先へ
「今日は、ちゃんと下りますよ」
大河は寝具を片づけた安全エリアで、ドローンへ笑いかけた。朝食も装備の確認も済ませてある。高尾で三日目を迎えた身体は、昨日の夕方よりずっと軽かった。
【おはよう】
【昨日はよく寝たか】
【まず十六層脱出だな】
「寝ました。途中で一回も起きなかったです」
スマートフォンには、昨夜つけた印が残っている。安全エリアから戻る道と、まだ調べていない分岐。大河はそれを確かめてから剣を抜き、岩壁の向こうへ歩き出した。
昨日通った道では、地図を見る回数も少なくなった。石柱を抜け、低い天井の区画を過ぎると、未探索の道へ入る。一度は行き止まりに当たったが、戻る先が分かっているだけで、気持ちには余裕があった。
道中のオーガを倒し、魔石を回収する。別の分岐で狼の群れと戦ったあと、崩れた石積みの裏へ回ると、奥の地面が階段状に下がっていた。
大河は近づき、その先まで覗いた。岩の段差ではない。壁に沿って、下の階層へ続く階段だった。
「……あった!」
【やっと見つけた】
【十六層突破!】
【昨日の地図、役に立ったな】
「はい。戻って同じところを探さずに済みました」
大河は地図へ階段の位置を書き込み、安全エリアからの経路を指で辿った。下りた先で戻る必要ができても、ここまで来れば寝床へ帰れる。
時間を確かめると、出発してから二時間ほど経っていた。昨日の午後を使っても見つからなかった道へ、ようやく辿り着いたのだ。大河は水を一口飲み、十七階層へ下りた。
*
十七階層では、岩の間に古い石畳が残っていた。途切れた道を辿ると、壁際を通る細い道と、倒れた柱の向こうへ続く道に分かれる。大河は柱の方を選び、その陰にいた魔物を見て足を止めた。
棍棒ではなく、大きな斧を持ったオーガだった。胸には金属の板を繋いだ防具があり、左腕にも厚い革が巻かれている。大河が《鑑定》を使う間に、その脇から二頭の狼が出てきた。
【オーガウォリアー】
【レベル:67】
【グレイウルフ】
【レベル:65】
【グレイウルフ】
【レベル:65】
「斧持ちか。……狼までいるのかよ」
【混ざってる】
【上と下、両方見ないといけないぞ】
【斧でかいな】
狼が柱の左右へ離れ、オーガウォリアーが正面から歩いてくる。大河は全身強化・雷を使い、まず自分の右側にいる狼へ距離を詰めた。囲まれる前に一頭を減らしたかったが、狼はすぐに跳び退いた。
オーガの肩が動く。大河は前へ出るのをやめ、振り下ろされた斧から横へ離れた。石畳が割れ、その欠片を踏み越えて、反対側の狼が飛びかかってくる。
大河は身体を捻って牙を外し、通り過ぎる後脚へ剣を振った。傷を負った狼が着地を乱す。追おうとした足元へもう一頭が来たため、大河は剣を引き戻してその鼻先を斬りつけ、三体から距離を取った。
「……忙しいな」
【昨日の狼に斧が追加されてる】
【追撃させてくれん】
【一頭は脚やったぞ】
脚を斬った狼は、片側を庇っている。大河はその一頭へ向かうと見せ、オーガの斧が上がるのを待った。振り下ろす動きに合わせて横へ走り、倒れた柱を挟んで、傷のない狼の側へ出る。
大きな斧を振ったオーガは、すぐには柱を回れない。大河は狼が跳ぶ前に踏み込み、開いた口の脇へ魔力刃を走らせた。首元へ深く入った刃を抜き、倒れる身体の横を通って、脚を傷つけた一頭へ向かう。
狼は逃れようと地面を蹴ったが、傷ついた脚が滑った。大河はその隙に斬り込み、オーガが柱を回ってくる前に二頭目も倒す。背後で重い足音が近づくと、振り返りながら剣を構え直した。
「よし。あとはお前だ」
オーガウォリアーが横から斧を振る。大河は後ろへ下がって刃を外したが、相手は足を止めず、斧を引き寄せながら踏み込んできた。振り切ったあとを狙うつもりだった大河は、距離を詰めずにもう一歩離れる。
斧の柄が、胸の高さを通った。
近づけば、その柄でも殴ってくる。大河は相手の両手を見ながら動き、斧が頭の上へ持ち上がるのを待った。
地面へ叩きつけられる一撃を横へかわし、外側から懐へ入る。胸の金属板を避け、脇腹へ厚みを増した魔力刃を突き込むと、オーガが吠えた。雷が走っても、その腕は止まらない。
大河は剣を抜き、こちらへ向けられる柄から離れた。血が流れる脇腹を見て、もう一度構える。相手が斧を振り上げたところへ短く踏み込み、今度は柄を握る腕へ剣を振った。
傷口でスパークが弾け、片手が柄から離れた。傾いた斧を残る腕だけで持ち直そうとする間に、大河は外側へ回る。首元へ刃を振り抜いてから離れると、オーガウォリアーは斧を落とし、石畳の上へ倒れた。
【倒した!】
【柱で分けたのよかった】
【あの斧、外しても柄が来るの怖いな】
【最後までちゃんと見てた】
「棍棒のつもりで近づいたら、殴られてましたね」
大河は動かなくなった三体を確かめ、雷を解いた。剣を握る手に残った力を抜き、短く息を吐く。それから倒れた斧へ目を向け、口元を緩めた。
「……面白かったな」
【知ってた】
【戦闘狂の感想】
【反省したあと喜ぶな】
「ちゃんと反省してるでしょう」
笑って答え、魔石を回収する。身体へ広がっていた熱を確かめてから自分へ《鑑定》を使うと、レベルの欄が変わっていた。
【レベル:55】
大河は表示を閉じ、剣を握り直した。昨日から戦ってきた魔物の強さが、成長へ繋がっている。地図だけでなく、自分自身も先へ進めていた。
*
十七階層の探索は、昼を挟んで続いた。
道が繋がらずに戻ることはあっても、確認した分岐へ印を残すようになり、同じ場所を調べ直す回数は減っている。岩の裂け目を抜けた先で安全エリアを見つけると、大河はそこで昼食と休憩を取った。
午後に入ってからは、石畳が途切れる方へ進んだ。二つの行き止まりを潰し、狼の群れとの戦闘を終えたところで、壁に沿って下る階段を見つける。
「十八階層です」
【今日は進んでるな】
【昨日の分まで下りた】
【次の寝床も探さないとな】
「まだ時間はあります。でも、休む場所は先に見つけたいですね」
大河は階段を下り、十七階層とは別の地図を開いた。今度は岩の起伏が大きく、道の途中から先の様子が見えない。壁際には砕けた柱が埋まり、その間を縫うように道が続いていた。
いくつかの分岐を過ぎた頃、前方から魔物の声が聞こえてきた。
大河は足を止めた。低い唸り声に、重い足音が混じっている。曲がり角の向こうで何頭かが動いているようだったが、近づくにつれ、別の声まで重なり始めた。
「……多くないか?」
ドローンを自分の近くへ戻し、岩陰から先を覗く。道はその向こうで大きく開け、天井の高い区画へ繋がっていた。崩れた石柱の間に、灰色の狼が何頭もいる。
その奥では、オーガが棍棒を地面へ下ろしていた。さらに岩の陰から別の巨体が動き、斧の刃が見える。手前だけでも、狼が八頭。奥まで含めれば、まだいる。
【多い多い】
【モンスターハウスだ】
【入るなよ】
【奥にもオーガいるぞ】
大河は顔を引き、足音を立てないように後退した。岩で視界が遮られるところまで戻り、地図へ危険区域の印をつける。今の位置からでは、あの区画に何体いるかさえ数えきれなかった。
「……あれは、まとめて来られたらきついな」
数頭の狼を倒している間に、オーガが追いつく。そちらを避ければ、別の狼が左右から来る。先ほどの三体とは違い、全部を見ながら戦えるとは思えなかった。
大河は剣を握ったまま、近くの分岐へ戻った。まだ確かめていない細い道が一本残っている。あの区画へ繋がる可能性もあるが、まずは別の経路を探す方が先だった。
「こっちを調べます。通らずに済むなら、その方がいいんで」
【よし、落ち着いてる】
【その判断できるなら安心だわ】
【さすがにあそこは喜んで突っ込まないか】
「強いのと戦うのは好きですけど、何体いるか分からないところに入るのは別ですよ」
大河はそう返し、細い道へ入った。まだ高尾の三日目で、十八階層まで来たところだ。あの群れを相手にするかどうかは、周りの道を確かめてから決める。
背後から重なって聞こえる唸り声に耳を向けながら、大河は先の曲がり角へ剣を向けた。




