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ナハペトの王座  作者: 帆高亜希


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ティルダス王子

ここは城の北にある離宮…通称『北の館』。


王子でありながらここに住まわされているのは、先王が寵姫に配慮した結果だった。

母である王妃は、ティルダスを産んですぐに亡くなっている。


中庭では、二人の少年が剣を交えていた。



「やッ!」



鋭い一撃が、相手の剣を弾き飛ばす。


黒髪の少年——ティルダス王子、十四歳。

青い瞳には、まだあどけなさが残っている。



「もー!ティルダスってば!僕もうヘトヘトだよー!」



栗色の髪の少年が、へたり込むように息をついた。



「へっへっへ、俺っちの剣に参ったか?」



ティルダスは得意げに鼻の下をこする。



「違うって!何時間もぶっ通しでやる方がおかしいんだってば!」



この少年はダエン。

ティルダスの乳兄弟で、一つ年上の美少年だ。



——やはり、筋はいい——



木陰から様子を見ていたチグラスは、静かに声をかけた。



「ティルダス王子殿」



「おっ、チグラス!久しぶり!」



ぱっと顔を輝かせる。



「今の見てた?俺、強くなっただろ?」



「ええ。見違えるほどに」



チグラスは微笑んだ。



——だが……これではまだ足りぬ——



これから始まるのは、逃亡だ。



「王子殿。お伝えしなければならないことがあります」



チグラスは表情を引き締めた。



「次の王位は——ウォルガス王子殿に決まりました」



「そりゃそうだよ!」



ティルダスはあっさりと言った。



「兄上の方が年上だし、すっごく優秀だし!」



「いやそこ当たり前だからね!?」



ダエンがすかさず突っ込む。



——やはり、こういう性格か——



兄を慕い、王位に執着もない。

だが、それがかえって危うい。

チグラスは一歩踏み出し、跪いた。



「王子殿…この城は危険です。どうか、お逃げください」



「……は?」



ティルダスは目を丸くした。



「急に何言ってんの?冗談きついって」

 


「冗談ではありません」



チグラスは静かに言い切る。



「星が…王子殿に凶を示しております」



「また占い?」



ティルダスは肩をすくめた。



「大丈夫だって。兄上が王になるんだし、ファシムだって、そんな怖くないだろ?」



「……いいえ」



チグラスは首を振る。



「ウォルガス王子殿は、恐らく…ファシム殿に逆らえません」



「王になれば変わるって!」



「変わりません」



言い切った。

その強い口調に、ティルダスは一瞬言葉を失う。


だが……。



「……ま、とにかくさ。俺、もう疲れたから部屋戻るわ」



話を打ち切るように背を向けた。



「行こ、ダエン」



「ああ……母上に冷たい飲み物でも出してもらうよ」 



二人は館の中へ入っていく。



——くっ……——



チグラスは逡巡した。

本来なら、ここから先は踏み込めない。


だが…。



——そんなことを言っている場合ではない——



「お待ちください、王子殿!」

 


後を追う。



「お願いです、一刻の猶予もありません!」



「大げさだってば!」



言い合いをしながら、回廊を進む。

やがて、部屋の前に辿り着いた。

扉が、わずかに開いている。



「ネリッサー?喉乾いたんだけどー」

 


返事はない。



「……あれ?」



ティルダスが扉を押し開けた。

次の瞬間……。



「…..っ!!」



空気が、凍りつく。



「は……母上っ!!」

 


ダエンの悲鳴。


チグラスは即座に駆け込んだ。


床に倒れていたのは、ひとりの女。

胸から血を流している。


ネリッサ…ダエンの母であり、ティルダスの乳母。


脈を取る。



——ない——



「……くっ」



すでに、息はなかった。



「ははうえぇぇ!!」



ダエンが崩れ落ちる。

ティルダスは…動けない。

ただ、青ざめて立ち尽くしていた。



「……俺の、せい?」



かすれた声が漏れる。



「違います」



チグラスは即座に否定した。



「…ですが、もう猶予はありません」



低く、はっきりと言う。



「ここは危険です。今すぐ城を出ます」



ティルダスは、ようやく現実を理解したのか、小さく頷いた。



「……どこへ?」



「今は考える時間がありません」



チグラスは即座に指示を出す。



「守りの魔導をかけます。ですが長くは持ちません」



「いいですか、よく聞いてください」



声を落とす。



「真夜中に、北東の庭の塀から脱出してください」



「へ、塀!?」



「門は使えません。恐らく見張りがつきます」



「そんな……」



「捕まれば終わりです」



その一言で、空気が変わった。



「……わかった」



ティルダスは唇を噛み、頷いた。



「城を出た後は?」



「まっすぐ進んだ先に酒場があります。そこで落ち合いましょう」



「チグラスは一緒に来ないの?」



不安そうな目。



「……申し訳ありません」



チグラスは視線を落とした。



「ネリッサ殿をこのままにはできません。それに、準備もあります」



「……」



ダエンが、涙に濡れた顔を上げる。



「母上は……?」



「お任せください」



静かに答えた。



「必ず、弔います」



——これでいい——



ようやく、逃がす準備は整った。


だが。

この選択が、どれほどの運命を招くのか…。


まだ誰も知らない。

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