来たやつ」


 宮原がしゃがみ、指先で葉を持ち上げた。三十代の男性探索者で、《道標》では採取を含む依頼によく出ているという。腰に剣を下げているが、今、手にしているのは小さな鋏だった。


 日野ダンジョンの九階層。湿った岩肌の下には、同じような草がいくつも見えた。


 大河は足を置き直し、《鑑定》を使った。


【青脈草】


「本当だ。名前、合ってます。……俺、今まで普通に踏んでたかもしれないです」


【さっそく踏みかけてた】

【今日は採取か】

【それ買い取りに出せるやつだぞ】

【足元に金が生えてる】


「先に教えてくださいよ、それ。いや、教えてもらいに来たんですけど」


 悠真が隣で笑った。大河は岩の周りを見渡し、ほかにも青い筋のある葉がないか探す。さっきまでは歩きやすそうな場所にしか見えなかった岩陰が、急に気になる場所へ変わった。


 悠真と部屋で鍋を食べてから、三週間が経っていた。


 その間も、一人での探索とギルドの仕事を続けている。八王子にも再び潜ったし、訓練場へ行けば、誰かに剣を合わせてもらった。今回の依頼は、榊から二人へ紹介されたものだった。


 ポーションの製造に使う青脈草を、指定された状態と量で納める。採り方を知っている宮原と一緒に行くと聞いて、大河は参加を決めた。


 資料の写真は見てきた。それでも、岩やほかの草と一緒になると、見つけるまでに時間がかかった。


「《鑑定》があるなら、間違えて持って帰ることは減るね。ただ、まず見つけないと使えないから」


「はい。全部の草を見ながら歩いてたら、今日帰れなくなりそうです」


「俺、それやったら途中で名前覚えるのやめると思う」


 悠真が言うと、宮原も笑った。


 鋏を持つ手が、葉の付け根へ近づく。大河が袋を開こうとすると、宮原は先に、一本の葉をこちらへ見せた。


「使うのは葉。根ごと引っ張らず、必要な分を切る。あと、これみたいに端が黒くなってるのは、今回の納品には混ぜないで」


「同じ名前なら、何でもいいわけじゃないんですね」


「向こうで選り分ける手間が増えるからね。持ち帰った重さ全部に、同じ値段がつくとは限らない」


 宮原が葉を切り、薄いケースへ収めた。大河も一枚だけ切らせてもらう。力を入れすぎないように葉を持つと、思っていたより柔らかかった。


 いつも剣を握っている指先で、切った葉をそっと置く。


「……戦う時より、手に気を使うな」


「そこで握り潰したら、宮原さんに怒られるぞ」


「潰さないって。悠真こそ、槍の下で踏まないようにしろよ」


「それは、さっきのお前だろ」


 大河は言い返せず、ケースへ目を落とした。最初の一枚は折れずに収まっている。宮原に頷いてもらうと、少しだけ嬉しかった。


            *


 採取できる場所をいくつか回るうちに、大河にも、草のある岩陰が分かってきた。


 乾いた通路の真ん中より、水の染みた岩の下。葉の色だけを探すより、先にそういう場所へ目を向けた方が見つけやすい。見つけたあとは、近くで別の草と比べる。


「宮原さん。こっちにもあります。奥の方、結構まとまってるんですけど」


 大河が声をかけると、宮原はすぐには近づかなかった。先に周囲の道を見てから、悠真へ顔を向ける。


「向こう、見ていてくれる?」


「はい。大河、俺が呼んだら手を止めてくれよ」


「分かってる。そっちも、何かいたら先に言って」


 作業をする間は、一人が見張る。場所を変えたら交代し、大河も悠真が葉を切っている間、通路の先を見ていた。三人ともしゃがんでしまわないようにすることは、出発前にも確かめている。


 宮原は、葉の集まっているところへ鋏を入れた。


 大河も隣で手を動かす。最初より早くなったと思っていたが、宮原のケースには、もう自分の倍ほど収まっていた。


「……速いですね。俺、どれを切るかで迷ってる間に、次いかれてます」


「慣れだよ。天草君だって、魔石を回収するのは最初より早くなったでしょ」


「それは、かなり。最初は場所を探すだけでも——」


「二人とも、止まって」


 悠真の声で、大河は顔を上げた。


 曲がり角の奥から、低い唸り声が聞こえる。鋏をケースの横へ置き、剣を取り出す。宮原も立ち上がり、開いていたケースへ蓋をした。


 岩の陰から、赤褐色の狼が姿を現した。


 レッドファングウルフ。もう一体が、その後ろから鼻先を出している。大河は《鑑定》で確かめ、二体の足へ目を移した。


 先頭は悠真を見ていたが、後ろの一体は横へ動こうとしていた。


「大河、そっちへ回る!」


「見えてる。こっち、俺が行く!」


 剣を持ち上げ、後ろの一体へ狙いをつける。その向こうには、まだ採っていない青脈草が広がっていた。


 大河は振りかけた剣を止めた。


 ここで《飛斬》を放てば、狼には届く。外れたり、斬り抜けたりした先まで、葉を無事に残せるかは分からない。


「悠真、少し戻ろう。さっきの乾いてるところまで!」


「分かった。宮原さん、下がります!」


 宮原がケースを持ち、大河たちの後ろへ移った。悠真は槍を構えたまま後退する。大河も横へ並び、岩陰から離れた。


 先頭の狼が、悠真へ飛びかかった。


「おっと……近いな!」


 槍の穂先が鼻先をかすめ、狼が身を捻る。地面へ降りた相手を悠真が追おうとしたところで、もう一体が横から走り込んできた。


 大河は全身へ雷を巡らせ、二体目の前へ出た。


「そっちは、俺だろ!」


 開いた口を横へかわし、肩口へ剣を走らせる。魔力刃が毛皮を裂いたが、狼は止まらず、大河の脚へ噛みつこうと首を返した。


 大河は足を引き、左の手甲で鼻先を外へ打った。硬い感触が返り、牙が膝の横を通る。


「っ、まだ来るか!」


 狼が低く唸った。血の流れる肩をかばいながらも、目は大河から離れない。こちらが動くと、相手も横へ回ろうとする。


 大河は背後の岩陰との距離を確かめた。


 もう、十分に離れている。


「悠真、そっちは任せた。こいつ、こっち向いてるから!」


「こっちも今、手いっぱい!」


 隣で槍が地面を擦った。悠真は飛び込んできた狼を突いて退け、自分も半歩下がる。大河はそちらへ割り込まず、目の前の一体へ向き直った。


 傷を負った狼が、再び走る。


 大河は剣を高く上げず、胸元で構えて待った。狼が跳ぶより先に、こちらから踏み込む。低い位置を走っていた身体へ、魔力刃を斜めに振り下ろした。


 刃が首元へ入り、その身体が地面を滑った。


 大河はすぐに顔を上げた。悠真の相手は、槍を嫌って距離を取ろうとしている。狼の後ろに仲間も草もないことを見て、大河は剣を引いた。


「悠真、横から撃つ!」


「いいぞ!」


 《飛斬》が狼の脇腹へ入った。悲鳴を上げて向きを変えたところへ、悠真が踏み込む。


「逃がすかよ!」


 突き出した槍が胸を貫き、二体目も倒れた。


 大河は息を吐き、周囲へ目を向けた。曲がり角の奥から、続いてくる足音はない。宮原も剣を構えていたが、二体が動かなくなるのを見て、その切っ先を下げた。


「二人とも、大丈夫?」


「はい。俺は当たってないです。悠真は?」


「俺も。……最後、助かった」


「こっち、先に終わったから。そっちも無事ならよかった」


 悠真が頷き、槍を抜いた。大河も雷を解いてから、自分の狼へ近づく。


【草から離したな】

【ちゃんと仕事してる】

【最後は飛斬使った】

【殴られた狼ちょっとびっくりしてたぞ】


「俺も、あの距離でまだ噛みに来るとは思ってなかったんで。びっくりしたのは、お互い様です」


 魔石を回収しながら、草のある岩陰を振り返った。宮原がケースを置き、残った葉を確かめている。


「そっち、踏まれてないですか?」


「大丈夫。続けられるよ」


 その返事に、大河は肩の力を抜いた。


 自分たちも、採っていた草も無事だった。剣を持ったまま笑うと、悠真が隣で小さく息をつく。


「倒したあと、魔物より先に草の心配する日が来るとは思わなかったな」


「今日、あっちを持って帰りに来たんだから。……魔石も、もらうけど」


「それは、俺ももらう」


 大河は笑って、回収した魔石を収納した。


            *


 依頼の量を揃えたあと、三人は来た道を戻った。


 途中にも青脈草はあったが、宮原は足を止めなかった。今日の納品分は足りているし、追加で採るより、決めた時間に戻る方を優先するという。


 大河も草の位置だけ地図へ残し、歩き続けた。


 外へ出て配信を終え、そのまま納品へ向かう。受け取りの担当者はケースを開け、葉の状態を確かめてから重さを量った。大河は横で見ながら、黒くなった葉を混ぜないようにしたことを思い出す。


 自分で選んだ分が入っているケースに、担当者の手が伸びた。


 何も言われずに受け取ってもらえると、思っていた以上にほっとした。


「これで、指定分は揃っています。ありがとうございました」


 仕事が終わった。


 大河は空になったケースを受け取り、宮原と悠真へ顔を向けた。二人も同じように荷物を片づけている。


 報告を済ませてから確認した今回の取り分は、七万六千円だった。


 ギルドの手数料と経費を差し引き、事前に決めたとおり三人で分けた額だ。道中で得た魔石や素材の売却分は、これとは別になる。


「……草で、これだけになるんですね」


「見つけて、選んで、あそこから運んできた分も入ってるからね。いつも同じだけ採れるわけでもないよ」


「はい。俺一人だったら、まず通り過ぎてました。九階層まで下りて、狼だけ倒して帰ってたと思います」


 大河が言うと、宮原は笑った。


「次は、足元も見てみるといい。全部持ち帰ろうとしなくていいから、気になった物を覚えておくだけでも違うよ」


「そうします。名前が分かっても、採り方まで分かるわけじゃないんで。また聞いてもいいですか?」


「もちろん。今日みたいに、切る前に聞いて」


 大河は礼を言い、スマートフォンへ青脈草の写真を保存した。名前だけでなく、どこに生えていたかと、納品できた葉の状態も書いておく。


 横から覗いた悠真が、自分の画面も見せてきた。


「俺、似てる方の草も撮ってきた。並べたら分かりやすいだろ」


「あ、それ欲しい。俺、正解の方ばっかり撮ってた」


「送っとく。あと、宮原さんが切ってたところも、一枚ある」


「それも頼む。次に見つけた時、どこから切るんだっけってなりそうだから」


 写真を受け取り、二枚を並べる。岩陰で見た時より、葉の筋の違いがよく分かった。


 今日のうちに、覚えておきたい。


 大河は画面へ顔を近づけ、しばらく見比べていた。


 宮原と別れたあと、悠真が隣で腕を伸ばした。


「今日は、脚より腰に来たな。しゃがんでる時間、結構長かった」


「俺、指もちょっと疲れた。剣を握ってる時と、全然違うところ使った感じがする」


「握り潰さないように、ずっと気を使ってたからじゃない?」


「そうかもしれない。途中から、葉を持つより、切る方が楽だった」


 歩き出すと、夕方の通りには仕事帰りらしい人たちが増えていた。大河は買い物袋を下げた人とすれ違い、今日の夕食を考える。


 収入の確認画面を開いてから、もう一度閉じた。


「この分、次の装備代に回そうかな」


「何か買うの?」


「まだ決めてない。今日みたいな仕事で稼いだ分だけ分けておいたら、結構貯まるかなって。欲しい物が出た時、迷わず買えるように」


「なるほどな。俺は、槍の手入れ代が戻ってきたって思ってた」


「そっちもあるか。稼いでも、使うところあるよな」


 悠真が頷いた。二人とも食べるし、家へ帰れば生活費もかかる。今日の金額を見て嬉しくなったが、全部をそのまま好きな物へ使えるわけではない。


 それでも、魔物を倒して得た物とは別に、自分で切って持ち帰った葉が収入になった。


 大河はそのことを、もう少し喜んでいたかった。


「でも、また行きたいな。あの草、次は俺の方が早く見つけるから」


「そこで張り合うのかよ。俺も、今日の最後は結構分かるようになってたぞ」


「じゃあ、次は踏みそうになる前に教えてくれ」


「最初に踏みかけた話、当分使えそうだな」


「それ、もう終わった話だろ!」


 悠真が笑い、大河も笑った。


 分かれ道で手を振ってから、大河は駅へ向かった。歩きながら、明後日の探索予定を思い出す。一人で潜るつもりだったが、持っていく物へ、小さな鋏とケースを加えておこうと思った。


 まずは、知っている草を見つけるところからだ。


 スマートフォンの買い物メモへ二つ書き足し、大河は改札へ歩いていった。



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