炎を抜けて
ハイメイジの杖が、大河の進む先へ向いた。先端で膨らんだ火を見ながら、大河は岩の間を走る。放たれた火の塊が近づくと、地面を蹴って左へ進路を変えた。
背後で炎が広がった。熱気を背に受けても足は止めず、盾持ち二体の外側へ回り込む。ハイメイジとの距離が縮まるにつれ、手前の一体が盾を向け直した。
大河はその正面へ踏み込んだ。魔力刃を斜めに振り下ろすと、盾に深い傷が入り、コボルトの腕が沈む。続けて剣を返そうとしたところへ、もう一体が横から斬りかかってきた。
大河は後ろへ下がり、その刃を外した。盾持ち二体が再び並ぶ向こうで、ハイメイジが杖を持ち上げている。
「ちゃんと守るな」
【片方殴るともう片方が来る】
【あいつら追ってこないぞ】
【ボスから離れないつもりだな】
大河は横へ動いた。盾持ちも少しずつ位置を変え、ハイメイジへの道を塞ぐ。前衛だけを誘い出そうとしても、近づかなければ剣を振ってこない。
杖の先が光る。大河は二体から離れ、飛んできた火を横へかわした。火はそのまま岩へ当たり、周囲へ炎を撒き散らす。大河は広がる端まで見てから、再び前へ走った。
撃ったあとは、次の火が膨らむまで少し時間がある。
その間に一体を倒せれば、近づく道ができる。
大河は傷をつけた盾持ちへ剣を振った。コボルトが盾を上げ、隣の一体が剣を構える。大河は刃をぶつける手前で足を止め、二体の外側へ大きく回った。
傷のない方が追うように向き直る。大河はその剣を弾き、盾を構える腕の外側へ魔力刃を走らせた。血とスパークが散ったが、相手は盾を離さなかった。
もう一体の剣が迫る。
大河は斬った腕から離れ、振り下ろされた刃を外した。ここで下がれば、また二体が並ぶ。大河は剣を振り終えた方へ踏み込み、盾の下から腹へ蹴りを入れた。
コボルトの足が後ろへずれた。大河はそのまま肩を押し、二体の間を抜けようとする。
ハイメイジの杖に、すでに火が集まっていた。
「っ……!」
大河は前へ出るのをやめ、盾持ちの脇から横へ跳んだ。火は二体から離れた位置へ飛び、地面で大きく弾ける。広がった炎の端が左腕を掠め、熱さに顔が歪んだ。
着地してさらに離れると、左腕にはひりつく痛みが残った。指は動く。剣を構えたまま腕を一度確かめ、大河は三体へ顔を戻した。
【腕、大丈夫か】
【今の火、近かったぞ】
【無理に抜けるなよ】
「動きます。まだ大丈夫です」
盾持ちは二体とも傷を負っている。片方は盾が裂けかけ、もう片方はその腕から血を流していた。こちらにも攻撃は通っているのに、倒す前に火が飛んでくる。
大河は左腕の痛みを意識しながら、ハイメイジの位置を見た。二体を守りつつ、こちらへ火を届かせるために、少しずつ横へ動いている。
前衛のすぐ後ろへ隠れ続けているわけではない。
「……そこから撃ちたいのか」
大河はハイメイジのいる側へ走った。盾持ち二体が道を塞ごうと動き、ボスも杖をこちらへ向ける。火が放たれるのを見て、大河は大きく外へ避けた。
炎が広がる範囲を抜け、そのまま三体の横へ回る。
ハイメイジが後ろへ下がった。近い方の盾持ちは向き直ったが、もう一体は遅れている。大河は二体が揃う前に、裂けかけた盾へ剣を振り下ろした。
魔力を増やした刃が、傷の入ったところを断ち切った。盾の上半分が外へ傾き、コボルトの顔が露出する。大河は刃を返し、首元へ深く入れた。
一体が崩れた。
残る盾持ちの剣を横へ外し、大河はハイメイジの動きを確かめた。まだ杖をこちらへ向けているが、先端の火は小さい。
今なら、もう一体へ届く。
大河は剣を弾き返し、傷ついた盾の腕へ再び刃を走らせた。雷が弾け、コボルトの肩が引きつる。盾が下がったのを見て胸へ斬り込み、すぐに相手から離れた。
【二体落とした!】
【回ったら守りがずれたな】
【まだ火来るぞ】
大河はハイメイジへ走った。杖の先には大きな火ができていたが、もう間に盾持ちはいない。杖が振られるのに合わせて横へ動き、放たれた火の脇を抜けた。
背後の地面が燃え上がる中、大河は剣を振った。
ハイメイジは杖を斜めに構え、刃を受けた。硬い手応えが腕へ返る。杖の表面が削れ、コボルトの身体が後ろへ押されたが、まだ切り裂けてはいなかった。
「杖も硬いのか」
ハイメイジの左手が上がる。その掌に火が灯るのを見て、大河は剣を引き、横へ回り込んだ。噴き出した炎が身体の脇を通り、暗い赤色の衣が熱風に揺れる。
大河は伸ばされた左腕へ斬りかかった。魔力刃が袖ごと腕を裂き、ハイメイジが甲高く吠える。雷は走ったものの、相手は右手の杖を振ってきた。
大河は柄に近い部分でそれを受け流した。杖が地面へ落ちるように振り抜かれ、その先端に赤い光が集まる。
背筋へ警告が走った。
大河は光を見て、前へ出しかけていた足を引いた。地面すれすれに噴き出した火が扇のように広がる。後ろへ跳んでも熱気が追い、ブーツの先を炎が舐めた。
火の届かない場所まで離れ、大河は短く息を吐いた。ハイメイジも杖を引き戻し、傷ついた左腕を庇うように身体を捻っている。
【近づいても火かよ】
【今の足元やばかった】
【杖も手も見ないと駄目だな】
「見てます。……忙しいけど」
大河は剣を握り直した。遠くにいれば大きな火が飛んでくる。近づいても、手や杖から炎を出す。盾持ちがいなくなった分だけ楽になったが、剣を振り続ければ勝てる相手ではなかった。
それでも、傷はつけられた。
ハイメイジの左手は、先ほどから持ち上がっていない。杖を握る右手が動けば、その先から何が出るかを見る。そこまで考え、大河は再び踏み込んだ。
杖の先に火が膨らむ。大河は正面を避けて走り、放たれた火から離れながら距離を詰めた。ハイメイジが杖を身体の前へ引き戻すより早く、半透明の刃がその右腕を斬る。
杖が下がった。
大河は追撃を急がず、その先端を見た。赤い光が集まり始めている。相手が地面へ向けて杖を振ろうとしたところへ、さらに外側から踏み込んだ。
左手で、杖の中ほどを掴む。
ひりつく腕に力を入れ、先端を自分から遠ざけた。地面へ噴き出した火は、二体の横へ広がる。ハイメイジが杖を引こうとしたが、大河は離さず、その胸へ剣を突き込んだ。
衣を貫き、魔力刃が深く入った。
傷口で雷が弾け、杖を引いていた腕が止まる。大河はその隙に剣を抜き、首元へ刃を返した。
ハイメイジの膝が折れた。大河は杖から手を離して後退し、倒れる身体から距離を取る。地面に落ちた杖を見て、それからコボルトの両手へ目を向けた。
火は、もう灯らなかった。
しばらく構えたまま待ち、三体とも動かないことを確かめる。大河が身体の雷を解くと、炎の燃える音だけが開けた空間に残った。
「……よし。勝った」
【倒した!】
【十五層突破!】
【最後、杖掴んでたぞ】
【近くまで行っても怖いボスだったな】
大河は大きく息を吐き、左腕を見下ろした。炎に掠められた部分が赤くなっている。戦っている間よりも痛みがはっきりしてきたが、深い傷にはなっていなかった。
「先に、腕を治します」
炎から離れた場所へ移動し、《アイテムボックス》からポーションを取り出した。口へ含んで飲み下すと、腕のひりつきが徐々に薄れていく。赤みが引いたところを確かめ、大河は指を開いてから握った。
【薬あってよかった】
【十層でも拾ってたしな】
【ちゃんと治してから進めよ】
「はい。まだ半分なんで」
大河は残っていた痛みが消えるまで待ち、ようやく剣の汚れを落とした。胸へ突き込んだ時の手応えも、杖を掴んだ感触も、まだ腕に残っている。
左手が空いていたから、あの火を外へ向けられた。剣だけでなく、蹴りや押す動きも使えた。昨日のロックリザードから試してきたことが、この戦闘でも役に立っていた。
「……できること、増えたな」
【そこで嬉しそうにする】
【火掠めたことも忘れるなよ】
【戦闘狂、上層突破】
「腕は治しましたし、最後のは違います」
【否定するのそこか】
【いつものTAIGAだった】
【お疲れ、おめでとう】
大河は笑い、水を飲んだ。奥では宝箱の出現を告げる光が集まっている。すぐに向かう気にはならず、まずは岩へ腰を下ろして呼吸を整えた。
十五階層まで、来ることができた。
入口で身軽だと言われた時には、こんな魔法を相手にするところまでは想像していなかった。今の自分には、あの盾持ち二体を崩し、炎を抜けてボスへ剣を届かせることができる。
身体に広がった熱を確かめ、大河は自分へ《鑑定》を使った。
【レベル:54】
新しい数字を見て、自然と口元が緩む。表示を閉じてから、奥へ続く道へ目を向けた。次に下りれば、初めての中層だ。
「少し休んだら、回収します。宝箱も、それからですね」
【慌てなくていいぞ】
【ここから道も変わるしな】
【半分終わった、お疲れ】
「ありがとうございます」
大河はそう答え、もう一口、水を飲んだ。先へ進む楽しみはあるが、今は腕と脚を休ませる。中層へ持ち込む疲れを少しでも減らしてから、次の階段へ向かうつもりだった。
【天草 大河】
【レベル:54】
【体力:88】
【筋力:89(+10)】
【耐久:87】
【敏捷:90(+5)】
【魔力:86(+5)】
【精神:91】
【常在スキル:《レベルアップ補正》《危機感知》】
【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》《魔力操作》《魔力属性変化・雷》】
【装備:《マジックソード》《ミノタウロスの指輪》《疾風のブーツ》《魔力の腕輪》】
【探索者ランク:E】




