装甲の隙間
振り下ろされた鉄槌が、石畳を砕いた。
大河は飛び散る欠片から顔を背け、ゴーレムの右側へ回った。伸びきった腕の横を抜け、胴へ剣を振る。半透明の魔力刃が金属板へ食い込んだものの、腕へ返ってきた手応えは硬かった。
浅い傷を残して剣を抜くと、ゴーレムが身体を回した。左腕の盾が、胸を覆ったままこちらへ向く。大河はその縁が迫る前に後退し、相手の足元へ目を落とした。
「……横も覆ってるのか」
【鎧着てるみたいだな】
【今の出力でも浅いか】
【盾のない方から行っても硬いの嫌すぎる】
胴の金属板は、脇まで続いていた。正面の盾を外したとしても、その下にある装甲を抜かなければ胸へ届かない。大河は剣へ流す魔力を増やし、もう一度、右側から近づいた。
ゴーレムが鉄槌を持ち上げる。大河は振り下ろされる腕をかわし、先ほどつけた傷へ刃を走らせた。金属を削る音が響き、傷が深くなる。
背筋に警告が走った。
顔を上げると、左腕の盾が胴から離れていた。大河は剣を引き、横へ跳ぶ。身体のすぐ脇を分厚い金属板が通り過ぎ、風が頬を打った。
着地した先へ、鉄槌が振られる。大河はさらに後退し、足元を薙いだ腕から離れた。さっき自分がいた場所では、削れた石が転がっている。
「盾でも殴ってくるのかよ」
【守るだけじゃないぞ】
【今の当たったらきつい】
【二本とも武器だと思った方がいい】
ゴーレムは盾を胸へ戻し、足を踏み直した。大河が右へ動くと身体を回し、左へ動けばそちらへ向き直る。追いつけないほど速くはないが、何度も回り込んでいるだけでは、魔力を使うばかりだった。
大河は剣を構えたまま、相手の脚を見た。
膝の前には金属板がついている。横からなら、曲がる部分に石が見えた。踏み出す時には、その隙間が少し広がる。
昨日までに戦ったゴーレムも、脚を崩せば歩けなくなった。
問題は、そのあとだった。
大河は鉄槌の届く手前まで近づき、相手が右腕を上げるのを待った。ゴーレムが右脚を踏み出し、頭上へ持ち上げた腕を振り下ろす。大河は左へかわしてから、踏み込まれた膝の外側へ剣を振った。
魔力刃が石を切り、欠片が散った。脚は崩れなかったが、膝の横には溝が残っている。大河は盾の腕が動くのを見て、追撃せずに離れた。
【脚狙いか】
【そこは鎧ないもんな】
【削れてる】
ゴーレムが近づいてくる。右脚を地面から離す時、削れた部分が擦れ合った。まだ普通に歩いているが、同じ場所へ入れれば、もう少し深く斬れそうだった。
「一回じゃ足りないか」
大河は呼吸を整え、剣の握りを確かめた。全身を巡る魔力は安定している。身体の速さを落とさず、剣の出力を上げても、まだ続けられる。
正面へ近づくと、ゴーレムが鉄槌を横に振った。大河は前へ入らず、後ろへ下がって外す。腕が通り過ぎたところで踏み込み直し、右膝へ刃を走らせた。
先ほどの溝へ、厚くした魔力刃が入る。
右脚の石が大きく割れ、巨体が傾いた。大河が顔を上げると、盾のついた左腕がこちらへ伸びてきている。胸を狙うには近すぎた。大河は横へ抜け、崩れた柱の手前まで距離を取った。
ゴーレムの右膝が地面へつく。
それでも右腕は動いていた。鉄槌を石畳へ押しつけ、身体を起こそうとしている。大河はすぐには近づかず、その動きを見た。
「……そっちで支えるのか」
【片膝ついた】
【まだ両腕動くぞ】
【胸の高さは下がったな】
盾は胸を覆ったままだった。右腕で身体を支える間も、守りを解かない。大河は相手の周囲を動き、残った左脚と、地面へついた鉄槌を見比べた。
右脚を崩したことで、回る動きは遅くなっている。
大河が右へ回ると、ゴーレムは鉄槌を地面から離した。身体を左脚へ預け、右腕を横へ振ってくる。大河はその届く範囲から外へ動き、相手が腕を戻す前に、残った脚の方へ走った。
左の膝へ、剣を振り抜く。
刃が石へ入ったが、最後まで切り離す前に盾が動いた。大河は剣を引き、身体を低くして横へ逃れる。背後で盾が柱の残骸へぶつかり、砕けた石が降ってきた。
肩へ小さな欠片が当たった。大河は構えを戻しながら、左脚についた傷を確かめる。右ほど深くはない。もう一度、そこへ入れる必要があった。
ゴーレムが身体を持ち上げようとしたが、左膝が曲がった。
右の鉄槌が、再び地面へつく。
「もう少しか」
【ちゃんと効いてる】
【両脚崩せば回れなくなる】
【魔力は大丈夫か】
「まだいけます」
短く答え、大河は走った。正面へ近づきかけてから右へ動くと、ゴーレムが鉄槌を持ち上げる。大河はその腕が振られるのを見て、さらに外側へ回った。
鉄槌が石畳を叩く。
大河は腕の先を追わず、胴の向こうへ抜けた。ゴーレムが身体を回そうとしている間に、傷のついた左膝へ剣を入れる。石が割れ、左脚も地面へ崩れた。
腰が落ち、巨体が前へ傾く。
左腕の盾が胸から離れ、地面へついた。
【開いた!】
【胸見えたぞ】
【今なら入る!】
大河はすぐに胸へ飛び込まず、右腕を見た。鉄槌は持ち上がり始めている。両脚が崩れていても、その腕で殴ることはできる。
大河が正面へ出ると、鉄槌が横から迫った。
身体を低くしてかわし、振り終えた腕の内側へ入る。剣へ送る魔力を増やすと、黒い刀身の外側にある刃が大きく厚くなった。大河は踏み込み、露出した胸へ振り下ろした。
金属を裂く音が響いた。
装甲がへこみ、その下の石にも亀裂が走る。剣は深く入ったものの、胸の奥までは届いていなかった。大河は刃を引き抜き、盾の腕が地面から離れるのを見て、すぐに後退した。
金属板が胸の前へ戻る。
支えを失ったゴーレムの身体が、さらに前へ倒れた。
「……守ると、起こせなくなるんだな」
大河は荒くなった呼吸を整えた。剣の刃を通常の大きさへ戻し、胸につけた傷を見ようと横へ動く。ゴーレムは右腕を地面へ置き直し、盾を引いたまま上体を起こそうとしていた。
両脚が使えない以上、動くたびに、どちらかの腕を支えにしなければならない。
大河の口元に笑みが浮かんだ。
「分かった。もう一回だ」
【今のでかなり割れたな】
【正面から一発じゃ抜けないか】
【ちゃんと腕見てるの安心する】
大河は正面へ踏み込む構えを見せた。ゴーレムが盾を胸へ寄せると、右腕を上げられず、その場で身体を回そうとする。大河はそちらへ斬りかからず、相手の右側へ走った。
鉄槌が地面から離れた。
ゴーレムは左腕の盾を床へつき、身体を支えながら右腕を振る。大河は届く距離へ入らず、鉄槌が通り過ぎるのを見てから、正面へ踏み込んだ。
裂いた装甲の奥に、光があった。
大河は剣を引き、そこへ切っ先を向けた。半透明の刃を厚くすると、腕輪のある右腕にも、魔力が流れていく感覚が伝わる。背後へ踏み出した足で地面を蹴り、割れ目へ剣を突き込んだ。
「っ……!」
石を砕く手応えの先に、さらに硬いものがあった。
大河は剣を押し込み、左手も柄へ添える。胸の奥で光が揺れ、刃の先からひびが広がった。ゴーレムの右腕が戻ってくるのを横目で捉え、最後にもう一歩、身体ごと前へ入れた。
魔石が砕けた。
頭上へ戻りかけていた鉄槌が止まる。大河は剣を引き抜いて離れ、前へ崩れてくる巨体から逃れた。金属板が石畳へぶつかり、その下で胴を作っていた岩がばらばらに転がる。
盾の腕も、もう動かなかった。
大河は少し離れて剣を構え、残骸を見続けた。胸の奥にあった光は消え、転がった石もそのまま止まっている。それを確かめてから、身体を包む雷を解いた。
「……よし。倒した」
【二十五層突破!】
【硬かったなあ】
【最後、両手で押し込んだ】
【ちゃんと崩してから倒したな】
剣へ流す魔力を止めると、半透明の刃が消えた。大河は黒い刀身を見下ろし、深く息を吐いた。握っていた指を緩めると、腕にも肩にも、力を込め続けた重さが残っていた。
「これ、正面からずっと斬ってたら、先に俺が疲れますね」
【そういう相手だからな】
【脚いったのよかった】
【手甲で受けようとしなくて安心したわ】
「あれは無理ですよ」
大河は転がった鉄槌へ目を向けた。表面には石畳を砕いた跡が残っている。手が守られていても、あんなものを受ければ、身体ごと持っていかれそうだった。
回り込んで、脚を斬り、腕の動きを待つ。
剣の出力を上げるのは、胸へ入れる時だけでよかった。全力を出す場所を絞ったから、最後まで身体を動かせたのだ。
*
宝箱は、ゴーレムの残骸から少し離れた場所へ現れた。
大河は先に魔石の欠片を拾い、剥がれた金属板へ《鑑定》を使った。素材として回収できる物を選び、《アイテムボックス》へ収める。大きな板を持ち上げる時だけは両手を使い、肩へ残る疲れを改めて感じた。
「回収する時も重いな、こいつ」
【倒してからも力仕事】
【持ち帰れるのが羨ましい】
【普通は全部拾っていけないしな】
宝箱にはポーションと、拳ほどの大きさに整った金属の塊が入っていた。大河は一つずつ確かめ、使う物と売る物を分ける。新しい装備はなかったが、ゴーレムから回収した分も合わせると、素材だけでもかなり増えていた。
蓋を閉じ、入口側へ戻る。
ようやく椅子へ座ったところで、自分へ《鑑定》を使った。
【レベル:59】
大河は表示を見て、口元を緩めた。高尾へ入る前は四十九だった。上がりにくくなっていたレベルが、この七日間で十も増えている。
「……いいな」
【その顔、上がっただろ】
【宝箱見てる時と違う笑い方するんだよ】
【何がいいんですかね】
「強くなった感じがすると、うれしいじゃないですか」
【認めた】
【もう隠す気ないだろ】
【まあ今回のはうれしいわな】
大河は苦笑し、表示を閉じた。レベルは上がったが、今すぐ走り出したいとは思わない。剣を手元へ置き、手甲の留め具を緩めると、肩から力が抜けた。
スマートフォンを見る。ここへ来るまでに歩いた時間も長く、ボスとの戦闘を終えた今から、新しい階層の寝床を探すには遅かった。
「今日は、さっきの安全エリアへ戻ります。二十六階層は明日ですね」
【それがいい】
【道分かってるしな】
【今日は二十四と二十五越えたんだし十分】
「はい。あのボス、結構疲れました」
水を飲んでから、剣の刃先をもう一度確かめた。金属板へ何度も当てたが、大きく欠けたところはない。布で汚れを拭い、手甲も同じように手入れしてから、椅子をしまった。
帰る道では、戦闘中につけた足跡が残っていた。大河はそれを横切り、記録した分岐を辿って安全エリアへ戻る。先ほどの三人はもう出発したらしく、別の探索者が壁際で荷物を広げていた。
挨拶をして、空いた場所へ入る。
寝具を出す前に食事を用意すると、ようやく今日の探索を終えた気がした。二十五階層まで来た。残るのは、あと五階層だ。
「あと少し、って言いたいですけど」
【迷路だからな】
【五層でもまだ長いぞ】
【最後のボスも残ってる】
「ですよね。分かってます」
大河は笑って答え、食料へ手を伸ばした。
胸を守る盾を、どう動かすか。脚を崩したあと、どちらの腕で身体を支えるか。さっきまで見ていた相手の動きが、食べている間にも浮かんでくる。最初は硬さに困ったのに、途中からは、次に斬れる場所を探すことに夢中だった。
それでも、明日へ疲れを残すつもりはなかった。
食べ終えたら装備をしまい、今日も眠る。続きへ行くために必要なことを、今夜も一つずつ済ませていく。
【天草 大河】
【レベル:59】
【体力:98】
【筋力:99(+10)】
【耐久:97(+10)】
【敏捷:100(+5)】
【魔力:96(+5)】
【精神:101】
【常在スキル:《レベルアップ補正》《危機感知》】
【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》《魔力操作》《魔力属性変化・雷》】
【装備:《マジックソード》《ミノタウロスの指輪》《疾風のブーツ》《魔力の腕輪》《鋼拳の手甲》】
【探索者ランク:E】




