三人で戦う
「右、空けて!」
真壁の声に、大河は踏み出しかけた足を止めた。
コボルトの剣が振り下ろされる。真壁は槍で受け流しながら横へ動き、もう一体を穂先で牽制した。大河が入ろうとしていた場所を、長い柄が通り過ぎる。
斬れると思った胴は、もう向こうへ離れていた。
「天草君、そのまま左から!」
「はいっ!」
大河は真壁の反対側へ回り、こちらへ向き直ろうとしたコボルトへ剣を振った。魔力刃が脇腹へ入り、相手が崩れる。追ってきたもう一体には、真壁の槍が突き込まれていた。
二体が動かなくなるまで確かめ、大河は剣を下げた。真壁が周囲を見渡し、後ろの三枝へ声をかける。
「大丈夫?」
「こっちは何も来てないよ」
大河も二人の間へ戻った。府中ダンジョンの三階層。入口からここまでは順調だったが、二人で同じ相手へ向かった途端、思っていた場所へ入れなくなった。
「すみません。今、槍のところに入りかけました」
「止まってくれたから大丈夫。怪我はない?」
「ないです。……相手の剣が外れたんで、斬れると思ったんですけど」
「うん、隙はあったよ。ただ、俺もそこへ動くつもりだった」
真壁は槍を少し持ち上げた。大河の剣より長く、敵の向こう側まで届く。その穂先を避けても、身体の近くでは柄が動いていた。
【二人とも同じ隙狙ったか】
【槍は柄も動くからな】
【一人なら入ってたところだろうな】
大河は画面へ一度目を向け、すぐに真壁へ戻した。言われてみれば、そのとおりだった。魔物だけを見ていると、味方が次に動く場所まで見落とす。
「次、右から入る時は先に言います。真壁さんが動く方へ、俺も行こうとしてたんで」
「そうしてくれると助かる。俺も、槍を振る時は声を出すよ」
三枝が通路の奥を見ている間に、二人で魔石を回収した。大河が収納を引き受けると、真壁は礼を言って槍を持ち直す。誰が何をしているかを確かめることが、戦いのあとにも続いていた。
*
次の集団を倒すまでにも、一度、声が重なった。
大河が前へ出ると言うのと、三枝が魔法を放つと告げたのが同時だった。大河は足を止め、三枝も撃たなかった。その間は真壁が敵を近づけず、三人が落ち着いてから攻撃を再開した。
誰も怪我をしていない。それでも、魔物を前にして、二人で譲り合ったことが妙に気恥ずかしかった。
「俺、もう少し早く言った方がいいですね。動くつもりになってから、声が出てました」
「私も、天草君が前へ出たそうなのは見えてたんだけどね。どっちの敵へ行くか、聞けばよかった」
戦闘を終えてから三枝が答え、二人で苦笑する。真壁は回収する魔物を指し示してから、大河へ顔を向けた。
「急いで直そうとしなくていいよ。今の敵なら、話すくらいの時間は作れる。何をしたいか、教えて」
「……分かりました。俺も、黙って止まらないようにします」
大河は剣へ目を落とした。相手へ近づく速さも、刃の威力も変わっていない。なのに、一人で戦っていた時より、動き出すのが遅くなっている。
五階層まで進み、通路が広がった場所で三体のコボルトと出会った。二体が盾を構え、その後ろに槍持ちがいる。大河は《鑑定》で確かめてから、真壁の右側へ立った。
「俺、右の盾持ちを狙います。外側から入ってもいいですか?」
「いいよ。左と槍は、こっちで見る」
「私は後ろの槍持ちを狙うね。撃つ時に言うから、そのまま右側でお願い」
大河は頷き、全身へ魔力を循環させた。淡いオーラが身体を包む。雷へ変える前に、真壁が前へ出た。
コボルトの槍が伸びる。それを真壁の穂先が弾き、盾持ちが剣を振ると、長い柄で押し返した。大河は右側から近づいたが、相手の盾はまだこちらを向いている。
一人なら、盾を引くか、蹴って崩していた。
真壁の槍が、その盾の上から突き込まれた。
「今、右!」
「行きます!」
持ち上がった盾の下へ、大河は魔力刃を走らせた。胴へ深く入り、コボルトの膝が落ちる。剣を引きながら相手の腕を見たが、もう刃を返す力は残っていなかった。
「後ろ、撃つよ!」
三枝の声が聞こえた。大河は中央へ向かわず、右側で構え直す。短い詠唱のあと、炎の塊が二人の間を抜け、槍持ちの胸へぶつかった。
残った盾持ちがそちらへ顔を向ける。真壁の槍は、その隙に首元へ入っていた。
大河は剣を握ったまま、倒れた三体を見た。
自分が盾を動かす必要はなかった。斬れる場所を作ってくれた人がいて、後ろの槍まで近づく前に、別の人が攻撃していた。
「……今の、すごいですね」
「大丈夫だった? 炎、近くなかった?」
「はい。ちゃんと見えました。俺が真ん中に行かなければ、あそこを通るんですね」
三枝へ答えてから、真壁を見る。相手は槍についた血を払い、大河へ笑いかけた。
「今みたいに、俺が隙を作ったら使ってくれればいい。全部、自分で崩さなくても大丈夫だから」
「はい。……もう一回、同じ感じでやってみたいです。今の、入るところが分かりました」
【急に嬉しそうになった】
【斬る場所作ってもらえたな】
【後ろの槍を見ながら一人で崩さなくていいんだもんな】
【初めて連携決まった顔してる】
コメントを読んだ大河は、少し照れたように笑った。真壁も三枝も、次の敵を探して急ぐ様子はない。大河は二人と魔石を回収しながら、さっき槍が入った場所をもう一度尋ねた。
*
八階層へ着いた頃には、声をかけることにも少し慣れていた。
大河が右へ動けば、真壁は左を広く使う。三枝が狙う相手を告げたら、そこへ向かうのをやめる。まだ毎回うまくはいかないが、止まったまま迷う時間は減っていた。
岩の張り出しを回った先に、棍棒を持ったオーガが二体いた。互いに少し離れ、こちらを見つけると同時に唸り始める。大河は《鑑定》を使い、左右へ目を動かした。
【オーガ】
【レベル:56】
【オーガ】
【レベル:57】
高尾の最奥で戦った相手とは違う。攻撃を受ければ怪我はするが、一体なら自分で戦える。大河は右のオーガを指した。
「真壁さん、右の一体、俺が引き受けます。左をお願いしてもいいですか?」
「分かった。離れすぎないで。三枝さん、まず左からいこう」
「了解。右がこっちへ来たら、教えてね」
「はい。行きます!」
大河は雷を全身へ循環させ、右へ走った。スパークが弾け、オーガの顔がこちらを追う。棍棒を振り上げたのを見て足を緩め、その一撃を横へかわした。
地面が砕ける。大河は剣を腕へ走らせ、返ってくる拳から離れた。刃は通ったが、相手はまだ立っている。
「こっちだ。お前の相手は、俺だろ!」
オーガが吠え、大河へ向き直った。すぐ隣では、真壁の槍がもう一体の胸を突いている。大河はそちらへ手を出さず、自分を追ってくる棍棒を見た。
高尾なら、二体ともこちらへ来ていた。
今日は、一体を見ていられる。
大河は振り下ろされた棍棒を避け、相手の脚へ蹴りを入れた。身体が傾くところへ踏み込み、脇腹を斬る。追いかけたい気持ちを抑えて足を動かすと、血のついた拳が目の前を通った。
「っ、まだ振るよな……!」
藤堂と剣を合わせた時のことが頭をよぎった。刃を戻しながら相手の横へ抜け、構え直す。オーガは傷ついた腕を上げ、大河を殴ろうとした。
「左、倒した!」
真壁の声がした。大河は一度だけ隣を見てから、目の前のオーガへ戻す。
「こっちは、もう少しです!」
「そのまま見てて。俺が入る!」
横から伸びた槍が、棍棒を持つ腕へ突き刺さった。オーガがそちらへ身体を向け、持ち上げかけた腕が外へ流れる。大河の前で、胴が大きく空いた。
相談する前に、足が動いていた。
「そこだっ!」
魔力刃を胸へ突き込み、すぐに引く。オーガが膝をつくと、真壁も槍を抜いて離れた。巨体は前へ倒れ、重い音が岩壁へ響いた。
大河は相手が動かなくなるまで待ち、雷を解いた。隣には真壁がいる。後ろからは、三枝が周囲に目を配りながら近づいてきた。
「二人とも、怪我は?」
「大丈夫。天草君は?」
「俺もないです。……ありがとうございます。最後、すごく斬りやすかったです」
「こっちも助かったよ。一体、ちゃんと引き受けてくれてたから」
真壁が答え、大河は倒れたオーガを見た。一人でも倒せたと思う。それでも、最後まで一人で倒す必要はなかった。
【今のよかった】
【二体を分けて、終わった方が加わったな】
【TAIGAもちゃんと声出してる】
【雷で味方置いていかなかった】
「俺だけ遠くに行ったら、一緒に来た意味なくなるんで。……でも、速く動きながら合わせるの、結構難しいですね」
「最初から全部合わせようとしなくていいよ。今日は、どのくらい動く人か分かっただけでも、次が楽になるから」
三枝の言葉に、大河は頷いた。自分も、二人がどこから攻撃するのか、少し分かるようになっている。魔石を回収するためにしゃがむと、真壁が自然に通路へ身体を向けた。
大河は一度その背中を見てから、手元の作業へ戻った。
*
予定していた時間になり、三人は来た道を戻った。
もう少し進めそうだという気持ちはあったが、今日は途中までの往復だ。帰りにも魔物と戦い、入口へ戻った頃には、三枝の魔法を見るだけで、どちらへ動けば邪魔にならないか考えられるようになっていた。
外へ出て、配信へ帰還を伝える。今日は誰もポーションを飲んでいない。大河が二人へお礼を言うと、コメント欄にはまた三人で見たいという言葉が流れた。
「はい。俺も、また一緒に行きたいです。次はもう少し、二人が戦いやすいように動けたらと思います。今日は、ありがとうございました」
配信を切ると、急に腹が鳴った。
大河が自分の腹へ目を落とす。隣で三枝が笑い、真壁は管理所の先に並ぶ店へ顔を向けた。
「何か食べて帰ろうか。近くに、量を出してくれる店があるんだけど」
「行きたいです。……俺、結構食べますけど、大丈夫ですか?」
「知ってる。配信で見たから」
「それ、みんなに言われるんですよね」
三人で笑いながら、食堂へ入った。荷物を邪魔にならない場所へまとめ、席へ座る。真壁は迷わず定食を頼んだが、大河と三枝はしばらく献立を見比べていた。
料理を待つ間、真壁が水を飲み、大河へ尋ねる。
「一緒に潜ってみて、どうだった?」
「最初、全然うまく動けなかったですね。斬れると思うと真壁さんもそこにいて、避けようとすると、後ろから魔法が来る場所だったりして」
「私も、天草君があんなに速く入れるの、近くで見るとびっくりしたよ。狙ってた敵が、もう倒れてる時もあったし」
「すみません。それも、先に言わないとですね」
「ううん。次は私も、それを見て狙いを変えられるから」
大河は顔を上げた。教わるのは自分だけだと思っていたが、二人も、自分に合わせて動いてくれていたらしい。今日の戦闘を思い返すと、途中から待ってくれるようになった槍や、撃つ相手を変えた魔法にも、心当たりがあった。
「……戦ってる途中で、誰かに任せられるのって、こんな感じなんですね。最後のオーガ、左を気にしなくてよかったの、かなり助かりました」
「そのために一緒に行ってるんだから。こっちも、右は天草君が見てくれてると思ってたよ」
真壁に言われ、大河は嬉しそうに頷いた。自分が助けてもらっただけではない。二人も、自分がいるつもりで戦ってくれていた。
運ばれてきた定食を前に、三枝が箸を取る。
「じゃあ、次に行く時も右、お願いしようかな」
「はい。……あ、でも、槍を振るところは、また教えてください。あれはまだ、何回か間違えそうなんで」
「分かった。こっちも声を出すよ」
大河は手を合わせ、揚げたての唐揚げへ箸を伸ばした。最初の一口は熱く、慌てて水を飲む。その様子に三枝が笑い、真壁も自分の皿へ箸を伸ばした。
一人で帰っていたら、今日のことを聞くのは次に会った時だった。
今は、食べながら続きを話せる。
「真壁さん。あの時、盾の上から槍を入れてくれたじゃないですか。あれ、俺が右にいたからですか?」
「そう。天草君なら、下が空けば斬れると思ったから」
「……やっぱり。俺、すごい入りやすかったんですよ。次も、ああいうのやってみたいです」
「まず飲み込んでからね」
三枝に言われ、大河は口を閉じた。二人が笑い出し、大河も食べ終えてから笑った。
次は、もう少しうまく合わせたい。
そう思いながら、大河はまた、今日の戦闘について尋ねた。




