上層の最後
矢が岩の縁を叩き、大河の足元へ落ちた。顔を出しかけていた位置を見てから、大河は岩の反対側へ身体を寄せる。十三階層で出会った集団には、盾持ち二体の後ろに、弓持ちとメイジが一体ずついた。
《鑑定》で確認したレベルは、五十八から五十九。数字の差よりも、飛んでくる物が二種類になったことの方が厄介だった。
「今度は、弓と魔法か」
【両方いるな】
【火を避けた先に矢が来るぞ】
【盾持ちも忘れるなよ】
岩の脇から覗くと、メイジが杖を上げていた。その隣では、アーチャーが次の矢を番えている。前の二体は距離を詰めてくるが、昨日のように大きく離れて追ってはこなかった。
大河は全身強化・雷を使い、岩から右へ走った。メイジの杖がこちらを追い、弓も同じ方へ向く。火が放たれるのを見て進路を変えると、矢は曲がる前の位置へ飛んできた。
盾持ちの一体が、その先へ出てくる。
大河は踏み込みを止め、振り下ろされた剣を外した。すぐに距離を詰め直す代わりに、相手の左側へ動く。こちらへ向き直ったコボルトの身体が、後ろの弓持ちとの間に入った。
アーチャーが弓を少し持ち上げた。
大河はそれを見て、盾持ちへ斬りかかった。厚くした魔力刃が盾の上端へ食い込み、相手の腕を下げる。開いた肩口へ刃を返すと、コボルトが悲鳴を上げた。
後ろで杖が光るのを確かめ、大河は追撃を止めた。傷を負った盾持ちの外側へ抜け、飛んできた火から離れる。その間にもう一体も近づいてきたが、二体の足並みは揃っていなかった。
「そっちは、少し待ってて」
大河は先に傷を負わせた一体へ踏み込んだ。剣を弾き、盾の外側から首元を斬る。倒れる身体からすぐに離れると、矢が背後を通り過ぎた。
【一体落とした】
【前衛で弓の射線切ってたな】
【ずっと後ろも見てる】
残る盾持ちが前へ出た分、後衛までの道が空いていた。大河はそちらへ走り、向けられた杖を見ながら横へずれる。火の塊を外した勢いで距離を詰め、メイジの腕へ剣を振った。
雷が弾け、杖を握る手が止まる。大河は空いた方の手も見たまま、胸へ刃を返した。
アーチャーは弓を引ききる前に後退した。大河はその腹へ蹴りを入れ、上体が折れたところへ剣を振り抜く。二体を倒して振り向くと、盾持ちがこちらへ駆けてきていた。
今度は、後ろから飛んでくる物がない。
大河は正面からの剣を受け流し、相手の膝を蹴った。崩れた体勢では盾も上がりきらず、魔力刃がその隙間を抜けた。
四体が倒れたのを確かめ、大河は身体の雷を解いた。少し上がった息を整えながら、地面に刺さった矢へ目を向ける。
「両方いると、見るところが多いですね」
【ソロだと全部自分に来るしな】
【普通は前衛と後衛で分担する】
【速さだけで押してないのいいな】
「突っ込んでる途中に、横から刺されたら嫌なんで」
大河は剣を拭き、魔石を回収した。戦っている間は夢中だったが、立ち止まると喉が渇いている。水を飲んでから、次の道へ目を向けた。
*
十三階層を抜け、十四階層へ下りる頃には昼を過ぎていた。コボルトの集団との戦闘に加え、途中ではロックリザードにも遭遇した。硬い背中を避けて脚を狙い、体勢を崩してから腹へ刃を入れる。
昨日は一度殴って確かめた頭も、今日は無理に狙わなかった。相手が違えば、同じ速さでも使い方が変わる。斬るために回り込むこともあれば、追ってくる一体をほかから離すために走ることもあった。
魔石を収納し終えると、大河は見通しのよい岩際で休憩を取った。椅子を広げて座り、剣を手元へ置く。ここを出れば、次は十五階層だ。
「ボスの前に、一回ちゃんと休みます」
【次が上層最後か】
【飯も食っとけ】
【昨日の岩トカゲより強いのが待ってるぞ】
「食べます。今のうちに」
食料を取り出し、周囲へ目を配りながら口へ運ぶ。少し前から、身体にレベルアップの感覚があった。戦闘と回収を優先していたため、大河はここでようやく自分へ《鑑定》を使った。
【レベル:53】
数字を確かめ、軽く右手を握った。高尾へ入ってから、これで四つ上がったことになる。最近のGランクではほとんど得られなくなっていた成長が、ここでは続いている。
もちろん、その分だけ相手も強い。朝から何度も飛んできた火を思い出し、大河は表示を閉じた。
【今、口元緩んだぞ】
【また何か見てたな】
【隠すなら顔も隠せ】
「配信できないじゃないですか、それ」
【声だけでやるか】
【戦闘中の声だけでも分かりそう】
【強いやつ見た時と勝った時な】
大河は笑い、残りの食料を食べた。成長したことは嬉しいが、それで疲れまでなくなるわけではない。水を飲み、しばらく脚を休ませてから防具を確かめた。
十五階層の先には中層がある。管理所で聞いた話も、事前に調べた情報も、そこから道が難しくなることでは一致していた。
上層は、ここまでなら進む方向を見つけやすかった。多少曲がっていても、戻るか進むかで迷う場所は少ない。次の階層からは、戦闘を終えたあとにどちらへ進むかも、自分で選ばなければならなくなる。
「ボスを倒したら、まず安全エリア探しですね」
【見つけるまでが大変なんだよな】
【中層入ったら道も見ろよ】
【魔物追いかけて迷うなよ】
「追いかける前に、道は見ますよ」
そう答えながら、大河はスマートフォンで時刻を確かめた。まだ午後の早い時間だ。ボス戦にどれだけかかるかは分からないが、休んでから向かっても、今夜の場所を探す時間は取れるだろう。
もし時間が足りなければ、中層へ入るのは明日にする。
大河は椅子から立ち上がり、軽く脚を動かした。息も整い、腕の疲れも引いている。荷物を収納して剣を手に取り、十五階層へ続く道へ向かった。
*
十五階層の奥は、岩壁が大きく外へ広がっていた。天井も高く、中央までの間には大小の岩が散らばっている。大河は手前で足を止め、奥にいる三体へ目を向けた。
二体は大きな盾と剣を持っていた。その後ろにいる一体は、ほかのメイジより長い杖を握り、暗い赤色の衣を纏っている。杖の先には黒ずんだ石がはめ込まれていた。
大河は《鑑定》を使った。
【コボルトハイメイジ】
【レベル:66】
【体力:86】
【筋力:46】
【耐久:58】
【敏捷:59】
【魔力:112】
【精神:96】
【コボルトソルジャー】
【レベル:62】
【コボルトソルジャー】
【レベル:62】
魔力の数値を見て、大河は杖へ視線を戻した。道中のメイジと同じように考えるわけにはいかない。前の二体も大きな盾を構え、こちらとの間を塞ぐように立っていた。
「コボルトハイメイジ。今度は、魔法使う方がボスか」
【あいつか】
【火の大きさ違うぞ】
【盾二体が邪魔なんだよな】
【今までより距離あっても油断すんな】
ハイメイジが杖を持ち上げた。盾持ち二体は前へ出ず、その左右に留まっている。大河は全身に魔力を循環させ、雷へ変えてから、右側の岩へ向かって動いた。
杖の先に赤い光が集まった。
道中で見た火よりも大きい。膨らんだ火の塊が放たれるのを見て、大河は岩の後ろへ走った。隠れる直前にもう一度顔を向けると、火はまだこちらへ迫っていた。
岩へ当たり、炎が大きく広がった。
大河は熱気を感じて、さらに後ろへ跳んだ。岩の両側から噴き出した火が、ついさっき足を置いていた場所を舐める。細かな石片が地面へ落ち、焦げた匂いが流れてきた。
「……そこまで広がるのか」
【今の岩の裏まで来たぞ】
【当たったあとも気をつけろ】
【隠れたら終わりじゃないんだよな】
大河は燃え残った地面を見てから、岩の外側へ出た。盾持ちはまだハイメイジのそばにいる。こちらが近づくのを待ちながら、魔法だけで攻撃できる配置だった。
ハイメイジが再び杖を上げる。大河は足を止めず、三体の位置と、前へ進むための足場を確かめた。
「よし。まず、近づかないとな」
剣へ流した魔力が半透明の刃を形作り、その外側で雷が弾けた。大河は岩の端を蹴り、次の火が放たれる前に走り出した。




