届く距離
六階層へ続く坂を下りながら、大河は肩を回した。食事を済ませてしばらく休んだおかげで、剣を振っていた腕も軽くなっている。先ほどまで近くを漂っていたドローンが前へ出て、坂の先を映した。
「じゃあ、再開します」
【待ってた】
【午後の部】
【次は十階層か?】
「そこまで行けるかは、進んでみてですね」
坂を下りきると、岩壁の間に緩やかな道が伸びていた。左右には背の低い岩が並び、その向こうにも歩けそうな隙間がある。大河は正面だけでなく、岩陰へも目を向けながら進んだ。
小石を踏む音が聞こえたのは、道が少し広くなったところだった。前方から剣と盾を持ったコボルトが二体現れる。大河が剣を抜く間に、その後ろで別の一体が身体を起こした。
手にしているのは、弓だった。
大河は《鑑定》を使いながら全身へ魔力を循環させた。
【コボルトソルジャー】
【レベル:54】
【コボルトソルジャー】
【レベル:54】
【コボルトアーチャー】
【レベル:53】
「弓まで使うのか」
【ここから出るぞ】
【前衛だけ見てると撃たれる】
【槍より遠くから来るな】
アーチャーが弦を引いた。大河は魔力を雷属性へ変え、道の脇へ動く。放たれた矢が左腕の近くを通り、後ろの地面へ突き刺さった。
弓持ちへ走ろうとすると、二体のソルジャーが前へ出た。片方が盾を向け、もう片方はその横から剣を突き出してくる。大河は刃を弾き、追撃せずに横へ離れた。
アーチャーはすでに次の矢を取り出していた。
「前で止めて、後ろから撃つわけね」
五階層では、槍の届く場所を見ていればよかった。今度は前衛から離れても、後ろの一体が狙ってくる。大河はアーチャーの手元へ目を配りつつ、盾持ちの剣をかわした。
背筋に警告が走った。
弓持ちが弦を引いている。大河は近くの岩へ寄り、その陰へ身体を隠した。硬い音がして、岩の端から小さな欠片が飛ぶ。
「……ちゃんと当ててくるな」
【そりゃ狙ってるからな】
【雷で速くても立ち止まったら当たるぞ】
【岩使おう】
「今、使ってます」
ソルジャーの一体が岩の右側へ回ってきた。もう一体は左へ動き、大河を挟もうとしている。大河は右から出てきた相手へ向き直り、盾へ剣を叩きつけた。
雷を纏った魔力刃が、盾の表面を削る。大河は相手が踏ん張るのを見て剣を引き、持ち上がった盾の下へ蹴りを入れた。膝を打たれたコボルトが傾き、その肩越しに弓持ちの姿が見えた。
まだ、こちらへ弓を向けている。
大河は前衛の身体から離れず、横へ回った。アーチャーが狙いを変えるより先に、ソルジャーの剣を外へ弾く。続けて首元へ刃を走らせ、倒れる身体を避けて岩陰へ戻った。
放たれた矢が、大河のいた場所を通り過ぎる。
【一体!】
【あの距離でも撃ってくるのか】
【味方のすぐ横通したぞ】
残るソルジャーが、岩の反対側から斬りかかってきた。大河は剣を受け流し、その腕へ左手を添えて押し出す。相手が向き直る間に岩の外へ走り、アーチャーへ向かった。
弓持ちが矢を番える。
大河は走る向きを変えた。矢が脇を抜け、アーチャーが後ろへ下がる。次の矢を取り出そうとした手が動くうちに、大河はその前まで踏み込んでいた。
「もう一回は、撃たせない」
弓を持つ腕へ剣を振る。魔力刃が深く入り、コボルトが悲鳴を上げた。大河は返した刃で胴を斬り、こちらへ戻ってくるソルジャーへ顔を向ける。
最後の一体は盾を前へ出し、剣を振り上げていた。大河はその正面から横へずれ、振り下ろされた剣をかわす。踏み込みながら盾の外側へ回り、脇腹へ刃を入れた。
スパークが弾け、コボルトの足が止まる。
大河は盾を避けて剣を抜き、首元へ追撃を加えた。三体とも倒れていることを確かめてから、弓持ちがいた岩陰へ目を戻す。
奥に、別の魔物はいなかった。
「……後ろにいるだけで、結構面倒ですね」
【弓は厄介】
【前衛倒してる間も気を抜けないからな】
【でも先に潰せた】
【全身強化・雷の機動力よ】
大河は地面に刺さった矢を見た。自分の身体よりも細い物が、離れた場所から飛んでくる。剣や槍とは違って、敵の身体の動きだけを見ていても、飛んだあとの矢までは避けられない。
弦を引く手と、弓の向き。さっきの戦闘で見ていたものを思い返しながら、大河は雷属性への変化を解いた。
「速くなっても、見るところは増えますね」
【そこ気づいてるなら大丈夫そう】
【速いから全部避けられるとは限らん】
【後ろに二体いることもあるぞ】
「……それ、今聞けてよかったです」
大河は岩陰をもう一度確かめてから、魔石の回収へ取りかかった。
*
六階層では、その後もコボルトの集団と何度か戦った。弓持ちのいない集団もあれば、剣と槍の後ろに二体のアーチャーが控えていることもある。大河は前衛へ近づく前に奥を確かめ、矢を避けられる岩や壁の位置を見てから戦うようになった。
一度、剣を振ったあとに飛んできた矢が、肩の装備を掠めた。傷はなかったが、表面に残った線を見て、大河は奥歯を噛んだ。目の前の一体を倒せると思って、弓持ちから意識を外していた。
「……今のは、俺が悪いな」
【怪我ない?】
【肩大丈夫か】
【もう一体いたの見えてたもんな】
「大丈夫です。装備に当たっただけなんで」
大河は肩を動かして確かめた。速さに余裕があっても、一体を斬っている間はそちらへ身体を向けている。敵が増えるほど、その短い間に別の攻撃が届いた。
次の戦闘では、倒せそうな相手を前にしても、奥の弓持ちが構えたところで一度離れた。矢を岩へ受けさせてから踏み込み直すと、今度は追撃まで邪魔されずに繋げられた。
大河が笑うと、コメントも流れた。
【もう直してきた】
【一回掠ったの相当悔しそうだったな】
【負けず嫌い出てる】
「当たらず倒せるなら、その方がいいでしょ」
七階層へ下りた頃には、六階層へ入った時よりも戦闘の進め方が変わっていた。弓持ちがいるからといって、必ず先に倒すわけではない。岩陰へ隠せる位置にいれば前衛から崩し、見通しがよければ射線から外れて距離を詰める。
道の幅によっても、動ける場所は違った。広い場所では使えた回り込みが、岩壁の近い道ではできない。大河は無理に横へ抜けず、少し戻った先の広い場所まで魔物を引きつけた。
魔石を回収し、歩いて、また戦う。その繰り返しの間に、スマートフォンの時刻も少しずつ進んでいった。
「……一階層、結構長いな」
【池袋と比べると長いよ】
【戦闘回数も増えるからな】
【三十層って数字だけじゃないんだわ】
「実感してきました」
七階層の途中で、大河は水を飲んだ。道そのものは分かりやすく、進む方向に迷ってはいない。それでも、見つけた魔物を倒して魔石を回収していると、歩くだけならすぐ通れそうな距離にも時間がかかる。
収納している魔石は、確実に増えていた。稼ぎとしては悪くないはずだ。大河はそう思いながら水をしまい、再び剣を手に取った。
*
八階層では、ロックリザードが姿を見せた。
二体を相手に、大河は牙をかわして横へ入る。前脚の付け根へ剣を走らせ、体勢が崩れたところへ蹴りを加えた。露出した腹を斬る間も、もう一体が近づいてくる方向を確かめておく。
残る一体の尾を避け、大河は岩の脇へ回った。突っ込んできた頭が岩へぶつかり、動きが鈍る。大河はそこへ踏み込み、顎を蹴り上げて身体を傾けた。
腹へ刃を入れ、動かなくなるまで離れずに見届ける。剣を抜いたあと、大河は軽く息を吐いた。
「こっちは、さっきよりうまくいったかな」
【蜥蜴の倒し方覚えたな】
【今度は素手で殴らなかった】
【左手も安心してる】
「別に、毎回殴りたいわけじゃないんですけど」
笑いながら左手を開いてみる。指も手首も問題なく動いた。ただ、剣を握り直した右手と、立ち上がる時の脚には、朝よりも重さがあった。
昼に休んでからも、ずっと歩いて戦っている。雷で動きが速くなっても、何度も踏み込んだ脚まで疲れなくなるわけではなかった。
魔石の回収を終え、大河は壁へ背を寄せた。周囲に魔物の姿がないことを確かめ、スマートフォンを見る。
「もう、こんな時間か」
【結構経ったぞ】
【初日で八階層なら十分だろ】
【疲れてない?】
「疲れてはいますね。ちょっと座ります」
大河は折り畳みの椅子を取り出し、道の先が見える向きに置いた。腰を下ろすと、立っている間には気づかなかった脚の重さが分かる。水を一口飲み、ブーツについた土を落としながら足首を動かした。
先へ進めるかと聞かれれば、まだ進める。九階層へ続く道も、少し前に見つけていた。けれど、五階層のボス戦で使ったような動きを、今も同じように続けられるかは考えておきたかった。
「十階層のボスも、元気な時にやりたいですしね」
【お、ちゃんと考えてる】
【戦いたいから休む男】
【理由が大河すぎる】
「休む理由としては、普通じゃないですか?」
コメントへ返しながら、大河は剣を膝へ置いた。刀身についた汚れを拭い、刃先を確かめる。朝から使い続けたマジックソードには細かな汚れが残っていたが、目立つ欠けは見つからなかった。
岩壁の間を抜ける道の先に、下り坂が見える。
大河はそこを眺めてから、水の蓋を閉めた。行きたいからこそ、少し休む。脚の重さが抜けるまで、剣の手入れを続けることにした。




