空いた手
オーガロードの魔石は、大河の掌からはみ出すほど大きかった。
表面についた血を拭い、光へかざしてから《アイテムボックス》へ収める。倒れた巨体の角も回収すると、ようやく宝箱へ向かった。戦っていた時には気にする余裕がなかったが、近くで見る鉄の棍棒は、やはり人が扱うには大きすぎた。
「あれ、持って帰っても使えないな」
【飾るか】
【部屋のどこに置くんだよ】
【床が心配になる】
「玄関に置いたら、俺が入れなくなりそうです」
笑いながら蓋へ手をかける。中にはポーションと素材が収められ、その横に、黒ずんだ金属の手甲が一組置かれていた。大河は先にそれを取り上げ、顔の近くへ持ち上げた。
「……お、装備だ」
【久しぶりに出た】
【手甲?】
【殴る方の装備引いたぞ】
手の甲から指の付け根までを金属が覆い、手首の内側には留め具がついている。掌側は柔らかい革で、指を曲げるための余裕もあった。大河が《鑑定》を使うと、その名前と補正が表示された。
【鋼拳の手甲】
【耐久:+10】
「鋼拳の手甲。耐久が十、上がるみたいです」
【いいじゃん】
【ちょうど殴ってたしな】
【装備として普通に助かるやつ】
大河は剣を置き、左右の手へ一つずつ装着した。手首の留め具を締め、指を開いてから拳を握る。金属の重さはあるが、動かすのに苦労するほどではなかった。
右手でマジックソードを握る。革越しの感触は少し変わったものの、柄を握る指にはしっかり力が入る。剣を返し、左手も何度か動かしてから、大河は満足そうに頷いた。
「これ、いいな。剣も普通に使える」
【左手の出番増えそう】
【硬い蜥蜴を素手で殴る男に手甲が】
【もう止められない】
「殴るためだけじゃないですよ。さっきだって、掴まれそうになったんで」
オーガロードの左手は、避けた時に指の一本一本まで見えた。あれに腕を捕まれれば、次の棍棒から離れることは難しかっただろう。手甲をつけたからといって受け止める気にはならないが、近い距離で相手へ触れる時、守られている部分が増えるのはありがたかった。
残りの品も確かめ、箱を空にする。ポーションは使いやすいところへ分けて収納し、売るつもりの素材は別へ収めた。回収を終えると、入口側の岩へ戻り、剣と手甲を手元に置いて休んだ。
腕を伸ばし、肩を回す。指は動くし、どこかを痛めた様子もない。ただ、力を抜いた脚には、戦闘を終えた重さが残っていた。
「少し休んでから、二十一階層に行きます」
【まだ行くのか】
【今の戦闘、結構魔力使っただろ】
【二十層の安全エリアに戻るのもありだぞ】
「下りてみて、きつそうなら戻ります。ここまでの道は記録してるんで」
大河は水を飲み、スマートフォンで地図を開いた。昼食を取った安全エリアから、今いるボスの区画まで、辿る道は残してある。二十一階層へ入るとしても、戻れる時間を使い切るつもりはなかった。
しばらく椅子へ身体を預けていると、呼吸も落ち着き、脚の重さが薄れてきた。大河は立ち上がって軽く歩き、身体の具合を確かめる。それから椅子をしまい、剣を握った。
手甲のついた左手を見て、もう一度拳を作る。
「……よし。行けそうです」
【新品装備でちょっと嬉しそう】
【その左手で何する気だ】
【まずは寝床探しな】
「分かってますって」
大河は笑って答え、ボスのいた場所を通り過ぎた。奥の道から下る階段へ入り、二十一階層へ向かう。高尾の五日目は、まだ終わっていなかった。
*
二十一階層には、石畳の残る場所が増えていた。
ただし、それがそのまま道を教えてくれるわけではない。崩れた壁の手前で途切れたり、岩の下へ潜ったりしている。大河は踏みやすい石を辿りながら、分岐のたびに奥を確かめた。
最初の道は、天井から落ちた大岩で塞がれていた。戻って別の道へ入ると、柱の根元だけが並ぶ区画へ出る。人の背丈より低い石積みが点在し、その間に、動いている影があった。
大河は剣を構えた。
石の塊が、立ち上がってくる。
頭も胴も手足も、灰色の岩でできていた。人の形には近いが、顔には目や口らしいものがない。大河より頭一つ高い身体が動くたびに、石を擦り合わせる音がした。
【ストーンゴーレム】
【レベル:71】
その後ろでも、もう一体が身体を起こす。
【ストーンゴーレム】
【レベル:72】
「……今度は石か」
【ゴーレム出た】
【硬いやつだ】
【手足落としても油断するなよ】
【胸の奥に魔石あるぞ】
大河は二体の胸へ目を向けた。外から魔石が見えているわけではない。石を重ねた身体の内側にあるなら、そこまで刃を届かせる必要があった。
先頭が近づき、太い腕を振り上げる。大河は全身強化・雷を使い、振り下ろされた拳を横へかわした。石畳へ拳がぶつかり、乾いた音とともに亀裂が広がる。
大河は伸びた腕へ剣を振った。魔力刃が表面を削り、石の欠片が散る。浅い溝はできたが、腕は止まらず、そのまま横から押し払うように動いてきた。
後ろへ離れると、二体目も近づいていた。大河は低い石積みの外側へ回り、二体を正面に置いたまま剣へ送る魔力を増やす。
「腕も、全部硬いな」
【肉じゃないからな】
【関節は狙える】
【まず一体ずつだぞ】
大河は先頭の脚を見た。動く時には、岩の塊同士の間が少し開いている。腕の太い部分を何度も削るより、そちらへ刃を入れた方がよさそうだった。
拳を振り下ろす動きに合わせて横へ避け、踏み込んだ脚の膝へ剣を走らせる。厚い魔力刃が隙間へ入り、下腿の石が外へずれた。ゴーレムの身体が傾いたが、大河が胸を狙おうとすると、もう一体の拳が迫ってきた。
大河は攻撃をやめ、石積みの向こうへ跳んだ。背後で石が崩れる。二体目は低い壁を殴り壊し、そのまま乗り越えて追ってきた。
「壁ごと来るのかよ」
【そりゃ壊せるだろうな】
【柱の時みたいにはいかんぞ】
【一体目、まだ動いてる】
脚を崩したゴーレムも、片手を地面へついて身体を引きずっていた。歩けなくなっても戦いは終わっていない。大河はそちらへ近づきすぎず、まず追ってくる二体目へ向き直った。
右の拳が、胸の高さへ突き出される。大河は斜め前へ動き、拳の外側へ入った。戻される腕の横へ手甲のついた左手を当て、全身強化した身体ごと押す。
石の腕が外へ流れた。大河は押さえ続けず、空いた胴へ魔力刃を突き込む。表面を覆う石が割れ、刃は途中まで入ったが、胸の奥には届いていなかった。
ゴーレムの反対側の腕が上がる。大河は剣を引き抜き、すぐに離れた。追って振られた拳を避けながら、左手を一度開く。手甲に擦れた跡はついたものの、指の動きに支障はない。
「……押すのも、やりやすいな」
【手甲もう使ってる】
【石の腕触るの怖いわ】
【胸、割れてるぞ】
傷ついた胸の奥に、小さな光が見えた。身体を捻るたび、割れ目の向こうで位置が変わって見える。大河はそこへ目を向けつつ、脚を崩した一体が近づいていないかも確かめた。
まだ、距離はある。
大河は二体目へ走り、振り下ろされる拳を外した。左腕が横から来るのを見て、懐へ飛び込まずに半歩下がる。腕が胸の前を通り過ぎたところで踏み直し、割れた場所へ魔力刃を突き込んだ。
剣を握る手へ、硬いものを砕く感触が返った。
ゴーレムの腕が止まり、全身の石が重い音を立てて崩れる。大河は剣を抜いて後退し、足元まで転がってきた欠片を避けた。石は消えず、山になって地面へ残っている。
大河はすぐに、もう一体へ向き直った。
そちらは地面へついた腕で身体を持ち上げ、近づく大河へ拳を振ろうとしていた。大河は腕の外側へ回り、胸へ出力を上げた魔力刃を振り下ろす。表面の石を割り、さらに突きを重ねて、奥の魔石を砕いた。
二体目も崩れ、石を擦る音が消えた。大河は両方の残骸を確かめてから雷を解き、短く息を吐く。
「なるほど。あれを壊すまで動くのか」
【ゴーレムはそれが怖い】
【腕と脚なくても油断するな】
【胸へ届けば早いんだけどな】
「胸へ届くまでが、結構硬かったですよ」
しゃがみ込み、崩れた石の中から魔石の欠片を拾う。壊したために形は崩れていたが、回収できる物は残っていた。周りに魔物がいないことを確かめ、二体分を拾い終えてから立ち上がる。
大河は左の手甲へ目を落とした。金属の表面についた細い傷を指でなぞり、それから拳を作る。剣を振る手と、相手の動きをずらす手。二つとも使えれば、攻撃するための隙を作りやすかった。
「いい物、もらったな」
【役に立った】
【左手装備できてよかったな】
【次はゴーレム殴るのか?】
「殴って壊すより、剣を入れた方がよさそうでしたけどね」
大河は笑い、剣の刃先を確かめた。手甲があっても、何でも拳で済ませるつもりはない。それでも、相手へ触れる時に迷う理由が一つ減ったことは、嬉しかった。
*
二十一階層の安全エリアを見つけた頃には、夕方になっていた。
途中で一度、帰るつもりだった道とは違う分岐へ入った。地図と合わない石柱の並びに気づいて戻り直し、別の道を確かめているうちに、魔物が寄り付かない区画へ辿り着いたのだ。
先に休んでいた探索者たちへ挨拶をし、離れた壁際に場所を取る。大河は椅子を出して腰を下ろし、手甲を外した。指を動かしてから手首を回すと、装備をつけていた重さがようやく抜けた。
「今日は、ここまでですね」
【五日目お疲れ】
【ボス倒して一層下りたし十分】
【手甲当たりだったな】
「はい。今日の宝箱は、かなり嬉しいです」
大河は金属についた砂を拭き、留め具にも傷がないか確かめた。横へ置いたマジックソードと見比べ、自然と笑みが浮かぶ。高尾へ来る前には持っていなかった装備が、もう今日の戦闘で役に立っていた。
夕食を用意すると、思っていたより腹が減っていることに気づいた。食べる間もコメントは流れていたが、返事の間隔が少し長くなる。皿の中が減ってから水を飲むと、視聴者に笑われた。
【今日は食べるの優先だな】
【ちゃんと腹減ってる十八歳】
【戦闘中より静か】
「いや、普通においしいんで。あと、腹減りました」
周りでは、ほかの探索者たちも食事を取っている。誰かが小さく笑い、食器を置く音がした。地上の店とは景色も違うが、魔物を相手にしていた時よりずっと馴染みのある音だった。
大河は食べ終え、残った物資を確かめた。まだ先へ進めるだけの食料と水はある。使ったポーションも宝箱から補充できているが、残りの本数は毎日見ておきたかった。
最後に地図を開き、今日歩いた道を見た。二十階層のボスを越えて、今は二十一階層。高尾へ来てから、一度も自分の部屋へ帰っていない。
「……帰ったら、まず風呂だな」
【分かる】
【五日も潜ってるとな】
【先に洗濯だろ】
「それもあります。両方ですね」
身体を拭くための物は持ってきている。それでも、湯に浸かるところを想像すると、急に部屋の風呂が恋しくなった。冷蔵庫に何が残っていたかまで考えかけ、大河は苦笑する。
帰りたくなったからといって、明日帰るつもりにはならなかった。せっかく二十階層のボスを越えたのだ。この先を、自分の目で見たい。
地図を閉じ、整備を終えた剣を手元へ置く。手甲も並べ、明日すぐに装着できるようにした。
「明日も進みます。まず二十二階層へ下りる道からですね」
【明日も見るぞ】
【今日もちゃんと寝ろよ】
【次は打撃で倒すところ楽しみにしてる】
「はい。お付き合いありがとうございました」
大河は配信を切り、ドローンを戻した。寝具を広げる前に立ち上がり、固まった肩と脚を軽く動かす。ボスとの戦闘も、ゴーレムを相手にした時の感触も、まだ身体に残っていた。
剣をアイテムぼっくすに入れて横になると、少し離れたところから話し声が聞こえた。誰かが明日の道について相談している。大河もスマートフォンを手に取り、調べるつもりの分岐を一度だけ確かめた。
高尾で五度目の夜だ。
画面を閉じ、目を閉じる。明日も迷うかもしれないし、今日より強い魔物に会うかもしれない。それを考えながらも、大河は寝具の中で身体を緩めた。今日できることは終えた。続きは、しっかり眠ってからだ。




