もう一本
大河の剣は、藤堂の肩へ届かなかった。
踏み込んだ時には、斬れると思った。ところが、向かいの剣がこちらの刃へ触れ、横へ滑らせてくる。大河が握り直すより先に、藤堂の切っ先が胸の前で止まった。
「一本」
「……もうですか?」
「もうだよ。今、自分の剣を戻そうとしただろ。その間に、こっちは突ける」
胸元から剣が離れる。大河は自分の手元を見てから、藤堂へ顔を戻した。強く弾かれたわけでも、力で押し込まれたわけでもない。それなのに、振ろうとしていた場所から剣を外されていた。
「もう一回、お願いします。今度は、ちゃんと見ます」
「いいよ。何本かやってみよう」
大河は距離を取り、剣を構えた。藤堂の足と肩を見る。さっきと同じように踏み込むつもりはなかったが、向こうから来るのを待つだけにもしたくなかった。
肩へ向けて振りかぶり、途中で狙いを胴へ変える。藤堂はわずかに下がった。剣先が服の手前を通り、大河は空振りした刃を引き戻そうとする。
右の肩へ、軽い衝撃が来た。
「二本」
「っ……今のも、届かないのか」
藤堂はもう剣を下げていた。大河は肩へ触れ、相手との距離を見直す。あと少し踏み込めば当たったように思えるが、その少しを近づいた分、今の一撃も深く入っていたはずだった。
次はすぐに追わず、剣を戻してから動いた。藤堂の攻撃を避け、横へ回ろうとする。けれど、向こうもこちらへ身体を向けたまま動き、狙いたかった脇は空かなかった。
何度か剣を合わせるうちに、大河の息が弾んできた。一度は相手の剣を押さえられたが、そこから先へ進もうとすると、また胸元へ切っ先が来る。大河は足を止め、悔しそうに口を結んだ。
「……全然、当たらないですね」
「そう簡単に当てられたら、俺が困るよ」
「それは、そうなんですけど。一回くらい、いけると思ったんで」
壁際で見ていた探索者が笑った。藤堂も笑っていたが、大河は自分の剣へ目を落とした。魔力刃も雷もない。それでも、ここまで触れられないとは思っていなかった。
「何か、おかしいところありますか。振り方とか、足とか」
「ある。でも、一度に全部は直さなくていい。まず、一本当てたあとも、相手が動くと思ってくれ」
「……当たってないですけど」
「当てようとしたあと、だな」
藤堂が剣を持ち上げる。大河も構えようとしたが、相手はその場から動かなかった。
「ゆっくりでいい。俺の肩へ振ってみて」
言われたとおりに剣を動かすと、藤堂は身体をずらしながら受けた。大河の刃が肩の横へ流れる。そのまま剣を戻そうとしたところで、藤堂の左手が、大河の胸へ添えられた。
「ここで、俺が押したら?」
軽く押され、大河は一歩下がった。足を踏み直す間にも、藤堂の剣はこちらを向いている。
「剣を戻す方へ、気が行ってました」
「うん。ちゃんと構え直そうとしてるのは分かる。でも、相手の前で待っててもらえるわけじゃないからな。剣を戻しながら、自分も離れたり、向きを変えたりできるといい」
大河はさっき立っていた場所へ戻った。振った剣を引きながら、足も動かしてみる。慌てると脚がもつれそうになり、思っていたより窮屈だった。
「……これ、雷を使ってる時も、同じことしてたのかな」
「速く動ける分、間に合ってた場面はあると思う。だからって、雷を使うのが悪いわけじゃないぞ。君の武器なんだから。ただ、速くできるなら、その速さをもう少しうまく使える」
藤堂は剣を下げ、大河が動くのを待った。一度振って、離れる。今度は横へ動きながら戻す。何もしてこない相手の前でも、考えて動くと足が止まりかけた。
「高尾で、あのオークに蹴られたところも、ここですね」
「そうだな。斬ったあと、どうするか。逃げるにしても、続けて攻めるにしても、そこまで動けるようにしたい」
「じゃあ、次はそこを見てください。剣を当てる方ばっかり考えてました」
大河は藤堂へ向き直った。今度は、一本取ることだけを考えずに踏み込む。剣を受けられると同時に、横へ足を動かした。
脇腹の前へ、藤堂の剣が伸びる。
大河は思わず身体を引いた。切っ先が服へ触れ、そこで止まる。危うく息を止めていたことに気づき、大きく吐いた。
「……動いた先にも、来ますか」
「こっちも、当てたいからね」
「ですよね。分かってるんですけど、ちょっとは待ってほしくなります」
藤堂が声を出して笑った。大河も苦笑したが、剣は下げなかった。足を動かせば終わりではない。その先にも相手がいるところは、魔物と戦う時と同じだった。
「もう一本、お願いします」
*
水を飲むと、思っていたより喉が渇いていた。
大河は壁際の長椅子へ腰を下ろし、剣を横へ置いた。何本やったか、途中から数えていない。藤堂は手加減してくれているのに、一度も当てられなかった。
「休めって言われなかったら、まだ続けてたな」
隣へ来た藤堂に言われ、大河はボトルを持ったまま顔を上げた。
「もう少しで、何か分かりそうだったんです。……たぶん、ずっと同じこと言いそうですけど」
「そういう顔してたよ。今日は見学に来たんだから、倒れるまでやるなよ」
「そこまでは、やらないです。でも、悔しいですね。何回かは当たりそうだと思ったのに」
「その何回か、最初よりよかった」
大河はボトルの蓋を閉めた。藤堂は床の方へ目を向け、自分たちが立っていた場所を指す。
「最初は、外された剣を見てた。途中から、俺を見たまま動くようになっただろ。そこは変わってる」
「……当たらないのばっかり、気になってました」
「当てたいのは分かるよ。でも、それだけ見てると、できるようになったことまで見落とすからな」
大河は床へ目を戻した。何度も胸元で止まった剣の方は、よく覚えている。そこへ届くまでに、自分がどう動いていたかも思い返してみた。
最初と最後で、何も変わらなかったわけではない。
「一人で練習してると、今のがよかったかどうか、自分で決めるしかないんですよね。魔物を倒せたら、できたつもりにもなりますし」
「相手がいれば、自分じゃ気づかないこともある。俺も、ほかのやつとやるよ」
「藤堂さんもですか?」
「そりゃやるよ。俺だって、まだ強くなりたいからな」
大河は少し驚いてから、笑った。Bランクになれば、教える方に回るのだと思っていた。けれど、藤堂も自分と同じように、ここで剣を握るらしい。
それが分かると、隣へ座っている相手が、少し近く感じられた。
「……俺、また来たいです。今日やったところ、忘れる前にもう一回やりたいんで」
「まず、今日の分を持って帰ってくれ。帰り道まで素振りするなよ」
「それはしませんって。家でも、机があるんで」
「机がなかったら、やるつもりだな?」
大河が答えに詰まると、藤堂は笑いながら立ち上がった。壁際にいた榊も、二人のところへ歩いてくる。大河は慌てて立とうとしたが、そのままでいいと手で示された。
「どうだった?」
「来てよかったです。……正直、こんなに当たらないとは思ってなかったですけど」
「亮介は、人を相手にするのも慣れているからね。今日だけで追いつかれたら、本人も落ち込むと思うよ」
「それは本当に落ち込みますね」
藤堂が真顔で頷き、大河は笑った。剣を合わせている間は、どうすれば届くかばかり考えていた。今なら、教えるために止めてくれていた剣が、いくつもあったことも分かる。
大河は膝の上で、両手を握った。
「榊さん。俺、ここで教わりたいです。藤堂さんだけじゃなくて、ほかの人とも練習してみたいですし、一緒に潜る時にどう動くのかも、知りたいです」
榊が静かに頷いた。大河は、言葉を続けた。
「一人で潜るのも、配信も続けたいです。それはさっき話したとおりなんですけど。……所属させてもらう方向で、ちゃんと話を進めたいです」
「分かりました。では、事務所へ戻って、契約の内容を確認しましょう。気になるところは、遠慮なく聞いてください」
「はい。よろしくお願いします」
大河は頭を下げた。すぐ隣で藤堂が、嬉しそうに笑っている。
「また飯の時間に配信を開く相手が増えたな」
「戦ってるところも、見てくださいよ。今日のこと、ちゃんと使えるようにするんで」
「期待してる。でも、昼飯は抜くなよ」
「そこは、抜かないです」
立ち上がると、脚に心地よい疲れがあった。大河は借りた剣を手に取り、棚へ戻す前に、もう一度だけ柄を握り直した。さっきまで当てられなかった相手が、今は横で待っている。
一人で高尾を攻略しても、教わることはまだ、こんなにあった。
次に潜る時には、今日よりうまく動きたい。そう思いながら、大河は剣を棚へ戻した。




