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私の腐れ幼馴染は復讐されかけている。  作者: 田舎のゴミ箱
私の腐れ幼馴染は復讐されかけている。
3/5

放課後

 授業も終わって、夕方の放課後。

 リンは生徒会室で資料整備に勤しんでいた。


 本来は手伝う約束をしていた副会長と他役員での作業だったが、運動部が練習中に壊してしまった備品の後始末に彼らが駆り出されて1人になり。

 しかし、手慣れた手つきで資料を並べ替え、区分し戻しては次のファイルに手を伸ばしていたリンは、ふと手を止めた。

 

 その数秒後、生徒会のドアが荒々しく開けられる。

 最早それが誰なのか目を向ける事もせず、リンはファイルを手に取りながら言った。


「で、3人目の復讐者って誰で、お前その子に何やらかしたの。あと30分位で終わるから3分の1に圧縮して話せ」

「は、話の内容を予想した上で、想定所要時間まで……!? いや、せめて俺が何かした前提はやめてくれって!」

「あと29分」

「あれはね! 俺が転校して1年位経った時だったかな!?」


 ヤケクソ気味に後ろで椅子を引いて座り込む音と気配を感じ、リンはうんざりしたようにファイルを開いた。




 転校後の慌ただしい日々も、1年ほど経って漸く落ち着いた頃。

 ヤシは今度こそ、『自分に逆らわない、従順な彼女を作る』という目的のため、今までのリョウとユキの反省を活かした作戦を考える事にした。

 

 リョウの時は、自分に依存させた後の囲い込みができず、対応が後手後手に回って失敗した。

 

 ユキの時は、自分に依存させる事も、その後の囲い込みも上手く行ったが、思わぬ才能と成功によって失敗した。

 

 ならば、次にヤシが採るべき作戦は、と考えていた時。

 ヤシは、下校時に一人で帰路についていた女子生徒に目を付けた。


 

 まるで人目を避けるように顔を下に向け、周囲に怯えるように歩いていく、その女子生徒。

 緩くウェーブのかかった茶髪と、同年代の中ではかなり整った顔、スタイルの良さを——自分から台無しにするような雰囲気の、その女子生徒。

 

 何故か女子のグループにも加わらず、友達もいない、そんな彼女の名前は、西原にしはら あかり

 クラスでできた友人から彼女の現状と——それに至るまでの原因を聞いた瞬間、ヤシは閃いたのである。


 

「そう、俺は、その時天才的な閃きをしたんだ。『才能がなさそうで、孤立していて、更に一度失敗してカースト上位から転げ落ちた最低辺の女の弱みを握って囲えば今度こそイケるだろ』作戦を……!」

「ふーん、それで?」

「あれぇとうとう反応すら無くなっちゃったなぁ!?」


 

 その日から、ヤシはアカリを標的と定め、付け狙い、同時に聞き込みなどで情報を集め始めた。

 

 アカリは、一言で言うと『化けの皮が剥がれた女』だった。


 

 アカリは元々、小学校の頃から明るく、流行に敏感で、センスも良い人気者として有名だった。

 中学に入ってからも、人好きのする性格とそのカリスマで、カースト上位に居続けていて――中学2年生の初め頃。突然そのメッキが剥がれ落ちた女子としても、悪い意味で有名だった。

 どういう事かというと、アカリの持っていたセンスの良さは、ずっとアカリの横にいた、目立たないアカリの友人である幼馴染——その彼女を真似してきたからであるということが、ある日突然バレたからだったという。

 『もう自分の真似をするのは止めて』という幼馴染の説得にも耳を貸さず、逆にこの事を話せば酷い目に遭わせると脅されていたという幼馴染の、涙ながらの告発によって全てを暴かれたアカリは、一気に人望を失ってしまった。


 

 アカリ本人は、幼馴染の真似なんかしておらず、全部自分で選んだものだと主張した。

 が、誰にも信じてもらえず、幼馴染を中心とした新しいカースト上位集団から弾き出された結果、針の筵の様な生活を送っていた。


 

 一週間に渡るストーカーと聞き込みの末、その情報を得る事が出来たヤシは、狂喜乱舞した。

 アカリは、まさにヤシが求める理想像そのものであった。 

 しかも、周囲から爪弾きにされ、いじめにも遭ってすっかり対人恐怖症になっていたアカリ。

 そんな彼女とお近づきになれる機会は、すぐにやってきたのである。

 

 毎日、早く下校しても行く当てもないアカリが、よく寄っている本屋。


 そこで、アカリが商品を万引きしようとしていたところに、ストーキング中のヤシが出くわしたのである。

 

 

「あーそりゃまた……ストレスでおかしくなってたのか、その子」

「マジであの時の俺の運は神がかってたね。1週間のストーキング中にも、明らかに怪しい動きしては何にもせずに帰っていくのを見てたのよ。これはいつかやらかすな、と思って見てたら大当たりだったわ」

「改めて思ったけど、このストーカー本当に気持ち悪いな」


 

 その時の事を、ヤシはよく覚えていた。

 

 数百円の文房具を棚から取ったまま、鞄に突っ込んだ手。

 それを背後から掴んだ時、振り返った彼女の表情。

 驚愕と恐怖に歪む顔と——何もかも諦めた、諦観の目。


 そして、その手から文房具を取り、黙ってついてこいと言うと、言われるがまま俯いて黙ってついてくる少女。

 

 文房具を自分の金で購入し、にこやかに店員に挨拶するその時のヤシは——最早、自分の勝利を疑ってもいなかった。

 

 

 抜かりなく、決定的なアカリの万引き証拠写真までスマートフォンで撮っていたヤシは、店の裏手までアカリを連れて行った。

 すっかり縮こまり、口を開けては閉めてを繰り返し、ただただ震えるアカリ。

 そんな彼女に、ヤシは満面の笑みを抑えきれないまま言った。

 

 『この事をバラされたくなかったら、両親や教師に黙っていて欲しいのなら——俺の言いなりになれ』と。



 

「今までも割とそうだったけど、今回のは最初から最後まで完全に犯罪だな」

「正直、今もそう思ってるんだけどさ。——前科一犯で彼女出来るなら安いもんじゃない?」

「青春のために容易に倫理を投げ捨てるな」


 

 そこから先はあっという間だった。

 ヤシは日中、登校時から下校時まで、四六時中アカリを自分の隣に居させるようになった。

 人と上手く話せなくなって久しく、それは異性のヤシに対しても同じだったアカリは、しかし弱みを握られているヤシに逆らえる事など出来ず、常に話しかけてくるヤシの言いなりになり。

 

 それを1週間、1カ月間と続けて——ヤシは、アカリの心の中に少しずつ入りこんでいった。


 

 話しかけても、言葉がつっかえて、落ち着きもないアカリから、ヤシは時間をかけてゆっくりと色々な事を聞き出していった。

 

 アカリの好きな事や嫌いな事、願望や考え。

 得られたそれを元に、ヤシは出来るだけそれを叶えるように、それに沿うように行動し、細々とした修正を加えつつ振る舞った。

 

 かつてリョウやユキにしたように、相手に合わせて言動を変えるのは、最早ヤシにとって朝飯前の事であった。

 

 その結果。

 アカリが歌やダンス、おしゃれが好きなどこにでもいる少女であり、自分のセンスについては一切妥協したくない頑固さもある事。

 周囲の意見に関係なく自分のしたい事をする姿を、他人に評価してもらいたいという願望。

 それらをアカリ本人の口から聞き出せるようになる頃には——アカリは、ヤシがわざわざ弱みをちらつかせなくても、ヤシの側について離れなくなっていた。


 

「可哀想すぎる。言いがかりでいじめられて精神的に参ってた所に、こんな野郎に言い寄られて気を許しちゃうとか悲惨でしかない」

「しょうがねぇじゃん、俺の欲望のために必要な事だったんだから……って、あれ、言いがかりってお前。俺、アカリの受けてたいじめが幼馴染にハメられたからだって話したっけ?」

「予想はつくだろ。自分の好きな事追い求めて妥協したくないタイプの人間が、他人の猿真似なんてするかよ」

「その通りだ。 実際は、幼馴染がずっとアカリの真似をし続けて、それをこっそり周囲に訴えてアカリを追い詰めたんだよ。——全く、謂れのない事で人を追い詰めて自分のいいようにするとか最低だよな」

「ああ、お前を見てると本当にそう思うな」


 

 出会って3カ月もすると、最初の様子が嘘のように明るくなったアカリと放課後を過ごす事が、ヤシの日常になっていた。

 学校が終わった後、書店でファッション誌やアイドルの情報誌を読んでは、古着屋に一緒に行って値札とにらめっこしたり。河原の橋下で、好きな歌やダンスの練習をしたり。

 自分に付き合って日々を過ごすヤシの存在で、アカリはどんどんかつての様子を取り戻していった。

 一方、ヤシもアカリが自分以外の人間に気を許さないように気を回していたが、ヤシ以外とではまともに話すことも出来ないアカリに、その心配は無用であった。


 

 こうして、ヤシとアカリは順調に関係を深めていったが、それを快く思わない人間もいた。

 それは、かつてのアカリの幼馴染と、その取り巻きの友人達だった。


 

「そりゃ面白くないわな。何年も準備した罠にかけて、ようやく突き落とせた奴が楽しそうに過ごしてたら」

「しかも、後から聞いた話だったんだけどさ。その幼馴染って小さい頃からアカリを僻んでて、自分がやった事は『自分が受けるはずだった人気を横取りした女への制裁』って思ってたみたいでさあ。追い落とした後も定期的にアカリに絡んでは監視してたらしい」

「気持ち悪ィなあその女」


 

 自らによって追い落とされ、何もかも失って憔悴していた上に、何か弱みでも握られたのか粗野な転校生に良いように連れ回されているアカリ。

 それを見て悦に浸っていた幼馴染が、ある日の学校帰り。

 その転校生にプレゼントされたらしいマフラーを身に着けて、はにかみながら笑うアカリを見た時の衝撃と言ったらなかっただろう。

 

 当然、それを見た幼馴染は怒り狂った。

 そして再びアカリを、どん底よりも更に底に落として再起不能にさせてやるとばかりに、幼馴染は行動を開始した。

 アカリ自身への攻撃は勿論、その転校生に対しても知り合いの男子達を使って”警告”してやろうと、ある日、アカリとヤシを別々の場所に呼び出した。

 

 ヤシは、少し前に用事があると言って走って行ったアカリが呼んでいる、と。

 あまり接点のなかったクラスメイトの男子に校庭端の屋外倉庫へと案内され、そこには——案内人の男子も含め、5人の男子が待ち構えていた。


 

「おい大丈夫か。誰も殺しちゃいないだろうな」

「仮にも5人にボコられかけてる1人に対して言うセリフかそれ!」

「ボコられたのか」

「いやボコボコにしてやったけど」


 

 まず、わざわざ放課後に、人気のない場所にタイミング良くアカリの用事で連れて行こうとしてきた男子を後ろから締め落とした。

 きちんと誰にも見えなくなったタイミングで、両腕を首に回して締め上げ、気絶させて持参した結束バンドで拘束。

 そのまま、男子を目的の倉庫の近くへと運んだ。

 その後、中々来ない案内役の男子を待っていた4人のいる倉庫内に、ヤシは男子の持っていたスマホをアラーム全開にして扉の隙間から投げ入れて。

 それに気を取られている内に、後ろの窓から入り込んだ4人の後ろを取り、ヤシはそのまま全員を制圧する事に成功した。


 

「……今度は何したんだ。1人減ったとはいえ1対4で」

「校舎裏手の林に落ちてたいい感じの木の棒と、廃棄予定で野ざらしだった錆びた鉄チェーン組み合わせて獲物にして、念のため陸上部の部室から失敬した強力殺虫スプレーで目潰ししながら1人ずつやったら何かイケたわ」

「昔公園で幅利かせてた上級生に正面からケンカ吹っ掛けて殴り合ってたお前はどこに行っちまったんだ」

「タイマンならそらそうだけど、5人で1人を囲もうとしてる奴らにお行儀良くなんぞしてやらん。その場で全員のして拘束して尋問してズボン降ろして尻撮ってボコボコにして倉庫に閉じ込めてやったわ」

「待て今なんか凄い事言わなかったかお前」


 

 一通り幼馴染の手下を始末したヤシは、気絶か戦意喪失したその5人を拘束。

 マットの上に”ユニークな姿勢”で寝かせた後、その場を後にした。

 

 その”ユニークな姿勢”たるや、その後不審な音と悲鳴が聞こえたという運動部生徒の知らせを受け、踏み込んだ男性教師が絶句し。

 遅れて入ってきた女性教師も驚愕した後、思わず顔を赤くして生唾を呑むほどであった。

 

 そんな事は最早記憶の彼方に消えていたヤシは、5人からへの尋問によって判明した、アカリがいるという本校舎の音楽準備室に向かう。

 一方、アカリを脅して音楽準備室に閉じ込めていた幼馴染は、嬉々としてアカリを追い詰めていた。

 幼馴染は、怯えて震え、動けないアカリに、あんたなんかと仲良くした所為で、ヤシは今頃リンチされているだろうと伝えていた。

 絶望の表情で涙を流すアカリを小突いて楽しんでいた幼馴染達は、仲間からヤシへのお仕置きが完了し、ボロボロになった奴を連れてきたという連絡を受けた。

 そして、ドアの前にいるらしい仲間とヤシをアカリに引き合わせるという仕上げを行うべく、歪んだ表情でアカリを馬鹿にしながら、音楽準備室のロックを外しドアを開けてしまった幼馴染は。

 

 ——壮絶な満面の笑みを浮かべ、画面がヒビだらけになった仲間のスマホと、チェーンのついた棍棒を持った無傷のヤシと対面してしまった。



「……」

「そんな顔で見るなって、大丈夫だって——顔と目に見える範囲には何もしなかったから」

「……まあ、こんなサイコ野郎を寄ってたかってリンチしようとした時点で、結果は見えてたよな……」


 

 その後。

 叩かれたのか、左頬を赤く腫らしたアカリを保護したヤシは、幼馴染とその取り巻き2人としばらく”交流”した。

 その結果、ヤシの心尽くしのその”交流”と”説得”、その後幼馴染達と撮った”記念写真”を以て、幼馴染達に『二度とアカリに関わらない』という約束をさせる事に成功。

 目を白黒させっぱなしのアカリの肩を抱いて、ヤシは足元に転がったままの幼馴染の上を通って、悠々と、何事もなかったかのように下校した。


 

「……”交流”って何」

「具体的には、ライターと針金を使ったな。 それをこう、目に。」

「それ以上言うな。犯罪に巻き込まれる」

「あ、そう? じゃ続けるね」

「今更だけどさ。 色々あったけど、やっぱりそのお前のさらっとした態度が一番怖いわ」


 

 その日を境に、アカリとヤシの周囲は一気に静かになっていった。

 

 『火が、針金が』と譫言を呟いては精神的に不安定になった幼馴染達は、そうなった理由も語らないまま、クラスの隅で縮こまり続けるか、学校に来なくなっていった。

 また、野球部5人の男子グループが同時期に突然部活を辞め、しばらくしてからその内の1人が残りの4人から集団暴行を受けるという事件が発生。4人は退学、1人は精神的問題から不登校になり、ヤシの野望における障害は、全て無くなった。

 

 

「っていうか、西原さんは大丈夫だったのか。あいつらにいじめられて、対人恐怖症悪化したんじゃないか」

「さすがに当日は不安定だったけど、数日もすると元に戻ったよ。むしろ、あいつらをあんな目に遭わせてくれてありがとうって、お礼も言われた」

「……西原さんも大概だな。まあ、元凶が元凶だし別にいいか。それで?」

「しばらくはそのまま過ごしてたな。だいぶ良い雰囲気になることも増えて、体に触っても嫌がらなくなって最高でした。……そういえば、あの頃からか。やたらとアカリの方が俺に触れてくるようになったのって」

「……そんなにか?」

「一緒にいる時は絶対手を繋いでたし、座ってる時にやけにくっついてきたし、俺がよそ見してると凄い近くからじっと見つめてる時もあったな。顔向けるとすぐそっぽ向くんだけど、まあユキもそんな感じだったし、気を許してくれてたんだろうな」

「……そうか。で、今度は何が原因で破局するんだ」

「破局とかいうなよ、まだ付き合ってもいなかったわ!……ぐげぅっ……」

「自分で言っておいてダメージ受けるな」

 

 障害は消え、周囲から孤立したままで、しかも自分1人にだけ依存して執着し続ける理想の状況になったヤシは、満を持してアカリを彼女にしようとして——思い留まり。一旦様子を見る事にした。

 

 ヤシはユキの事を思い出していた。

 

 あの時も、丁度これ位の仲になってから事態が急変していたのだ。ヤシはアカリとの距離を一定に保った。

 結果的に言えば、これは正解だった。


 

 ヤシがアカリと付き合いだして半年ほど経った後。

 たまには違う場所に行きたいというアカリの要望で、いつもの町ではなく都心でデートしていた時の事だった。

 

 いきなりアカリが、ヤシでも名前を知っていた中堅アイドル事務所のスカウトを受けたのである。


 

 

「今度はそっちかい。さすがに対人恐怖症にアイドルは無理だろ」

「あー、その頃になるとあいつ、全くの赤の他人相手には普通に対応できる位には恐怖症克服してたんだよ。クラスメイトとかはまだだったけど、一緒によく行ってたカフェの店長が良く喋る人でさ。俺を挟んで一緒に話してたら自然とそうなったって言ってた」

「オチが見えたな」

「オチとか言うなよ!」


 

 当然、スカウトはアカリがその場で断ったが——帰りの電車内、せめてこれだけでもと渡された名刺をじっと見つめるアカリの姿に、ヤシはなんとも嫌な予感を感じていた。

 

 そして、その予感は的中し、事態はどんどん思わぬ方向へ転がっていった。

 

 まず、アカリが上の空になる事が増えた。

 手を繋いでいても、くっついていても、ふとした瞬間にここではないどこかを見つめている事が多くなった。

 そんな姿を見たヤシは、アカリと出会って間もない頃に、アカリの「アイドルになりたい」という夢を聞き出していた事を思い出した。

 

 アカリの自分磨きに対する執念と、妥協を許さないプライドと、努力を苦に思わないバイタリティ。

 

 それらを半年間共にいた事で知っていたヤシは、ただただ、恐怖した。

 

 そして、こうも思った。

 これは、ユキの悪夢再来だと——。


 

 そう判断を下したヤシは、なんとかアカリがアイドルとして有名になる前に距離を取らなければと行動を開始した。

 が、その試みは全て失敗した。

 理由は簡単で、当のアカリが、ヤシから絶対に離れようとしなかったからだった。

 

 そもそも、この半年ほど時間をかけ、自分無しでは生きられない位にアカリの生活習慣を染め上げていたのは、他でもないヤシだった。

 それとなく距離を取ろうとすると、いつの間にかその距離を詰めて居座っている事もザラにあったアカリに対し、ヤシは過去一番の危機感を覚えた。


 

「お前の作戦見事に裏目ってて笑うわ。ざまあみろ」

「これに関してはマジでその通り過ぎて何も言えねぇ……!」


 

 今度ばかりは万事休すか、と。

 この先、自分の悪意や邪な願望が一体、いつアカリにバレるのか。

 そしてそうなれば、アカリからどのような報復があるのか。

 一体いつまで、戦々恐々としながらこの日々を過ごさなければならないのか。


 そうヤシが絶望しかけたある日、思いも寄らぬ所から解決策が降ってきた。

 

 年末も近くなってきた頃、元々呼吸器系の持病を抱えていたアカリの母親の容体が悪化。

 その療養のため、空気の良い田舎の方に引っ越す話が出たと。

 ある日、思い詰めた表情のアカリが、ヤシに告げてきたのである。


 

 ここしかない。この機会を逃せば、もう後はない。

 

 アカリの相談を受けたその瞬間、長年培ってきた直感でそう理解したヤシは、一計を案じた。

『家族と離れるのは嫌だ。でも、ヤシと離れるのはもっと嫌だ。』

 そう告白し、思い悩み、苦しむアカリに対して、ヤシはこう言った。

 クリスマスイブ、一緒にデートしよう、と。




 当日。クリスマス一色に染まる地元の街で、ヤシとアカリは、下らない話で笑い合いながら、デートを楽しんでいた。

 お互いのプレゼントを探しに店を見て回り、いつものカフェで食事して、イルミネーションで飾りつけられた公園を歩いて。

 暗くなっていく空に対比して、明るくきらめいていく街の光を、公園のベンチに並んで座って眺めて。

 寒空の中、温かい缶コーヒーを飲み、体をくっつけ合ってお互いに暖を取る中。

 ヤシは、自らの肩に寄りかかるアカリに、ゆっくりと語り始めた。


 

 それは、二人が出会って間もない頃。

 アカリの事ばかり尋ねてくるヤシに、アカリがふと、『ヤシが好きな事、嫌いな事はなんなのか』と、訊き返してきた事から始まった。

 その時はうまく言葉に出来ず、はぐらかしたが、今なら言えるとヤシはアカリに言った。

 

『俺が好きな事は、俺が好きだと思う奴が笑っている事。そして、俺の嫌いな事は、俺が好きだと思う奴の邪魔をしてしまう事だ』と。

 

 それを聞いたアカリは、ヤシが何を言おうとしているのか分かったのだろう。

 声を上げようとするアカリにかまわず、ヤシは言葉を続けた。



 

 自分には、昔からの友人がいる。

 そして、そいつは、やたらと周囲から頼まれごとをされる奴だった。

 仕方ないな、という雰囲気を出しながらも、その殆どを断ろうとはしないその友人に対して。

 その行為が理解できないヤシは、何故そんな自分の利益にもならないことをするのかと訊いたことがあった。

 友人はこう言った。

 

『一生懸命頑張ってる奴だけに、自分は手を貸しているだけ。理由は——そいつが、一生懸命に何かを出来る事が、目標に向かって努力できる事が、妬ましくて仕方ないからだ』と。

 

 だから、自分の自己満足のために、頼まれごとを聞いて、手助けしてやっているのだと。

 その時の友人は大して面白くもなさそうに、そう言った。

 

 自分に無いものが欲しいから。

 そいつが上手くやって成功したのなら、その成功は自分が助けたからだと、内心でちっぽけなプライドを満たせるから。

 だから、自分は自分のために、人を助けているのだ。

 その友人の言葉を聞いたヤシは、そこで初めて、自分もこの友人を同じような考えをしている事に気が付いた。


 

 あまりに突飛で訳の分からない話に、しかしじっと聞き入るアカリに、ヤシは改めて向き合う。

 かつてユキにそうしたように、ゆっくりと自分の想いを言葉にして、アカリに伝えていった。


 

 自分には、何でも理解できる頭脳もない。

 誰もが評価する才能もない。

 誰もが目を奪われるような魅力も、それを実現し維持できるだけの努力の才もない。

 しかし、自分は、そんな人々を助ける事は出来たし、事実今までもずっとそうしてきた。

 たとえ、それが自分にとって不本意なことであっても。

 最後の言葉を小さく付け加えた後、ヤシはアカリに告げた。

 

『今、俺が一番したくない事は、そんな自分にない輝きを持っている奴の、邪魔な存在になってしまう事だ。』


 あの、アカリの幼馴染の様に。

 自分の欲望のためだけに、他人を抑圧するような行為はしたくない。

 そんな事は、自分の中にある、ちっぽけなプライドが許さない。

 ヤシは、そう言葉を結んだ。


 

 アカリは、ヤシが何を言いたいのか、何を望んでいるのか。

 そして何を嫌い、恐れているのかを理解したのだろう。

 しかし、アカリは、いつの間にか立ち上がり公園内の広場を見下ろす柵に身を預けたままのヤシの背に。

 思わずといった様子で抱き着き、顔を埋めた。

 

 そんなアカリの抵抗と抗議に、ヤシは応じなかった。

 

 正確には、応じる必要がなかった。

 何故なら、突然、公園の広場の方から歓声と歌声が聞こえてきたからだった。


 

 アカリは突然の、しかし聞き覚えのあるそれに誘われ、目元を赤くしたまま、ヤシの隣に並び立つ。

 そんな二人の眼下に広がっていたのは——アカリが結成当時からずっと追い続けていた、売り出し中アイドルの野外ライブだった。


 

 決して知名度は高くないアイドルの歌声のパフォーマンスに、多くの人が目もくれず通り過ぎていく中。

 しかし立ち止まって見守る数人の通行客と、少ないが熱心なファン達のために全力で歌うアイドル。

 

 その光景に、アカリはただ、目を奪われていた。

 

 そんなアカリに、ヤシは何も言わず、ただ彼女に寄り添う。


 

 この日、2人の道は別たれた。

 言葉は交わさなくとも、ヤシもアカリも、それを理解した瞬間だった。





 


 

 生徒会室の窓から見える外はすっかり暗くなっていた。

 グラウンドから聞こえてくる運動部の声も随分と小さくなった中、最後のファイルを棚に入れようとする姿勢のまま、リンは、きっかり30分で語り終えたヤシを見つめていた。

 

「……ヤシ、お前」

「……なあ、相棒」

 

 複雑な感情のまま、ただそれだけしか口に出来ないリンに、いつの間にか目を伏せていたヤシは真剣な顔を向けた。

 

「やっぱりさ、自己満足で上から目線で人助けするとかどうかと思うぜ。その性格、早く直した方が良いと思うんだよ俺」

「この流れでそれ言えるお前って本物だよな。正直、お前のそういうとこ好きだぜ」

「よ、よせやぁい、なんか照れるじゃねえかよ」

 

 気付けば長い間、同じ姿勢でいたからか。

 少し疲れる腕をさするリンは、ファイルを戻して書庫に鍵を掛けつつ言った。

 

「昔、お前が、俺とのお泊り会でおねしょカマしやがった時に一緒に隠蔽工作してやった事を、お前の母親と妹に送信した。」

「頼む相棒それだけは止めてくれ! ——あれ今”送信した”って言ったかこの野郎!? 俺の事先回りする天才かよお前! ふざけんな、いくら欲しいんだ! 金ならちょっとだけあるぞ!」

「台詞めちゃくちゃじゃん面白」


 ちゃんと送信出来ている事を確認したリンは、もうお婿にいけないとかほざいてのたうち回るヤシを尻目に、生徒会室の戸締りを始める。

 そういえばと、リンは思い出した。

 

「クラスの男子が、同級生に現役アイドルが居るとか言ってたけど、もしかしてその子の事か」

「そうだよ、今年頭のライブ成功で一躍有名に! 彗星の如く現れた実力派アイドルユニット『ハードキャンディ』のセンターことアカリンの事だよ、俺の知っていたアカリは!」

「めっちゃ説明するじゃん、っていうかセンターかよ。話からしてまだアイドルデビューしてから半年経ってないだろ。すごいなその子」

「そうだよすごいんだよアカリは! だから俺は、終わりなんだよ! リョウもユキも目じゃねぇ位の権力持ちが、何でこんな学校に入学してんだよ!」

「お前の予感は正しかった訳で、しかもわざわざ同じ学校に来たって事は狙いはお前で確定じゃん。ざまあみろ脅迫傷害犯が」

 

 床に突っ伏してさめざめと泣き喚くヤシを、邪魔だと言わんばかりに蹴っ飛ばして、すぐ近くのカーテンを閉めるリンは続ける。

 

「つまり、お前は3人の女の子を卑怯な手段で手籠めにして、中途半端に依存させて、ポイ捨てしたクソ野郎って訳だ」

「まあ、結果から言うとそうなるな」

「おい、いきなりさらっと流すな。流れってものがあるだろ流れってものが」

 

 そう批判するリンに構わず、ヤシは震えながら言った。

 

「3回挑戦して、反省して行動したのに、3回とも失敗した。俺は、悔しいよ。俺は自分が情けないよ……!」

 

 ヤシはその拳を床に叩きつける。

 それを見たリンは、埃が舞うから止めて欲しいな、と思った。

 

「俺が、俺がもっと人間の風上にも置けない外道サイコ野郎だったら! もっとうまく立ち回れるクズになれていたら! 俺に、俺にもっと、力があれば……!」

「それ以上になると、お前をお巡りさんに証言付きで突き出さなきゃいけなくなるから止めて欲しいなー」

 

 リンはそう言いつつ、辺りを見回して閉め忘れ、片付け忘れがないかを確認して頷きを一つ。

 そのまま床に転がるヤシに、おら立てと言わんばかりに蹴りを入れ、生徒会室から追い立てた。

 

 意気消沈したままのヤシと共に外に出て、電気を消して戸締りする。

 なんだかんだ、概ね予想通りの時間に終わった。




 

「もう駄目だよ、おしまいだよ俺は」

 

 すっかり人気も失せた放課後の校舎を、ふらふらと歩く男子を後ろから小突き回しながら進むという、ちょっとした恐怖映像を演出しつつ。

 リンは己の幼馴染の、嘆きとも懺悔ともつかない言葉を聞く。

 

「俺は、俺の下衆な欲望に散々付き合わされて、弄ばれた女達に恨まれて復讐されるんだぁ……」

「そうだな」

「過去の自分達が、俺によって洗脳されて思考誘導までされていた事にあいつらは気付いたんだ。きっとあいつらは、自分の能力や立場を駆使したり、周囲を味方につけたりする事で、俺に対して肉体的精神的社会的全ての方面で追い詰めてくるんだぁ……」

「大変だな」

「そして今の俺にはそれに対抗できるだけの力も立場もない……最早俺の高校生活と、俺の『自分に逆らわない従順な彼女が欲しい』という欲望はここに潰えてしまうんだぁ……」

「ちゃんと総括できたじゃねぇか。朝話した”西高一のまとめ上手”の称号はお前に譲るよ」

「え、ホント? やったあ、俺西高一じゃん。 気分いいぜ!」

 

 馬鹿は毎日が生き易そうで羨ましいなぁと、リンが内心少し感心していると、ふとした疑問が湧いた。

 玄関口に着く。

 朝から随分と長い時間居た気がする学校を後にしようとするヤシに、リンはその疑問をぶつけた。

 

「っていうかさ。結局の所、3人とも本人のやりたいようにやらせたから失敗したんだろ。 特に西原さんは」

 

 話を聞く限りでは、リョウもユキもアカリも、3人とも自分の生きる道を見つけ、それに打ち込み始めてからヤシの思い通りにならなくなっていったはずだ。

 ——ならば、『こう生きたい』という考えや、手段を取り去ってしまえば良かったはずだった。

 特にアカリに関して言えば、本人もヤシのために半ば諦めていた状態だったのだ。

 何も問題はなかったはずだった。


 しかし、その問いに対して、ヤシはきょとんとした顔でリンを見た。

 

「あん? それじゃつまんないだろ?」

 

「は?」

「だからよ、せっかく夢があって、やりたい事あるのに、それに挑戦しないなんてつまんないだろ。それを邪魔する奴はもっと下らねぇよ」

 

 リンは黙った。

 思わず、横にいる馬鹿をまじまじと見つめる。

 

「俺もそうだよ。夢があって、それがやりたい事だから、それに挑戦してんだ。自分はそうするのは良くて、他人はそうするのは駄目なんて、そんな道理が通るかよ」

 

 靴を履き、つま先を地面で叩きながら、ヤシは笑って言った。


 

「そんなのよ、バカでクズな俺ですら分かるぜ。——あいつらがやりたい事をやって、落ち込んだり楽しんだりするのが可愛いって思ったから、俺はあいつらを好きになったんだからよ」



 

 そういえば、と。


 リンは、朝からずっと騒がしかった、この男の言葉を思い出していた。

 この馬鹿は——八代 団十郎は、3人の女の子に対して、まあ酷い事をしたが。


 彼女達の夢や行動を否定する事は1回もしていないし。


 そして夢を叶えた事に対して恨み言を言った事は、1度もなかった。

 



 ふう、と、リンは息を吐き出す。

 そのまま、取り繕うように自身も靴を履いて校舎から出る。

 外は、すっかり暗くなっていた。






 

「もう四面楚歌じゃん! 完全包囲だよ、助けてくれぇ相棒!」

「自業自得だろ。潔く復讐されちまえ」

「んな殺生な!」

 

 校庭から正門にかけて、人影は見当たらない。

 にも関わらず、きょろきょろと挙動不審な歩みでついてくるヤシに、リンは呆れたように言った。

 

「2人で帰ると目立つだろ。俺はいいから、1人で隠れながら帰ったら?」

 

 そう提案するリンに、しかしヤシはこう答えた。

 

「あ? 1人で帰ると寂しいだろうがよ。俺もお前も」


 

 ——『1人でいるとさびしいだろ。おれもお前も。おなじじゃん。』——


 

「……早く歩けよ。待ってやらねぇぞ」

 

 リンは踵を返して歩き始め、慌ててヤシがそれを追う。

 春休みにヤシがこの町に帰ってきてから、ずっとそうしてきたように、2人は並んで歩き出した。


 横を歩くヤシの姿を横目で見つつ、リンは思い出したように言う。

 

「あと四面楚歌ってお前、相手3人だから1方向空いてるだろうが」

「あ、そうじゃん逃げられるんじゃん俺。 ……え? どうやって?」

 

 また頭を捻って唸り出したヤシの横に並んだまま、しかしリンはちらりと後ろを見やる。

 すぐに視線を戻し、一拍置いて横並ぶヤシに少し近付いて、その横顔を下から見上げる。


 とある言葉が、リンの口からついて出た。

 


「——囲ってやろうかコイツ」

「え? 何を?」

「何も。 まあ頑張れよ相棒。骨ぐらいなら拾ってやる。」

「遠回しに俺に死ねって事かい相棒!?」

 

 こうして、男子制服姿の2つの人影が、もう人も少ないはずの校舎を去っていく。





 

 ——その後姿を見つめる3人分の視線に、とうとうヤシだけは、気付くことはなかった。

本編はひとまず終わり。

次から、各被害者視点。

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