↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18歳、今日からダンジョン探索者になります  作者: lala


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/59

五人で帰る



 透明な瓶に、少し濁った水が溜まっていく。


 大河はその様子を横目で見てから、通路へ視線を戻した。青梅ダンジョンの四階層。最初の調査地点では、岩の隙間を流れてきた水が、小さな窪みに集まっていた。


 女性の調査員が瓶を閉じ、男性へ渡す。男性はラベルと手元の記録を見比べ、ケースの仕切りへ収めた。次の瓶を用意する間も、三枝は二人の近くに立ち、真壁は奥へ続く道を見ている。


「……本当に、何本も取るんですね」


「帰ってから調べる項目が違いますから。一本だけだと、あとで困ることがあるんです」


 男性はそう答え、空いた仕切りを指した。大河は頷きかけ、通路の向こうで小石が転がる音に顔を向ける。剣へ手をかけたが、姿を見せたのは、上の階層へ戻る探索者たちだった。


 挨拶を交わし、五人のいる場所を通り過ぎるまで見送る。少し力を抜くと、三枝と目が合った。


「ずっと気を張ってると、八階までに疲れちゃうよ。音は聞きながら、肩は下げておいて」


「あ……はい。なんか、いつ魔物が来るかと思うと、落ち着かなくて」


「最初はそうなるね。何かあれば、こっちからも声をかけるから」


 大河は息を吐き、肩を軽く動かした。剣を握る必要がない間まで、指へ力を入れていたらしい。通路を見る位置は変えず、手だけを少し緩めた。


【今日は見張りの時間も長いな】

【戦ってない間も仕事中】

【肩めっちゃ上がってたぞ】


「見えてました? 俺、一か所目からこんな感じなんですけど、二人は普通に作業してるんですよね」


「それは、皆さんが見てくれていますから」


 女性が瓶をケースへ収めながら答えた。大河は顔を向け、返す言葉を探したあと、小さく笑う。


「……じゃあ、ちゃんと見てます。必要な分、取ってください」


            *


 二か所目の調査を終え、休憩を挟んで八階層へ着いた。


 ここまでに出会った魔物は、真壁と大河が前へ出て倒していた。調査員を止まらせる場所を決めてから戦うので、一人で潜る時ほど早くは進めない。それでも、予定の時間にはまだ余裕があった。


 最後の採水地点は、天井から垂れた岩の下にあった。水が一滴ずつ落ち、浅い水溜まりの表面へ輪を作っている。その脇には乾いた足場が広がり、反対側へ回ると、もう一本の通路が口を開けていた。


 大河は写真で見た景色と比べ、真壁へ声をかけた。


「奥にも道があるって話してたの、ここですね。俺、向こうを見てきます。曲がり角までで、戻ってきていいですか?」


「うん。僕も入口側を確かめる。三枝さん、二人をお願い」


「了解。まだ器具は出さずに、ここで待っていてください」


 調査員たちが頷くのを確かめ、大河は奥の通路へ入った。少し歩くと、左へ緩く曲がっている。向こうに魔物はいなかったが、その先までは見通せない。


 戻って伝えると、真壁は地図と時計を確かめてから、作業を始めてよいと告げた。調査員は乾いた岩の上へケースを置き、器具を並べていく。


 大河は、奥の通路と作業場所の間に立った。ここなら、水溜まりの脇を抜けて近づく相手も見える。真壁は入口側、三枝は二人の近くを受け持った。


「ここが終われば、今日は戻るんですよね」


「そう。帰りも歩くから、魔力は残しておいてね」


「はい。……でも、帰りの荷物は軽くならないんですね。水、増えてるんで」


「ちゃんと仕事が進んでる証拠でしょ」


 三枝に返され、大河は笑った。背後では、男性が細い器具を水へ入れ、女性が表示された数字を書き留めている。何を測っているのか聞いてみたくなったが、手が空いてからにしようと思った。


 通路の奥から、硬い足音が聞こえた。


 大河は剣を抜き、真壁へ声を張る。


「奥、来ます! まだ姿は見えてないです!」


「二人とも、作業を止めてください。三枝さんのそばへ」


 真壁の声に、調査員たちの手が止まった。女性が持っていた瓶を閉じ、男性は水へ入れていた器具を引き上げる。三枝が二人を乾いた岩の後ろへ導く間に、通路の曲がり角から、盾を持ったコボルトが現れた。


 その後ろにも一体。さらに、槍の穂先が見えた。


 大河は《鑑定》を使い、すぐに表示を閉じた。高尾の奥で戦った相手ほどではない。ただ、三体を追ってあの角へ入れば、作業場所から離れてしまう。


「盾が二体、槍が一体です。こっちへ引きつけます!」


 全身へ魔力を循環させ、剣の外側に魔力刃を作った。先頭の盾持ちは、通路の出口で足を緩めている。こちらを見ながら横へずれ、その脇から、後ろの槍持ちが穂先を伸ばしてきた。


 大河は剣で槍を外へ弾き、盾持ちへ踏み込んだ。


 持ち上がった盾へ魔力刃がぶつかる。腕が沈んだところへ足を入れようとすると、二体目が剣を振ってきた。大河は身を引き、刃を外しながら、背後まで下がらず横へ動く。


「そっちには、行かせないぞ!」


 盾の縁を蹴り、先頭を後ろへ押し戻した。狭い出口で二体の肩がぶつかり、槍持ちも引かなければならなくなる。大河はその間に立ち位置を戻し、三体と調査員の間へ入った。


「入口側にも二体。こちらは僕が受ける!」


「お願いします! 俺、ここを空けません!」


 真壁へ答える声が、思ったより大きく出た。背後から槍を打ち合わせる音が聞こえる。そちらを見たくなったが、目の前では盾持ちが体勢を戻していた。


 大河は全身の魔力を雷へ変えた。身体の周囲でスパークが弾けると、先頭のコボルトが盾を高く構える。その横を、もう一体が抜けようとした。


 奥へ回られる。


 大河は地面を蹴り、抜けかけた一体の前へ出た。剣を振り上げる腕へ刃を走らせ、返す勢いで首元を斬る。倒れる身体から剣を抜き、すぐに盾持ちへ向き直った。


 槍が、脇腹を狙って伸びてきた。


「っ、邪魔だな!」


 手甲で柄の横を押し、穂先を逸らした。盾持ちが距離を詰めてくる。大河はその剣を受け流したものの、槍を引かせたせいで、二体の向こうが見えにくくなった。


 ここで押し合っていたら、後ろの一体まで届かない。


「三枝さん、槍の方を狙えますか!」


「今は盾が邪魔。天草君、そのまま右へ寄せて!」


「分かりました!」


 大河は盾持ちの左へ踏み込み、剣を振る構えを見せた。相手が盾を向けてくる。それを見ながら横へ動き、こちらを追って足が出たところで、盾の外側へ刃を叩きつけた。


 コボルトがよろめき、右へ流れる。


「今です!」


 短い詠唱のあと、三枝の火球が通路を抜けた。槍持ちの胸へ当たり、炎が広がる。大河はそちらへ目を奪われず、残った盾持ちの剣を見ていた。


 肩が上がる。まだ振ってくる。


 大河は半歩だけ横へずれ、振り下ろされた剣を外した。左手で盾を押さえ、厚くした魔力刃を、その上から首元へ突き込む。


 手元へ重みがかかり、コボルトが崩れた。


「……奥、二体倒しました! 槍のやつ、確認します!」


 盾持ちから離れ、剣を構えたまま通路の向こうを見る。槍持ちは地面へ倒れ、動かなくなっていた。大河はその奥に新しい影がないことも確かめ、短く息を吐いた。


「こちらも終わった。天草君、その場所で見ていて」


「はい!」


 真壁の声が返ってきた。大河は追いかけず、通路の出口へ立つ。手の中の剣へ意識が戻ると、柄を強く握っていたことに気づいた。


【止めた!】

【後ろまで行かせなかったな】

【三枝さんの火球きれいに通った】

【今日は追わないTAIGA】


 すぐにはコメントへ返せなかった。真壁が入口側を確かめ、三枝が調査員二人へ声をかけている。その返事を聞いてから、大河はようやく肩を下げた。


「……大丈夫ですか? 怪我、してないですか」


「はい。二人とも大丈夫です」


 男性が答えた。その横で、女性も頷く。持っていた瓶は、両手でしっかり握られていた。


            *


「あと十分ほど、お願いできますか」


 周囲を確かめ直してから、女性の調査員が尋ねた。真壁は器具と水溜まりへ目を向け、続いて大河を見る。


「魔力はどう?」


「まだ大丈夫です。雷を使ったのも、最後の短い間だけなんで。入口側は、どうでした?」


「こちらも問題ない。三枝さんは?」


「続けられるよ」


 真壁は時計を見てから、調査員へ頷いた。新たに魔物が来た場合には、作業を切り上げてもらう。それを確かめ、五人はそれぞれの位置へ戻った。


 大河は刀身についた血を拭き、奥の道へ目を向ける。魔石の回収は、ほかの二人と交代して行うことになった。倒した三体が残っている通路を見ながら、今度は剣を握る手に力を入れすぎないようにした。


【まだ仕事続くんだな】

【調査終わってないからな】

【十分って戦闘のあとだと長そう】


「長いですね。今、もう結構経った気がして時計を見たら、二分でした」


 小さく返すと、近くの三枝が笑った。背後では、水を容器へ移す音が続いている。大河はさっきまで何が起きていたのかを思い出し、奥の通路をもう一度見た。


 最後に残った盾持ちは、一人でも倒せただろう。槍持ちへ近づくこともできた。それでも、あの場で三枝へ頼んだら、自分は調査員の前から離れずに済んだ。


「さっき、撃ってもらえて助かりました。あそこで槍のやつまで追うと、離れすぎる気がしたんで」


「ちゃんと声が聞こえたから、こっちも狙えたよ。寄せてくれてありがとう」


「はい。……あれ、また練習したいです。俺、どこまで動けば撃てるのか、まだちょっと迷ったんで」


「じゃあ、帰ったら予定を合わせよう。今日はこのあと、まず帰る方ね」


「分かってます。ここで、もう一回とは言わないですよ」


 大河が笑うと、女性の調査員も少し笑った。すぐに手元へ視線を戻し、瓶を閉じる。その手つきを見て、大河はようやく、戦っている間にも二人が器具を片づけていたことを思い返した。


 こちらの声を聞いて、止めて、動いてくれていた。


 大河は足元の小石を踏まない場所へ立ち直し、通路へ向き直った。


 予定より少し早く、作業は終わった。ラベルと本数を二人で確かめ、ケースの留め具を閉じる。収納を頼まれた分を受け取ると、大河は蓋が閉まっていることをもう一度見てから、《アイテムボックス》へ収めた。


「全部、入りました。ほかに忘れてる物、ないですか?」


「ありません。ありがとうございます。これで三か所とも揃いました」


「よし。では、戻りましょう」


 真壁が先頭へ立った。大河も二人の調査員が立ち上がるのを待ち、帰りの位置へつく。階段の先を見ても、今日は下りたいとは思わなかった。


            *


 外へ出た時には、まだ空が明るかった。


 管理所の前でケースを取り出し、一つずつ調査員へ渡す。女性が留め具を開けると、仕切りの中には、行きよりも中身の増えた瓶が並んでいた。


「割れていませんね。……はい、こちらも全部あります」


 男性が別のケースも確かめ、真壁へ頷いた。完了の確認を済ませると、二人は改めて三人へ頭を下げる。


「今日はありがとうございました。予定していた分を、全部持ち帰れました」


「よかったです。あのあとも、魔物が来るかと思って、結構そわそわしてましたけど」


「来ても、声をかけていただけると思っていましたから。落ち着いて続けられました」


 女性に言われ、大河は少し照れたように笑った。瓶の並ぶケースへ目を落とす。あの十分で集めた分も、ここへ収まっている。


「帰ってから、調べるんですよね。何か分かったら、俺も聞いていいですか? 難しい数字ばっかりだと、分からないかもしれないですけど」


「お伝えできる範囲でしたら。結果が出るまで、少し時間はかかりますが」


「はい。楽しみにしてます」


 調査員たちを見送り、大河はドローンへ向き直った。コメントには、帰還を喜ぶ言葉が流れている。画面を見てから、隣に立つ真壁と三枝へ顔を向けた。


「五人で、帰ってこられましたね」


「うん。お疲れさま」


「瓶も全部、無事でした」


【お疲れ!】

【約束守ったな】

【瓶の生存確認も完了】

【ちゃんと仕事してたぞ】


「はい。今日は、ずっと気を張ってた気がします。帰る途中も、二人がついてきてるか何回も見ちゃいました」


「見てくれていたから、休憩も入れられたんだよ」


 真壁が言った。帰りの六階層で、男性の歩みが遅くなったことを伝えた。疲れを隠して無理に歩かせる前に、五人で水を飲めたのはよかったらしい。


 大河は頷き、もう一度カメラを見た。


「初めての護衛、終わりました。見てくれた皆さん、ありがとうございました。俺たちも、戻って報告してきます」


 手を振って配信を切ると、急に腹が鳴った。隣で聞いていた三枝が吹き出し、真壁も笑う。大河は腹へ手を当て、二人を見た。


「……途中から、あんまり気にならなかったんですけど。今、一気に来ました」


「じゃあ、報告が終わったら何か食べようか」


「行きます。今日は、俺からも聞きたいことがあるんで。二人が戦ってた方、どうなってたのか、ちゃんと聞きたいです」


 ギルドへ戻って報告を済ませると、依頼の完了と、自分へ支払われる報酬を確認できた。先に説明を受けていた金額が、自分の名前の横に記されている。大河は画面を見て、少しだけ指を止めた。


 魔石の大きさも、宝箱の中身も関係なく、今日任された仕事への報酬だった。


「初めての依頼、どうだった?」


 榊に尋ねられ、大河は顔を上げた。すぐに答えようとして、見張っていた通路と、岩の上へ並べられた瓶を思い浮かべる。


「疲れました。待ってる時間って、もっと楽だと思ってたんですけど、全然そんなことなかったです。……でも、またやってみたいです。今日、二人が安心して作業できたって言ってくれたんで」


「そうか。それなら、次も相談させてもらうよ」


「はい。お願いします」


 事務所を出ると、真壁と三枝が待っていた。何を食べたいかと聞かれ、大河は迷わず肉と答える。三枝が近くの店を挙げると、真壁も頷いた。


「天草君、今日の話、食べながらでいいからね。先に全部話すと、店に着く前に終わっちゃうよ」


「たぶん、終わらないです。聞きたいこともあるんで」


 大河は笑い、二人と並んで歩き出した。店の看板が見えると、腹がもう一度、小さく鳴る。


 今度は大河も一緒に笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。