初めての依頼
振り下ろされた斧が、目の前の地面へ食い込んだ。
大河はオークの横へ抜けながら、マジックソードを振った。魔力刃が脇腹を裂く。相手が唸って左手を伸ばしてきたが、大河は刃を引くのと一緒に足を動かし、その指の届く場所から離れた。
「……よし。今のは、ちゃんと見えてた」
オークは斧を引き抜き、こちらへ向き直った。脇腹から血が流れている。それでも、武器を握る腕には力が残り、大河が近づけば、また振りかぶろうとした。
その向こうでは、もう一体が槍を構えていた。大河は斧持ちの正面へ戻らず、横へ動き続ける。二体がこちらを追って向きを変え、槍持ちの姿が、斧持ちの陰から外れた。
「先に、そっちだ!」
剣を振り抜き、《飛斬》を放つ。飛んだ魔力の刃が槍持ちの肩へ入り、穂先が下がった。大河はそちらへ走りかけたが、斧持ちが踏み出すのを見て、足を止める。
斧が胸の高さを薙いだ。
「そう簡単には、行かせてくれないか!」
大河は後ろへ跳び、刃が通り過ぎるのを待って踏み直した。全身にスパークが走る。斧を戻そうとする相手の懐へ入り、厚みを増した魔力刃を首元へ振り抜いた。
巨体が傾く。その身体から離れ、大河は槍持ちへ向き直った。傷ついた肩をかばいながら突き出された一撃を弾き、最後の一体へ剣を突き込む。
二体が動かなくなってから、大河は雷を解いた。呼吸を整え、ドローンへ顔を向ける。少し離れた場所を飛んでいた機体が、ゆっくり近づいてきた。
【倒した!】
【槍の方へすぐ行かなかったな】
【斧持ちちゃんと見てた】
【今日はソロでも落ち着いてる】
「槍の方、行きたかったんですけどね。目の前のやつが、まだ斧を振れるんで。前だったら、避けながらそのまま行こうとしてたかもしれないです」
言いながら、斧の刃へ目を落とした。傷をつけられたことと、攻撃してこなくなったことは違う。藤堂に言われたことを、今は戦っている最中にも思い出せていた。
初めて三人で潜った日から、一週間が経っていた。
その間にも、二度、真壁たちと探索へ出た。予定の合う日は訓練場で剣を振り、藤堂に見てもらえない時には、ほかの所属者へ相手を頼んだ。今日は久しぶりに一人で、Eランクのダンジョンへ来ている。
【ギルド入ってから忙しそうだな】
【ソロも普通にやるのか】
【藤堂さん見てるかな】
「見てたら、あとで何か言われそうですね。今のよかったって言ってもらえたら、嬉しいですけど」
大河は笑い、魔石を回収するためにしゃがんだ。一人で作業する時には、自分で周囲を見る必要がある。真壁が通路を見てくれていたことを思い出し、手を動かす合間にも顔を上げた。
集めた魔石を収納して立ち上がる。身体は動くし、魔力にも余裕があった。少し先にある階段を確かめると、大河は剣を握り直した。
「じゃあ、進みます。今日はここのボスまで、行くつもりなんで」
【やっぱり行くんだな】
【今日は一人で決められるからな】
【帰るところまで見るぞ】
「はい。ちゃんと帰りますよ。今日は帰ったら、食べたい物も決まってるんで」
*
「昨日の斧持ち、ちゃんと見てたな」
翌日の訓練場で藤堂に言われ、大河は借りた剣を持ったまま顔を上げた。攻略を終えたあとは、予定どおり食事をして帰った。配信のことを誰かと話すのは、今日が初めてだった。
「見てくれてたんですね。あそこ、槍の方へ行こうとしてから、斧が上がったのに気づいたんです」
「うん。最後のボスも、掴まれる前に引けてた。前より、斬ったあとの動きがよくなってる」
「ありがとうございます。……じゃあ、今日もお願いします。魔物相手にできたからって、藤堂さんにもできるとは思ってないんで」
「そこまで言われたら、こっちも当てられないな」
藤堂が笑い、剣を持ち上げた。大河も構える。初めて来た時より相手を見ているつもりでも、剣を振ると、まだ思わぬところから切っ先が伸びてきた。
結局、この日も一本は取れなかった。
ただ、胸元へ来た突きを一度、剣で外せた。続く一撃を肩へもらって終わったものの、大河が悔しがる横で、藤堂は頷いていた。
「今のは、見て避けられたな。次の剣まで見られれば、もう少し続くよ」
「分かりました。……もう一本って言いたいところですけど、今日は先に休みます」
「よし。そうしてくれ」
水を飲んでいると、受付の職員が大河を呼びに来た。榊から、探索の依頼について相談があるという。藤堂へ挨拶をして剣を戻し、大河は事務所へ向かった。
通された部屋には、真壁と三枝もいた。二人の前には資料が置かれ、三枝が空いている椅子を軽く叩く。
「お疲れさま。今日も亮介さんと?」
「はい。一回、突きは外せたんですけど、そのあと普通にやられました」
「お、よかったじゃない。私だったら、外せたところだけ帰ってからも話すよ」
「俺も、たぶん話します」
笑って座ると、榊が大河の前へ資料を置いた。表紙にあるのは、ダンジョン名と、調査予定の日付だった。その下の文字を読み、大河は顔を上げる。
「採水調査の、護衛ですか?」
「そう。青梅ダンジョンの地下水を調べる調査員が二人入る。その間の護衛を、うちで引き受ける予定なんだ」
Eランクのダンジョンだった。八階層まで下り、決められた三か所で水と周辺の試料を集める。日帰りの予定で、真壁をリーダーとする三人へ任せたいという話だった。
大河は地図へ目を落とした。印がついているのは、階段やボスの場所ではない。細い流れが通路を横切るところや、岩の下に水が溜まっている場所だった。
「俺たちは、調べてる間に魔物を近づけないようにするんですね」
「うん。移動中も含めて、二人に無事に帰ってもらう。今日は、その仕事へ参加する気があるかを聞きたかった」
真壁が答えた。大河はもう一度、資料を見る。討伐した魔物を売るために潜ることと、護衛の報酬をもらって潜ることは、少し違って思えた。
「調査する人たちって、魔物とは戦えないんですか?」
「自衛の装備は持ってくる。ただ、戦闘は僕らへ任せてもらう。器具を使っている間、すぐに走れないこともあるからね」
「じゃあ、こっちが避けたら、後ろにいる人へ行くかもしれないんですね」
高尾では、攻撃を避けて距離を取れば、その間に考える時間を作れた。今度は自分が離れた先にも、守る相手がいる。大河は地図の印と、そこへ続く道を見比べた。
三枝が資料をめくり、調査場所の写真を見せる。
「だから、作業する場所と、私たちが立つ場所を先に決めるの。必要なら、水を取る前に周りの魔物を片づける。来てから全部何とかしよう、とはしないよ」
「なるほど。……ここ、奥にも道がありますね。前だけ見てたら、向こうから来そうです」
「そう。現地でも確かめるけど、こっちも見張る必要がある」
大河は写真へ顔を近づけた。戦いやすい場所まで魔物を引き寄せることは、これまでもやってきた。今度は調査員がいる場所を考えながら、それを決めるらしい。
「やってみたいです。ただ、初めてなんで、二人がどこにいてほしいかは、先に聞いておきたいです。自分の判断だけで、遠くまで追わないようにします」
「それでいいよ。判断に迷ったら呼んで。天草君を入れるのは、荷物を運んでほしいからだけじゃないからね」
真壁に言われ、大河は顔を上げた。三枝も笑い、机の下に置いた自分の鞄を指す。
「器具は私たちも分けて持てるし、調査員さんが手元に置きたい物もあるから。全部しまって、出すたびに天草君を呼ぶのも大変でしょ」
「確かに。俺が戦ってる時に、瓶を出してって言われても困りますね」
「そういうこと。お願いする分は、先に分けておこう」
大河は頷いた。便利なスキルは役に立つ。それでも、自分がいないと何も取り出せなくなったら、かえって仕事を止めることもあるらしい。
説明を聞くうちに、資料へ書き込むことが増えていった。移動する順番。作業中に見る方向。休憩場所と、調査を切り上げる時間。報酬や費用、三人での分配についても確かめ、大河は参加すると返事をした。
「配信は、できますか?」
「今回は依頼元の了承をもらっている。ただし、調査内容によって撮影を止める場面がある。現地でも確認してほしい」
「分かりました。止める時は、ちゃんと止めます。ずっと映せる前提で話さないようにしますね」
榊は頷き、必要な連絡はまとめて送ると言った。大河は予定をスマートフォンへ入れる。次に潜る日は、もう自分だけの予定ではなかった。
*
依頼の日、大河が管理所前へ着くと、真壁たちは二人の調査員と話していた。
一人は四十代ほどの男性で、もう一人は若い女性だった。二人とも探索用の服を着ているが、足元には剣や槍の代わりに、取っ手のついた硬いケースが並んでいる。
「おはようございます。今日、ご一緒する天草です。よろしくお願いします」
大河が頭を下げると、男性が笑って挨拶を返した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。少し待ってもらう作業が多いと思いますが」
「大丈夫です。今日は、その間を見るために来たんで」
答えてから、ケースへ目を向けた。蓋の開いた一つには、仕切りに沿って瓶が収められている。女性の調査員は一本ずつ確かめ、貼られたラベルを指でなぞっていた。
「これ、全部、別のところの水を入れるんですか?」
「そうです。同じ場所でも、取り方を変えて何本か。土や底に溜まった物も持ち帰ります」
「……結構あるんですね。俺、水を入れたらすぐ終わるのかと思ってました」
「よく言われます。だから、先にそうお伝えしておこうと思って」
女性が笑い、大河も笑った。器具を置いて、取り出して、確かめてから使う。二人の準備を見ているだけでも、魔物を倒して通り過ぎる時とは違う時間がかかると分かった。
収納を任されたケースを受け取り、ほかの荷物と分けて《アイテムボックス》へ入れる。調査員が自分で持つ物も確かめてから、大河は真壁へ顔を向けた。
「準備できました。俺、移動中は右側でいいですか?」
「うん。狭いところでは順番を変えるから、その都度声をかける。二人が離れずについてこられているかも、見ておいて」
「はい。分かりました」
配信を始めると、さっそくコメントが流れてきた。大河は今日が調査の護衛であることと、途中で撮影を止める場合があることを伝える。調査員たちは作業の確認を続け、真壁が最後に全員の顔を見た。
【今日はお仕事か】
【攻略配信とは違う感じだな】
【瓶割るなよ】
【ちゃんと守って帰れよ】
「はい。今日はボスを倒す日じゃないです。五人で入って、五人で帰ります。調べたい物も、ちゃんと持って帰れるようにですね」
大河はそう答え、ドローンを後ろへ移した。調査員の一人がケースの留め具を締め、立ち上がる。
入口へ向かう五人の足音は、それぞれ少しずつ違っていた。
大河は隣を歩く調査員の速さを確かめ、自分も歩調を落とした。剣の柄へ触れながら、前を行く真壁と、その先の暗がりを見る。
今日は、自分が進みたいところまで走る日ではない。
それでも、初めて任された仕事を思うと、背筋が伸びた。




