一人ではない探索
契約書の最後へ名前を書き、大河はペンを置いた。
会費や依頼の扱いは、先ほど聞いた説明と同じだった。共同探索の予定は引き受ける前に相談できる。個人の活動についても確かめ終え、榊へ書類を返すと、向かいから右手が差し出された。
「ようこそ、《道標》へ。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。……なんか、急に緊張してきました」
握手を交わしてから、大河は小さく笑った。訓練場で剣を構えていた時には、もう一度やりたいとしか思っていなかった。名前を書き終えると、初めて所属する場所ができたことを、ようやく実感した。
隣に座っていた藤堂が、机へ置かれた書類を見る。
「これで、次からは訓練場の予約も取れるな」
「はい。今日やったところ、ちゃんと練習してから、またお願いしたいです。今度は一回くらい当てたいんで」
「そこは譲るつもりないんだけどな」
藤堂が笑う。大河も笑って返したが、一回くらいという言葉を引っ込めるつもりはなかった。手加減してもらっても届かなかった剣を、次はもう少し近くまで運びたかった。
榊は二人のやり取りが終わるのを待ち、別の資料を取り出した。
「共同探索にも興味がある、と言っていたね。まずは、日帰りの探索へ参加してみないかな」
「もう行けるんですか?」
「日程と相手が合えば。ただ、最初から難しい依頼を任せるつもりはありません。ほかの探索者と動くことに慣れてもらいたい」
大河は資料へ顔を寄せた。Eランクのダンジョンで、今回は途中の階層までを往復する予定らしい。最深部の攻略ではなく、魔石と素材の回収を兼ねた探索だった。
「高尾とは違って、ボスまでは行かないんですね」
「今回はね。どこまで進むかも、同行する人と決めてください。君一人なら進める場所でも、全員で帰るために止まることがあります」
「分かりました。そこも含めて、教わりたいです。俺、自分が避ける場所しか考えてなかったんで」
高尾では、魔物と壁と、逃げるための道を見ていた。そこへ仲間が加わると、どこへ動けばいいのだろう。さっき藤堂と剣を合わせたばかりなのに、また試してみたいことができていた。
藤堂が資料を覗き、榊へ顔を向けた。
「真壁たちですか?」
「ああ。都合を確認して、三人で行ってもらおうと思っている」
「なら、最初にちゃんと話しておいた方がいいな。こいつ、一回教えると、すぐ試したくなるんで」
「俺、そんな分かりやすかったですか?」
「何本やるつもりだったんだよ、さっき」
大河は言い返せず、苦笑した。榊も笑ってから、同行予定者の名前を示す。Cランクの真壁と、Dランクの三枝。どちらも《道標》で活動している探索者だという。
「先方にも確認してから連絡します。配信をするなら、その点も含めて」
「お願いします。俺の方は、予定を合わせられます」
大河はスマートフォンへ名前を控えた。一人で行く時なら、決めるのは場所と日程だけだった。今度は、誰と行くかも予定に入る。
帰る前に訓練場の利用方法を教わり、受付でも改めて挨拶をした。外へ出ると、入ってきた時より空が暗くなっている。見学と面談のつもりで来たのに、脚には稽古の疲れが残り、スマートフォンには新しい連絡先が増えていた。
「今日は、ありがとうございました。藤堂さんも、時間取ってもらって」
「またな。次に潜った時も、斬ったあとまで相手を見とけよ」
「はい。……忘れてたら、配信で分かりますね」
「分かるよ」
即答され、大河は笑った。見られていると思うと少し気恥ずかしい。それでも、次はできたところも見てもらいたかった。
*
【生きてた】
【おかえり】
【ちゃんと休んだか?】
【背景が洞窟じゃない】
「こんばんは。ちゃんと休んでましたよ。風呂も入りましたし、洗濯も終わってます。今日は魔物、出ません」
大河は机の向こうに置いたドローンへ手を振った。画面に映るのは、自分と部屋の壁だ。配信を始める前に、住所が分かる物や私物が映り込まないよう、位置を確かめてある。
久しぶりに流れてくるコメントを読んでいると、高尾で食事をしていた時のような気分になった。違うのは、床が平らで、横に自分のベッドがあることだった。
【今日は家の椅子か】
【椅子の兄ちゃん帰宅編】
【十日間お疲れ】
【最後の戦闘また見たぞ】
「ありがとうございます。俺も見直しましたけど、蹴られたところは、もう一回見るのちょっと嫌でしたね。あの時は、見てる皆さんの方が怖かったかもしれないです」
【怖かったわ】
【立てって叫んだ】
【転がってくれてよかった】
【傷はもう平気?】
「はい。今は痛むところもないです。だからって、すぐ次に潜ってたわけじゃないですよ。寝て、食べて、装備も買い直してました」
大河は手の届くところへ用意していた防具を持ち上げた。灰色と黒を基調にした軽量型で、胸を覆う部分をカメラへ向ける。肩や腕の装備も順に見せると、コメントの流れが速くなった。
【お、新品】
【前のやつ最後きつそうだったもんな】
【ちゃんと防具に金使ってて安心】
【ブーツはそのまま?】
「ブーツと手甲は、そのまま使います。せっかく取れた装備ですし、合わせて動けるのも確かめてきたんで。あと、寝る時のマットを、ちょっといいやつにしました」
【そこ大事】
【十日寝た人の買い物】
【次も長く潜る気だな?】
「毎回十日は、さすがに大変ですよ。飯も増やしましたけど、それは途中で選べた方が嬉しいからです。同じ物ばっかりだと、地上で食べたい物が増えるんで」
防具を脇へ置きながら答える。温かい物を食べられるだけでも助かったが、帰ってからの食事は、やはり嬉しかった。今日は何を食べたのかと聞かれ、大河が答えているうちに、コメント欄でも夕食の話が始まった。
少し落ち着いたところで、大河は机へ両手を置いた。
「それと、今日は一つ報告があります。俺、ギルドに入りました。《道標》っていうところです」
【おお!?】
【ついに所属か】
【やっぱ声かかったんだな】
【ソロやめるの?】
「ソロは続けます。配信も、今までどおりやりますよ。ただ、一緒に潜ったり、訓練したりできる相手がいた方が、もっといろいろ覚えられると思ったんで」
コメントへ目を通してから、大河は今日のことを話した。所属しているBランク探索者が配信を見て、ギルドマスターへ推薦してくれたこと。面談で条件を確かめ、訓練場も見せてもらったこと。
藤堂や榊との会話を、何でもそのまま話すつもりはなかった。それでも、戦い方を見て声をかけてもらえたことは、少し自慢したかった。
「強かったって言われるのも嬉しいんですけど。あそこで何を考えたか、とか、戦ってる途中で変えたところまで見てくれてたんですよ。……ちゃんと見てる人って、分かるんですね」
【嬉しそう】
【よかったじゃん】
【自分から説明する前に分かってもらえるの嬉しいよな】
【訓練場では何した?】
「剣、合わせてもらいました。雷とか飛斬は使わずに、まず普通に動くところからですね」
【Bランクと?】
【どうだった】
【一本取れた?】
「一回も当たらなかったです」
言ってから、大河は悔しさを思い出して笑った。コメント欄には驚く声と、そりゃそうだという声が混ざっている。
【Bランクつええ】
【高尾一人で抜けたやつが一回もか】
【雷なしでも基礎は高いだろうにな】
【でも楽しそうだな、お前】
「いや、悔しいですよ。ちょっとはいけると思ったんで。でも、何回やっても違うところで止められるんですよ。自分が見てなかったところが、あんなにあると思わなかったです」
【また強いやつ見つけて喜んでる】
【いつものTAIGAだった】
【帰っても戦ってて草】
「稽古ですって。危ないことをしに行ったわけじゃないですよ。休憩もしましたし、ちゃんと途中で終わりました」
【途中で終わらされたのでは】
【もう一本って何回言った?】
【言ってそう】
大河は画面から目を離し、水を飲んだ。戻ってきたコメント欄には、答えろという文字が並んでいる。
「……数えてないです。そこは、これから気をつけます」
【図星】
【指導する人頑張ってくれ】
【いい所見つかってよかったな】
大河は頷いた。今日は、できなかったことがいくつも増えた。それを次に教わりに行ける場所があると思うと、悔しさだけでは終わらなかった。
「はい。いい所だと思います。次に潜る時、今日教わったことが使えたら、また見てください」
*
初めての共同探索は、その二日後に決まった。
待ち合わせ場所へ着くと、槍を収めたケースを持つ男性と、大きなリュックを背負った女性がいた。大河が名前を伝えると、男性は腕時計から顔を上げ、片手を上げる。
「真壁です。今日はよろしく。亮介から、話は聞いてるよ」
「三枝です。高尾、お疲れさま。今日は三十階まで行かないから、安心してね」
「天草大河です。よろしくお願いします。……俺、毎回あそこまで潜りたいわけじゃないですよ」
笑いながら返すと、真壁も笑った。二人とも、大河が一人で来たことや、荷物が少ないことに驚く様子はない。先に話を聞いているからだろう。
近くの空いた場所へ移り、三人で今日の予定を確かめた。真壁が前で魔物を受け、大河はその横から攻撃する。三枝は後ろから魔法を使うという。
「まず、俺が止めた相手を狙って。倒せそうだからって、奥のやつを一人で追わないこと。前へ出たい時は、声をかけてくれる?」
「はい。後ろの魔法がどこへ飛ぶか、まだ分からないんで、俺も先に確認したいです」
「こっちからも声を出すよ。合図を聞いても、避ける方が危なかったら無理に動かないで。私が撃つのをやめるから」
三枝の言葉を聞き、大河は頷いた。自分が動くだけではなく、後ろの人が攻撃を止めることもある。その相談を、魔物と出会う前にしている。
引き返す時間と、休憩の取り方も確かめた。配信については、二人とも了承してくれている。ただし、公開していないスキルや詳しい数値には触れない。大河も同じだと伝えると、それでいいと返ってきた。
ドローンを起動すると、待っていたようにコメントが流れ始めた。
【今日は早い】
【新しい防具だ】
【隣に人がいる!】
【初パーティ配信?】
「おはようございます。今日は《道標》の真壁さん、三枝さんと一緒です。俺、パーティで潜るのは初めてなんで、まずは二人に教わりながらですね」
真壁と三枝も、カメラへ短く挨拶をした。紹介を終えると、真壁が入口へ目を向ける。大河もそちらへ身体を向けたが、すぐに歩き出すことはなかった。
いつもなら、自分で進む道を決めていた。今日は前に立つ人がいて、後ろから声をかけてくれる人もいる。二人の位置を確かめてから、大河は剣の柄へ手を添えた。
「じゃあ、行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
真壁に続き、大河はダンジョンの入口をくぐった。すぐ後ろから、三枝の足音がついてくる。
その音を聞きながら、大河は歩調を合わせた。




