二十階層
折れた石柱の向こうで、重い金属が地面を擦っていた。
大河は岩陰で足を止め、開けた区画を見渡した。天井は高く、崩れた柱が外周に並んでいる。中央に立っていたのは、これまで見たオーガよりも一回り大きな魔物だった。
高尾へ入って五日目。ようやく辿り着いた、二十階層のフロアボスだ。
十八階層のモンスターハウスは、別の道を探して迂回した。その日は安全エリアで夜を越し、翌日は十九階層の迷路と戦闘に時間を使った。二十階層へ下りたあともすぐにはボスへ着けず、道を探しながら進んで、今は昼を少し過ぎている。
「……お待たせしました。二十階層のボスです」
【ついに来た】
【昨日は道が長かったな】
【でっか】
【あの棍棒、鉄か?】
ボスは厚い金属鎧を着込み、先端が膨らんだ鉄の棍棒を握っていた。頭には短い二本の角があり、首や腕も太い。近くに取り巻きの姿はなく、奥へ続く道を、その一体が塞いでいる。
大河はまだ踏み込まず、岩陰で装備を確かめた。剣の柄を握り直し、左手を開いてから閉じる。先ほど休憩と食事を取ったばかりで、身体も魔力も整っていた。
自分へ《鑑定》を使い、今の数字を確認する。
【天草 大河】
【レベル:56】
【体力:92】
【筋力:93(+10)】
【耐久:91】
【敏捷:94(+5)】
【魔力:90(+5)】
【精神:95】
【常在スキル:《レベルアップ補正》《危機感知》】
【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》《魔力操作》《魔力属性変化・雷》】
【装備:《マジックソード》《ミノタウロスの指輪》《疾風のブーツ》《魔力の腕輪》】
【探索者ランク:E】
十九階層で、もう一つレベルが上がっていた。高尾へ来た時よりも身体は強くなり、雷を纏った動きにも慣れている。表示を閉じ、今度は中央の巨体へ《鑑定》を向けた。
【オーガロード】
【レベル:76】
【体力:156】
【筋力:164】
【耐久:148】
【敏捷:88】
【魔力:54】
【精神:72】
大河は数字と、鉄の棍棒を見比べた。あれを剣で受け止めるつもりはない。鎧のない腕まで太く、これまでと同じ魔力刃では、深く斬れないかもしれなかった。
「オーガロード。一体ですけど、かなり強いですね」
【ロードか】
【棍棒だけでお前ぐらいありそう】
【正面から受けるなよ】
「はい。あれは避けます」
全身へ魔力を巡らせ、雷属性へ変える。淡いオーラにスパークが走り、黒い刀身の外側へ半透明の刃が伸びた。大河が岩陰から出ると、オーガロードは棍棒を持ち上げ、こちらへ顔を向ける。
低い咆哮が、石柱の間へ響いた。
大河は笑みを浮かべ、剣を構えた。
「よし。やろうか」
*
オーガロードは、大きな歩幅で距離を詰めてきた。
棍棒が頭の上へ持ち上がる。大河は相手の腕を見ながら横へ走り、振り下ろされる鉄の塊から離れた。地面が砕け、飛んだ石片が防具へ当たる。
大河はその脇へ踏み込み、鎧の下から胴を狙った。魔力刃が金属の縁を擦り、露出した脇腹へ入る。硬い手応えが返り、傷はついたが、思っていたほど深くはなかった。
オーガロードの左腕が伸びてくる。大河は剣を引き、掴みに来た手から離れた。相手は右手の棍棒を地面から引き上げ、そのまま低い横薙ぎへ繋げる。
大河はさらに下がった。棍棒の先が近くの岩へ当たり、上半分を砕いて飛ばす。足を止めずにその欠片からも離れると、オーガロードはもう構えを戻していた。
「……戻すのも速いな」
【岩砕いたぞ】
【一発が重すぎる】
【今、脇腹斬ったよな?】
【全然止まらん】
血は流れている。それでも、棍棒を振る力は落ちていなかった。大河は剣へ送る魔力を増やし、刃に厚みを持たせる。鎧へぶつけるより、露出したところへ確実に届かせたかった。
横へ動く大河に合わせ、オーガロードも身体を向ける。腕だけで振らず、踏み込みながら棍棒を薙いできた。大河は後ろへ逃れたが、鉄の塊を避けた先へ左の拳が迫った。
背筋に警告が走る。大河は拳を見て身体を捻り、肩の脇を通した。顔の近くで風が鳴り、踏んだ足をすぐに動かして、相手の正面から抜ける。
「拳も来るか」
【お前だけじゃなかったな】
【あの左手もやばい】
【近づいても安全じゃないぞ】
「分かりました。……今ので」
大河は息を整えながら、相手の両腕を見た。棍棒を振ったあとに近づけば、左手で掴むか殴る。十七階層の斧持ちよりも、空いた手を自由に使っていた。
それなら、その手から狙う。
オーガロードが再び棍棒を振り下ろした。大河は横へかわし、脇腹へ踏み込む構えを見せる。左手がこちらへ伸びてきたところで、足を止めずにさらに外へ回った。
厚い魔力刃を、伸びた前腕へ振り抜く。
刃が深く入り、血とスパークが散った。オーガロードは吠え、傷ついた手を引いたが、右腕は止まらない。大河は追撃を切り上げ、引き上げられた棍棒から距離を取った。
「よし。今のは入った」
【腕から血出てる】
【掴みに来たところ斬ったな】
【でも雷で止まってないぞ】
「止まらなくても、斬れればいいです」
左腕から流れる血を見ながら、大河は動いた。相手はすぐにその手を伸ばさず、棍棒を握る右腕をこちらへ向ける。前よりも大きく踏み込み、届く距離を広げようとしていた。
大河は後ろへ下がり、外周の石柱との間隔を確かめる。逃げる場所が狭くなる前に横へ動くと、オーガロードが追ってきた。棍棒を斜めに振り下ろし、避けた大河へ向き直ろうとする。
大河はそこで、相手の右側へ入った。
棍棒を握る手元へ、厚い魔力刃を振り上げる。手首の肉が裂け、オーガロードが棍棒を引いた。大河はすぐに剣を戻し、振り向きざまの肘を屈んでかわす。
鎧の下から、傷ついた脇腹へもう一度刃を入れた。
最初より深い手応えがあった。巨体が揺れ、低い吠え声が頭の上で響く。大河は剣を抜いて離れ、振り回された棍棒を外した。
オーガロードは追ってきたが、その握りが少しずれた。血に濡れた右手で、柄を握り直している。大河はそこを見ながら、もう一度距離を詰めた。
棍棒が横へ動く。大河は届く手前で止まり、鉄の塊が通り過ぎるのを待った。踏み直して入ろうとすると、傷ついた左手が、まだこちらを掴みに来る。
「まだ使うのか」
大河はその手を外側へかわし、前腕の傷へ再び剣を振った。雷が弾け、太い指が開いたまま止まる。大河は腕の下を抜け、剣へ流す魔力をさらに増やした。
大きくなった魔力刃を、鎧から出た首元へ振り抜く。
深く食い込んだ刃を抜くと、オーガロードが棍棒を持ち上げようとした。大河は離れながらその腕を見た。まだ振るつもりなら避ける。剣を構え直した先で、棍棒は持ち上がりきらずに落ちた。
巨体が膝をつき、地面へ倒れる。大河はしばらく距離を保ち、両手と呼吸を確かめた。動かなくなったのを見届けてから、ようやく雷を解く。
「……勝った」
【二十層突破!】
【倒したああ】
【最後まで殴ろうとしてたぞ】
【お疲れ、あいつ怖すぎる】
大河は大きく息を吐いた。剣を下げると、腕にも脚にも、戦っていた間の力が残っている。道中のオーガとは違う。何度か斬っても攻撃を続け、最後まで棍棒を離さなかった。
「強かったな。……本当に」
倒れた巨体を見ているうちに、自然と笑みが浮かんだ。最初の一撃では浅かった刃も、出力を上げれば深く届いた。伸びてくる手を見て避け、その腕から崩すこともできた。
【またその顔】
【満足そうだな】
【戦闘狂、今日も元気】
「勝ったら嬉しいでしょう。普通に」
【普通の嬉しそうとちょっと違う】
【まあ無傷で勝てたのはすごい】
【ちゃんと休めよ】
「休みます。今のは、結構体力使ったんで」
大河は魔物のいない入口側へ戻り、水を取り出した。岩へ腰を下ろすと、奥で宝箱の出現を告げる光が集まり始める。すぐには立たず、水を飲んでから、身体へ広がっていた熱に意識を向けた。
自分へ《鑑定》を使う。
【レベル:57】
数字を確かめ、表示を閉じた。高尾へ入って五日。二十階層まで来て、レベルも八つ上がっている。迷路を歩いて戻る時間まで含めて、ここへ来た意味は十分にあった。
「あと十階層か」
【まだ三分の一ある】
【こっからも道長いぞ】
【まず目の前の宝箱な】
「そうですね。あれは楽しみです」
大河は笑い、黒い刀身へ目を落とした。血を拭い、刃に傷がないか確かめる。呼吸が落ち着いたところで立ち上がり、まずはオーガロードの魔石を回収するため、倒れた巨体へ向かった。




