歓迎は、強烈な酒の匂いと共に
チグラスの提案に従い、北東の門から城を脱出したティルダスとダエンは、しばらくのあいだ全速力で馬を走らせていた。
やがて——ひとつの建物が見えてくる。
石造りの簡素な造りだが、入口は開け放たれており、中の様子がわずかにうかがえた。
「……あれが、チグラスの言ってた酒場かな?」
ダエンが不安げに呟く。
「ここしかないだろ。ここまで、それらしい建物なんてなかったしな」
ティルダスはそう言うと、ひらりと馬から降りた。
ダエンも慌てて続き、手綱を近くの木に結びつける。
二人はそっと入口から中を覗いた。
——熱気。
酒と汗の混じった空気がむっと押し寄せる。
中では、酔った男たちが騒ぎ、女たちが嬌声を上げていた。
これまで目にしたことのない光景に、二人は思わず息を呑む。
——本当にここなのか……?——
入るべきか迷っていた、その時だった。
「よう、坊やたち!」
背後から声がかかる。
振り向くと、でっぷりと太った赤毛の大男が、酒瓶を片手に立っていた。
「こういうとこ来るの、初めてかい?」
顔をぐいっと近づけてくる。
強烈な酒の匂いに、ティルダスは顔をしかめながらも、
「……はい」
と素直に答えた。
「いいねぇその反応!まだ酒は未経験って顔だな!ハッハッハ!」
豪快に笑うと、男は店の奥へ向かって声を張り上げた。
「おーい、親父!」
すると、禿げ上がった頭の、温厚そうな男が姿を現した。
「なんだい、アルセン。また客に絡んでるのか。今度やったら出禁にするぞ」
呆れ顔の店主は、次にティルダスたちへ柔らかな視線を向ける。
「ようこそ」
「ありがとうございます」
二人は思わず背筋を伸ばして答えた。
「ほら見ろ、いい子たちだろ?この坊やたちに特上の酒を出してやってくれ。俺のおごりだ!」
アルセンが胸を叩く。
店主は小さく笑い、何も言わず奥へ引っ込んだ。
ダエンは落ち着かなげに辺りを見回す。
一方ティルダスは、目の前の男をじっと観察していた。
それに気づいたアルセンは、
「はっはっは!いいねぇ、その目!俺様を警戒してるな?」
と笑いながら、ティルダスの肩をぽん、と叩いた。
軽く見えた一撃だったが……ずしり、と重い。
——なんだこいつ……力、強すぎるだろ……——
ティルダスは思わず顔をしかめた。
「ちょっと!気安く触るな!」
ダエンが間に割って入る。
「この人はな、お前なんかが軽々しく触っていい相手じゃないんだ!」
そう言ってアルセンの手を振り払おうとするが、びくともしない。
「はっはっは!お前さんが俺の手を払うなんざ、百年早い!」
豪快に笑い飛ばした、その時……。
入口に、一人の男が立った。
空気が変わる。
騒がしかった店内が、すっと静まり返った。
黒いマントを羽織った男。
チグラスだった。
「チグラス!」
「あんた無事だったのか!」
店内のあちこちから声が上がる。
どうやら、この場の人間は皆、顔見知りらしい。
チグラスはゆっくりとマントを外し、ティルダスたちのもとへ歩み寄ると…。
その手を取り、
静かに、しかしはっきりと告げた。
「こちらにおわす方こそ——我らがティルダス王子である」
一瞬の静寂。
そして…。
「おおおおおっ!!」
歓声とともに、全員が一斉にひれ伏した。
突然の出来事に、ティルダスは目を瞬かせる。
——……誰だよ、こいつら……——
とはいえ、無視するわけにもいかない。
「み、皆……顔を上げてくれ」
それが精一杯だった。




