火の向こう
寝袋を畳もうとして、大河は一度、肩を回した。地面の硬さは気になったものの、思っていたより眠れていた。脚を伸ばしても、昨日の戦闘で感じた重さはほとんど残っていない。
岩の張り出しの外では、臼井が朝食の準備をしていた。見張りを終えた仲間と短く話してから、起き上がった大河へ顔を向ける。
「おはよう。眠れた?」
「おはようございます。途中まで音が気になったんですけど、気づいたら寝てました」
「最初はそんなもんだよ。食べてから出る?」
「はい」
大河は寝袋を収納し、食料と水を取り出した。高尾へ入って二日目になる。時計を見なければ、今が朝なのか夜なのかも、地上ほどはっきりとは分からなかった。
朝食を取りながら、臼井たちの予定を聞く。三人は今日は先へ進まず、地上へ戻るつもりらしい。大河が十一階層へ向かうと答えると、臼井は口へ運びかけていた食料を下ろした。
「この先、魔法を使うやつが増えるからね。剣や槍を見てる間に、後ろから飛んでくる」
「コボルトですか?」
「そう。杖を持ってるやつ。前にいるのを追いかけすぎると、狙われるよ」
大河は頷き、残りの水を飲んだ。昨日の弓持ちも、前衛がいるからこそ厄介だった。後ろの相手だけを見れば、近くの剣が届く。そちらへ意識を戻せば、今度は遠くから攻撃が来る。
「ありがとうございます。気をつけます」
食事を終えて荷物をしまうと、大河は防具とブーツを身につけた。剣を確かめて立ち上がり、三人へ頭を下げる。
「昨日は助かりました」
「こっちも見張りが一人増えて助かったよ。帰りまで気をつけて」
「はい。皆さんも」
臼井たちと別れ、大河は十一階層へ続く道へ向かった。昨夜は人の話す声や荷物を動かす音があったが、今は自分の足音だけが響く。階段の手前で周囲を確かめ、ドローンを取り出した。
「おはようございます。二日目、始めます」
【おはよう】
【ちゃんと寝たか?】
【十一層からだな】
【昨日の人たちは?】
「地上へ戻るそうです。俺はこのまま進みます。見張りを交代してもらえたんで、ちゃんと寝られました」
ドローンが浮き上がるのを待ち、大河は階段を下りた。身体の調子はいい。昨日覚えた動きが、休んだあとにも同じように使えるか、早く試したくなっていた。
*
十一階層には、腰ほどの高さの岩が点々と並んでいた。岩の間を抜ける道は見通しがよく、その先で三体のコボルトが動いている。
前の二体は剣と盾を持っていた。少し離れた後ろの一体には盾がなく、細い杖を握っている。大河は岩の脇で足を止め、《鑑定》を使った。
【コボルトソルジャー】
【レベル:57】
【コボルトソルジャー】
【レベル:57】
【コボルトメイジ】
【レベル:56】
「杖持ち、いましたね。コボルトメイジか」
【そこから増えるぞ】
【前だけ見てると焼かれる】
【弓とはまた違うからな】
盾持ちの一体が大河に気づき、短く吠えた。二体が前へ出ると、メイジはその後ろで杖を持ち上げる。先端へ赤い光が集まり、小さな火が膨らんでいった。
大河は全身へ魔力を循環させ、雷属性へ変えた。淡いオーラにスパークが走る中、正面を避けて左へ動く。メイジの杖も、そちらを追っていた。
杖が振られ、火の塊が飛んできた。
大河は岩の後ろへ跳び込んだ。頭の上で火が弾け、熱い空気が頬を撫でる。岩の縁を確かめると、焦げた跡が残っていた。
「……あれ、まともにもらいたくないな」
岩の反対側へ出ると、盾持ちが近づいてきていた。もう一体はメイジの前へ残っている。大河が左へ動いても、後ろへの道を空けるつもりはないらしい。
近い方の剣が振り下ろされた。大河は刃を横へ外し、相手の足元へ踏み込む。盾の下から膝へ蹴りを入れると、コボルトの身体が沈んだ。
首元を狙いかけて、大河は剣を止めた。
後ろで、再び赤い光が膨らんでいる。
大河は盾持ちの横へ抜け、さらに岩へ寄った。火の塊がすぐ近くを通り、背後の地面で弾ける。追ってきたコボルトも火を避けるために足を止め、その間に大河は構えを戻した。
【追撃やめたな】
【今の後ろ見えてた?】
【倒せそうでも火が来るから面倒なんだよ】
「杖が光ってたんで」
大河は三体の位置を見た。前の一体が追ってきた分、メイジとの距離が開いている。残る盾持ちは後ろを守ったままだが、二体が並んでいた時よりも、動ける場所は増えていた。
大河は剣へ魔力を流した。半透明の刃に雷が弾ける。岩の脇から前へ出ると、近くの盾持ちが剣を構えて向き直った。
今度は、その剣へ斬りかかった。
刃を弾いて外へ流し、踏み込んだ勢いで盾の縁を押す。コボルトの上体が横へ向き、開いた脇へ魔力刃が入った。雷が走って腕が止まったのを見て、大河は刃を返し、首元を深く斬った。
一体が倒れる間に、メイジの杖が再び光り始めた。大河は死体から離れ、右側の岩へ向かって走る。火が放たれる前に岩陰へ入り、そのまま奥へ回り込んだ。
反対側から出ると、メイジまでの距離は先ほどより近かった。盾持ちが慌てて横へ動き、進路を塞ごうとする。
大河は正面へぶつからず、岩とコボルトの間へ踏み込んだ。伸びてきた剣を弾き、横を抜ける。メイジがこちらへ杖を向けた時には、もう魔力刃の届く距離に入っていた。
「そこだ」
振り抜いた剣が、杖を握る腕を捉えた。杖が落ち、コボルトが甲高い声を上げる。大河はその胸へ刃を返そうとして、背筋を走った警告に動きを止めた。
メイジの空いた手に、火が灯っていた。
大河は横へ跳びながら、上体を反らした。近い距離で噴き出した火が顔の前を通り、ドローンも高度を上げる。メイジは火を出した手をこちらへ向け直そうとしたが、大河の剣が先にその腕を斬った。
続けて首元へ刃を走らせ、今度こそ倒す。
後ろから迫る足音に、大河は振り向いた。残る盾持ちが剣を突き出してくる。半歩横へずれて外し、相手が引き戻す前に、厚みを増した魔力刃を盾へ叩きつけた。
盾が大きく傾いた。大河は持ち手を押さえるように蹴り、開いた胴へ剣を振り抜く。コボルトは数歩よろめき、膝から崩れた。
【手からも出すんか】
【杖落としたから終わりかと思った】
【顔の近く通ったぞ】
【三体倒した!】
大河は剣を構えたまま、倒れたメイジを見た。手の火は消え、動く気配もない。三体とも死んでいることを確かめてから、身体と剣の雷を解いた。
「……杖を落としたら使えない、ってわけじゃないのか」
【杖は補助だな】
【なくても使うやつはいる】
【魔法使う探索者もそうだろ】
「そうですね。持ってる物だけで決めちゃ駄目か」
大河は頬へ触れた。熱は感じたが、火傷はしていない。メイジへ近づく時には、杖だけでなく、両手の動きも見る必要があった。
剣を持つ腕も、脚も、思った通りに動いている。昨日の速さを失ったわけではない。それでも、知らない攻撃には驚かされた。
「次は、あそこまで近づけさせません」
【また覚えた】
【初見で食らわず済んだなら十分】
【顔焼かれるところだったんだからな】
「それは本当に嫌なんで」
大河は苦笑し、魔石の回収に取りかかった。
*
十一階層を進む間に、メイジのいる集団とはさらに二度戦った。岩陰へ入って火を外し、前衛を引き離してから倒す。杖を落としても追撃を急がず、手に火が集まるかを確かめるようにした。
すべてを同じ順番で倒せたわけではない。前衛がこちらを追わず、メイジのそばを離れない集団もいた。その時は岩を挟んで横へ動き、三体が向き直る間に距離を詰めた。
十二階層で出会った集団には、杖持ちが二体いた。
「……増えましたね」
【火も二つになるぞ】
【片方避けた先にもう片方来るからな】
【岩使え、岩】
前衛も二体いる。大河が動き始めると、片方のメイジが先に杖を上げた。火が飛んでくるのを見て岩へ寄ると、もう一体はまだ撃たず、こちらが出てくる側へ杖を向けている。
大河は岩の奥で足を止めた。
正面の端から出れば、二発目が来る。そこで剣や盾に捕まれば、最初に撃った方も次の火を用意できる。
「そっちからは、出ませんよ」
大河は岩の後ろを回り、反対側へ走った。前衛が追おうとしたものの、岩を避ける分だけ動きが遅れる。その間に、メイジ二体を見られる位置へ出た。
片方が杖を向け直す。大河は火が膨らむのを見ながら距離を詰め、放たれるところで横へ進路を変えた。地面で火が弾けるのを背に、もう一体へ迫る。
次の火が飛ぶより先に、魔力刃が杖持ちを斬った。
駆けつけた前衛を相手にする間も、大河は残るメイジから目を切らなかった。追撃を一度やめ、岩へ戻ることもあったが、四体を倒し終えた時には、火を一発も受けずに済んでいた。
魔石を収納すると、大河は岩へ背を預けた。水を取り出して飲み、戦闘で上がった呼吸を整える。
「一体増えるだけで、結構違うな」
【二体が交互に撃つからな】
【昨日の弓より忙しそう】
【でも避ける方も慣れてきてる】
「片方しか見てないと、もう片方を忘れそうになります」
剣の刃を確かめてから、大河はスマートフォンを取り出した。まだ昼には少し早い。階層を下りる足は順調だが、昨日よりも、敵の動きを確かめる時間が増えていた。
先へ行けば、こうした相手がさらに増えるのだろう。十五階層のボスも、その先の中層も待っている。
大河は食料を一つ取り出し、包みを開けた。
「少し食べます。次へ行く前に」
【今日は早めの飯だ】
【昨日は五層まで忘れてたからな】
【その調子でちゃんと休んでくれ】
「昨日、腹減ってから気づいたんで」
笑って答え、食料を口へ運ぶ。周囲へ目を配りながら噛み、遠くの足音が近づいてこないことを確かめた。
火を飛ばす相手にも、少しずつ動きが分かってきた。初めて避けた時ほど、熱さに驚くこともない。
大河は最後の一口を飲み込み、剣を手に取った。
「よし。十三階層、行きましょう」
ドローンが浮き上がる。大河は水を収納し、岩の向こうへ続く道を確かめてから歩き出した。




