馬小屋の奇策
ティルダスはチグラスに言われた通り、ダエンとともに北東へと駆け出した。
目指すは、城の外。
だが、チグラスが指定した“塀”ではなく、
二人は門へ向かっていた。
北東の門……通称『開かずの門』。
普段は使われることもなく、周囲は荒れ放題だった。
雑草は膝の高さまで伸び、枯れた灌木が行く手を遮る。
「くっそ、進みにくっ……!」
足を取られながらも、なんとか門の近くまで辿り着く。
そのときだった。
「……人がいる」
ティルダスはぴたりと足を止めた。
ダエンに合図し、二人で身を低くして茂みに隠れ、耳を澄ます。
「兄貴ィ……オイラ、いつまでこんなとこにいなきゃならねぇんすか……寒いっすよぉ……」
若い門番がぶつぶつと文句を垂れている。
「ティルダス王子が現れるまでだ」
低い声が返した。
「……!」
ティルダスは目を細めた。
——やっぱり、待ち伏せか——
しばらく様子をうかがう。
やがて、ティルダスの口元がニヤリと歪んだ。
「……思いついた」
小声でダエンに耳打ちする。
「え?それ大丈夫……?」
「いいから、やれ」
二人は静かに動き出した。
一度後退し、塀の陰へ回る。
そこから、よじ登る。
門番の背後へと回り込む形だ。
位置につく。
ティルダスとダエンは、互いに視線を合わせ…頷いた。
次の瞬間。
ゴンッ!!
二つの鈍い音が重なった。
頭上に勢いよく大きな石を落とされた門番たちは、
声を上げる間もなく、その場に崩れ落ちる。
「よし!」
ティルダスは小さく拳を握った。
二人は門を抜け、全速力で駆け出す。
「だからさー!なんで塀から飛び降りなかったのさ!」
走りながらダエンが叫ぶ。
「門番ぶっ倒したんだから、こっちのが早いだろ!」
ティルダスは振り返らずに答える。
「それに塀から飛び降りたら音出るしな!」
「なるほどねー!」
ダエンも必死に食らいつく。
「てかさ!酒場まだ!?」
「知らねぇよ!見えねぇんだからしょうがねぇだろ!」
そのとき……。
「待てぇぇぇっ!!」
背後から怒声。
二人は同時に振り返った。
「うわっ、来た!」
気絶していたはずの門番たちが、すでに追ってきている。
「回復早ぇなオイ!!」
ティルダスは舌打ちし、さらに速度を上げる。
だが…。
息が、限界に近い。
——やべぇ、このままじゃ捕まる——
視線を走らせる。
そのとき。
「……あれだ!」
右手に、馬小屋が見えた。
ティルダスは迷わず飛び込む。
「ちょっ、なんでこんなとこ入るの!?」
ダエンも慌てて続く。
「袋のネズミじゃん!!」
「いいから来い!」
ティルダスは桶を掴んだ。
中身を見て、ニヤリと笑う。
「これだよ」
「……あ、なるほど」
ダエンもすぐ理解した。
「ダエン、お前は馬に乗れ」
「え?」
「俺がやる。タイミング見て引っ張り上げろ」
「……了解!」
ダエンは素早く馬にまたがる。
その直後…。
門番たちが小屋へ飛び込んできた。
「いたぞ!!」
「逃がすな——」
その瞬間。
「くらえっ!!」
バシャァッ!!
桶いっぱいの馬糞が、門番たちに降りかかる。
「うわぁぁっ!?」
「な、なんだこれ!!くっせぇぇ!!」
混乱する門番。
その隙に、
「今だ!」
ダエンが手を伸ばす。
ティルダスはその手を掴み、一気に馬上へ引き上げられた。
「行けぇ!!」
馬が駆け出す。
背後では、悪臭と怒号が渦巻いていた。
「ははっ!ざまぁみろ!!」
ティルダスは笑う。
だが、その目は鋭かった。
——まだ終わりじゃねぇ——
追手は、必ず来る。
そして、チグラスとの合流…。
二人の逃亡は、まだ始まったばかりだった。




