同じEランク
「相手、探してる?」
壁際で手首を回していた大河は、声のした方へ顔を向けた。訓練用の槍を肩へ担いだ青年が、入口に立っている。短く切った髪に、少し日に焼けた顔。大河が手に持つ模擬剣を見ると、青年は槍を下ろした。
「一人なら、俺とやらない? 今、戻ってきたところなんだけど」
「お願いします。……俺、天草です。最近入ったばっかりで」
「知ってる。藤堂さんが連れてきた新人だろ。俺は瀬戸悠真。十九歳、Eランク。よろしく」
「十九? 一個上なんですね。俺もEです」
「それも知ってる。高尾、一人で行ったんだって?」
大河が頷くと、瀬戸は口の端を上げた。
「じゃあ、ちょうどいいな。俺も、前から一回やってみたかった」
初めての護衛から、三週間ほどが過ぎていた。
大河はソロでの探索を続けながら、予定が合えば真壁たちとも潜っている。訓練場へ来るたび、挨拶をする相手も増えた。前日に三枝と練習した時には、魔法を撃つ側から見た自分の動きも、少しだけ分かった気がしていた。
瀬戸とは、これまで時間が合わなかった。しばらく泊まりの探索へ出ていたらしい。荷物の残る鞄を壁際へ置き、貸し出し用の防具を選んでいる。
「帰ってきたところで、大丈夫なんですか。疲れてるなら、別の日でも」
「戻ってきたのは昨日。今日は報告だけだから、身体は休めてきたよ。あと、敬語いらない。俺だけ喋りやすくしてると、ちょっと落ち着かないし」
「じゃあ、俺も普通に話す。……手加減はいらないからな」
「それ、こっちの台詞だろ」
二人が笑っていると、奥で片づけをしていた藤堂が顔を向けた。
「やるなら、俺が見ようか。悠真、天草と合わせるのは初めてだな?」
「はい。速いって話は聞いてます」
「最初は身体強化と攻撃スキルなし。強く打ち込まず、胴か腕へ明確に当てたら一本。顔と喉は狙わない。まず三本、それから休もう」
大河は頷き、防具の留め具を締め直した。瀬戸も槍を軽く動かし、穂先の覆いが緩んでいないかを確かめている。少し離れて向かい合うと、大河は相手の武器の長さを見た。
真壁と練習したことはある。それでも、瀬戸がどんなふうに槍を使うのかは、まだ知らない。
「準備いいな。始め」
大河は剣を構え、ゆっくり距離を詰めた。瀬戸の槍先が胸元へ向く。あと一歩、と思って足を出すと、穂先が伸びてきた。
剣で外へ払う。踏み込もうとした先で槍が引かれ、今度は左腕へ向きを変えた。
「うわっ」
大河は腕を引き、横へ逃れた。瀬戸も足を動かし、もう一度、二人の間へ穂先を置く。せっかく近づいたはずなのに、まだ剣は届かない。
「……戻すの、早いな」
「そっちこそ、今ので当たらないのかよ」
瀬戸は返事をしながら槍を突いた。大河が外へ動くと、その進路へ柄が回ってくる。足を止めて剣を合わせ、今度こそ内側へ入ろうとした。
瀬戸の手が、柄の上を滑った。
短く持ち直された槍が、大河の剣より先に動く。覆いのついた穂先が、脇腹へ触れた。
「一本。そこまで」
藤堂の声で、二人は離れた。大河は当てられた場所へ手を当て、瀬戸の槍を見る。さっきまで長さを邪魔に感じていたのに、近づいたところでも使われてしまった。
「今の、短く持ったのか。あそこまで入ったら、剣の方が先だと思った」
「入りたいの、顔に出てたから。最後の一歩は来ると思った」
「顔?」
「ちょっと嬉しそうになってた」
壁際から藤堂の笑い声が聞こえた。大河がそちらを見ると、否定してはもらえなかった。
「じゃあ、次は顔も見てくれ。そっちは当てないけど」
「そう言われると、逆に気になるだろ」
瀬戸が笑い、槍を構え直す。大河も剣を上げた。今度は、入れそうに見えたところで、すぐに足を出さなかった。
瀬戸の突きを剣で外す。追いかける代わりに、伸びてくる二度目を待った。腕を狙った穂先が戻るところへ一歩出ると、瀬戸も下がる。
大河はさらに追い、剣を振る構えを見せた。
槍が短くなる。
「今度は、見えてる!」
胴を狙いかけた剣を返し、柄を押さえた。瀬戸が引こうとするより先に、左へ踏み込む。空いた肩へ模擬剣を当てると、藤堂が手を上げた。
「一本。大河、強く振り抜かずに止められたな」
「……よし!」
大河は離れ、思わず剣を持ち直した。瀬戸は肩を動かしてから、少し悔しそうに笑った。
「一回見せたばっかなのに、もう使えないのかよ」
「いや、たぶん、もう一回来たら迷う。今のは、来ると思って待ってたから」
「じゃあ、次は違うのにする」
「そう言われると、俺も気になるんだけど」
同じ言葉を返すと、瀬戸が声を出して笑った。大河も笑いながら、すぐに構えへ戻る。藤堂から始めの声がかかるのを、さっきより待ち遠しく感じていた。
*
三本目は、大河が取った。
ただし、勝負がつくまでに何度も距離を取り直した。瀬戸は簡単に近づかせず、大河も、届かないところから無理に剣を振らなくなった。最後は穂先を外した大河が横へ抜け、槍を向け直される前に胴へ剣を当てている。
休憩の声がかかると、二人は並んで壁際へ戻った。瀬戸が槍を置いて座り、大河もその隣へ腰を下ろす。
「二対一か。最初に取ったから、そのままいけると思ったんだけどな」
「俺も、一回取られてから、かなり勝ちたくなった。次に何してくるか分からないの、結構きついな」
「楽しそうに言うなよ。それ、褒めてる?」
「褒めてる。もう一回やりたいくらいには」
「俺もやりたいけど、先に水飲ませて」
瀬戸は鞄からボトルを出した。大河も水を取り出し、口へ運ぶ。藤堂は二人の様子を見てから、別の探索者に呼ばれて奥へ歩いていった。
残された瀬戸が、大河の手元へ目を向ける。
「便利だな、それ。俺、帰りは鞄が肩に食い込んでさ。最後の階段、もう捨てて帰ろうかと思った」
「捨てたら、帰ってから買い直すことになるぞ」
「だから持って帰ったよ。中に売る物も入ってたし。……天草は、探索始めてどれくらい?」
大河が登録した時期を答えると、瀬戸のボトルが口の手前で止まった。
「それで、高尾行ったのか?」
「うん。十日かかったけど」
「十日ってとこじゃなくて、その前。俺、去年からやってるんだけど」
大河は瀬戸へ顔を向けた。自分より長く続けているとは思ったが、十九歳という年齢を聞いて、そこまで差があるとは考えていなかった。
「じゃあ、俺がまだ高校にいる頃から潜ってたんだ」
「そう。最初は帰って寝るだけで精いっぱいだったな。配信もしてたけど、疲れると無言になるからやめた。お前、よく喋りながらできるな」
「俺も、きつい時は喋れないよ。高尾の最後、ほとんどコメント見てなかったし」
「そこは見た。あの蹴り、画面越しでも痛かった」
「あれ、しばらく忘れたくても忘れられないと思う」
大河が腹へ触れると、瀬戸は頷いた。茶化す様子はなかった。自分も棍棒を避け損ねたことがあると話し、二人でしばらく、もらいたくない攻撃について語った。
話しているうちに、瀬戸の目が大河の模擬剣へ戻った。
「さっきので、普段どおりってわけじゃないんだよな。雷を使ってるところ、一回近くで見てみたい」
「動くだけなら、できるよ。俺も、初めて使った時はびっくりした」
「見せて。……できれば、俺の方へ来ないでくれ」
「ちゃんと横へ走るから」
大河は笑い、立ち上がった。床が空いていることを確かめ、藤堂へ声をかける。許可をもらってから模擬剣を壁際へ置き、反対側の空いた場所へ移った。
全身へ魔力を循環させ、その性質を雷へ変える。淡いオーラにスパークが走ると、瀬戸が座ったまま顔を上げた。
「おお……本当に、音まで出るんだな」
「じゃあ、あっちまで行くぞ」
大河は床を蹴った。身体が前へ出る感覚を確かめ、端まで届く前に速度を落とす。止まって振り返ると、瀬戸はまだこちらを見ていた。
「……速いな」
先ほどまでとは違う声だった。瀬戸は立ち上がり、大河が走った距離を目で辿っている。戻って雷を解くと、軽く首を振った。
「あれを使われたら、槍を戻してる間に入られるな。さっきの一歩なんて話じゃなくなる」
「使える時は、俺も使うよ。ただ、狭い場所だと走れる方が限られるし、帰る分の魔力も残さないといけないから」
「それでも、正面から追うのは無理だ。……横へ抜ける時、どこ見てる?」
「相手の足と、武器かな。あとは、行く先に何かないか。速くなっても、石につまずいたら普通に転ぶから」
「そこは、ちゃんと転ぶのか」
「たぶん、かなり格好悪い転び方になる」
瀬戸が笑った。大河も笑い、防具へ手をかける。動いているところを見られると少し照れたが、瀬戸が自分の走った方をもう一度見るのは、嫌な感じがしなかった。
「次、どうする? もう少し休む?」
「いや、やる。雷なしの方で、もう三本。二対一で帰ると、寝る前に思い出す」
「俺は、今のままでも気分よく寝られるけど」
「じゃあ、付き合えよ。俺のために」
差し出された模擬剣を受け取り、大河は笑った。
「いいよ。次も勝つつもりでいくからな」
*
訓練を終える頃には、瀬戸の話し方からも遠慮がなくなっていた。
追加の三本は、大河が一つ、瀬戸が二つ。通算で並んだところで、藤堂に止められた。二人ともまだやりたがったが、防具を外すと、汗で服が背中へ張りついていた。
「次に会うまで、三対三だな。忘れるなよ」
「忘れないよ。次の一本、どっちが先に取るかも覚えておこう」
「そっちは取ってから言え」
瀬戸はタオルで髪を拭き、大河へ椅子を寄せた。今度は剣や槍を置いたまま、スマートフォンを取り出している。
「さっきの速さ、ダンジョンでも見てみたいんだけど。今度、予定合う日に一緒に行かない?」
「行きたい。悠真が魔物相手にどう戦うか、俺も見たいし。普段は、何人で潜ってる?」
「二人か三人。予定が合わない時は一人でも行くけど、その時は浅いところで戻ることが多いな。お前ほど奥までは行かない」
「じゃあ、最初は日帰りにしよう。お互い、一緒に戦ったことないし」
「そうしよう。行きたいところは何かある?」
大河もスマートフォンを取り出した。調べていたダンジョンの名前をいくつか出すと、瀬戸が一つを指す。そこは以前に潜ったことがあるらしく、階段へ向かう途中に、横道が分かりにくい場所があると教えてくれた。
大河が地図を開くと、瀬戸は画面へ顔を寄せる。
「ここ。真っすぐの方が広いんだけど、下へ行くなら曲がる。俺、最初は広い方へ行って戻った」
「それ、俺も行きそうだな。高尾で何回もやった」
「配信で見た。一周したところ」
「あそこまで見てたのかよ」
「コメントはしてない。俺も笑えなかったから」
顔を見合わせ、二人で笑った。槍を構えていた時には気づかなかったが、瀬戸は笑うと少し幼く見えた。大河も肩の力を抜き、次の週の予定を開く。
日程を合わせ、詳しい計画は調べてから相談することになった。連絡先を交換すると、瀬戸から短いメッセージが届く。
『次は勝つ』
目の前にいるのに送ってきたことがおかしくて、大河は笑いながら返信した。
『俺も』
「これ、探索の相談用だよな?」
「そうだよ。今のは、忘れないように書いただけ」
瀬戸は悪びれずに答え、鞄を肩へかけた。大河も片づけを終え、隣へ並ぶ。入口のところで藤堂へ挨拶をすると、二人で潜る話も伝えた。
「計画ができたら、一回見せて。初めて組むなら、現地へ行く前に話しておいた方がいいこともあるから」
「はい。決まったら持ってきます」
大河が答える横で、瀬戸も頷いた。藤堂は二人の顔を見比べ、少し笑う。
「倒した数を競い始めるなよ。今日は稽古だったけど、向こうでは同じ側だからな」
「分かってますって。別々に走ってったりしませんよ」
「俺も、こいつ追いかけて迷子になるのは嫌なんで」
「俺が先に迷うみたいに言うなよ」
瀬戸に返すと、藤堂が声を出して笑った。大河も笑いながら扉を開け、外へ出る。駅までの道は同じらしく、自然と二人で歩き始めた。
まだ聞いていないことが、いくつもある。
どんな魔物が苦手なのか。槍を選んだのはどうしてか。初めて一人で潜った時は、どこまで進んだのか。大河が一つ尋ねると、瀬戸は答えたあと、同じことを聞き返してきた。
駅へ着く頃には、次の探索が少し待ち遠しくなっていた。




