初めての夜
グレートロックリザードの身体は、近くで見ると一段と大きかった。岩のような鱗の隙間へ刃を入れ、魔石を取り出すまでにも手間がかかる。大河は回収した魔石についた血を拭い、掌の上で重さを確かめた。
「これ、持って帰るだけでも大変だな」
【普通はな】
【お前には関係ないだろ】
【収納できるやつの感想じゃないんよ】
「いや、便利なのは分かってますよ」
魔石を《アイテムボックス》へ収め、大河は立ち上がった。素材も持ち帰りたいが、この巨体を丸ごと扱うのは難しい。剥がしやすそうな鱗をいくつか回収したところで切り上げ、奥に出現した宝箱へ向かった。
蓋を開けると、瓶が数本と、布に包まれた素材が入っていた。《鑑定》で順に確かめると、瓶の中身はポーションだった。
「回復用ですね。こっちは魔力回復か」
【長期探索なら助かるやつ】
【装備はなし?】
【薬も普通に当たりだぞ】
「ですね。使わず持って帰れたら、それが一番ですけど」
大河は瓶を一本ずつ収納した。戦闘中に必要になった時、ほかの荷物と取り違えないように、しまう物を意識しておく。最後に素材を収め、空になった箱から離れた。
腰を下ろして水を飲むと、ようやく肩の力が抜けた。剣を持っていた右手を開き、握り直す。痛みはないが、腕には戦闘の疲れが残っていた。
その一方で、身体の奥には覚えのある熱が広がっている。大河は自分へ《鑑定》を使い、表示された数字を見て口元を緩めた。
【レベル:52】
五階層からここまで、何度も戦ってきた。最後の一体も含めて、ようやく一つ上がったらしい。大河はほかの数値にも目を通してから、表示を閉じた。
【またその顔】
【何かいいことあったな】
【宝箱に装備なかったのに笑ってる】
「十階層、勝てたんで」
【それもあるだろうけど】
【まあいいや、おめでとう】
【ちゃんと休めよ】
「ありがとうございます。休むのは、ちゃんと休みます」
水の蓋を閉め、スマートフォンで時刻を確かめた。思っていたよりも時間が経っている。九階層の道中も、十階層の戦闘も、夢中になっている間は長く感じなかった。
次は十一階層だった。
身体を休めれば、まだ戦えるだろう。階段へ続く道に目を向けかけて、大河は視線を手元へ戻した。
戦えるかどうかだけで、進む先を決めるわけにはいかない。
「今日は、ここまでにします」
【お】
【ちゃんと止まった】
【初日で十層なら十分だろ】
「進んだ先で寝る場所が見つからないと困るんで。先に、今夜の場所を決めます」
高尾へ入る前に、野営に使われる場所についても確認していた。上層にも探索者が休みやすい場所はある。ただし、中層にあるという魔物の寄り付かない区画とは違う。
寝ている間の見張りが必要になる。
大河は剣の汚れを落とし、装備を確かめてから腰を上げた。まずは十階層へ来る途中に見た、道の脇へ大きく岩が張り出した場所へ戻ってみることにした。
*
来た道を戻っていると、前方から人の話す声が聞こえた。岩の陰に明かりが見え、続いて、こちらを確かめるように一人の男が顔を出す。
大河は歩く速度を落とし、剣を下げた。
「こんばんは」
「こんばんは。……一人?」
「はい。今、十階層のボスを倒して戻ってきたところです」
男の視線が大河の後ろへ向き、それから剣へ戻った。岩の奥には、ほかに二人の探索者がいた。大きな荷物を下ろし、一人は防具を外し、もう一人は小さな鍋を火にかけている。
「ソロであれを? それはすごいな」
「結構、硬かったです」
「硬かった、で済むのか」
男が笑うと、鍋を見ていた探索者も顔を上げた。
「配信してる人?」
「はい。映して大丈夫ですか? 駄目なら、こっちに向けないようにします」
「俺はいいよ。二人は?」
奥の二人も頷いた。大河はドローンの位置を少し変えてから、改めて頭を下げた。
「天草大河です」
「臼井です。俺たちは三人で潜ってる。今夜はここで寝る予定なんだけど、君も場所を探してるところ?」
「そうです。ここ、使えそうだなと思ってたんで」
近づいて見ると、岩の張り出しはかなり深かった。奥と片側が岩壁になっていて、地面も平らだ。通る魔物を警戒する方向を絞れるのが、野営に使われる理由なのだろう。
臼井は大河の後ろをもう一度見た。
「荷物は?」
「《アイテムボックス》に入れてます」
「ああ、なるほど。羨ましいな、それ」
【全探索者が欲しいやつ】
【あの荷物見たら分かる】
【寝袋も飯も持ってるのに手ぶらだもんな】
岩壁際には、三人分の大きなリュックが並んでいた。大河も収納できなければ、似たような荷物を背負っていたはずだ。飲み水と食料だけでも、長く潜るとなれば相当な量になる。
「ここ、少し使わせてもらってもいいですか?」
「もちろん。見張りも交代できるし、こっちも助かるよ」
「俺も入っていいんですか?」
「寝る場所を一緒に使うんだから、そこはお互い様でしょ」
臼井は当たり前のように答えた。大河は岩の奥を見て、それから三人へ視線を戻した。
「お願いします。長く潜るの、今回が初めてなんで」
「じゃあ、寝る前に見張りのやり方も確認しとこうか」
話が決まると、大河は空いている場所へ荷物を出した。寝袋、食料、水。それまで何もなかった地面へ次々と物が並び、鍋を見ていた探索者が笑う。
「本当に全部入ってるんだな」
「そのために買ってきたんで」
最後に折り畳みの椅子を出すと、臼井まで声を上げて笑った。
【さっきも使ってた椅子】
【見張りでも使えるな】
【俺もアイテムボックス欲しい】
「座れるなら、座りたいじゃないですか」
大河はそう返し、椅子を広げた。
*
夕食を取る間にも、三人のうち一人は通路へ目を向けていた。全員が同時に装備を外すこともない。大河も剣を手の届く場所へ置き、臼井の話を聞きながら食事を進めた。
「向こうの曲がり角から来ることが多い。反対側も、音は拾っておいて」
「はい」
「見張ってる間に魔物を見つけても、遠くまで追わなくていいよ。寝てる人間を置いていくことになるから」
大河は頷いた。自分だけで動いている時とは、見るべきものが違う。倒せる相手が来ても、ここから離れれば、残った三人を守る目がなくなる。
「来たら、まず起こすんですね」
「そう。倒してから起こそうとしなくていい」
「分かりました」
【ちゃんと聞いてる】
【一人で全部やろうとしがちだからな】
【寝る時は交代できる方がいいよね】
食事を終えると、大河は空いた容器を片づけ、防具の留め具を確かめた。肩には、六階層で矢を受けた時の傷が残っている。表面を指でなぞり、緩みや割れがないことを確認した。
マジックソードにも欠けはなかった。血や汚れを拭き取ると、黒い刀身が明かりを鈍く返す。
今日、この剣に雷を纏わせるようになった。
全身を強化した時の速さも、まだ身体に残っている。初めて踏み込んだ時は、自分で思った位置より先まで進んでいた。それが今では、相手の攻撃を見てから離れるためにも使えている。
「……一日で、結構変わるな」
【朝は使い方も知らなかったしな】
【初Eと雷が同じ日だった】
【今日だけでも見どころ多かったわ】
「俺も楽しかったです。十階層のやつは、ちょっと大変でしたけど」
【ちょっと?】
【岩砕いてたぞ】
【楽しかったが先に出るあたり】
大河は笑い、剣を鞘へ戻した。身体は疲れているのに、戦闘を思い返すとまた握りたくなる。隣で寝袋を広げる音を聞いて、ようやく手を離した。
今夜は休むと決めたのだ。
「今日は、この辺で配信終わります。付き合ってくれて、ありがとうございました」
【お疲れ!】
【初日十層突破おめでとう】
【ちゃんと寝ろよ】
【明日も待ってる】
「はい。また明日」
配信を終了し、ドローンを手元へ戻す。静かになった機体を収納すると、周囲の音が少し近く感じられた。鍋を片づける音と、寝袋の布が擦れる音。その向こうには、遠い足音のような響きもある。
大河は椅子を通路の見える位置へ移した。
最初の見張りは、自分が引き受けていた。眠るまで待つよりも、起きているうちにやった方がいいと思ったからだ。臼井に交代の時間を確かめ、スマートフォンをしまった。
ほかの三人が横になると、大河は剣を膝の横へ置いた。身体強化は使わず、通路と岩陰へ交互に目を向ける。
魔物の姿はない。
それでも、食事をしている時のように気を抜くことはできなかった。何かが近づけば、声を出して三人を起こす。そのために、自分が起きている。
少し離れたところで、小石の転がる音がした。
大河は椅子から立ち、剣の柄に手を添えた。明かりの届く範囲を確かめ、音のした方へ耳を澄ませる。しばらく待っても、足音や唸り声は続かなかった。
遠くで落ちた石だったのかもしれない。
椅子へ戻っても、大河はそちらへ目を向けていた。戦闘なら、見えている相手を追えばいい。何も来ていない時間にも見続けるのは、別の疲れ方をする。
時間を確認したくなったが、スマートフォンへ手を伸ばしかけてやめた。まだ交代まではある。大河は水を一口飲み、姿勢を変えた。
*
「天草君、交代」
後ろから声をかけられ、大河は振り向いた。臼井が防具を整え、こちらへ歩いてくる。
「もう時間ですか?」
「うん。何か来た?」
「姿は見てないです。途中で、あっちから石の音がしました。続かなかったんですけど」
大河が方向を示すと、臼井はそちらを確かめて頷いた。
「分かった。お疲れ。あとは寝ていいよ」
「お願いします」
見張る位置を譲り、大河は寝袋へ戻った。剣をすぐ取れる場所へ置いてから、ブーツを脱ぐ。横になった途端、足の重さがはっきり分かった。
自宅のベッドとは違う硬さだった。頭の下へ畳んだ布を入れ、収まりのいい位置を探す。目を閉じても、しばらくは遠くの音が気になった。
近くで、臼井が椅子の位置を直している。
その音を聞いて、大河はゆっくり息を吐いた。今は、起きている人がいる。自分がしていたことを、代わりにしてくれている。
十階層まで進んだ一日が、ようやく終わろうとしていた。
明日は、十一階層からだ。
そこまで考えたところで、次の魔物を想像するよりも先に、眠気が大河を包んだ。
【天草 大河】
【レベル:52】
【体力:84】
【筋力:85(+10)】
【耐久:83】
【敏捷:86(+5)】
【魔力:82(+5)】
【精神:87】
【常在スキル:《レベルアップ補正》《危機感知》】
【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》《魔力操作》《魔力属性変化・雷》】
【装備:《マジックソード》《ミノタウロスの指輪》《疾風のブーツ》《魔力の腕輪》】
【探索者ランク:E】




