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私の腐れ幼馴染は復讐されかけている。  作者: 田舎のゴミ箱
私の腐れ幼馴染は復讐されかけている。
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昼休み

 昼休みになると、リンは屋上で昼食をとることが日課だった。

 昼食代わりのパンが詰まったビニール袋を持ち、水筒を置いてベンチに腰掛ける。

 春特有の、居心地の良い風が、座ったばかりのリンの頬を撫でていった。

 今日は朝から馬鹿の所為で騒がしかったな、とリンは思いつつ、メロンパンの袋を開けると同時。

 下から、どたどたという聞き慣れた足音が聞こえてきた。

 

 その音に、一瞬だけ手を止めて——気にせずそのままパンに齧り付いたリンの元に、あの男がやってきた。


 

「——すまねぇ相棒、匿ってくれ!」

「やだ」

「そこをどうにか!」

「うるせぇ、そこでも登って隠れてろよ」

「あ、そうすればいいのか」


 短いやり取りの後、何故か伝わった意図通りに、屋上に駆け込んできたヤシが行動を起こした。

 屋上入り口の側。給水タンクに続く短い梯子に、その場でひょいっと飛び跳ねたヤシが掴まる。

 そのまま、するすると上に登って行った野ザルの後姿を見届けると、リンは食事を再開した。


 

 リンが食べていたパンが半分ほど無くなる頃に、下から誰かが上がってくる音が耳に入った。

 入り口に顔を向けたリンの視線の先、小柄な女子生徒が遠慮がちに屋上に入ってくる。


 身長はリンと変わらない位だろうが、かなりの猫背の所為か、リン以上に小さく感じるその女子生徒。

 顔の上半分を隠すような長髪越しに、きょろきょろと周囲を見回していた彼女は、彼女を見ていたリンに気付いた。

 大きな眼鏡越しに見えるその瞳が、びくりと揺れる。


「……っ」

 

 すぐに目が逸らされ、小さく一礼した後、彼女は踵を返して校舎へと戻っていった。


「……」

 

 その一連の様子を見ていたリンは、気にすることなく食事を再開する。

 しばらくしてパンを食べ終えたリンは、水筒を傾け、ふうと息をついた。


 

 先程の女子が、再び屋上に戻ってくる気配がない事を確認したリンは、上に向かって言ってやった。


「もういいぞ」


 数秒経った後、リンの頭上を通ってヤシが飛び降りてきた。

 それなりの高さがある屋根から前転着地し、すぐに立ち上がってリンに向き直ったヤシ。

 その顔つきが、朝見たものにそっくりな顔であることに気付いたリンは、うんざりしたように言った。


「で、あの子に何したんだお前は」

「俺が何かした前提で話を進めるなって!」

「違うの?」

「そうだけどさ!——なんならリョウ以上にやらかした相手なんだけどさ!」


 違わないじゃないかと呆れつつ、2個目の袋を開けるリンの横に座ったヤシが、朝の車内と同じ構図で、同じ台詞を吐き始めた。


「なんであいつまでこの学校に来てるんだよ……! もう終わりだ、俺は復讐されるんだ!」


 どうやら朝に続いて、こいつの長話に付き合わなければならないようだ。

 ソーセージパンにかぶりつきながら、リンは内心ため息を吐いた。



 

 先程の女の子の名前は、甲佐こうさ 由紀ゆき

 ヤシの下衆な欲望による、2人目の被害者であった。


 中学校に入学し、何とかリョウから逃げ切る事に成功したヤシ。

 自身のやらかしと黒歴史を猛省したヤシは、すぐにその失敗と反省を生かした作戦を練り上げていた。

  

 ヤシが新しく考案した作戦——それは『孤立している女に優しくして油断させ、周囲との関わりを断たせたら、自分だけに依存して上手いこと行くのでは』作戦であった。

  

 ヤシは今度こそ、この作戦の成功を確信し、そのまま実行に移すこととなる。

 ヤシが中学校に入学して、わずか一週間足らずの時であった。


「いいかげん反省しろ下衆が」

「大丈夫大丈夫! 俺は失敗から学べる男だから!」

「黙れ失敗から学べる下衆が——というか、結局同じような事やろうとしてるし、更にタチが悪くなってるし、相変わらず作戦名が頭悪いし一週間しか自重できてないしでもう駄目だな。どうせ失敗するんだろ」

「そんな……先に結論を言わないでくれよ……!」

「結論って言っちゃってるよもう」


 

 まず、ヤシはクラスで孤立している女子を探したのだが、小学生の時と比べてあっさりと、一人の女子を見付ける事が出来た。

 

 クセのついた長い黒髪と、大きな黒縁の眼鏡、陰気そうな猫背。

 遠目から見ても分かる、雰囲気からして”陰キャ”な女子。それが、当時の甲佐由紀———ユキであった。

 

 口下手かつ、常におどおどした態度が原因で女子グループから孤立。

 更に、彼女を、自分の”小さい頃からの親友”と自称するクラスメイトの女子に、課題や委員会の仕事を押し付けられては断り切れず曖昧な笑みで受け入れる。

 

 そんな様子を、数日の全力ストーキングを経てじっくり観察したヤシは確信した。


 

 彼女は、リョウを超える最高の標的足りうる、と。

 

 

 リョウと違い、そもそも周囲から排斥され続け、人付き合い自体に苦手意識を持っているユキなら、リョウの様な事にはならないはず。

 自分に依存させた後、人との関わりから徹底的に遠ざけてしまえば、今度こそ上手く行くはずだ。

 そう結論付けたヤシは、早速行動を開始した。



「下衆な度合いが年々増していくなこのゴミ野郎は」

「行動力と決断力も上がってるから、そこら辺なんかチャラにならない? 駄目?」

「行動力と決断力のある下衆野郎って一番ヤバいだろ」


 

 まず、ヤシはユキから警戒されないように接近を始めた。

 ユキと同じ学級の図書委員になって、その立場を利用してユキに近付いていったヤシだったが、ここで思わぬ苦戦を強いられた。

 ユキがヤシの想定以上に人見知りで、隣に自分が座っただけで挙動不審になって会話にならなかったのである。

 

 そんなユキを見て、ヤシはすぐに計画を変更。

 真正面からコミュニケーションを取る事を早々に諦め、共通の話題である本から攻めてみる事にした。

 

 結果から言うと、この戦略は大当たりだった。 

 ユキが読んでいた本に「おすすめの本を選んでくれないか」というメモを残して下校した次の日。図書委員の仕事に来てみると、2冊の本が自分の席に置いてあった。

 本の整理をしながら、チラチラとこちらを見るユキ。

 ありがとうと言う代わりに手を振ると棚の陰に引っ込んでしまった彼女を見て、ヤシは確かな手応えを感じていた。


 

 そこから先は、序盤のもどかしさが嘘のように事が進み始めた。

 読み終わって返却する度に、ユキが次の本と自身の感想を書いたメモを用意してくれるようになると、ユキの挙動不審さは、段々と改善されていった。

 最初は挨拶を小さく返されるようになり、そこから一言二言話すようになり、それが何日も続いて。

 そんな図書館での日々が3か月も続くようになると、ユキはヤシに対して、すっかり気を許していた。


 

 自分の考えや思いを言葉にするのが苦手で、そんな自分の欠点に他人を付き合わせたくない。

 そんな申し訳なさから、人との接点を作ることができないユキにとって、ヤシは初めて出来た異性の——しかも自分の考えを理解してくれる貴重な友人だったこともあったのだろう。

 二人の距離は一気に縮まり、以前はまともに話もできなかったユキとヤシは、読んだ本の感想を言い合える位には親しくなっていった。


  

 しかしある日、事件が起こった。

 

 自称”ユキの親友”ことクラスメイトの女が、ユキに課題を押し付けていた事。それに加え、自分の分の図書委員の仕事もやらせていた事が教師陣にバレ、叱責されたのである。


 

「普段から遊び回ってたんだろ? そりゃ筆跡とか目撃情報とかでバレるだろ。そいつが間抜けだっただけの話——いや待て、このタイミングで突然バレたってことは」

「あ、俺が先生にチクりました。詳細かつ誰がいつ関わっていたかも込みで、分かりやすくまとめたレポートで。 ——リョウとの勉強で学んだことが役に立ったよ」

「ゴミじゃねぇか。 あと過去の経験を活かすなそんな事に」


 

 当然バレたのはユキが告げ口した所為だと思い込んだ自称親友の女は怒り狂い、放課後図書館の端でユキを問い詰めたが、心当たりなどあるわけがないユキは分からないと繰り返すばかり。

 そんな態度に余計に腹を立てた自称親友は、かっとなってユキを引っ叩いた。

 

 初めての直接的な暴力に驚き、倒れ伏すユキに対し、今度自分の事を裏切ったら許さないと脅して去っていく自称親友。

 その背を呆然と見つめるユキも、肩を怒らせて図書館を出ていく自称親友の女も。

 

 その場にいた二人は——その一連の様子を収めているカメラのレンズがある事など、夢にも思っていなかった。

 

 

「スマホで撮ってねえで助けろやゴミ野郎」

「すぐにちゃんと助けたって。で、ユキはショックだったのか、全然何があったのか話そうとしなくてさ。仕方がないから、動画を編集してからもう一度先生に提出して、ちゃんと自称親友ちゃんに注意してもらえるようにしたよ」

「いや、それじゃますますヒートアップして逆恨みするに決まって——って、お前まさか」

「そうしたら、その自称親友ちゃんは”親友への放課後の暴力的いじめ”の件で、今度は親同伴で呼び出されてな? このご時世、大事にしたくない学校と素行不良を薄々感じていた生徒の親で話し合いになってな? ここは穏便に済ませようって、自称親友ちゃんを転校させようって事になってな? ——これに自称親友ちゃんがブチ切れちゃってさ。 ユキに復讐してやろうってなった訳だ」

「うっわあ……」


 

 その方法は至ってシンプルだった。

 普段使わない屋外倉庫にユキを呼び出して、そこを自称親友と、自称親友の彼氏、その校外の友人で待ち伏せしてやろうというものだった。

 どうせあのユキの事。今までの事を謝りたいという名目で呼び出せば、彼女はまず来るだろうという判断によるものだったが。

 

 ——それが実行されるまで3人組は、その計画の内容がヤシに知られていた事に気付いていなかった。

 

 

「……なんで?」

「自称親友ちゃんが転校するかもって噂の後、放課後その子尾行してたら5回目くらいで当たり引いてよ。なんかガラの悪そうな野郎とコンビニ裏手でこそこそやってたから、屋上によじ登って聞き耳立てて全部聞いてきた」

「すごいなこの野ザル。 気持ち悪いわ。」


 

 自分達の素晴らしい作戦が筒抜けである事を知らない3人組は、計画通り事を進め、ある日の放課後にユキを倉庫に閉じ込めた。

 鍵を掛けるなり、振り返って自分を卑怯者と罵り突き飛ばしてきた自称親友に、何が何だか分からず混乱し、震える事しかできないユキ。


  

 そんなユキに、いやらしい笑みを浮かべる事に夢中になっていた3人組は。

 

 ———彼らの背後からゆっくりと忍び寄ってくる、障害物競走用のネットの塊に気付かなかった。

 

 

「怖過ぎるだろ。いや、それでも不意打ったにしても3対1だろ、どうやったんだよ」

「最初に、購買のレジ袋でこう、頭に被せて”きゅっ”とやって一人。 自称親友ちゃんがずっと喚いてて、意外と気付かれなかったからそのまま木製野球バットで後ろから”がっ”とやって一人。 最後にやっと気付いた一人を”ばきっ”とやって終わりでした。」

「擬音で誤魔化そうとするな。 全くマイルドに出来てないんだよお前の凶行を」

 

 

 その後、目まぐるしく変わる状況についていけず呆然とするユキを助け起こし、ちょっとした”工作”をした後。ヤシはユキを連れて倉庫を脱出。

 二人で下校し、近くの公園まで逃げる事に成功した。


 

「もうこの時点で既にドン引きなんだけど、工作って何したんだこの外道は」

「俺が手に入れようとしてる女を寄ってたかって逆ギレでいじめようとするとか、あいつら排除するためとはいえ腹立ってたからよ。 ちょいと3人を運動マットの上に、良い感じに重ねてやって、彼氏が持ってたタバコに火ぃつけて、倉庫の火災報知機の下にちょちょいと」

「中1の時にボヤ騒ぎがあって警察消防来て大騒ぎになったアレ、原因お前だったのかよ」


 

 ともあれ、ユキは無事助かった訳だったが、かといってそのまま立ち直る事ができるわけもなく。

 ヤシが公園の自販機でユキの好きな甘いコーヒーを買って渡して、ベンチの隣に座ると同時。今まで一言も喋っていなかったユキは突然、ヤシに抱き着いて泣きじゃくり始めた。


  

 自分は虐められている。

 それを認める事も、他者に訴えることも出来ない自分は、ただ必死になって言う通りにして、言いたい事は全部飲み込んで。

 へらへらと笑って誤魔化して、自分の心を押し殺していく度に、どんどん要求がエスカレートしていって。

 ずっと、止めて、助けてと言いたかったのに。言おうとするその度に、自分の中にある臆病な心と、ちっぽけなプライドが邪魔をして。

 そんな事を続けた結果、巻き込みたくないと思って遠ざけていた大事な友人に、全部解決してもらって。


 『ごめん、なさい』

 

 ヤシの胸に顔を埋めたまま、眼鏡が外れ、涙で顔をくしゃくしゃにしたユキはそう言った。


『もう、ぐちゃぐちゃで、わたし、こわかったのに。あんしんして、いたそうだったのに、ざまぁみろって、思っちゃって。すぐに、たすけてくれたのに、わたし、なんでもっとはやくって。もう、もう、わたし——』


 自分の醜い顔も。

 それよりも、もっと醜い心も見られたくないとばかりに胸に顔を押し付けて、ユキは震えながら慟哭した。

 

『こんな、せかいなんかきらい。ほかのひとなんかきらいっ。———こんなわたしはもっときらいっ!』


 

 それは、自分を慰めるための嘘だらけの世界で、いじめられっ子の人生を送ってきたユキの——紛れもない本音だった。


 

 日も沈み、誰もいない公園のベンチで泣き、喚き、ユキは訴えて。

 疲れ切って大人しくなったユキを、ヤシはそのまま抱きしめる。

 そして、ヤシは、ユキにこう言った。


『なら、作っちまうか。おまえが、好きになれる世界を。』




「……んん? どういう事だ?」

「まあ、簡単に言うと、今の自分の生きる現実が嫌なら、自分で好きな空想の世界を創ったらどうだ? って事だな」

「ふむ」


 

 ベンチの近くにあった公園の砂場。そこに二人で座り込み、ヤシはユキに言った。

 『お前には、”創作”によって、自分の好きな世界を作り出せるんじゃないか?』と。

 

 突拍子もない話に面食らい、ぽかんとするユキに対して。

 ヤシはあまり良くない頭と、ここ3か月で読んできた本で得た知見を元に、どうにか言葉にしてユキに伝えていった。


 

 ユキは本が好きで、実はこっそりとルーズリーフやメモ帳に時折何かを書き込んでは、ヤシや周囲の生徒に見つかりそうになると慌てて隠していた。

 当然そんな行為も把握済みだったヤシは、書き込んでいるそれがユキ自作の小説であろうと当たりを付けており、またその創作したいというユキの”欲”をどうにか利用できないかと考えていた。

 そこでヤシは、しがらみから解放され、しかし弱り切っていたこのタイミングでのユキに言葉を尽くして伝えた。

 

『お前が好きな物語を、本の世界を創ろう。 お前が嫌った現実の世界なんかじゃない、お前が好きになれる理想の物語を創ろう』と。


 

「それって、ただの現実逃避じゃないのか」

「よく『辛いことから逃げちゃいけない』っていうじゃん?」

「なんだいきなり」

「いやさ? 逃げたら駄目な辛さもそりゃあるだろうけど、逃げないと自分が潰れちゃうどうしようもない辛さだってあるよな? あれ、何で関係なく全部『逃げちゃダメ』って言っちゃうんだろうなって。 ——そういうのちょっと無責任じゃねって思うのよ俺」

「……ふん、それで?」


 

 最初は戸惑っていたユキも、必死に言葉を重ねるヤシに、次第に言葉を受け止め始めた。

 

 月夜に照らされる公園の砂場。

 そこに並んで座り込み、小枝と石で、小さな砂のウサギを作ったヤシは言った。

 

 

『踏まれて、雨に打たれて、誰からも見向きもされない砂だって。こうして手を入れて形を整えてやれば、どんな姿にだってなれるし、人を楽しませることだって出来る。』

『ユキ、お前はこの砂を、どういう形に創る?』


 その言葉を聞き、じっと砂のウサギを見つめるユキ。

 それを見たヤシは、ひとまず、ユキの心が折れる事態は回避できたようだと安堵した。


  

 そして確信した。

 これで、ユキは”人”でなく”物”――本や物語に執着させるという目標も上手く行きそうだと。


 

「ああそうだ。こいつ、ちゃんと過去の反省を活かしてきてるんだった。折角忘れかけてたのに」

「当たり前だろ抜かりないぜ俺は。 あ、あと自称親友ちゃんの方は転校、他の二人は停学になったぞ。 女の方は野郎どもに襲われたって被害者面して処分から逃れた後、転校先で保護観察中の野郎2人に復讐で襲われたらしいよ。 今は元気に一人で引きこもりやってるって聞いたな」

「さらっと重い話するなよ。 容赦なさすぎだろ」

「バッカお前、全部自業自得なのに他責思考であそこまでやる女だぞ! そんな奴社会の底の底に突き落とした上で二度と這い上がって来られないように何度もぶっ叩かないと、俺もユキも安心できないだろ!」

「思想ヤバ」


 その後。

 今まで通りの日常に戻ったヤシは、リョウの時とは違い、あまり変わった様子のないユキと、しかし確実に仲を深めていった。

 

 騒がしいのが苦手なユキのために、図書館や静かな喫茶店、人の少ない公園で放課後や休日を過ごすようになると、ユキは創作活動を隠すことも無くなった。

 一緒に本を読んだり、話したり、ユキが作ってきたお菓子を一緒に食べたり。

 こんなシチュエーションはどうか、こんな登場キャラはどうかと語るユキに、ヤシはどうやらリョウの二の舞は完全回避できたようだと——すっかり油断していた。


 

「意外だな、お菓子作るの得意だったのか」

「上手だったよ。ちょっと普通とは違う味っていうか、俺が食べてるのを見ると凄く嬉しそうにしてそれがまた可愛くてよ~」

「……で、『油断してた』って事は結局何か起こったのか。あ、あと20分で昼休み終わりだから。 その前に終わらないなら俺帰るぞ」

「起こったんだよ! そんなのアリかよって事が! ——巻きで行くね!」

 

 

 ユキを『人ではなく物に依存させる』『周囲から孤立させる』『自分に依存させる』事に成功したヤシだったが——ユキに出会って半年経ったある日、決定的なミスを犯してしまった。

 

 それは、いつものように行きつけの喫茶店で過ごしていたある日の事だった。

 ヤシは、ユキにある相談を持ち掛けられていた。

 ユキが、自分が書いていた小説のひとつが完成し、それをネット小説として新人賞のコンクールに投稿してみたいというものだった。

 

 自分から何かを言い出すことはほとんど無かったユキの相談に少し驚きつつも、それでより”物への執着”が強まるなら断る理由はなく、ヤシはよく考えずにそれを後押ししてしまった。

 ヤシのおかげで作り上げる事が出来た、初めての自分の物語と世界。

 それを嬉しそうに語るユキだったが、それをヤシが読んでみたいと言うと、顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

 そんなユキに、ヤシは笑った。

 なら、もし読んでもらうのが恥ずかしくない位売れっ子になったら、それを読ませて欲しいとヤシが言うと、ユキは赤い顔のまま、しかし小さく頷いた。



  

 まさか、それから1か月後の放課後、ほぼパニックになりかけたユキが駆け込んできて。

 

 自分の投稿した作品が、新人賞を取ってしまったと伝えられる事になるとは、その時のヤシは思ってもいなかった。


 

 そこからは怒涛の日々であった。

 投稿したユキの処女作である『廃図書館の無口な司書とおしゃべりネズミ』が、ネットに公開されると同時に話題となり、そのまま新人賞を受賞。

 そのまま短編小説として書籍化し、その後に投稿した短編、長編小説も次々とヒット。

 その事が親にバレたユキはあっという間に『現役中学生作家』というセンセーショナルな見出しで、一躍有名人となってしまい。

 我が子の快挙に喜ぶ親と一緒に、引き攣った笑顔を仮面で隠してのインタビューがネットに公開されると、それが更に話題を呼んで。

 

 そこまでわずか約3カ月。

 とんでもないスピード感であった。


 ——そして、ヤシはそんなユキを見て思った。

 これは、リョウの悪夢の再来だ、と。


 

「何で、何でそんな才能を発揮しちゃったの。普通さぁ、中学生がちょっと書いただけの本がそんな大ブレイクなんてしないだろ! どんな奇跡だよ!」

「そうだね。そしてその奇跡の一端はお前が担ったんだよね」

「俺のバカヤローッ!」


 

 案の定、ユキの周りには人、特に出版社の人間が居る様になり、ヤシは恐怖した。

 このままでは、今までなし崩し的に誤魔化せていた自分の悪質な工作活動やシンプルな悪行がバレると、日々戦々恐々とした日々を送るヤシだったが、思わぬ所から救いの手が差し伸べられた。

 中学1年生も終わりに近付いたある日、ヤシの父親が仕事の関係で単身赴任する事になったのである。

 

 仕事一辺倒で生活能力が壊滅的だったヤシの父親が一人暮らしは、と母親が悩んでいたところに、ヤシは迷いもなく飛びついた。

 こうして、ヤシはユキから自然に距離を取ろうとしたのである。


 

「だから、お前は、マジで……いや、それはもういいとして。 甲佐さんが可哀そうだろ」

「そう言われたらさぁ、ぐうの音も出ねぇけどさぁ! でも仕方ないだろ! 俺ら同世代の奴らよりも歳重ねて、酸いも甘いも嚙み分けた大人たちに俺の狙いがバレたら一巻の終わりだろ! そうするしかなかったの!」


 

 実際、転校の事を知らせた時のユキは酷く狼狽していたが、そこはヤシも慣れたものだった。

 2人が出会った時と同じ、夕方の誰もいない図書館で震え、呼吸が浅くなりパニックになりかけていたユキを抱き寄せて落ち着かせると、言葉を尽くして説得。

 どうにかユキを説き伏せる事に成功した。

 

 ヤシはユキに、自分はユキと出会えたことでとても楽しかったし、ユキがいなければ出会えなかった本の世界に触れられた事。

 お前の夢の一部になれたのは、ユキのおかげだと言って。

 どうにか別れの場で、ユキを涙ぐませて、しかしなんとか笑顔にさせて。

 ヤシは、ユキの元を去った。


 

「……そんな頻繁にハグしてたのかお前」

「あー、いじめられてた後遺症か、ユキの奴ちょくちょく不安的な時あってさ。その度にハグして落ち着かせてたんだよ。 ——柔らかくて、最高でした。」

「最後に最低な感想を入れるな」




 

 

 あともう少しで予鈴が鳴る時間になった、昼下がりの屋上。

 一通り語り終えたヤシは、そのまま横で水筒を傾けていたリンに縋り付こうとして——見事に躱されて屋上の地面に倒れこんだ。


「で、そのユキって子がさっきの生徒だった訳だ」

「その通りです!」

 

 そのまま、うつ伏せの状態で全身をピンと伸ばして嘆き始めたヤシを、不快害虫を見る目でリンは見下した。

 

 つまるところ、よりによって作家として成功したユキが地元に残っていたとは露知らず。

 のこのこと西高に入ってしまったヤシは、クラスメイトからユキが自分を探しているという知らせと、その後、見かけたクセのある長髪で猫背気味の後姿で、あのユキだと確信。

 慌てて屋上まで逃げてきた、というのが、あの昼休み冒頭のやりとりに繋がっていた。

 

 

「も、もう駄目だ。 あいつは、ユキは、自分をわざと孤立させて一人の世界に閉じ込めて俺に依存させようとしていたに気付いたんだ。きっとこれから、周囲の良識ある大人達の力を借りて、俺を訴えるつもりなんだ!」


 横転した直立不動、というややこしいポーズでゴロゴロと転がりつつ、突如急停止したヤシは、天に向かって慟哭した。


「結局、俺はリョウの時と全く同じことをしちまった——俺はなんて馬鹿なんだ!」


 

 屋上で五体投地したまま己の不幸に泣き喚くクズとは、これほど見苦しいものなのか。

 

 そう思いながら、とても冷たい目でヤシを見下していたリンは小さくため息を吐き、持ってきていた水筒や袋を片付け始めた。


「つまり、自分に自信がなかった女の子をいじめから救って、才能を開花させて、夢を叶えさせた上で、いきなり別れを告げてあの子の目の前から消えたのがお前な訳だ」

「朝の話の2倍近い50分間を、わずか10秒ちょいで……!?」


 驚いたヤシは、天を仰いだ姿勢のまま、その場で背筋だけで小さく飛び上がって逆四つん這いの状態になる。

 とても気持ち悪い姿勢のまま、ヤシはリンを見据えて言った。


「お前、やっぱり人の話をまとめる才能があるぜ! お前の未来を応援させてくれ、あと将来成功したらメシ食わせてくれ!」

「”褒める”と”たかる”の距離近すぎんだよもっと離せ」


 

 屋上に予鈴が鳴る。

 それに伴い立ち上がるリンと、それを見て気色悪い姿勢から上半身を勢いよく振り上げ、即直立姿勢に戻るヤシ。

 リンは歩き出しながら、後ろを頭を抱えたまま着いてくるヤシに言った。


「さっき、お前が甲佐さんにした砂場の話って、小学生の時のあれか」

「ん? そうだよ。ほら、夜中一緒に公園で遊んだことあったろ。あん時のだよ」


 屋上から校舎に続くドアを開けながら、ふと、リンは頭上に広がる春の青空を見上げた。


 

 あの時の空は、ただただ、見てると不安になるような、暗い群青色だった。









 


 どうせ誰も気にしないと、家出して、しかし行く当てなどある訳もなく。

 

 当てもない一歩を踏み出す度に、ただただ暗くなっていくだけの重苦しい空。

 

 何もしていないのに、何をすべきかも分からないのに、生きていくだけで減っていくお腹。

 

 連れ戻され、数年ぶりに叱られたかと思えば、人の目が無くなるとすぐに”4人家族”に戻る家族たち。

 

 起きて目に映る、殺風景な部屋。

 

 そして——自分の隣に座り、菓子パンを差し出す、少し砂のついた腕。





 

「もう3日しかねぇのに、夏休みの課題真っ白だったことが親にバレて、しこたま怒られて自室に監禁されてよ。 どうにかズルできねぇかと脱走してお前の部屋行ったら空っぽでびっくりして、こうなったら意地でも課題丸写しさせてもらうって、町の端から端まで探し回ったら、やっと公園の砂場にいたお前見つけたんだよねあん時」


 あん時は焦ったわ、と懐かしむようにヤシは腕を組んだ。

 

「そしたらお前、こんだけ苦労させたのに丸写しさせないし、家にも帰らないとか抜かしやがってよ~。仕方なくその気になるまでひたすらダル絡みしてたら、脱走がバレて捜しに来た親と商工会の皆と金田じい&金田ばあちゃんに張り倒されたんだよね」

 

「私はゲンコツだったけど、お前はなんか宙を舞ってたよな」

「金田のばあちゃんがさ、昔舐めた態度とる新人とか合気道で投げ飛ばしてたんだって。 地上げヤクザを角材でぶん殴ってた金田じいも、ばあちゃんには勝てたことないらしいよ」

「この町の人間、血の気だいぶ多いよな。正気じゃないよな。」

「そん時に、お前が砂場で作ってた砂うさぎちゃんが凄く綺麗に見えたんだよ。 まるで、星の夜空の中を跳んでるみたいな躍動感があってさ。 ——誰もが普段見ようとしない砂だって、手を入れて場を整えれば、幾らでも輝けるんだって、そん時思ったもんだ」

「それ多分、通常より2割増しゲンコツからのお空へ回転投げのコンボ喰らって2回星が見えたからだな」

「なんだかんだ脳が揺れる経験無かったから新鮮だったわ。 まあ投げが痛いのなんのって」



 

 その後、地面に倒れ伏すお騒がせバカ息子を、周囲にペコペコしながら首根っこ引っ掴んで退散していく親御さんが、とにかく哀れで仕方なかった事を思い出すリン。

 感慨深そうに頷きながらドアをくぐる目の前のヤシに対して、リンは1つ質問した。


「ヤシ」

「あ? どしたよ」

「砂場の話、甲佐さんに詳しく話したの」

「んー、まあ触りだけな。それが?」

「別に」

 

 そう短く返したリンは、ヤシの手を引っ張って、階段に行くように促した。

 その行為を特に意に介さず出ていくヤシ。

 

 その後姿を、リンはじっと見つめていた。

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