雷の剣
本日3話目です
二階層へ下りて最初の戦闘で、槍の穂先が大河の肩を掠めるように通り過ぎた。
半歩横へ動いてかわし、踏み込んできたコボルトの腕へ剣を振る。半透明の魔力刃が革鎧の隙間へ食い込み、刀身に沿って走っていたスパークが、相手の身体で弾けた。
「ギッ――」
コボルトの腕が、不自然に止まった。
槍を引き戻そうとしていたはずの手が動かない。大河はその変化を見ながらも足を止めず、相手の胸へ剣を突き立てた。
倒れる身体の向こうから、別のコボルトが迫る。大河は剣を抜いて離れ、振り下ろされた刃をかわした。残る二体との距離を取りながら、今倒した一体へ一度だけ目を向ける。
「……今、止まった?」
【止まったな】
【槍戻せてなかった】
【雷で痺れた?】
【まず残り倒せ】
「分かってます」
雷を纏わせた《マジックソード》を試そうとした最初の戦闘で、早くも気になる変化が起きていた。ただ、今は確かめている場合ではない。盾持ちが前へ出て、その背後からもう一本の槍が向けられている。
大河は全身を巡る魔力も雷属性へ変えた。オーラにスパークが走り、地面を蹴る足へ力が乗る。盾持ちが構えを変えるより早く外側へ回り、剣を振り抜いた。
魔力刃が脇腹を斬る。
コボルトは悲鳴を上げながらも身体を捻り、盾で大河を押し返そうとした。今度は動きが止まらない。大河は盾から離れ、突き出された槍もかわした。
「毎回じゃないのか」
傷を負った盾持ちがこちらへ向き直る。その背後で、槍持ちが次の攻撃を準備していた。大河は二体が位置を揃える前に再び踏み込み、盾の上から厚みを増した魔力刃を振り下ろす。
盾が裂け、前衛が崩れた。
残る一体は槍を構え直したが、大河との距離を保てなかった。穂先を弾かれ、懐へ入られる。胴へ斬撃を受けたコボルトは、後退しようとして足をもつれさせた。
その身体で、短い光が弾けた。
大河は相手の動きが止まったのを見て、続けて剣を振った。三体目が倒れ、道に武器の落ちる音が響いた。
周囲に魔物がいないことを確かめてから、大河は剣へ目を落とした。半透明の刃には、まだ細い雷が走っている。
「……これ、動き止められるのか」
【今のも止まったな】
【一体目と最後のやつ】
【雷の剣、普通に強い】
【一瞬でも止まったら近接戦じゃ致命的だぞ】
大河は最後のコボルトを見下ろした。傷を負って体勢を崩しただけなら、これまでも何度も見ている。今の二体は、それとは違った。動こうとしていた身体が、途中で止まっていた。
「ずっと止まるわけじゃないけど……十分だな」
自分が先に動けるだけでも、戦いやすさは大きく変わる。そのうえ攻撃を当てた相手の動きまで止まれば、追撃する隙ができる。
【全身強化・雷で速くなって】
【雷の剣で相手止める】
【組み合わせおかしくない?】
【それをレベル五十でやってるんだよな】
「いや、俺も今びっくりしてます」
【でも嬉しそう】
【そりゃ嬉しいだろ】
大河は笑いながら雷属性への変化を解いた。身体と剣からスパークが消える。魔石を回収して立ち上がると、奥へ向けた視線が自然と次の魔物を探していた。
*
二階層では、その後もコボルトの集団と何度か遭遇した。
毎回、剣を当てれば相手が止まるわけではなかった。雷が走ってもそのまま攻撃してくる個体もいれば、腕や脚が止まり、体勢を崩すものもいる。大河は相手の動きを見ながら、止まれば追撃し、動けるなら次の攻撃に備えた。
全身強化・雷にも、少しずつ慣れてきた。
最初は踏み込むたびに距離が伸びすぎていたが、戦闘を重ねると、どこで止まるかを掴めるようになってくる。相手の横へ出て斬り、別の攻撃が届く前に離れる。その動きが、以前より短い時間で繋がった。
【もう普通に使ってるな】
【さっきドローン置いてったやつとは思えん】
【慣れるの早いなほんと】
「まだ、たまに近づきすぎますけどね」
そう答えた大河は、剣についた血を拭き取った。速さに任せて踏み込むと、近すぎて剣を振りにくくなることがある。動ける距離が増えたからこそ、止まる位置を考える必要があった。
「でも、だいぶ分かってきました」
次の階層へ下りる道を見つけ、大河は三階層へ進んだ。
*
三階層で最初に出会った魔物は、コボルトではなかった。
低い岩陰から這い出てきたのは、大きな蜥蜴だった。身体は硬い鱗に覆われ、背中には岩のような突起が並んでいる。長い尾を引きずりながら、二体が別々の岩陰から姿を現した。
大河は《鑑定》を使った。
【ロックリザード】
【レベル:51】
【ロックリザード】
【レベル:52】
「今度は蜥蜴か」
【そいつ硬いぞ】
【背中斬ると剣持っていかれる】
【尾も気をつけろ】
【雷の剣でどうなるかな】
先に出てきた一体が口を開いた。鋭い歯が並び、低い唸り声とともに地面を蹴る。大河は全身強化・雷で横へかわし、すれ違いざまに背中へ剣を振った。
刃が鱗を削り、硬い手応えが腕へ返ってくる。雷は走ったものの、傷は浅かった。大河はすぐに剣を離し、身体を曲げたロックリザードから距離を取った。
「……硬いな」
太い尾が足元を薙いでいく。大河は後ろへ跳んでかわし、もう一体の位置も確かめた。剣へ流す魔力を増やせば、もっと深く斬れるだろう。ただ、岩のような背中へ何度も刃を叩きつける必要があるのかは、別だった。
「だったら、こっちは?」
ロックリザードが向き直り、再び突っ込んできた。大河は牙を避けて横へ踏み込み、頭のすぐ脇へ入る。相手がこちらを向こうと首を持ち上げたところへ、下から蹴りを叩き込んだ。
ブーツの先が、顎を捉えた。
鈍い音とともに頭が跳ね上がり、前脚が地面から浮く。大河は脚を戻しながら踏み込み直し、傾いた身体の横腹へもう一度蹴りを入れた。
ロックリザードが横倒しになり、長い尾が土を叩いた。
【蹴った!?】
【ひっくり返したぞ】
【硬いなら殴る方か】
【腹見えてる】
「そっちは、背中ほど硬くないだろ」
暴れる脚の外側から剣を振る。厚みを増した魔力刃が腹へ深く入り、傷口でスパークが弾けた。大河は動きの止まった身体から剣を抜き、迫っていたもう一体へ顔を向けた。
開いた口が、すぐ近くまで来ていた。
大河は横へ動いて牙を外し、左足を踏み込んだ。剣を持っていない左手を握り、こちらへ振り向こうとする頭の側面へ拳を叩き込む。
「っ!」
衝撃が腕へ返った。ロックリザードの頭が大きく横へ振られ、その身体も進路を逸れて地面を滑る。岩へぶつかったところで、大河は追いかけずに左手を開いた。
「……こっちも硬いな」
【そりゃそうだろ】
【素手で殴ったぞこいつ】
【でも吹っ飛ばしたな】
【剣だけじゃなかった】
指を動かせることを確かめ、大河は再び剣を構えた。頭を殴っても簡単には倒せない。それでも、相手の向きを変えて距離を作るには十分だった。
ロックリザードが立ち直り、低く唸る。大河はその顔を見ながら足を動かした。牙へ意識を向けつつ、身体を曲げ始めたのを見て尾の届く範囲から離れる。
尾が通り過ぎたところへ、踏み込んだ。
頭へ向かう動きに、ロックリザードが口を開く。大河はさらに横へずれ、今度は前脚の付け根へ剣を振り抜いた。
魔力刃が鱗の隙間へ食い込み、身体が傾く。大河はすぐに剣を抜き、支えの崩れた横腹へ蹴りを叩きつけた。巨体が転がり、露出した腹へ続けて刃を突き立てる。
ロックリザードの脚が土を掻いたあと、動かなくなった。
大河は剣を抜いて離れ、二体とも倒れていることを確かめた。それから左手を軽く振り、短く息を吐く。
「剣で斬ることばっかり考えなくてもいいか」
【急に殴り始めた時はびびった】
【顎蹴って腹出すのよかったな】
【身体強化してるなら打撃も使えるもんな】
【雷の剣の検証じゃなかったのかよ】
「ちゃんと使ってますよ。倒すまで全部剣じゃなくてもいいだけで」
大河は横倒しになったロックリザードへ目を落とした。硬い背中を斬ろうとすると、刃が止まる。体勢を崩して腹を狙えば、同じ剣でも深く入った。
雷で速くなった分、牙や尾を避けたあとにも動ける余裕がある。その間に斬るだけでなく、蹴ることもできる。次に同じ相手が出てきたら、もっと滑らかに繋げられそうだった。
「……これならいける。」
【また楽しそう】
【覚えたこと全部戦闘に使う男】
【次の蜥蜴逃げて】
「いや、逃げられたら困るんですけど」
大河は笑いながら雷属性への変化を解き、魔石の回収へ取りかかった。
*
三階層を抜け、四階層へ進む頃には、大河も戦闘の合間に休息を挟むようになっていた。
周囲を確認してから水を飲み、剣の状態を確かめる。雷を試すことに夢中にはなっていたが、高尾に入ってから歩いた距離も、戦闘の回数も増えている。元気だからといって、そのまま進み続けるつもりはなかった。
【ちゃんと休んでる】
【成長したな】
【その調子で飯も食え】
「俺、そんなに何も考えてないように見えます?」
【強い敵見た時は】
【新スキル取った時も追加で】
「……今日は、ちょっと分かるかもしれない」
大河は苦笑しながら水をしまった。確かに、雷が走った時には次の戦闘が待ちきれなかった。今も試したいことはある。それでも、ここで疲れ切ってしまえば、この先まで使い続けることはできない。
休息を終え、四階層を進む。コボルトの集団を倒し、岩陰に潜むロックリザードを避けながら道を探す。上層の道は比較的分かりやすいと聞いていたが、歩くだけでもそれなりに時間がかかった。
やがて、前方に下り階段が見つかった。
「……五階層か」
【最初のフロアボス】
【もうそこまで来たか】
【雷引いてから早かったな】
【ボス相手だとどうなるかな】
大河は階段の手前で足を止めた。剣と防具を確認し、身体の疲れにも意識を向ける。まだ動ける。魔力も、戦闘へ使う余裕は残っていた。
「まず、見てきます」
五階層へ下りると、奥から低い吠え声が響いてきた。これまで聞いてきたコボルトの声より太く、岩壁に反響している。
大河は剣を構え、声のする方へ進んだ。
道の先で、地形が大きく開けていた。岩に囲まれた広い空間の中央に、金属鎧を身につけたコボルトが立っている。これまでの個体より一回り大きく、その手には幅広の剣が握られていた。
周囲には、さらに四体。
中央の一体が大河を見つけて吠えると、四体が揃って武器を構えた。剣と盾を持つ二体が前へ出て、槍を持つ二体が左右へ広がる。
【取り巻き付きか】
【あの真ん中が指揮してるな】
【雑魚の集団とは違うぞ】
大河は《鑑定》を使い、中央の一体から順に情報を確かめた。
【コボルトキャプテン】
【レベル:58】
【コボルトソルジャー】
【レベル:53】
【コボルトソルジャー】
【レベル:53】
【コボルトソルジャー】
【レベル:54】
【コボルトソルジャー】
【レベル:54】
取り巻きも、ここまで戦ってきた個体より強い。大河は空間の広さと、左右へ動く魔物の位置を確かめた。中央のキャプテンは剣を構えたまま、前へ出る四体の後ろからこちらを見ている。
「……今度は五体か」
全身を巡る魔力を雷属性へ変える。オーラにスパークが走り、続けて《マジックソード》にも雷が灯った。
大河は剣を握り直し、前へ出てくる二枚の盾を見据えた。
「よし。やろうか」
【天草 大河】
【レベル:50】
【体力:80】
【筋力:81(+10)】
【耐久:79】
【敏捷:82(+5)】
【魔力:78(+5)】
【精神:83】
【常在スキル:《レベルアップ補正》《危機感知》】
【発動スキル:《詠唱》《アイテムボックス》《鑑定》《魔力操作》《魔力属性変化・雷》】
【装備:《マジックソード》《ミノタウロスの指輪》《疾風のブーツ》《魔力の腕輪》】
【探索者ランク:E】
次は0時に投稿です。
評価、感想お待ちしてます。




