剣と槍
「……それ、本当に全部入るんだな」
大河が予備の水を収納すると、悠真は肩にかけた鞄を見下ろした。さっきから三度目だった。大河が笑いかけると、悠真は鞄の紐を握り直す。
「いや、分かってたけど。目の前で見ると、俺もそっちへ入れてほしくなる」
「水と食料は預かれるよ。ポーションとか、すぐ使う物は自分で持っててほしいけど」
「それは持つ。あと、帰りにお前と別れてから困らない分も」
二人で荷物を分け、収納した物を確認した。身軽になった悠真が肩を回す横で、大河はドローンを起動する。配信に映ることは、計画を立てた時に了承をもらっていた。
国分寺ダンジョンの管理所前には、ほかにも何組かの探索者が集まっている。大河は通行の邪魔にならない場所へ寄り、カメラへ顔を向けた。
「こんにちは、TAIGAです。今日は、ギルドで知り合った悠真と二人で潜ります。剣と槍なんで、俺が邪魔なところに立たないようにしたいですね」
「瀬戸悠真です。よろしくお願いします。こいつが速すぎたら、置いていかれたって言います」
「置いていかないって。もう打ち合わせしただろ」
【同年代の相方か】
【もう仲よさそう】
【槍の人、荷物減って嬉しそうだな】
【今日は二人とも前衛?】
「そうです。だから、前と後ろを固定するより、道に合わせて動く予定です。最初は悠真に前を歩いてもらいます。ここ、来たことあるんで」
日帰りで、八階層まで。戻り始める時刻も決めてある。藤堂へ計画を見せた時には、最初の数戦で互いの動く範囲を確かめるように言われた。
大河は配信の画角を確かめてから、悠真へ向き直った。槍の留め具を外し、手に持った相手が頷く。
「じゃあ、行こう。迷う方の道、ちゃんと教えるから」
「それ、俺も一回見ておきたいな。次、一人で来ても分かるように」
「見せるけど、今日は入らないぞ。俺、そこから戻ったことまで説明したからな」
*
最初の魔物は、三階層の緩い坂の下にいた。
灰色の毛に、赤褐色の鬣。二頭の狼が、鼻を地面へ近づけながら歩いている。悠真が足を止めると、大河もその斜め後ろで剣を抜いた。
《鑑定》に表示された名前は、レッドファングウルフ。レベルは四十八と五十だった。大河は数字を閉じ、坂の下の足場を見る。横へ広がったところなら、二人でも動けそうだ。
「俺、左へ行く。右の一頭、頼んでいい?」
「分かった。そっちの前は横切らないようにする」
声に気づいた狼が顔を上げた。二頭とも低く唸り、坂へ向かって走り出す。大河と悠真は下りきる前に左右へ分かれ、それぞれへ武器を向けた。
大河の方へ来た狼が跳んだ。
全身へ魔力を巡らせ、牙の外へ身体を逃がす。着地して向きを変えるところへ魔力刃を振ると、狼は身を捻って避けようとした。肩を深く斬られながらも、足を止めずに横へ回ってくる。
「まだ来るか!」
大河は剣を引きつけ、二度目の跳躍を待った。開いた口が近づくより先に横へ踏み込み、首元へ刃を走らせる。地面へ落ちた狼が動かなくなるまで見てから、悠真へ顔を向けた。
そちらの一頭は、槍先の前で足を止めていた。
近づこうとすると穂先が鼻先へ出る。狼が横へ走れば、悠真も足を動かす。二度、三度と近づくのを阻まれた狼が身を低くしたところで、悠真の槍が伸びた。
肩へ突き立った刃を抜き、飛びかかろうとする身体をもう一度突く。狼は勢いを失い、悠真の手前へ崩れた。
「……そっち、近づかせないんだな」
「近づかれたら嫌だから、槍を持ってるんだよ。お前みたいに、横へ入って斬れないし」
「俺、訓練でもそれやられてたんだなって、今ちょっと思った」
「そっちから見たら、よく分かるだろ」
悠真は笑いながらも、奥の道を見ていた。大河も剣を構え直し、ほかに来ないことを確かめる。一人ずつ魔石を回収する間、もう一人が周囲を見ることにした。
【槍の人、落ち着いてるな】
【狼の方が先に焦れてた】
【TAIGAは相変わらず近い】
【戦い方けっこう違うな】
「違いますね。俺、あれ見てると、槍も一回使ってみたくなります」
「訓練場なら貸せるぞ。ここで交換するのは、やめとこうな」
「分かってるって。俺が使ったら、さっきみたいに近づかれると思う」
悠真が魔石を取り出し、立ち上がった。受け取って収納すると、大河は狼の爪痕へ目を落とす。こちらの一頭は、最後まで何度も地面を蹴っていた。悠真の方は、その動き出すところを突いている。
歩き出してからも、大河は槍を握る手と、その先を何度か見た。
*
六階層まで進む頃には、声をかけるタイミングも少し合ってきた。
狭い道では悠真が前に立ち、広いところでは横へ分かれる。大河が回り込む時には、どちらへ動くかを伝えた。悠真も突く前に大河の位置を確かめ、必要なら槍を引いてくれる。
ただ、一度だけ、倒れかけたコボルトへ二人で武器を出しそうになった。
「俺がやる!」
「じゃあ、奥見る!」
大河が足を止めた前で、悠真の槍がコボルトを貫いた。残る一体へは大河が向かい、剣を弾いてから胴を斬る。戦いが終わると、悠真は短く息を吐いた。
「今、ちょっと近かったな。俺も、お前が入るか見てからにすればよかった」
「俺も、そっちに任せればよかった。もう倒れそうだったから、いけると思って」
「二人とも、いけると思うとそうなるのか」
「次、先に決めよう。あれだけ動きが止まってたら、近い方がやる」
そう話してから、次の戦闘へ向かった。何でも一度で合うわけではない。それでも、どこが怖かったかをすぐに言えるので、同じことを気にしたまま歩かずに済んだ。
七階層では、悠真が教えてくれた分かれ道へ着いた。
広い方を覗くと、少し先で天井が高くなっている。いかにも道が続いていそうだった。大河が頷いていると、悠真が左の細い道を槍の柄で示す。
「こっち。あっちは結構歩いてから、壁になる」
「これは行くな。広い方、ちょっと明るいし」
「だろ。迷ったあとに地図見ると、なんで分からなかったんだってなるんだけど」
【経験者の案内助かる】
【二人とも迷う側で草】
【今日はちゃんと曲がれたな】
「今日は、ちゃんと聞いてから来てますから。悠真が戻ってきた時間も、無駄にはなってないです」
「俺が迷った分、お前も一回くらい水持ってくれよ」
「もう入ってるだろ」
二人で笑いながら曲がり、下り階段を見つけた。大河は地図へ現在地を残し、時計を見る。八階層で少し探索しても、予定の時刻には戻り始められそうだった。
*
八階層へ下りてしばらく進むと、鼻を鳴らす低い音が聞こえた。
通路の先に、大きな猪がいた。大河の腰より高い背中を、重なった黒い甲殻が覆っている。頭の両側から伸びる牙は長く、先端が白く擦れていた。
【アーマーボア】
【レベル:62】
大河は表示を閉じ、猪の脚へ目を向けた。足元には、小さく砕けた石が散っている。あの身体が走ってきたら、正面で止める気にはならなかった。
「俺、こいつ初めてだ。悠真は?」
「ある。突っ込んでくるぞ。横へ避けても、すぐこっち向くから気をつけて」
猪が顔を上げた。黒い鼻がこちらを向き、前脚が地面を掻く。悠真は通路の脇へ寄り、大河も反対側の空いた場所を確かめた。
「一回、俺の方へ来させる。避けたあと、そっち向いたら言ってくれ」
「分かった。俺は横から狙う」
大河が剣を構えると、猪が地面を蹴った。
巨体が近づく。全身へ雷を巡らせた大河は、牙が届く前に横へ跳んだ。脇を抜けた猪へ剣を振ると、魔力刃が甲殻を削り、欠片を散らした。
「硬っ……!」
振り返った猪が、すぐに頭を向けてきた。大河は足を動かし続け、牙の届く場所から離れる。その横から悠真の槍が伸び、前脚の付け根へ刺さった。
猪が甲高く鳴き、身体を捻る。
「こっち来る!」
悠真は槍を抜いて下がった。牙を避けた先へ、猪の肩が迫る。さらに外へ逃れたものの、回り込む巨体に押され、壁との間が狭くなっていた。
大河は猪の脇腹へ《飛斬》を放った。
斬撃が甲殻を割り、猪の身体が揺れる。悠真がその間に壁際から抜けたのを見て、大河は剣を構え直した。
「大丈夫か!」
「当たってない! 助かった、そっち向くぞ!」
血の流れる脇腹を見せ、猪が大河へ向き直った。さっきの一撃は通った。それでも、真っすぐ追いかけて斬るには、頭と牙が邪魔だった。
「悠真、さっき刺した脚、もう一回狙える?」
「横を向けば。お前、どうする?」
「こっちへ走らせる! 俺が避けたあと、頼む!」
「分かった!」
大河は二歩下がり、猪の正面へ出た。左手の指を開いて閉じる。鼻息が聞こえ、猪の頭が低くなる。大河は横へ逃げる場所を見てから、その脚へ視線を戻した。
猪が走った。
「こいっ!」
地面を叩く音が近づく。大河はぎりぎりまで待たず、少し早く横へ動いた。猪の頭がそちらを追い、身体が斜めに向く。
その反対側から、悠真が踏み込んだ。
槍が、傷ついた前脚へ深く入る。猪の脚が折れ、前半身が沈んだ。牙を振り上げようとする頭の横へ、大河はスパークを散らして飛び込む。
「そこなら、届く!」
厚みを増した魔力刃を、首の下へ突き上げた。甲殻に覆われていない部分へ刃が入り、手元へ強い抵抗が返る。大河は柄を押し込み、猪が暴れ始める前に剣を引いて離れた。
猪は数歩進み、地面へ崩れた。脚が動き、牙が石を擦る。二人は追撃できる位置で構え、やがて動きが止まるまで待った。
「……倒れたな」
「うん。そっち、槍は大丈夫?」
大河が尋ねると、悠真は穂先と柄を確かめた。軽く振ってから、頷く。
「大丈夫。お前も、どこも当たってない?」
「俺も平気。あれ、曲がるの早いな。もっと真っすぐ走るのかと思った」
「俺も、さっきは壁に寄りすぎた。飛ばしてくれなかったら、かなり焦ってたと思う」
悠真は壁際へ目を向け、それから大河へ顔を戻した。額に浮いた汗を拭き、少し笑う。
「……近くで見ると、あれ、すごいな。雷も、飛ぶやつも」
「俺は、脚に刺してくれて助かった。さっきと同じところ、ちゃんと狙うんだな」
「一回通ったからな。次も通したくなるだろ」
「なるな」
大河が答えると、悠真も笑った。二人で猪へ目を戻し、倒れた巨体の周囲を確かめる。雷を解いた大河の耳に、ようやくドローンの小さな駆動音が戻ってきた。
【倒した!】
【槍で脚止めたのよかったな】
【壁際から出す飛斬も助かった】
【二人とも嬉しそうで何より】
「嬉しいですよ。俺一人だったら、まだ甲羅の周りを走ってたかもしれないんで。……あ、甲羅じゃないか。甲殻?」
「どっちでも、今はもう追いかけてこないからいいよ」
「雑だな。素材売る時には、ちゃんと名前見ろよ」
*
帰り始めると決めた時刻より、少し早かった。
猪の魔石と、回収できる甲殻を収納したところで、二人は水を飲んだ。悠真の息も、大河の魔力も落ち着いている。それでも、今日の探索はここまでにすることになった。
「もう少し行きたい?」
悠真に聞かれ、大河は奥の道を見た。
「行きたい。でも、今日は戻る。帰りも二人で動くところ、確かめながら行こう」
「よし。俺も、さっきので結構満足した。腹も減ったし」
「それ、俺も」
大河は笑い、地図を閉じた。来た道を辿り、狭くなるところでは悠真を先へ通す。槍を持つ相手との距離を、行きより迷わず取れるようになっていた。
外へ戻り、配信を終えてから、二人で換金へ向かった。分配は事前に決めたとおりに確かめ、互いに預けていた荷物も返す。
水の入ったボトルを鞄へ戻すと、悠真が肩を少し落とした。
「……また重くなった」
「だいぶ飲んだだろ。朝より軽いはずだぞ」
「一回、軽いのに慣れたからな。次も一緒に行く時、頼んでいい?」
「いいよ。じゃあ、道が分かるところは、また教えてくれ」
悠真が頷いた。大河も鞄の口が閉まるのを待ち、隣へ並ぶ。どこで食べるか相談しながら歩いていると、悠真がふと思い出したように言った。
「次の訓練、いつ来る?」
「明後日のつもり。何時?」
「昼過ぎ。三対三の続き、まだ残ってるだろ」
大河は顔を向け、笑った。猪を倒した時には、同じ方へ武器を向けていた。その槍がまた自分へ向くところを想像すると、早く剣を持ちたくなる。
「覚えてるよ。次は、先に一本取るからな」
「こっちも、そのつもりで行く」
悠真はそう返し、近くの店の看板を指した。大河も頷いて歩調を速める。扉を開ける前にスマートフォンを取り出し、明後日の予定へ、訓練の時刻を書き加えた。




