ダンジョン攻略
翌日。
大河は再び、渋谷ダンジョンを訪れていた。昨日とは違い、《ゲート》を前にしても足は止まらない。受付でライセンスを提示し、そのままゲートをくぐる。
「今日は二層目だな」
昨日一日でレベルは6まで上がった。一層目に出現する魔物の動きにも、ある程度は慣れたと思うが、油断するつもりはない。それでも昨日より、確実に先へ進める。
そう思いながら、一層目の奥へと歩き始めた。
一層目では昨日と同じように、ゴブリンやスライム、ケイブウルフが何度か姿を現した。けれど、昨日とはまるで感覚が違う。
相手の動きがよく見える。どの距離なら攻撃が届くのか、どの瞬間に踏み込めばいいのか。考えるより先に身体が動く場面も増えていた。
「やっぱり、昨日より全然楽だな」
魔石を回収しながら、改めてレベルアップの大きさを実感する。そのまま昨日たどり着いた一層目の最奥まで進み、下へ続く坂の前で足を止めた。
「ここからか」
昨日は引き返した場所。坂の先に広がる暗がりを見つめ、大河は短剣の柄を握り直す。
そして今度こそ、二層目へ向かって歩き出した。
*
二層目へ降りても、景色そのものは一層目と大きく変わらなかった。岩肌に囲まれた通路。淡い光を放つ苔。そして、現れる魔物も同じだ。
「……ゴブリンか」
少し先に、一匹のゴブリンが立っている。見た目だけなら、一層目で何度も倒した相手とほとんど変わらない。
けれど、こちらに気づいて走り出した瞬間、その違いはすぐに分かった。
「速い……!」
昨日までの個体より、明らかに踏み込みが鋭い。振り下ろされた木の棒を横へかわすが、思っていたより余裕がない。
「なるほど」
短剣を構え直しながら、自然と笑みが浮かぶ。
二層目。
出てくる魔物は同じでも、強さまで同じというわけじゃないらしい。
二層目に入ってからも、大河は足を止めることなく魔物を倒し続けた。一層目より強くなったゴブリン、スライム、ケイブウルフ。最初こそ速さや力の違いに戸惑ったが、大河自身も戦うたびにレベルが上がっていく。
レベル7。
レベル8。
レベル9。
そして、何体目かのケイブウルフを倒した直後。
「っ……!」
これまでとは明らかに違う感覚が全身を駆け抜けた。身体の奥から熱が広がるのと同時に、頭の中へ知らないはずの言葉と、その使い方が自然と流れ込んでくる。
「……レベル10」
そして、新しく発現したスキルは二つ。
《アイテムボックス》
《鑑定》
「嘘だろ……」
どちらも知っている。探索者なら、一度は欲しいと思うような希少スキルだ。所持者は決して多くなく、持っているだけで探索の幅が大きく変わる。
大河は足元に転がっていた魔石へ手を伸ばし、《アイテムボックス》を意識する。
次の瞬間、魔石が目の前から消えた。
「……入った」
意識を向けるだけで、収納されている魔石の存在が分かる。
「じゃあ、鑑定は……」
今度は自分自身へ《鑑定》を使った。すると、視界に自身の情報が浮かび上がる。
【天草 大河】
【レベル:10】
【体力:20】
【筋力:21】
【耐久:19】
【敏捷:22】
【魔力:18】
【精神:23】
【常在スキル:――】
【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》】
【探索者ランク:G】
「端末なしで見られるのか……」
その時、少し先の通路から一匹のゴブリンが姿を現した。大河は試しに、そのゴブリンへ《鑑定》を使う。
【ゴブリン】
【レベル:7】
【体力:17】
【筋力:16】
【耐久:15】
【敏捷:14】
【魔力:6】
【精神:8】
思わず口元が緩んだ。
「これは便利すぎるだろ」
自分より三つ下のレベル。それだけで、今までとは戦う前の感覚がまるで違った。どれくらい警戒すべきなのか。無理に戦う相手なのか、それとも問題なく倒せる相手なのか。その判断を、戦う前にできる。
「便利どころじゃないな、これ」
「ギィッ!」
ゴブリンがこちらへ駆け出してくるが、もう慌てる必要はなかった。振り下ろされた木の棒を横へかわし、すれ違うように短剣を振るう。
「ギャッ!」
一撃。ゴブリンはそのまま地面へ倒れた。
大河は魔石を取り出すと、今度はリュックへしまわず《アイテムボックス》へ収納する。荷物の重さを気にしなくていい。相手の強さも戦う前に分かる。
「……一気に探索が楽になったな」
二つの新しいスキルの便利さを実感しながら、再び二層目の奥へ歩き始めた。
《鑑定》と《アイテムボックス》を手に入れてから、探索速度は一気に上がった。遭遇した魔物を《鑑定》し、自分より明らかに格下なら迷わず仕掛ける。倒したあとの魔石も、その場で《アイテムボックス》へ収納すればいい。
気づけば二層目の終着地点までたどり着いていた。
「もう終わりか」
昨日とは違い、まだ時間にも体力にも余裕がある。
大河は迷うことなく、そのまま三層目へ下りた。
*
三層目に入って最初に遭遇したケイブウルフへ《鑑定》を使う。
【ケイブウルフ】
【レベル:11】
「やっぱり上がってるな」
二層目より、さらに魔物のレベルが高い。それでも今の大河なら戦える。
そこからは、ほとんど止まることなく進み続けた。
ゴブリン。
スライム。
ケイブウルフ。
相手のレベルを確認し、戦い、倒す。何度か格上とも遭遇したが、最初の頃のように相手の動きを一から探る必要はなくなっていた。
そして三層目の終盤。また身体の奥を熱が駆け抜ける。
「……レベル14」
初めてダンジョンへ潜った昨日の朝は、まだレベル1だった。それが今では14。数字を見るたび、自分が確実に強くなっていることを実感する。
「まだ行けるな」
目の前には、さらに下へ続く道。
大河は迷わず四層目へ足を踏み入れた。
*
四層目に入ってからは、一度に現れる魔物の数が増えた。ゴブリンが三匹。ケイブウルフが二匹。時には、種類の違う魔物が同時に襲ってくることもある。
それでも、《鑑定》で相手の強さを把握できる今は対応しやすかった。
【ゴブリン レベル:13】
【ゴブリン レベル:15】
【ケイブウルフ レベル:16】
「まずは速いやつからだな」
真っ先にケイブウルフを仕留め、残ったゴブリンを順番に倒していく。
最初の頃は二匹を相手にするだけでも慎重になっていたのに、今では複数の動きを見ながら戦えるようになっていた。もちろん、レベルが上がった影響も大きい。けれど、それだけじゃない。
魔物との戦い方そのものに、少しずつ慣れてきている。
四層目を進む間にも何度かレベルが上がり、終着地点へたどり着いた頃には――
【レベル:17】
「……順調だな」
渋谷ダンジョンは全五層。
つまり、次が最下層だ。
*
五層目。
出現する魔物のレベルはさらに高くなり、中には大河と同程度の個体も混じっていた。それでも足は止めない。
戦って、倒して、魔石を《アイテムボックス》へ収納する。
気づけばレベルは18まで上がっていた。
そして、しばらく進んだ先。
「……あれか」
それまでの通路とは明らかに雰囲気の違う、巨大な扉が目の前に現れた。配信で何度も見たことがある。
ダンジョンの最奥に存在する――ボス部屋。
「ついにここまで来たな」
大河は扉を見上げながら、短剣の柄を握り直した。
巨大な扉へ手をかけ、ゆっくりと押し開ける。その先に広がっていたのは、これまでの通路より遥かに広い空間だった。
そして中央。
六匹のゴブリンに囲まれるようにして、一際大きな影が立っている。
「……ホブゴブリン」
通常のゴブリンより二回り以上大きい身体。太い腕には、粗末ながらも重量のありそうな鉄製の棍棒が握られていた。
大河はすぐに《鑑定》を使う。
【ホブゴブリン】
【レベル:20】
続けて、周囲のゴブリンにも視線を向ける。
【ゴブリン レベル:16】
【ゴブリン レベル:17】
【ゴブリン レベル:15】
【ゴブリン レベル:18】
【ゴブリン レベル:16】
【ゴブリン レベル:17】
「七体か……」
数だけなら、これまでで一番多い。しかも中央には、自分よりレベルの高いボス。
それでも、不思議と逃げたいとは思わなかった。
むしろ――。
「やっと、歯ごたえありそうなのが出てきたな」
短剣を構え、大河は一歩前へ出た。
「ギャアアッ!」
ホブゴブリンが吠えた。それを合図にしたように、六匹のゴブリンが一斉に動き出す。
「っ……!」
正面から二匹、左右から二匹ずつ。
「連携してくるのか……!」
これまでのゴブリンとは明らかに違った。
正面の一匹が振り下ろした木の棒をかわし、そのまま短剣を突き出そうとする。だが、その瞬間。
「ギィッ!」
死角から回り込んでいたゴブリンの棒が、脇腹へ叩き込まれた。
「ぐっ……!」
鈍い痛みが走り、身体が横へよろめく。さらに正面からもう一匹が迫る。
「くそっ!」
咄嗟に後ろへ跳び、その攻撃をぎりぎりでかわした。痛む脇腹を押さえながら距離を取る。
強い。
個々の能力だけなら対処できる。けれど、互いの隙を埋めるように動かれるだけで、ここまで戦いづらくなる。そして何より――まだホブゴブリンは動いていない。
「……なるほど」
さっきまで浮かんでいた笑みは、もう消えていた。
これは今までと同じようにはいかないと感じ、気合いを入れ直す。正面から来る相手だけを見ていては、また同じように攻撃を受ける。
六匹すべての位置を意識しながら、少しずつ後ろへ下がって動きを観察した。
こいつらは適当に襲ってきているわけじゃない。前の二匹が大河の注意を引き、左右から残りが隙を狙う。
「なら……」
連携そのものを崩せばいい。
「ギィッ!」
再び正面の二匹が迫ってくるが、今度は下がらない。一匹目の攻撃をかわすと、そのまま横へ大きく踏み込む。
狙うのは、右側から回り込もうとしていたゴブリン。
「まず一匹!」
振り向くより早く、短剣を首元へ突き立てる。
「ギャッ――!」
一匹が崩れ落ちる。その瞬間、残ったゴブリンたちの動きがわずかに乱れた。
「やっぱりな」
短剣を引き抜き、すぐに次の相手へ視線を移す。連携が乱れた隙を逃さず、次の一匹へ踏み込んだ。
「ギィッ!」
慌てて振るわれた木の棒をかわし、そのまま腹へ短剣を突き立てる。
二匹目。
だが、短剣を引き抜こうとしたその時だった。
「グオオオッ!」
「っ!?」
低い咆哮とともに、これまで動かなかったホブゴブリンが一気に距離を詰めてくる。
速い。
巨体からは想像できない踏み込みだった。咄嗟に短剣を引き抜いたが、完全には避けきれない。
「ぐっ……!」
棍棒が左肩へまともにぶつかり、身体が大きく吹き飛ばされた。地面を二度、三度と転がる。
「がっ……!」
背中を岩肌へ打ちつけ、肺から一気に空気が抜けた。左肩が焼けるように痛い。腕を動かすだけでもズキズキと痛みが走る。
「グオオオッ!」
それでもホブゴブリンは待ってくれない。顔を上げると、もう目の前まで迫っていた。
「くそっ!」
振り下ろされる棍棒を転がるようにしてかわすが、地面が砕け、飛び散った石片が頬を切った。
立ち上がった直後、今度は残ったゴブリンが横から飛び込んでくる。
「ギィッ!」
「っ!」
木の棒を完全には避けられず、脇腹を強く打たれた。
「ぐぁっ……!」
身体がくの字に折れる。その瞬間、正面からホブゴブリンの蹴りが飛んできた。
咄嗟に腕を交差させる。
「――っ!」
防いだはずなのに、身体ごと後ろへ吹き飛ばされた。地面へ背中から落ち、何度か転がって止まる。
「はぁ……はぁ……」
痛い。
肩も、脇腹も、背中も。口の中には鉄の味が広がっている。
立ち上がろうとした足が、一度震えた。
「……強いな」
これまで戦ってきた魔物とは違い、一つの判断ミスがそのまま死へとつながる。探索者になって、初めて明確な生命の危機に瀕した状況だった。
しかし――。
「まだ……終わってない」
短剣を地面へ突き立て、それを支えに立ち上がる。
まだ四匹のゴブリンが残っている。迎え撃つだけでは、また後手に回る。
そう判断した大河は、自ら地面を蹴った。
「ギッ!?」
最も近くにいたゴブリンの振るった棒を紙一重でかわし、すれ違いざまに短剣で腹を切り裂く。
浅い。
「ギィィッ!」
背後から別のゴブリンの棒が振るわれ、背中へ直撃する。
「ぐっ!」
前につんのめりながらも振り返り、そのまま懐へ飛び込む。
「しつこい……!」
短剣を喉へ突き立てた。
「ギッ――」
三匹目。
その隙を狙って、さらに二匹が左右から迫る。一匹の攻撃を腕で受けながら、もう一匹の胸へ刃を突き込む。
「ぐっ……!」
腕に鈍い痛みが走る。それでも止まらない。
短剣を引き抜くと、棒を振り切ったばかりのゴブリンへ身体ごとぶつかり、地面へ押し倒した。そのまま喉へ刃を突き立てる。
五匹目。
残り一匹。
「ギィィッ!」
最後のゴブリンが正面から飛び込んでくる。大河も前へ出た。
振り下ろされた棒を避けきれず肩を掠めたが、それでも踏み込みを止めない。
「これで……!」
短剣が胸へ深く突き刺さる。
「ギャッ――」
六匹目のゴブリンが地面へ崩れ落ちた。
これで取り巻きは全部。
だが、短剣を引き抜いた瞬間。
「グオオオオッ!」
ホブゴブリンが突っ込んできた。
「っ!」
棍棒が横薙ぎに振るわれる。下がるのが遅れた。
棍棒の先端が腹を掠め、その衝撃だけで身体が横へ弾かれる。
「がっ……!」
地面へ倒れ込み、息がうまく吸えない。視界が揺れ、立ち上がるのもままならない。
そんな状態の大河を見逃してくれるほど、ホブゴブリンは甘くない。棍棒を大きく振り上げる。
「……やばっ」
痛む身体を無理やり動かし、横へ転がった。
直後。
轟音とともに棍棒が地面へ叩きつけられる。
あと一瞬遅ければ、確実に終わっていた。
「はぁ……はぁ……」
立ち上がる。
左肩はまともに上がらない。脇腹も痛む。服は土と血で汚れ、頬から流れた血が顎を伝っていた。足にも力が入りづらくなっている。
一方、ホブゴブリンはまだ立っている。
「……やっぱりボスってだけあるな」
それでも、不思議と逃げたいとは思わなかった。頭の中にあるのは、どうすれば倒せるかということだけだった。
ホブゴブリンが再び棍棒を構える。
何度も見た。
振り下ろす直前、わずかに右肩が上がる。
攻撃そのものは速いが、予備動作はある。
「次で……決める」
短剣を右手だけで握り直す。
「グオオオッ!」
ホブゴブリンが地面を蹴ると同時に、大河も突っ込んだ。距離が一気に縮まる。
棍棒が振り上げられ――右肩が上がった。
「ここだ!」
振り下ろされる直前に横へ踏み込む。完全には避けきれず、棍棒が右脚を掠めた。
「ぐっ……!」
激痛が走り、足が崩れそうになる。それでも止まらず、懐へ潜り込んだ。
「うおおおっ!」
残っている力をすべて右腕へ込め、短剣をホブゴブリンの胸へ突き立てる。
「グアアアアッ!」
巨体が暴れ、太い腕が大河の身体を殴りつける。
「ぐっ!」
横腹へ衝撃が走るが、短剣から手を離さない。
「まだ……だ!」
さらに深く、全体重を乗せて刃を押し込む。
「グ――オ……」
やがてホブゴブリンの動きが止まった。握られていた棍棒が地面へ落ち、その巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
「……勝った」
そう呟いた瞬間、全身から力が抜けた。大河はその場へ膝をつく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
立っていられない。肩は痛み、脇腹も背中もズキズキする。右脚にはまともに力が入らず、頬からはまだ血が流れている。
全身ボロボロだ。
決して上手く戦えたわけじゃない。何度も攻撃を受けた。一歩間違えれば死んでいた。
それでも――。
「……はは」
気づけば、笑っていた。
今までで一番苦しかった。今までで一番怖かった。
そして。
「……最高だな」
今までで一番、楽しかった。
ホブゴブリンの身体が完全に動かなくなった、その直後。大河の身体を、これまでとは比べものにならないほど強い熱が一気に駆け抜けた。
「っ……!」
戦闘が終わったことで、この戦いで得た経験値がまとめて反映される。熱が収まるのを待ち、《鑑定》で自身のステータスを確認した。
【天草 大河】
【レベル:22】
「一気に四つ……」
戦闘開始時はレベル18。そこから一度に22まで上がっている。
そして、もう一つ。頭の中へ新たなスキルの情報が流れ込んできた。
《魔力操作》
「魔力を……操作する?」
自身の中に存在する魔力を認識し、動かし、制御するためのスキル。
試してみたい気持ちはあったが、今は身体がまともに動かない。ひとまずホブゴブリンから魔石を回収し、《アイテムボックス》へ収納する。
その時だった。
部屋の奥に、それまで存在しなかった宝箱が置かれていることに気づく。
「……宝箱?」
痛む身体を引きずるようにして近づき、蓋を開けた。
中に収められていたのは、一振りの剣だった。一般的な長剣よりは短く、片手でも扱いやすそうな大きさをしている。黒みがかった刀身には、淡い光沢が浮かんでいた。
大河は剣を手に取り、《鑑定》を使う。
【マジックソード】
【高い魔力伝導性を持つ魔法武器。一定以上の魔力を流し込むことで、刀身の外側に魔力の刃を形成する】
「魔力の刃……」
獲得したばかりの《魔力操作》。そして、魔力を流すことで真価を発揮する武器。
「……ちょうどいいな」
ボロボロの身体でありながら、大河の口元には再び笑みが浮かんでいた。
《マジックソード》を《アイテムボックス》へ収納すると、ようやく大きく息を吐く。戦闘が終わったことで張り詰めていたものが切れたのか、全身の痛みが一気に押し寄せてくる。
「……帰るか」
これ以上ここに残って《魔力操作》や新しい武器を試す余裕はない。
ボスを倒したことで部屋の奥に出現していた帰還用の《ゲート》へ、足を引きずりながら向かう。その手前で一度だけ振り返った。
倒れたホブゴブリン。散らばる取り巻きの死体。そして、空になった宝箱。
探索者になってまだ三日目。その三日目にして、大河は一つのダンジョンを最奥まで踏破した。
「……攻略したんだな」
口にして初めて、その実感が湧いてくる。一歩間違えれば死んでいた。それでも、その先にあったものを自分の目で見ることができた。
大河は小さく笑うと、帰還用の《ゲート》へ足を踏み入れた。
*
帰還用の《ゲート》を抜けた瞬間、見慣れた渋谷の景色が視界に戻ってきた。
そのまま数歩進んだところで、
「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか!?」
入口付近にいた職員が、大河の姿を見るなり慌てて駆け寄ってきた。
無理もない。服はところどころ破れ、全身は土と血で汚れている。左肩はまともに上がらず、右脚も引きずっていた。
「一応、大丈夫です」
「大丈夫には見えませんよ。これ、飲んでください」
差し出されたのは、赤い液体の入った小瓶だった。
回復用のポーション。
「ありがとうございます」
蓋を開け、一気に飲み干す。
直後、温かな感覚が身体中へ広がり、痛みが少しずつ引いていく。完全に疲労まで消えるわけではないが、まともに動かなかった左肩も上がるようになり、右脚の痛みもかなり軽くなった。
「……すごいな」
「それだけ怪我してたら一本じゃ足りないかもしれませんけどね」
職員が呆れたように言う。
大河は軽く左肩を回しながら、ダンジョンへ入る前の自分を思い返した。
「ポーション、高いからってケチるんじゃなかったな。低級でもいいから、次から買っとこ」
初探索では必要ないだろうと買わなかったが、今日の戦いを経験した以上、もう同じ判断をするつもりはない。
そこで大河は、ふと思い出したように口を開いた。
「あ、五層のボスは倒しました」
「……はい?」
職員の表情が止まる。
「ホブゴブリンです。取り巻きも全部」
「…………」
数秒の沈黙。
職員は大河の顔と、提示されたライセンスを交互に見た。
【探索者ランク:G】
「……今日で探索何日目ですか?」
「三日目ですけど」
再び沈黙が落ちた。
「三日目で……五層まで?」
「はい」
大河にとっては、ただ奥へ進み続けただけだった。だが職員の反応を見る限り、それはどうやら普通ではないらしい。
こうして天草大河の、最初のダンジョン攻略は幕を閉じた。
【天草 大河】
【レベル:22】
【体力:32】
【筋力:33】
【耐久:31】
【敏捷:34】
【魔力:30】
【精神:35】
【常在スキル:――】
【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》《魔力操作》】
【探索者ランク:G】




