六十の探索者
壁の向こうから、いくつもの足音が聞こえていた。
大河は欠けた石柱の陰で足を止め、奥を覗いた。通路の先は大きく開けている。天井近くまで残る柱の間に、斧や棍棒を持ったオークが集まり、その後ろでは槍の穂先が動いていた。
「……こっちもいるのか。反対の道が繋がってれば、わざわざここを通らなくて済んだんですけどね」
【また集まってる】
【さっきの行き止まりが痛いな】
【奥にもいるぞ】
【一回戻って考えよう】
大河は頷き、魔物に気づかれる前に引き返した。曲がり角を二つ戻ったところで、スマートフォンの地図を開く。調べた道を指で辿っても、まだ確かめていないのは、今見てきた区画の向こうだけだった。
高尾へ入って九日目。現在地は、二十八階層だった。
二十五階層のボスを倒した翌日は、二十六階層で何度も道を戻ることになった。下り階段へ辿り着いた頃にはかなり時間を使っており、二十七階層では安全エリアを探すだけで、その日の探索を終えている。
今いる二十八階層にも、素直に下りてこられたわけではない。朝から二十七階層の残りを調べ、ようやく見つけた階段を下りた先で、また分岐が続いていた。
「昨日から、倒した魔物より行き止まりの方が印象に残ってるんですよ。そろそろ階段を見つけた時に、宝箱が出てもいいと思うんですけど」
【迷路攻略報酬】
【欲しくなるのは分かる】
【昨日同じ柱三回見たもんな】
【戦闘狂も迷路には勝てない】
「戦闘狂じゃないですって。戦って進めるならまだ分かりやすいですけど、壁を倒しても道があるとは限らないでしょう」
苦笑しながら画面を閉じ、大河は通路の幅を確かめた。二体が並んで歩くには狭いが、一体しか通れないほどではない。今いる場所からさらに戻れば、左右へ動ける広さのある区画もあった。
集まっていた魔物すべてを、あの場で相手にする必要はない。こちらへ追わせれば、一度に攻撃してくる数を減らせる。
「少しずつ引っ張ります。奥まで走って囲まれるのは嫌なんで、まずはここで戦えるか見てからですね」
【それがいい】
【奥の数も確認しとけ】
【戻る道は空いてるな】
【無理ならそのまま下がれよ】
大河は剣を握り直し、再び石柱のある場所へ向かった。ドローンが頭上を越えないよう位置を下げ、柱の陰から魔物を確かめる。見えているのは八体。そのうち一体は、武器ではなく杖を持っていた。
順に《鑑定》を使うと、前にいるオークウォリアーは七十七から七十九。槍持ちのオークランサーは二体とも七十八で、奥のオークメイジは七十九だった。
大河は杖を持つ一体の位置を覚えてから、柱の陰を出た。
最も近いオークが、顔を上げる。
「こっちだ」
剣を構えて数歩下がると、棍棒を持ったオークが吠えた。近くにいた斧持ちも振り返り、二体がこちらへ走り出す。大河は全身へ雷の魔力を循環させ、追いつかれる前に通路へ戻った。
曲がり角を越えたところで、向き直る。
先に来たのは棍棒持ちだった。大河を見つけると、足を止めずに武器を振り上げる。大河は壁際へ寄って一撃を外し、振り下ろされた腕の横へ刃を入れた。
魔力刃が肉を裂く。オークは棍棒を取り落としたが、反対の手で大河を掴もうとした。伸びる指を避けて胴へ剣を返し、倒れる身体から離れる。
続いてきた斧持ちが、仲間の背中へぶつかった。
大河は足を踏み直し、斧を持つ腕へ斬りかかった。傷口で雷が弾け、振り上げかけた腕が止まる。開いた首元へ刃を走らせると、二体目も地面へ崩れた。
通路の奥から、さらに足音が近づいていた。
【二体倒した】
【まだ来る】
【槍見えたぞ】
【後ろまで気づいてるな】
大河は追撃せず、曲がり角の向こうへ下がった。倒れた二体を越えてきたオークランサーが、長い柄を壁へ擦りながら穂先を向けてくる。その後ろには、斧持ちの姿があった。
槍が突き出される。
大河は剣で穂先を外へ弾き、踏み込んできた脚へ蹴りを入れた。オークの膝が曲がり、前へ傾いた肩が壁へぶつかる。大河がその脇へ剣を入れようとすると、後ろの斧持ちが槍持ちを押しのけてきた。
背筋に警告が走る。
大河は相手の上体を見上げ、振り下ろされる斧から横へ離れた。刃が石床へ食い込み、欠片が脚の近くまで飛んでくる。大河は剣を握る手に力を込め、斧を引き抜こうとする腕へ魔力刃を振り抜いた。
深く斬られた腕から力が抜ける。オークが空いた手で殴りかかってきたが、大河は拳の外へ動き、胴へ刃を返した。
槍持ちは、壁へ手をついて立ち直っていた。
大河はそちらへ踏み込み、柄を掴み直す前に剣を突き込む。胸を貫かれたオークが倒れたところで、奥の通路が赤く照らされた。
大河はすぐに角の内側へ身を引いた。
火球が通路を抜け、向かいの壁へぶつかる。砕けた炎が足元へ広がり、熱い空気が頬を撫でた。顔を上げると、煙の向こうでオークメイジが杖を構えていた。
「……そこから撃ってくるのか」
大河はさらに後退した。まだ四体残っている。術者へ近づくには、前にいる魔物を越えなければならないが、火球を避けながら無理に走り込めば、槍に進路を塞がれる。
いったん角を使い、向こうから動いてもらうしかなかった。
壁の陰で息を整えていると、棍棒が角の石を叩いた。欠片が飛び、大河は顔を庇いながら後ろへ跳ぶ。オークウォリアーが身体をねじ込むように曲がってきて、続く一体も肩越しにこちらを睨んでいた。
大河は広さのある区画まで下がり、二体を待った。
先頭の棍棒が横から迫る。低く身を沈めて避けると、背後の壁へ重い音が響いた。大河は伸びた腕へ剣を入れず、相手の膝へ蹴りを叩き込む。
支えを崩された巨体が、後ろの一体へ寄りかかった。
大河はその外側へ回り、傾いた首へ刃を振る。血が飛び、倒れる仲間を押し返そうとしていたもう一体が、顔を向けた。
手甲をつけた左拳を、その鼻へ叩き込む。
頭が跳ね上がったところへ大河はさらに踏み込み、剣を胴へ走らせた。斧を握った手が動いたため、押し込み続けずに刃を抜いて離れる。傷を負ったオークは追おうとしたが、二歩目で膝をついた。
大河は武器の位置を確かめてから近づき、止めを刺した。
顔を上げると、残る槍持ちが通路の出口へ立っていた。奥にはオークメイジもいる。二体は追ってくる足を止め、槍持ちが術者の前を塞いだ。
【残り二体】
【前のやつ動かないな】
【魔法撃つつもりだ】
【そっちから詰めると危ないぞ】
大河は左へ動いた。穂先もこちらを追い、メイジは杖を上げたまま位置を変えている。槍持ちの肩越しに、杖の先へ赤い光が集まるのが見えた。
大河は右へ切り返し、二体の正面から離れた。
火球が飛ぶ。背後で炎が弾けるより先に、大河は槍持ちの横へ向かって走っていた。オークが身体を向け、進路へ穂先を突き出してくる。
大河は踏み込みを止め、槍が伸びきるところまで下がった。それから地面を蹴り直し、柄へ魔力刃を振り下ろす。
木の柄が断ち切られた。
残った柄を引き戻そうとする腕へ、続けて刃を入れる。雷が走ったが、オークは止まらず、短くなった柄を大河へ振ってきた。大河は左手でその腕を外へ押し、空いた胴へ剣を突き込んだ。
奥のメイジが、杖を向け直す。
大河は倒れる槍持ちから剣を抜き、術者へ走った。杖の先が再び赤く光る。火球が形を作り始めたのを見て、正面から横へ動きながら距離を詰めた。
火球が、肩の後ろを通り過ぎる。
熱を感じても足は止めなかった。メイジが後ずさり、杖を引き戻そうとしたところへ、大河の剣が届く。
腕を斬り、落ちかけた杖を左手で押し払う。身体ごとぶつかってくるオークから半歩離れ、大河は首元へ刃を返した。
最後の一体が、石床へ倒れた。
大河は剣を構えたまま奥を確かめた。石柱の間にも、壁際にも、動く影はない。八体とも倒れていることを確認してから雷を解くと、肩が大きく上下した。
「……最後の二体、嫌な並びでしたね。槍を避けてから近づこうとしても、その間にもう一発準備されるんで」
額の汗を拭い、大河は火球がぶつかった壁へ目を向けた。遠くから撃つ相手へ、自分は近づかなければ攻撃できない。速さで届かせることはできても、そこまでの道を塞がれると、どうしても手数が増えた。
【ちゃんと分かれて来てくれて助かった】
【角使ったのよかったな】
【最後は自分から詰めたけどな】
【無傷で八体は十分すごいぞ】
「全部まとめて来られたら、もっと下がってましたよ。ここで囲まれなかったから戦えただけで、あの奥へ飛び込んでたら、同じようにはいかなかったと思います」
そう答えながら水を取り出しかけ、大河は手を止めた。
身体の奥へ、熱が広がっている。
疲れとは違う、覚えのある感覚だった。大河は水を脇へ置き、自分へ《鑑定》を使う。表示されたレベルの下に、新しく加わった文字があった。
【レベル:60】
【発動スキル:《飛斬》】
大河の顔に、笑みが広がった。
「……飛斬。剣を振って、魔力の斬撃を飛ばせるのか」
【お?】
【新スキル?】
【飛斬きた!?】
【遠距離取ったぞ】
「これ、欲しかったやつです。さっきみたいに奥から撃たれると、毎回そこまで走らないといけなかったでしょう。こっちからも届かせられるなら、戦い方がかなり変わりますよね」
大河はマジックソードを持ち上げた。刃の外側へ魔力を形作ることには、もう慣れている。その魔力を、剣から離して飛ばす。表示された説明を読み返すほど、試してみたい気持ちが強くなった。
「六十でこれ取れたの、かなりうれしいですね。雷に続いて、今度は遠くまで斬れるんですよ。もうちょっと早く来てくれてたら、さっきの魔法使いに使えたのに」
【六十おめ】
【また自分で言った】
【レベル隠す気なくて草】
【待って、今六十?】
大河は口を閉じた。
スマートフォンへ目を落とすと、流れてくるコメントの内容が変わり始めていた。新スキルを喜ぶ声の間に、今の発言を確かめる言葉が増えていく。
【こいつレベル六十なんよな?】
【今なったなら、さっきまで五十九だろ】
【二十五層のボス倒した時はもっと下だったってこと?】
【あれ? 六十で高尾のここまでソロっておかしくね?】
「……レベルの話、しないつもりだったんですけど。新しいの取れたら、そっちがうれしくて忘れてました」
【知ってた】
【そこはもう誰も期待してない】
【いやそうじゃなくて】
【今まで普通に見てたけど、そのレベルでこの動きなのか】
大河は水を飲みながら、画面を見た。速い、強いというコメントは、これまでもあった。ただ、今流れているものは、少し違う。
【雷があるにしても、剣の威力もおかしいだろ】
【装備いいのは分かるけど、あのボスの装甲抜いたんだぞ】
【高尾のこの辺、普通はパーティで来るとこだぞ】
【俺、もう七十超えてると思って見てた】
【レベル上がるの早い、で済ませてたけど戦ってる相手も変だな】
指輪も、ブーツも、腕輪も役に立っている。全身へ循環させられる魔力も、探索を始めた頃より増えた。
それだけではないことを、大河自身は知っていた。
レベルが一つ上がるたび、身体に積み重なってきた成長。その具体的な違いまで、配信で話すつもりはない。
「装備にはかなり助けられてますよ。雷も速く動けるんで、あれがなかったら避けたあとに攻撃する余裕は、今より少ないと思います」
【それはそう】
【それだけで説明つくか?】
【全身強化も最初よりだいぶ強くなってるよな】
【何かほかにも持ってるんじゃね】
大河は蓋を閉め、少し困ったように笑った。
「持ってる物を全部説明しろって言われたら、探索者としては困るんですけど。でも、見てもらってる戦いは、ちゃんと今の俺の力ですよ」
【そりゃ秘密はあるわな】
【聞けば全部教える職業じゃないしな】
【分からんけど強いのは分かった】
【六十でこれかあ】
コメントが流れ続ける中、大河は剣へ視線を戻した。
自分がどの程度強いのか、考えたことがないわけではない。それでも、今は手元へ加わった新しい力の方が気になった。届かなかった相手に、届く。その変化を、早く自分の手で確かめたかった。
「とりあえず、魔石を回収してから試します。疲れたまま適当に振って終わるのも嫌なんで、少し休んで、ちゃんと見てからですね」
【そこは落ち着いてた】
【今すぐ振り回すかと思った】
【どこまで飛ぶか気になる】
【試す時は周り確認しろよ】
「そこは確認しますって。せっかく遠くまで飛ばせるようになったのに、遠くの人に当てたら大変でしょう」
大河は笑いながら剣を下ろした。奥の道に人影がないことを確かめ、倒れた魔物へ向かう。石柱の向こうには、まだ調べていない道が続いていた。
高尾の残りは、あと二階層。
そこへ向かう前に、新しい斬撃を使えるようにしておきたかった。




