剣と拳
二十四階層の曲がり角から、斧の刃が突き出された。
大河は足を止めず、横へ身体を逃がした。壁へぶつかった斧が石を削る。その柄を引き戻そうとする太い腕へ剣を走らせると、奥から別の魔物が吠えた。
全身にまとった淡い光の中で、雷が弾ける。大河は追撃をやめ、二体目が振り下ろした棍棒から離れた。足元へ落ちた衝撃で、石畳の欠片が跳ねる。
「……待ち伏せかよ」
【角の向こうにいたな】
【もう一体いるぞ】
【後ろも気をつけて】
豚に似た顔をした魔物が、鼻を鳴らしてこちらを見ていた。斧を持つ一体は腕から血を流しているが、武器を手放す様子はない。棍棒持ちがその前へ出て、さらに奥では三体目が長い槍を構えた。
大河は三体へ《鑑定》を使った。
【オークウォリアー】
【レベル:73】
【オークウォリアー】
【レベル:74】
【オークランサー】
【レベル:73】
槍持ちまで含めると、通路の幅はほとんど塞がれていた。左右へ抜ける余裕はない。大河は剣を構えたまま下がり、少し手前にあった、壁の崩れた区画へ戻った。
高尾へ入って七日目だ。
昨日は二十一階層の残りを歩き、二十二階層と二十三階層を越えた。途中で下り階段へ続く道を外し、同じ場所へ戻ることもあったが、二十三階層の安全エリアで夜を過ごせた。今朝そこを出てからは、まだ大きく迷っていない。
ここで三体を倒せば、奥を確かめられる。
追ってきた棍棒持ちが、崩れた壁の間から姿を現した。大河はすぐには踏み込まず、その後ろも見た。傷ついた斧持ちが続き、槍持ちは二体の間から穂先を向けている。
「そこにいる方が、やりやすいか」
【今度はこっちで戦うのか】
【通路で槍まで相手にするのきついもんな】
【左手の出番ある?】
大河はコメントへ返す代わりに、地面を蹴った。
棍棒持ちの右側へ走ると、オークが身体を回して武器を振った。大河は届く手前で足を止め、低く身を沈める。頭上を太い棍棒が通り過ぎ、続いて伸びてきた槍の穂先を剣で外へ弾いた。
槍持ちは、まだ通路の入口にいる。
大河はそちらへ突っ込まず、棍棒持ちの膝へ蹴りを入れた。巨体が傾き、空いた肩へ左手をかけて押す。踏ん張ろうとしたオークの身体を、槍の前へずらした。
穂先が引っ込む。大河はその間に、剣をオークの脇腹へ走らせた。
傷口で雷が弾けたが、相手は止まらなかった。低く吠え、左腕を振り回してくる。大河は頭を下げて外し、返した刃を首元へ入れた。
一体目が倒れる前に、その身体から離れる。
斧持ちが、仲間の横を抜けてきた。大河は振り下ろされた刃をかわし、槍持ちから遠ざかる方へ動く。傷ついた腕で斧を持ち上げ直すオークを見て、剣の出力を少し落とした。
近づけば、相手はまた斧を振る。
大河はその動きに合わせて踏み込み、柄を握る手の近くへ左手を当てた。刃の向きを外へ押しながら肩を入れ、上体の起きたオークの腹へ膝を叩き込む。
「グオッ!」
口から息が漏れ、相手が前へ折れた。大河は左手を離し、その顎へ下から拳を突き上げる。手甲の金属がぶつかる鈍い音がして、オークの頭が大きく跳ねた。
【入った】
【顎殴ったぞ】
【まだ槍来る!】
背筋へ警告が走る。
大河が顔を向けると、斧持ちの横から槍が伸びてきていた。身体を捻って外したものの、穂先が軽量装備の脇をかすめる。大河は追撃を切り上げ、二体の届く範囲から離れた。
斧持ちはよろめきながらも、まだ立っていた。口から血を流し、首を振ってこちらを見る。大河はその顔と、後ろへ戻った槍持ちを交互に確かめた。
「……殴っても、一発じゃ無理か」
【十分効いてるけどな】
【今の距離で槍入れてくるの嫌だわ】
【殴るのに夢中になるなよ】
「分かってます。後ろも見てますよ」
大河は剣を握り直した。身体は動くし、かすめられた脇にも痛みはない。装備の表面を少し削られただけだった。
斧持ちが再び近づいてくる。先ほどより、足の運びが鈍い。後ろの槍持ちはその歩調に合わせ、間隔を保っていた。
大河は正面へ踏み込む構えを見せてから、左へ走った。
斧持ちが向き直る間に、その外側を抜ける。槍持ちが穂先を向けてきたが、大河は突きが伸びる前に距離を詰め、剣で柄を横へ弾いた。さらに踏み込み、空いた胸へ肩からぶつかる。
オークランサーの背中が壁へ当たった。
長い槍を立て直すには近すぎる。大河は柄へ左手をかけ、下へ押さえながら、右の剣を首元へ突き込んだ。相手が武器から手を離したところで剣を抜き、迫ってきた斧持ちへ向き直る。
振り下ろされた斧は、まだ重かった。
大河は横へ避け、石畳へ食い込んだ刃から離れる。その柄を引くオークの顔へ、左の拳を叩き込んだ。手首だけで振らず、踏み込んだ脚から腰を回す。顎の横を捉えた手甲が、相手の顔を大きく外へ向けた。
斧から片手が離れた。
大河は空いた腹へもう一度膝を入れ、下がった頭へ拳を重ねた。オークの身体が壁へぶつかり、そのまま膝から崩れる。剣を構えて少し離れると、倒れた身体は地面へ伏したまま動かなかった。
ほかの二体も動いていない。周囲の通路を確かめてから、大河は身体を包む雷を解いた。
「……よし」
【最後、殴り倒した】
【剣と拳、両方使うようになったな】
【その手甲引いてよかったわ】
【左手も忙しそう】
大河は拳を開き、指を曲げた。金属越しにも衝撃は伝わる。それでも、ロックリザードを素手で殴った時のように、先に自分の手を気にする必要はなかった。
「剣を振るより近かったんで。こっちの方が入れやすかったです」
手甲の表面についた血を拭い、右手の剣も確かめる。どちらか一方だけで戦うより、できることが増えていた。斬る前に殴ってもいいし、相手の武器を押してから剣を入れてもいい。
ただ、近づいている間は、ほかの敵からも攻撃が届く。
大河は脇の装備へ触れ、槍に削られた跡を見た。次は三体の位置を、もう少し早く変えたい。自分が動ける速さだけで、攻撃を続けていいわけではなかった。
「まだ、もっとできそうだな」
【また始まった】
【反省したと思ったら楽しそう】
【戦闘狂の成長日記】
「違いますって。うまくできた方が、安全でしょう」
【それはそう】
【言い方だけならまとも】
【顔がな】
大河は苦笑し、魔石の回収へ取りかかった。
*
二十四階層を抜けるまでには、そこからさらに三時間ほどかかった。
三体のいた通路は奥で分かれ、一方は崩れた石橋の手前で終わっていた。別の道ではゴーレムと戦い、回収を済ませて進んだ先が、さっき確かめた橋の下へ続いていた。見えている向こう岸へ行くために、大河は何度も地図を開き直した。
下り階段を見つけた時には、思わず声が出た。
「あった。ようやくか」
【長かったな】
【橋の向こうに見えてたのに】
【これで二十五】
大河は階段へ入る前に水を飲んだ。ここまでに安全エリアも一つ見つけている。そこで食事と休息を取れたおかげで、脚にも魔力にも、まだ余裕はあった。
昨日から今日にかけて、戦った魔物の数も増えていた。
休んでいる時に確かめた自分のレベルは、五十八になっている。二十階層のボスを倒してから、さらに一つ上がった。腕を動かした時の軽さだけでなく、剣へ流せる魔力にも変化を感じていた。
それでも、目の前の階段を見れば少し身が引き締まる。
五階層ごとのボス。次は二十五階層だった。
「下りて、まず道を確かめます。ボスを見つけても、すぐ始めるとは限らないんで」
【ちゃんと休んでからな】
【二十層でも結構使ってたし】
【何が出るんだろ】
階段の先では、これまでより大きな石材が壁に残っていた。崩れた場所から岩肌が露出し、足元には、柱を横倒しにしたような石がいくつも転がっている。大河はそれを乗り越え、右へ曲がった道の先を覗いた。
そこにも分岐があった。
「ボス階でも、迷路はあるんだよな」
【そこは免除されない】
【ボスまで辿り着くのも探索だぞ】
【二十五まで来たんだし慣れただろ】
「慣れましたけど、階段が見つかるとうれしいですよ。毎回」
大河は笑い、スマートフォンへ道を記録した。
最初に選んだ道では、石積みの向こうにゴーレムがいた。倒して進んだものの、奥は狭くなり、人が通れる幅を残さず岩で塞がれている。戻って別の分岐へ入ると、今度は天井の高い区画へ出た。
その一角には、三人の探索者が座っていた。
「こんにちは」
大河が声をかけると、弓の手入れをしていた男性が顔を上げた。足元には荷物がまとめられ、隣の二人も装備を外している。ここが安全エリアなのだと分かり、大河は入口で足を止めた。
「ここ、休んでも大丈夫ですか」
「ああ。奥、空いてるよ」
「ありがとうございます」
近くを通り過ぎる時、剣を膝へ置いていた女性が、大河のドローンへ目を向けた。
「配信してるんだ」
「はい。映らない方がよければ、向き変えます」
「私たちは映さないでもらえると助かる」
「分かりました」
大河はドローンを壁側へ寄せ、自分の背後に三人が入らない位置へ止めた。空いていた場所に椅子を出し、腰を下ろす。手甲の留め具を緩めていると、弓を持った男性がこちらへ声をかけた。
「ボスへ行くの?」
「道が見つかれば、そのつもりです」
「俺たちは今、終えてきたところ。あそこから出て、二つ目の分岐を左。その先の柱が倒れてるところを右へ行くと、広い場所へ出る」
男性が指したのは、大河がまだ入っていない道だった。大河は地図を開き、教えてもらった順番を確かめる。男性も画面を見て、分岐の一つを指で示してくれた。
「ありがとうございます。かなり助かります」
「途中は自分でも見てね。似た柱、ほかにもあるから」
「はい」
相手はそれで弓の手入れへ戻った。大河も礼を重ねすぎず、水と食料を取り出す。道が分かったからといって、休む時間まで短くする必要はなかった。
【情報ありがたいな】
【これでボス探しは早そう】
【手甲外すとまだ手が普通なの面白い】
「どんな手になると思ってるんですか」
小さな声で返すと、コメントに笑いが並んだ。大河も笑い、食料へ手を伸ばす。隣で休んでいる探索者たちの邪魔にならないよう、配信への返事は少し控えめにした。
*
教えてもらった道の先では、石の床が円形に広がっていた。
周囲に残る柱は、途中から折れている。その向こうには、ひときわ太い石の身体が立っていた。二十一階層で戦ったゴーレムより大きく、胸や肩には黒い金属板が重なるように張りついている。
大河が近づくと、伏せられていた頭が持ち上がった。
右腕の先は、拳というより巨大な鉄槌に見えた。左腕には幅の広い金属板がつき、胴の前へ動かされると、盾のように胸を覆った。
大河は《鑑定》を使った。
【アーマードゴーレム】
【レベル:80】
【体力:172】
【筋力:158】
【耐久:181】
【敏捷:61】
【魔力:68】
【精神:39】
「……アーマードゴーレム」
【二十五層はそいつか】
【見た目から硬そう】
【胸守ってるの嫌だな】
【殴るなら相手選べよ】
大河は左手を開き、手甲の留め具が締まっていることを確かめた。あの金属板を拳で叩いても、簡単に砕けるとは思えない。胸の魔石へ届かせるには、まず腕をどかす必要がありそうだった。
正面のゴーレムが、一歩を踏み出す。
石畳を踏む音が、広い区画へ響いた。大河は右手の剣へ魔力を流し、半透明の刃を作る。身体にも魔力を巡らせると、淡い光の中でスパークが弾けた。
オーガロードとは、まるで違う相手だ。
首を斬れば終わるわけでも、雷で動きを止めれば勝てるわけでもない。二十一階層で戦った時のように、奥へ刃を届かせなければならないだろう。その胸は、金属の盾で隠されている。
大河は盾の縁と、踏み出された脚を見比べた。
「よし。どうやったら開くか、見せてもらおうか」
【声が楽しそうなんだよな】
【また攻略する気満々】
【ちゃんと避けろよ】
鉄槌のような右腕が持ち上がる。大河は剣を構えたまま、相手の横へ向かって走り出した。




